サプリメント依存症候群を嘆く

依存までは至らなかったが、仕事や出張で多忙な時期に体調を気遣ってサプリメントを用いていたことがある。特にビタミンとミネラル系、それに宴席の後に肝臓によさそうなもの。なければないで何ともなかったが、常備していたので必然習慣的に常用することもあった。効能実感はほとんどなかったと思う。現在は、思い出したように時折りビタミンやウコンを摂るが、一種のまじないである。もちろん、まじないすら信じてはいないが……。

昨年6月渡米した折りに、土産代わりに総合サプリメントを二箱買ってきた。結果的に土産にならずに自家消費していて、まだ一箱目の途中である。個包装になっており、その一袋に大小様々な固形の粒が10種類ほど入っている。そのうちの半数がふつうの人では飲みづらいほどの大きさだ。この個包装の品目すべてを喉から胃に送り込むには訓練が必要だろう。アメリカ人は何でも大きなものを好むものである。

ちなみにサプリメントは英語で“supplement”と綴り、「サプラムント」のように発音する。よく使われる形容詞が“supplementary”で、こちらは「サプラメンタリ」と発音する。この形容詞は後に“toを伴って「~を補足(補充、追加)する」という意味になる。つまり、サプリメントとは「主なるもの」に対する副次的存在なのである。今さら強調するまでもなく、「不足を補う」という基本概念が転じて、書籍や雑誌などの「補遺、付録」に使われることが多い。たとえば正規の主教材に対して、副教材などをサプリメントと呼ぶわけだ。


日本では自明のようにサプリメントを栄養補助食品や健康補助食品の意味で使っているが、英語はもっと汎用的である(常用の昭和55年版と古い英和中辞典にも新しいオックスフォード英英辞典にも、“supplement”に栄養や健康のサプリという定義は見当たらない)。栄養や健康のサプリという場合は“dietary supplements”、具体的に“vitamin supplements”と言う。但し、コストコなどの売場で「サプリメントを探しているが、どこに置いてあるか?」と聞けば通じるだろうし、実際にぼくはそのように尋ねて教えてもらった。

好事家的薀蓄という悪い癖が出た。「主あっての副」が忘れられつつという主張が本旨である。主の足りないところを補うのがサプリメントであるはずなのに、「主なき副」に依存するとはどういうことか。飽食の時代にサプリメントなる副食は不要だろう。いや、偏食気味だから補うのだと言うのか。それならば、主食において偏食を是正するのが筋である。セサミンよりもゴマを、DHAよりも青魚の全食――アタマからシッポまでを日々実践すれば済むことなのだ。

サプリメントの話は生き方や学び方全般に通じる。主が「ケ」という日常生活に根ざし、副が「ハレ」という非日常行事に現れるのである。たとえば、日々仕事をしているからこそ「仕事術」というサプリメントの学習に意味がある。自力で何事かを成そうとし、それでも足りない何かをほんの少量、外部から調達するのが学びのまっとうな姿なのではないか。ろくに仕事もせず仕事をしようともしない連中を集めて職業訓練を施しても、主なき副だけの成果など期待できない。過剰摂取したサプリメントは放出されるか内臓に沈積して副作用をもたらす。決して日常生活世界の活動にうまく取り込めないのである。

アマノジャクな読書観

平成20年に国会で国民読書年の決議がおこなわれ、今年がその〈国民読書年〉であることをご存知の方も多いだろう。ちなみに「こくみんどくしょねん」と入力したら、「国民毒初年」と変換された。何だか初めて食べるフグの毒にあたりそうな雰囲気だ。たとえ文字離れに読書離れが進んでいるとは言え、また出版界に少数の勝ち組が出現するものの頻度は稀で大半が発行即消滅というご時勢とは言え、国民の読書人口の逓減を国家や有識者や出版業界に嘆いてもらうことはない。

国民読書年のスローガン、「じゃあ、読もう。」が情けなさに輪をかける。「じゃあ」はどんな叱咤や説教に反応しているのか。「きみ、本を読んだほうがいいよ」とか「立派な人間になりたければ読書が一番だ」とか言われての「じゃあ、読もう」なのか。たしかに「そこまで言うなら、しかたがないな、読んでやろう」と聞えてくるようでもある。意地悪じいさんのようにひねくれずとも、そのような含意を感じてしまう。

そうではなく、「みんな本は好き? じゃあ、読もう」というニュアンスか。それなら、幼少年期に一斉にみんなで本を読もうというのもいいだろう。読書が教養の基礎になるのは自明だから、早い時期に習慣を刷り込んでおくことは悪くない。だが、国民全体を視野に入れれば、一人前の人間に読書の必要性を説いたり書物への回帰を促したりするのは余計なお世話だ。読書体験はあくまでも個別なものであり、何をどのように読むか、いや、読むか読まないかまで自分で画策すればよろしい。

