エレベーターよもやま話

エレベーター.jpg直近のニュースを持ち出すまでもなく、便利で身近なエレベーターにも時々悲劇が起こる。便利と慣れにかまけて、エレベーターへの注意がなおざりになってしまうのも事故の原因の一つだろう。

狭小な閉じた空間であることとボタン一つで上下に移動することをあらためて認識してみれば、エレベーター内および乗降時に油断してはいけないことがわかるはずだ。但し、今日の記事は、悲劇や危険にまつわる深刻なものではなく、ぼくたちとエレベーター利用につきまとう日常的な考察に基づくよもやま話である。

1.ニアミス
一昨日マンションのエレベーターが1階に着き、ドアが開いて出ようとしたら、5階のがさつな三十代男性住人とぶつかりそうになった。ドアが開いた瞬間、男がぼくに気づかず乗り込もうとしてきたからだ。ぼくは透明人間ではないから、前方に目をやれば見えたはずである。エレベーターは電車と同じで、中から外へ出る動作が優先される。つまり、ぼくが出るのを見届けてから男が入るのである。
なお、エレベーターも車もボートも、「有事ゾーン」の移動手段とされているので、レディファーストのしきたりに従うならば、乗る時は男が先に乗ってから女性を導き、降りる時は先に女性を降ろす。
2.よく起こると実感すること
エレベーターというものは、急いでいる時には乗ろうとしている階の近くにはないものである。たとえば1階から乗って上層階へ行こうとするとき、2基が備わっている場合でも、2基の両方が上層階へと動いていることが多い。
3.矢印の意味
エレベーターホールには〔▲〕と〔▼〕のボタンがある。この矢印についてぼくは説明を受けたことがないが、今いる階よりも上に行きたければ▲、下に行きたければ▼を押すことを承知している。つまり「願望ボタン」なのである。
しかし、教わったことがないのであるから、高齢者の中には「命令ボタン」だと思い込んでいる人がいる。〔▲〕が「この階に上がってこい」、〔▼〕が「この階まで下りてこい」という意味だと思っているのである。どちらを押してもエレベーターはその階へやってくるが、そのまま乗ると、下へ行きたいのに上へ行ってしまうなどということが起こってしまう。
4.
昔のエレベーターには「釦」という一文字の漢字が書かれていた。小学生頃まで何のことかわからず、また知ろうともせずに乗っていた。「ボタン」と読むのだとわかったのは中学生になってからである。
5.アメリカンジョーク的クイズ
高層マンションの23階に住んでいる男がいる。朝、自宅を出るとき、彼は1階まで直通で下りる。しかし、帰宅時は21階でいったん降り、そこから2階分だけ階段を上る。なぜだろうか?
〈答え〉降りる時の押す1階のボタンは低い位置にあるが、昇る時に押す23階のボタンの位置は高い。男は背が低く、23階に手が届かず、ギリギリ届く21階のボタンを押す。

エレベーターの話、二題

もう10年近く前の話である。「エレベーターには不思議な法則があるんですよ。ビル内の二基のエレベーターは、たいてい仲良く並んで上下します。若干の差があるにしても、一基が5階、もう一基が6階というふうに動くのです」と知人がつぶやいた。「そんなバカな!」とぼく。「いつもとは言いませんが、だいたいそうなんです。それに……」と言って、もう一つの法則を示した。「1階から乗ろうとしたら、二基のエレベーターがいずれも地下へ向かっているか、7、8階あたりで並んでいます。」

エレベーターに意思があるはずもない。左側と右側の二基が結託しているとも思えない、また、いつ何人の客がどの階でボタンを押して乗ってくるのかをエレベーターが予知する必要などない……と適当に聞き流しておいた。しかし、その直後からエレベーターを利用するたびに知人の法則をつい思い出すようになった。そして、驚いたことに、ほとんどの場合、彼の法則が当てはまっていたのである。

しかし、意識してから数日も経たないうちに法則は心理的なものであることがわかった。少し待って乗る時や1階にちょうどエレベーターが止まっている時、ぼくたちは苛立たないし、二基のエレベーターの現在位置に注意を向けない。但し、1階から乗る時にエレベーターがちょうど1階に止まっている確率は低い。ゆえに待つ。待っているあいだに目線が二基のエレベーターの位置ランプに向く。たまに二基が並んでいたりすると、「一方が上層階、他方が下層階になるようにすればいいのに……」と少し苛立つ。以上が事の次第である。すぐに乗れない時の心理を法則化しているにすぎない。


よく利用していたJR駅にエレベーターがあった。地上階と改札口を単純に行き来するだけのエレベーターである。途中階はない。きわめてのろまな動きをするので、おそらく階段を利用するほうが早い。

ご丁寧にもこのエレベーターは音声アナウンスする。地上階で乗り「閉ボタン」を押すと、「ドアが閉まります」と女の声で告げてドアが閉まる。のろまなこいつはなかなか動かないが、利用者はエレベーターが自動的に改札口に向かうはずなので、しばし待つ。すると、再び女の声でこいつが言う、「行き先ボタンを押してください」。

「おい、他に行くあてでもあるのか? 行き先は決まってるだろ!」と条件反射してしまう。ボタンを押した瞬間、ドアを閉めてさっさと2階の改札口へ向けて出発すればいいではないか。恥ずかしながら、もしかして改札口以外に行き先のオプションがあるのだろうかと、ぼくはエレベーター内のありとあらゆる表示をチェックしたことがある。今はこの駅を利用していないが、「このマニュアル女!」と擬人化して苛立っている利用者がいるに違いない。