市場主義か商品主義か

京都での私塾の講義が15分程早く終わった。締めくくろうと思ったら、講義で取り上げた「経営主義」について論議が再燃した。決して喧嘩腰ではなく、「それはそうと……」と誰からともなく問題提起があったのだ。みんな熱心な塾生である(大阪の塾生の一人もぼくとのマーケティング談話の翌日、このテーマについてブログで取り上げていた)。

企業が一つの経営主義だけを貫くことはありえない。どの会社も市場、商品、技術、収益、理念に目配りしながら、それぞれの特色を出すために比重を変え調和を図る。だから、正確に言えば、「市場主義か商品主義か」は二者択一ではないし、一方の選択が他方の排他を意味するものでもない。「どっちに重きを置くのか?」という話だ。

若干ニュアンスは違うのだろうが、敢えて言えば、市場主義が〈マーケットイン〉、商品主義が〈プロダクトアウト〉である。マーケットインは、市場をよく見渡して顧客のニーズを分析精査して、顧客の求める商品を作る考え方。ニーズを満たす商品づくりをするために市場を起点にするわけだ。これに対して、プロダクトアウトでは、企業の強みを生かした商品づくりをして顧客に問うてみる。一種仮説的に商品を形にしてマーケットを掘り起こしていく考え方、と言えるかもしれない。


市場主義の特殊で極端なものが受注型ビジネスになる。商品主義はおおむね見込型の形態になる。そこで、冒頭の論議である。これまで中小企業の多くは大手企業のカスタムニーズを完璧に満たす下請けをおこなってきて、今に至っている。このイメージが強いため、顧客が企業から一般消費者に置き換わっても、ニーズを拾い徹底分析しようとする本能が残っている。これこそが中小企業の弱みだと指摘して、塾生の一人は言った、「中小企業では市場分析に限界がある。中小企業こそ商品主義に拠って立つべきで、ニーズを掘り起こす商品開発に尽力すべきである」。

「いや、そうではない。ニーズを無視して勝手に商品を作っても、そんなものは売れない」という趣旨の反論があった。これに対して、「ニーズの無視などではない。ニーズが読みきれないから、自社にしかできない強い商品を絞り込んで開発すべきなのだ」と再反論があり、さらに「商品を絞り込む時点で、すでに市場ニーズを意識しているわけではないか」と再々反論が起こった。時々口をはさんだが、傍聴しているだけでも白熱したおもしろい議論であった。やや定義論に傾いたところでちょうど時間。後味の悪さもなくピリオド。続く懇親会でも熱が冷めやらず、ぼくも加わって議論は小一時間以上続いた。

業種によって比重は当然変わるから、もとより正解などない。しかし、ぼくは最初の塾生の意見に与する立場をとる。わかりやすさのために極論すれば、市場主義色が強いと、疲弊する、顔がこわばる、笑顔が消える。商品主義色が濃いほうが仕事に遊び心が生まれる。もちろん、遊び心があって仕事が楽しくても収益が悪ければ話にならない。では、市場主義が堅実でより収益が上がるかと問えば、そんな保障はまったくない。ぼくの経験と事例研究に基づけば、いずれにも成功事例と失敗事例があって、甲乙はつけがたい。だからこそ、好きな商品を作って、それを知らせたい使ってほしいというエネルギーで市場へ提案すればいいのではないか。


ぼくが主宰する私塾自体は飲食店にたとえたら「行列のできる人気店」ではない。かと言って、閑古鳥が啼いているのでもない。そこそこの常連さんと時々一見さんがやって来て、ボチボチという感じ。オリジナルなメニューを工夫して出し続けていれば、一気に客足が遠のくことはないと思っている。そのぼくは、あまり学習者のニーズ分析をしない。勝手に「言語力と思考力」がヒューマンスキルの最大公約数だと仮説を立てて、幅広く勉強して自分なりのコンテンツを組み立てる。

「どんな顧客に何ができるのか」というポジショニングの問いはどちらの主義にも不可欠である。だが、顧客のニーズというのはほんとうにわかりうるものなのか。「何が欲しいですか?」と尋ねて、顧客が「答えてくれたもの」がニーズなのか。まさかそんな単純な構図ではないだろう。仮に顧客ニーズが客観的に解析できるとしよう。そうすれば、そんなニーズに応えて作る商品にほとんど差異が生まれなくなってしまう。市場ニーズと連動しないほうが商品の固有色が強まることは明らかである(但し、成否を別として)。

市場主義が「ニーズの分析」をおこない、商品主義では「ニーズの想定」をおこなう。そして、少なくともぼくの場合、ニーズ分析の精度を上げるよりも、ニーズ想定の確からしさを高めるほうが俄然やる気が出る。やる気は集中力を生み、集中力は仕事を軽やかにしてくれる。そうなるとアイデアもよく出るようになるし直観力も高まる。仕事が楽しくてたまらなくなる。これが商品づくりにおいて好循環をもたらしているのは間違いない。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

「市場主義か商品主義か」への2件のフィードバック

  1. こんにちわ。
    ニーズを先読みすることは、非常に大切だと思います。
    しかし、その時に提案してもたいがいが断られます。
    売り手からするといわゆる断られるのを前提で
    営業をかけないといけません。
    いきなり売れると思うからストレスが蓄積されます。
    そして、ニーズが顕在化した時に、先手を打っていた自社に
    アドバンテージがあったりすると思うのです。
    何が言いたいかというと、常に顧客接点を持っていないと
    いい商品もアイディアもタイミング次第で
    他社に根こそぎ持っていかれたりします。
    市場には、自社とライバル会社しかいないとよく言われますが、
    まさにそのとおりだと思います。
    新しい市場を作れるハイセンスな会社を僕はまだ、
    本の中でしか知りません。

  2. 実体験に基づいたコメントだと思いますので、傾聴に値するご意見です。少しコメントさせてください。
    「新しい市場を作れるハイセンスな会社」―フィクションの世界ではなく、いくらでもありますよ。新しい市場が新しい商品によってたくさん生まれています。講談社『発明発見小事典』を読めば、人々のニーズから生まれた商品と発明者の夢から生まれた商品が半々、いや後者のほうがむしろ多いことがわかります。とはいえ、すべての商品がいっさいニーズと無関係ではありえません。「必要が発明の母」になっていることは間違いありません。ポイントは、その必要に顧客が気づかず、商品開発者が気づくという事実があるということなのです。
    またいずれ取り上げたいテーマです。

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