印象的なユダヤ格言がある。「ユダヤ人は本を読まない。本を書く」というのがそれだ。なるほど、本を読むのは消費行動であり本を書くのが生産行動であるならば、経済的には本を書くほうが理に適っている。だいたい、インプット過剰でアウトプット不足というのが一般人の知の収支状況だから、赤字から黒字に転換するには、勉強という仕入れをほどほどにして創造や表現を志向すべきだろう。学ぶ者以上に教える者が学ぶのは真理である。好きでもない本を無理やり読むくらいなら、ブログの一つでも書いているほうが勉強になるのかもしれない。


人からどうのこうのと言われて読書するほど不愉快なことはない。「読め」と命じられたら読みたくなくなるし、「読まなくてもいい」と慰められたら読んでみたくなる。とりわけぼくなどはへそ曲がりなので、自分の読みたいように本を読めないのならば、本など読む必要がないとさえ思っている。成人がこの場に及んでハウツーづくしの読書術を指南される姿は決して格好のいいものではない。

どういうわけか、ぼくは周囲の人たちから読書家と思われている。正直に言うと、中高生の頃は、本を読むのが好きだったわけではなく、むしろ苦痛に感じていたのである。活字を追うよりも絵を見るほうがわくわくしたし、ページを捲るよりも音楽の流れに乗るほうが好きだった。だいいち、どんなに本を読んでも内容を覚えていることなどめったにない。それでも「読まないよりは読むほうがいい」と思いなして、無理に読んでいただけの話である。

しかし、これではあまりにも情けないので、絵画や音楽に親しむように読んでみようと心掛けた。絵は何度も見るし音楽は何度も聴くではないか。せっかく読んだのだから何がしかの成果をアタマに残しておきたい、ならば本も再読すべきなのだろうと思った。しかし、記憶しておいてどこかで使ってやろうなどという魂胆はない。ぼくにとって読書は純然たる教養行為であるか、あるいは思考を誘発するためのきっかけにすぎない。だから、目次に目を通し、少し読んでみて教養にも思考の刺激にもならないと判断したら、中断する。また、冒頭の書き出し数行で立ち止まり、そこでずっと考えて残りのページを読まないこともある。

そのような読み方も含めれば年間百冊ほどの本を読んでいるだろうが、この歳になって何冊読んだとか、どんな本を読んでいるかを自慢してもしかたがない。職業的読書人ならともかく、ぼくたちは誤ってディレッタンティズムに陥ってはいけないのである。 

「一生に一度は」という軽さ

先週、久しぶりにTBS『世界遺産』を見た。劣化が著しかった壁画『最後の晩餐』。その大修復は1999年に完了した。要した歳月はなんと22年! しかも、その修復を手掛けたのはたった一人の女性であった。その女性が歴史上の名画誕生と再生のエピソードを語った。

教会の壁画のほとんどは漆喰の上に顔料を塗って仕上げるフレスコ画で描かれる。半永久的に保存可能だ。但し、漆喰が乾ききる前に手早く絵を描かねばならず、また色の種類にも制約がある。レオナルド・ダ・ヴィンチは遅筆だったため、フレスコ画を苦手としていた。しかも、丹念に多色を重ねられないのも彼の嫌うところだった。したがって、当時としては珍しく晩餐をテンペラ画で描いたのである。見る人すべてを唸らせる名画になりえたが、手法的には完全に失敗だった。描いてから数年後には絵具が剥がれ始めたのである。

番組を見ていて、200610月のミラノを思い出した。『最後の晩餐』見たさにサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会まで足を運び、案の定「予約なしでは入れない」と断られた話。本ブログでもその話を書いた。番組で女性ナレーターが「一生に一度は見ておきたい名画」とさらりと言うではないか。その通り、今度ミラノに行く機会があれば、準備万端何ヵ月も前に日本で予約しておこうと思っている。


と同時に、別のことも頭をよぎる。そのような「一生に一度は」と修飾すべき体験の数々を強く願いながら、どれだけ未体験のままにしてきたことか。怠慢もあるだろう、時間不足もあるだろう。いや、そんな一生に一度の願いが分不相応に多すぎるのだろう。事は、世界遺産クラスの対象ばかりではない。一度は訪ねておきたい、一度は食しておきたい、一度は見ておきたい、一度は読んでおきたい……数え上げればキリがなく、歳を重ねるごとにそのような願望が増え続けるばかりである。

