ルッカⅠ
どの季節にその街を訪れるか。一人で行くか、誰かと行くか、団体で行くか。そこにどのくらい滞在するか。街のどこを見るか。他のどの街を訪問した後にそこに行くのか、その街の次に訪れる街はどこなのか。条件によって街の印象は大きく変わる。街との出会いは運命的である。
数え切れないほどの特徴の組み合わせがあるにもかかわらず、紀行文はごくわずかな一面しかとらえ切れない。街の印象をしたためるのは個々の旅人の自由だ。そして、旅人の印象はたぶん偏見に満ちている。これは批判ではない。国勢調査員のような旅人であってはいけない、という意味だ。ルッカ(Lucca)についてぼくがこれから綴る内容も、実体を写実的に描写するものではなく、印象のスケッチにすぎない。
前回、前々回のアレッツォと同様、ルッカが定番のイタリアツアーに入ることはまずない。オプショナルツアーとしても考えられない。フィレンツェから西へ準急で約2時間、これが、この街に出掛けてみようと思った「ホップ」。オペラ『蝶々夫人』のプッチーニの生まれ育った街、これが動機の「ステップ」。最後の決め手になった「ジャンプ」は、ルッカが戦争を知らない、イタリアでも稀有な街であることだった。思いを三段跳びさせないかぎり、ルッカに行く決断はしづらい。
ルッカはトスカーナ州の北部に位置する、ローマ時代から続く歴史ある街だ。12世紀初頭に自治都市になり、16、17世紀に城壁が建設された。今も旧市街は高さ12メートルほどの城壁に囲まれている。完璧な城壁があったから戦火に巻き込まれなかったのではなく、まったく偶然の幸運だったようだ。地理的に恵まれたという説もある。
ルッカの駅に着くと、通りを挟んですぐに城壁が見える。遊歩道に沿ってドゥオーモから街へ入り、ナポレオン広場、サン・ミケーレ広場、中世の家、プッチーニの生家、円形競技場跡など主だったところを徒歩でくねくねと辿っても2キロメートルにも満たない。なにしろ街を取り囲んでいる城壁の長さが約4キロメートルだから、とても小さな街なのである。それでも縦横に伸びる細い通りで迷ったり、プッチーニの生家にはなかなか到達できなかった。いろんな人に尋ねながら歩いた。ルッカの人たちはみんな笑みをたたえた親切な人ばかりだったが、プッチーニの生家を示す指の方向はみんな違っていた。