この歳になるまで、「万端」を単独で使った用例にお目にかかったことがない。単独用法があるのかもしれないが、ぼくの知るかぎり、準備万端か用意万端のいずれかである。類義語に「万般」があるが、これも「万般の準備を整える」のように使い、辞書には「万般にわたるご支援」という用例もある。しかし、「万端にわたってお世話になり……」などは見たことも聞いたこともない。「万事」は万般に近く、事柄のすべてを意味する。しかし、万端は事柄だけでなく手段も含んでいそうである。
彼はメールで「万端を排してやり遂げる」と書いた。「そこは万端ではなく、万難だろう。万難を排して、だろう。万難とは困難や障害のことだから、排除したり克服したりする。万端には悪い意味など微塵もない」と指摘した。彼は何かのきっかけで「万端を排す」と覚えてしまったらしいのである。むずかしく考えることなどない。万難は「すべての困難」、万端は「すべての端」である。
自分が心得ている慣用句や用法が正しくても、そこに居合わせる自分以外のその他大勢に「あなた、間違っている!」と言われたら、なかなか説得しにくくなる。あまりお利口さんでない人や勘違いしている人たちがいるところでは、辞書を携えているのが望ましい。かく言うぼくも誤用のまま使ったりうろ覚えしたりしていることが時々ある。彼のミスを「他山の石とせねばならない」と思う。この用法はおそらく正しい。