トランジットしたことはあるが、ぼくは上海の街を訪ねていないし、ドリアンなる果実を食べていない。『モナリザ』は見ているが、『最後の晩餐』を見ていないし、ドストエフスキーの『罪と罰』を読んでいない。こんなことを言い出すと、訪ねていない、食していない、見ていない、読んでいないほうが圧倒的に多いから、途方に暮れてしまう。加えて、「一度きりでほんとうにいいのか」と問いかけてみれば、「できれば、もう一度」という願望も膨らみ続けていることがわかる。「一生に一度体験」と「一生にもう一度体験」を足してみれば、一生ではとても足りないのである。

好奇心は飽くなきまでに「せめて一度」を求める。そして、そのような体験を望みながら、既決ボックスの件名数を未決ボックスの件名数が凌駕していくのを傍観している自分がいる。気がつけば、貴重な時間を費やすべき価値ある「一生に一度」がとても軽くなっているではないか。一生に一度という最上級の評価が安値になってしまっているのである。五万とある一生に一度の願望をうんと目の細かいフィルターにかけて、希少体験を絞り込むべきなのだろう。

 そうしてみた時、それでもぼくは『最後の晩餐』の鑑賞へとおもむくだろうか。

策がないと嘆く人々

「アイデアのかけらも出てこない」と嘆く人がいる。嘆くことなかれ。凡庸なぼくたちにそう易々とアイデアは訪れてくれない。いや、アイデアというものは、神仏がどこかから突然降臨するように「やって来る」ものではない。特に、怠け者の空っぽの頭とはまったく無縁だろう。

アイデアは、自分の脳から絞り出すしかない。ある情報が触媒となって既知の何かを刺激し鼓舞してひらめく。あるいは、その情報が既知の何かと結ばれて異種なる価値を生み出す。アイデアはこのようにして生まれるのだが、アイデアの萌芽に気づかなければそれっきりである。実は、アイデアは質さえ問わないのなら、いくらでも浮かんでいるはずなのだ。しかし、呑気に構えるぼくたちはアイデアの大半を見過ごしてしまっている。

「万策尽きた」と生意気なことを言う人もいる。「万策など考え試せるはずがないではないか」と万策ということばに屁理屈を唱えるつもりはない。万策が誇張表現であることくらいはわかっている。人間の考えうるありとあらゆることなどたかが知れているのだ。たいていは、二案や三案考えておしまい。いや、数が多いのがいいと言っているのではない。ぼくが指摘したいのは、脳が悲鳴を上げるほどアイデアを出そうとしたり策を練ろうとしたりしていないという点である。


ここ数年、テーマとソリューションの関係について考え続け、一つの確信を得るようになった。できる人間はテーマが少なくてソリューションが豊富、他方、できない人間ほどテーマを山積させてソリューションが絶対的に不足してしまう。正確に言うと、後者は仕事ができないことを穴埋めするためにどんどん課題を見つけて抱え込むのである。どこか官僚的構造に似通っているように思わないだろうか。とりわけ、掲げる理念に見合った政策が実施できていない。

いつの時代も、マクロ的に社会を展望すれば「テーマ>ソリューション」なのである。問題の数は解決の数よりもつねに多い。クイズは千問用意されるが、千問すべてが正答されることはない。しかし、特定の一問だけに絞ってみれば、そこには複数解答の可能性がある。企画の初心者は、とりあえず当面の一つのテーマについて、できるかぎり多くの策を自力でひねり出す習慣を身につけるべきだろう。二兎を追う者の策は限定され、結果的に一兎をも得ない。しかし、一兎のみを追おうとすればいくつかの方法が見えてくるものである。

アイデアは鰻のようだ。尻尾を掴めたと思ってもするりと逃げる。アイデアは泡沫うたかたのようだ。方丈記をもじれば「アタマに浮かぶアイデアはかつ消えかつ結びて」なのである。油断していると、すぐに消えてしまう。では、どうすればいいか。「ことばのピン」で仮止めするしかない。アイデアはイメージとことばの両方で押さえてはじめて形になってくれる。

最後にまったく正反対のことを記しておく。アイデアは出る時にはいくらでも出る。複数のテーマを抱えていても、出る。何の努力をしなくても、出る。ぼんやりして怠けていても、出る。ふだんから「何かないか」と考え四囲の現象や情報に注視する癖さえつけておけば、出やすくなるのだ。運命を担当する神は気まぐれだが、アイデアを仕切る神は努力に応じた成果配分主義を貫いてくれる。少しは励みになるだろうか。 

学びの場、ジャパニーズスタイル

大阪市内にあって、自宅もオフィスも歴史にゆかりのある一角にある。もちろん立ち並ぶ建物はことごとく近代化しているのだが、大川には八軒家浜の船着場の跡があり、少し西へ行くと旧熊野街道が南北に通っている。大阪の由来となった「大坂」――文字通り、大きな坂――はオフィスのすぐそばだし、5分も歩けば大阪城の大手門にも到る。テナントとして入っているこのビルは、その昔両替商だったらしい。

ここから南の方へ少し下ると、坂のある路地が細く入り組んだ古い街並みが残っている。広い敷地の旧宅をそのまま生かしたギャラリーや蕎麦屋もある。長屋続きの町家も随所に点在していて昔を偲ばせる。仕事に役立つかどうかわからないが、そんな町家を一軒借りて、一見遠回りな講話をしたり対話をしたりする私塾を主宰してみたいとずっと考えてきた。これまた近くに残っている緒方洪庵の適塾が特徴とした輪講なども人間力鍛錬にはいいだろうなどと構想を練ってきた。しかし、なかなかいい物件が見つからず今に至っている。今年の私塾大阪講座は老舗のホテルでの開催になった。

ぼくの私塾を〈岡野塾〉と命名したのは京都の知人である。自分の姓を表看板にするほど実力も知名度もないが、言われるままにそうさせてもらった。以来数年が経ち、当初ほど違和感を抱いてはいない。かつての談論風発塾同様に、ぼくの私塾のイメージは「和風」を基底にしている。「まさか、冗談でしょ? 講座のテーマはほとんど洋風じゃないですか?」とチクリと言われそうだが、精神は根っから和風なのである。ついでなら、場も空気も和風にしたいと本気で考えている。


飲食しながら即興で知技と遊芸を競い合う、不定期の集まり〈知遊亭〉を近々開く運びになった。「ちゆてい」と読む。ぼくが席主となるが、入門に小難しい規定はない。「知遊亭○○」と号なり芸名を名乗り、毎回自前の飲食代だけ払ってもらえればよろしい。趣意書も出来上がっているが、定例開催の場所が決まらない。和の条件を満たす場探しにしばらく時間がかかるかもしれない。決まれば、本ブログ上で趣意書を公開して門下生を募りたい。なお、お題は当日来なければわからない。ぼくを感心させぼくから笑いを取るたびにポイントを加算して、知遊ランキングを上げていく。

ところで、研修や講演を和室でおこなった経験がないわけではない。傑作だったのは、洋風研修の最たるディベートを旅館の大広間で実施したことだ。主催者がディベートに不案内のまましつらえた結果だが、お座敷では京ことばや琴の音は似合っても、白熱の激論というわけにはいかなかった。なにしろ、座布団に座って向き合い、「エビデンスをお持ちですか?」などと問うのだから、力が入らない。旅館側のお節介な配慮によって、卓袱台には湯飲みと茶菓子まで置いてあった。講演するぼく自身も寄席の講談師のようであった。

研修所では小さな和室での少人数研修というケースも何度かあった。ご存知の通り、旅館のような和室には押入れがあり、その押入れの襖の柄が入室する扉の襖の模様と同じであったりする。研修担当者がそろりと襖を開け、会釈して入室し参観する。しばらくして、座ったまま静かに後ずさりし立ち上がって、音を立てぬよう襖を開ける。ところが、開けた襖の向こうには重ねられた布団! そう、出入の引き戸と押入れを間違えてしまうのだ。静寂が破れて大笑い。ジャパニーズスタイルの学びの場には、ハプニング性の滑稽と可笑しさが潜んでいる。それがまたたまらない。 

思考と指向と嗜好

時代を反映する〈思考の指向性〉について書こうと思っていたら、「思考」と「指向」が同音異義語であることに気づいた。ついでに、もう一つの同音異義語である「嗜好」も付け加えてみた。他意はないが、数分思い巡らしているうちに、これら三つがつながってくるような気がしてきた。なんだか問題を解くような気分である。

気まぐれに思考の指向性を考えたわけではない。今年は1995年に起こった二大惨事の回顧報道によく巡り合う。阪神淡路大震災とオウム真理教事件である。そこでぼく自身のノートを繰ってみた。同年316日から515日までの二ヵ月分のメモが一冊のノートに収まっている。そして、メモの半分はなんと危機管理に関するものだった。これらのメモが当時のぼくの思考の断片であるなら、思考が時代を色濃く反映していることが手に取るようにわかる。

ある一件が生じる。それを「事態」と呼んでおく。その事態は破局へと向かうかもしれない。それを予測して収拾・安定策を事前に講じようとするのが危機管理である。ぼくたちは危険と安全の岐路に立てば、おおむね安全を取るものである。問題は、危険と安全の分岐点にいるのかどうかがわかりづらいということだ。いま岐路と分岐点ということばを使ったが、左が危険、右が安全のように標識が立っているわけではない。リスク要因と安全要因は混在するし、リスクの大小判断も容易ではない。危険と思った選択が安全、安全と思った選択が危険というケースが多発するからこそ、危機管理術は一筋縄ではいかないのである。


ノートの話に戻る。オウム真理教についてのメモが多いが、ところどころで食に関する危機管理について書いている。ここで、タイトルの「嗜好」の出番である。

飽食の時代が満足しない舌・・・・・・という危機を招く。地下食堂街に行って驚いた。中華弁当セット、イクラとウニの海鮮丼、米沢のこんにゃくそば、同じく米沢牛のタンのスモーク、ちぎり天ぷら、洋風エビカツ、特製稲荷寿司店……。どれもうまそうに見えて、結果的に決め手を欠いている。グルメの本質には、本来「この一品」という主義があると思うが、あれもこれものグルメブームはやがて舌を麻痺させるだろう。結局、薄味が濃厚な味付けに敗北するのではないか。

次いで、ぼくが招かれた立食パーティーの話。実は、同会場で提供されたサーモンによる食中毒が翌日に明るみに出た。ケッパと玉ねぎのスライスをスモークサーモンで包み込んだのが大好物だが、幸いにしてぼくは口にしていなかった。そこで、こう書いている。

何でもかんでも危機管理できるわけではない。自分で作った料理の安全性を極めるすべはあるだろうが、ホテルの立食パーティーの食事には信頼性があると決めてかかっている。シェフは毒味係も兼ねているが、傷んだサーモンは彼の検証に引っ掛からなかったようである。

ふと先々週の金沢での食体験を思い出した。ホタルイカもぼくの好物で、現地でなければボイルせずに生で食すことはむずかしい。ホタルイカの刺身には寄生虫が稀に見つかるらしい。ごく小さなリスクだろうが、それを覚悟するならお店が出すと言う。隣りに座っていた初対面の男性は、自身ホタルイカを獲りに行くらしく、えらく詳しかった。「しっかり噛めば唾液の力で大丈夫」と請け合ったので、よく噛んで数匹食べた。食べた後に「運が悪いと胃に穴が開きます」と冗談まじりで話していたが、そんな程度でおびえはしない。この歳になれば、すべての嗜好には悦楽と危険が潜んでいることくらい重々承知している。

続きが思い出せない

自分からぷつんと集中の糸を切ってしまうこともある。集中には危なっかしいところがあるので、自動停止して浄化するようになっているような気がする。たとえば、これ以上集中的に考えるとちっぽけな頭がもたないような時、無意識のうちに集中をやめてしまうのだろう。オーバーヒートに対する自己冷却機能みたいなものだろうか。

しかし、経験を積んで集中力に筋金が入ってくると、集中の糸も丈夫になり、危険域までの緩衝ゾーンが広くなってくる。つまり、集中力が強く深く続くようになる。裏返せば、集中を浅い段階でしょっちゅう途切れさせていると、弱々しくて甘くなってくるわけだ。休めすぎてはいけないのである。小中学校の時間割の一時限は45分だが、これに慣れてしまうと「45分脳」になる。実社会の仕事や生活はもっと長時間の集中を求めるので、一時間にも満たない集中脳ではなかなかやっていけない。

さて、集中が途切れるのは、自発的沈静作用だけによらない。おおむね電話と他人が土足で入ってきて、せっかくの集中時間を遠慮なく踏みにじってくれる。電話は遠隔の人と交信する装置でもあるが、人の都合を推し量ることなく、ふいに邪魔をしてくる機械でもある。さらに厄介なのが、同じ職場で働く上司、同僚、部下たちだろう。二人三脚やチームワークを組む一方で、彼らはお互いの集中を乱し足を引っ張り合う。


ノートに書きかけのページがある。「歩くこと(1)」という見出しをつけて、途中まで書いてある。そして、この途中までしか書いていないメモを元にして散歩に関するブログもすでに書いている。しかし、そのブログのタイトルにはノートのような(1)なる番号は付いていない。実は、ぼくが集中してノートを書いている時に邪魔が入ったのである。その時、間違いなくぼくは「シリーズ発想」していた。そうでなければ、何の根拠もなく(1)などとは書かない。きっと(2)も(3)も(4)も構想したうえで書き始めたのだ。しかし、さっぱり思い起こせないのである。途切れた集中の損失は大きい。しかも、誰もその損失を補填してくれはしない。

ところで、なぜ(2)も(3)も(4)もと言い切れるのか。ぼくの性格からすると、2回に分けて書くときには(上) (下)、3回なら(上) (中) (下)とするからである。(1)としたからには、おそらく4回以上あれこれと考えていたに違いないのである。いや、ちょっと待てよ。そこまでの確証がほんとにあるのか。上下の2回だと分かっていても、敢えて「○○○」と「続○○○」ということもあるではないか。あるいは、「歩くこと」なら複数ページにわたって書けると目算して、たまたま(1)と書いただけではないのか。

こんなことを思っているうちに、ふと團伊玖磨の有名なエッセイの題名を思い出した。第1巻から第27巻までは次のように命名されている。

パイプのけむり、続パイプのけむり、続々パイプのけむり、又パイプのけむり、又々パイプのけむり、まだパイプのけむり、まだまだパイプのけむり、も一つパイプのけむり、なおパイプのけむり、なおなおパイプのけむり、重ねてパイプのけむり、重ね重ねパイプのけむり、なおかつパイプのけむり、またしてもパイプのけむり、さてパイプのけむり、さてさてパイプのけむり、ひねもすパイプのけむり、よもすがらパイプのけむり、明けてもパイプのけむり、暮れてもパイプのけむり、晴れてもパイプのけむり、降ってもパイプのけむり、さわやかパイプのけむり、じわじわパイプのけむり、どっこいパイプのけむり、しっとりパイプのけむり、さよならパイプのけむり。

最後の巻『さよならパイプのけむり』が発行されて数ヵ月後に著者は没した。「さよなら」に意味があったのか、単に筆を置こうとした偶然なのかわからない。ちなみにぼくは最初の2巻だけ読んだ記憶がある。タイトルの付け方に行き当たりばったりもあっただろうし、次も考えたうえでのたくらみもあっただろう。本文を読まずとも、題名だけでいろんな想像が掻き立てられて愉快である。

ゆめゆめ手を抜くことなかれ

昨日のタイトルが『もはや手に負えない』で、今日が「手を抜かない」。語呂合わせを企んだわけではない。たまたま二日続きで「手」がひょいと出ただけである。

人間を分類する基準にはいろいろある。血液型は4タイプに分けるし、干支は12タイプに分ける。男女に分けるなら2タイプ、老若男女だと4タイプ。正確を期すれば、後者は老若と男女をクロスして4タイプになる。つまり、男・老、女・老、男・若、女・若。「男」のみや「若い」のみでは、あまり分類効果は感じられない。「犯人は男」や「犯人は若い」では捜しにくいだろう。もっと項目が欲しいところだ。「犯人は若い男でメガネをかけ、黒いTシャツを着ていた」という、より細かな分類、すなわちより具体的な描写をするほうが逮捕の手掛かりになりやすい。

最近、モノローグ派とダイアローグ派に分けて人間観察している。モノローグ派とは相手を意識せずに独白するタイプで、社交ダンスのように歩調を合わせるように会話をしない人のことだ。モノローグ派二人が会話をしているのを傍らで聞いていると、片方が一方通行でひとしきり喋り、続いて相手が同じように喋る。交替に話してはいるのだが、さほど交叉することなく、フラットに流れていく。他方、対話を得意とするダイアローグ派は、たとえ話し手と聞き手の役割があるように見えても、問いや相槌も含めてよく交叉する。複雑にり組み、よく接合し、話に凹凸感が漲る。言をよく尽くすので、交わされる情報量も圧倒的にモノローグ派よりも多い。


ダイアローグ派は「この間、あの店へ行ったら、多忙にかこつけてサービスがおろそかになっていた。お勘定する時に詫びもしなかった。しばらくあの店に行くのはごめんだね」というふうに話す。これがモノローグ派になると、下線部を独白――内へ向かっての無言のつぶやき――で済まし、結論部分の「しばらくあの店に行くのはごめんだね」だけを発話する。唐突もはなはだしいが、本人は下線部も発話したつもりになっているのである。ダイアローグ派は棘のある言を発し、時には毒舌で相手を傷つけ、モノローグ派は独りよがりな話法に終始し、ことば足らずで誤解を招く。

いずれもパーフェクトではない。しかし、手を抜いたように見られるモノローグ派よりも手を抜かないダイアローグ派をぼくは優位に見立てたい。

そもそも、一般常識から考えても当たり前の意見である。事はことばの発しようだけに止まらない。手を抜いていいことなどめったにないのである。あることを貫徹するには、必要欠くべからざる最少工程をこなす。一工程を飛ばしてしまうと完結しないし、仮に手順前後してもよい場合でも、いずれ手を抜いた工程をどこかで穴埋めしなければならない。手を抜いたツケを仕事も人も見逃してくれはしないのだ。

まずまず気に入っている居酒屋がオフィス近くにある。ここ二ヵ月ほどの間に、昼も夜もそれぞれ三、四回利用している。ある日、ランチに行って、日替わり弁当を注文した。酢豚に魚フライ、野菜と味噌汁、それにご飯である。不満なく食べ終わった。夕方に来客があるので、席を予約して店を出た。(……)夕刻。予約の時間に店に行き、焼酎の水割りを頼む。最初に出てきた付き出しは、なんとお昼に食べたのと同じ魚フライだった。ランチの残り物か、同じものを付き出し用に今しがた用意したのか。明らかに前者であった。

その店に二度と行かないぞなどと頑固を決めこんではいない。なにしろオーナーとも親しくなったし、とてもいい人なのだ。料理にも趣向を凝らしているから一応の評価を下している。しかし、一品料理同様に一工夫すべきだろう。いや、ランチのおかずを夜の宴席の付き出しに回すような、拙い手抜きをしてはいけない。しばらく間を空けてから行き、誠実にぼくの意見を述べようと思う。ぼくの誠実とは、はっきりと非を指摘することにほかならない。  

もはや手に負えない

耳を疑った。新型のスマートフォンでソフトが2万種類もダウンロードできるというのである。もっとすごいのは、一番よく売れているタイプなら18万種類に達するという。使いこなせばすごいことになると喧伝される。たしかに使いこなせばすごいことになるだろう。

昨日『招かれざるバージョンアップ』について書いた。ぼくたちの手に負えないほどソフトや製品が進化し続けている。実際に日々使いこなす機能はおおむね基本的なものに限られていて、十中八九そうした機能だけでも十分に便宜を受けることができる。だが、高機能・多機能が描き出す夢の世界はどんどん膨らむ。ところが、その世界をじっくりとクローズアップして見えてくるのは、ソフトが主役の生活やビジネスシーンであって、ぼくの目にはそれを使っている人間がなかなか見えてこない。たぶんぼくの居場所が最先端ソフトと無縁であるからなのだろう。

現実となりつつあるこの未来光景は、何かに酷似している。そう、すでに1980年代にぼくたちを手招きしたオフィスオートメーション時代の予兆にそっくりなのである。当時、創造的な仕事を手に入れたはずのぼくたちにはかつてない効率性と余暇時間が約束された。スピード、短縮、高性能などの威勢のよいキーワードが飛び交い、整然としたペーパーレスオフィスが描き出された。それから30年、さらに進化したIT環境に置かれているはずのぼくたちは、依然として同じ時間働いているし、休暇の取り方は下手だし、小さな機器に向かってキーボードを叩きながらせっせと書類をプリントアウトしている。


伝書鳩と携帯電話には画然とした違いがあるだろう。その違いは馬車と自動車以上の相貌差異に思える。しかし、正直なところ、ぼくの使っているPCと携帯はぼくの期待以上にすでに十分に多機能かつ高機能なのである。いや、事はソフトだけの話ではない。どんなに情報が膨大しても、ぼくには一日24時間しかないのだ。毎朝一紙にざっと目を通すだけでも半時間を要し、ネット上には何万年生きても追いつかないほどの情報が溢れている。

音楽CD600枚ほど所有している。すべてのCDを再生してはいるが、過去何十年もかけて買い集め、そのつど聴いてきた結果である。今からこれらすべてのCDを再聴するとなると、一日一枚の調子で楽しんでも二年近くかかる勘定である。蔵書になると、おびただしい冊数を廃棄したが、それでもなおオフィスと自宅に2500冊ずつ所蔵している。絶対に不可能なペースだが、仮に一日に一冊再読しても15年近くかかってしまう。もちろん、ぼくは三度食事をするし、誰かと会って対話もするし、出張にも出掛け、オフィスで仕事もせねばならない。できれば7時間は眠りたいし、他にもしたいことが山ほどある。地デジもBSもケーブルテレビもおびただしいチャンネルと、休むことなく番組を提供してくれているが、週に三つ四つの番組を視聴するのがやっとだ。

アナログ書籍から電子ブックになっても、ポータビリティ以外の事情は変わらないだろう。繰り返すが、ぼくたちの生は有限であり、一年は365日なのであり、一日は24時間なのである。どんなに多機能・高機能になっても、自分へのインプット・記憶にはアナログ的過程を経なければならない。電子ブックと脳を直接ケーブルでつないでダウンロードできるのならばともかく、媒体が何であれ読まねばならない。デジタル化しても見なければならないし、アナログ処理しなければならない。

多品種大量ソフトの時代になっても、ぼくたちに便宜をはかってくれるのはわずか一握り分のソフトにすぎない。便利な知へのアクセスと己の知のサクセスをゆめゆめ混同してはならないのだろう。 

招かれざるバージョンアップ

バージョンアップの恩恵にいろいろと浴してきたから、ことさらその便宜に意見するのを少々はばかってしまう。コンピュータソフトの改訂を重ねる意に用いたのがバージョンアップの始まりだが、今では広くどんなことにも使われる。ぼくの場合、テキストや講座のバージョンアップという使い方をする。「あの店はランチをバージョンアップしたね」などと時たま耳にする。言うまでもなく、改訂、つまり改め直すのはよい方向への変革である。ランチのバージョンアップと言う時、それはうまくなったか分量が増えたかのどちらかを意味する。

いかにも英語らしく響くが、「バージョンアップ」という語は、固有名詞化したものはいざ知らず、英語にはない和製語である。一般的な英語表現は「アップグレード(upgrade)」である。それにしても、バージョンアップということばは、何かしらよりよいものに変わっていきそうな予感を秘めている。どこの誰が太鼓判を押したのか知らないが、そこはかとなく権威の雰囲気を醸し出している。このことばのマジカル効果はなかなかのものである。

IT関連の知人友人もいて話をいろいろと聞くが、どちらかと言えば、ぼくは最新ソフト情報には疎い。それでも、仕事柄、現状機能はそれなりに使いこなしている。講師業を営んでから二十年以上になるが、当初は手書きのレジュメを配付していた。次いでOHPの時代に入り、ワープロ専用機でテキストを編集し、OHPシートでも活字を使うようになった。およそ十年ほど前から研修施設内にもPC用のプロジェクターが設置されるようになり、半数以上の講師は徐々にパワーポイントによるプレゼンテーションをおこなうようになった。ぼくはしばらく様子を見ていて、ギリギリまでOHPを使っていた。OHPをパワーポイントに切り替えるのに少し手間取ったが、6年くらい前からパワーポイントで講義している。


ところが、研修施設の受講生が実習で使うPCにはバージョン2007が搭載されている。講義では持参のノートパソコンを使うから問題はない。しかし、研修指導するときに、受講生が使っているパワーポイントをうまく扱えないのである。使い慣れた機能に辿り着くための「入口」がだいぶ違っていて、即座に見つからない。ちなみに、キャリアが浅い割には、ぼくのパワーポイント技術を若い受講生たちが認めてくれている。受講生にはパワーポイント経験のない人たちが半数以上いて、発表の助言やサポートをするのだが、その時に2007で速やかに指導してあげることができないのである。

おそらくあと何年かの現役生活をぼくは2003で凌いでいきそうな気がしている。一念発起して奮い立てば新しいソフトに挑戦できるとは思うが、仕事が遅々として進まない状況に妥協できるかどうか。携帯電話についても同じことが言える。スマートフォンなどの新しい機器には好奇心があるほうなのだが、この齢にしてあまり新しいものへの志向性が強いのも困りものなのだ。新ソフトとぼくが慣れ親しんでいる旧ソフトとの間にややこしくない互換性があるかぎり、ソフト保守主義を貫こうと覚悟を決めている。 

ふと、この道はいつか来た道ではないかと考える。自由に温度設定してカスタマイズできる冷蔵庫のフリールームを使っていない。洗濯機の乾燥機能はここのところ稼動していない。携帯電話もテレビもハードディスクも大半の機能を活用していない。新機能や高機能が謳われるたびにぼくたちは心惹かれて手に入れるのだが、おそらく大半の消費者は必要最低限の機能を使うに止まっている。どんなにときめくバージョンアップ機能であれ、一日24時間で使えるものには限度があるのだ。

さらにふと想い起こす。良かれと思ってテキストや講義内容をバージョンアップしたら、主催者側から文句を言われたことがある。同年度に同一研修希望者が多い時は、たとえば7月と12月などの二回にグループを分けて実施する。7月に実施して振り返り、わかりにくそうだったことを改め新しい事例に差し替えたりする。12月に実施する研修では20パーセント程度バージョンアップしていたりする。「受講内容が変わると均一教育にならないから、勝手に変えてもらっては困る」というわけだ。

「昨年のものをバージョンアップしようと思っているのだが……」と申し出ても、「昨年と同じで結構」と返されるケースが二回に一回。先方にも三年計画などがあって、同一テーマ、同一研修、同一内容などの趣旨がある。バージョンアップがいつでもどこでも歓迎されるわけではないのである。