真偽を確かめる方法

推論や証明は直球で論じると不粋なテーマになってしまう。そうならないよう、肩の凝らない、気楽なエピソードを紹介したい。

初心者対象のディベートの勉強会をしていた頃、英国で出版された“Make Your Point”という中学生向けのテキストを参考にしていたことがある。議論の演習を目的としたもので、30の命題が設けられている。「美か知か」や「学生はアルバイトをすべきか」や「自動車―祝福か呪いか」などのテーマについて質疑応答をおこない、賛否を考え、最終的にフリーディスカッションで締めくくるという体裁に編まれている。英文もやさしく、よくできた本である(初版は1975年。手元にあるのは1987年版の11刷)。その本から「若い科学者: 残酷、それとも好奇心?」というテーマを取り上げてみる。次のような導入が書かれている。

蜘蛛にとても興味のある生徒がいた。「蜘蛛には耳がないようである」と「蜘蛛にはたくさんの足がある」という二点が気に掛かっていた。ある日、「蜘蛛には特別な足があり、それで聞いているに違いない」とひらめいた。そして、生物の先生にこのことを話してみたのである。「それはおもしろい理論だね。でも、証明するには実験をやってみないと」と先生は言った。少年は実験をすることにした。


その実験が常軌を逸しているのだが、フィクションだと思えば許せる。少年が試みた実験の手順は下記の通りであった。

実験目的   :  蜘蛛が足で聞いているかどうかを調べる。
使用器具   :  鋭利なナイフ、蜘蛛、テーブル。

実験(i) :  テーブルの中央に蜘蛛を置き、「跳べ!」と命じた。
結果(i) :   蜘蛛は跳んだ。

実験(ii):   蜘蛛の足をナイフで切り落とし、蜘蛛をテーブルに戻し、「跳べ!」と命じた。
結果(ii):   蜘蛛は跳ばなかった。

さて、以上の実験と結果から少年はどのように推論して結論を導いたのだろうか。彼の仮説「蜘蛛には特別な足があり、それで聞いているに違いない」は次のように証明されたのである。

結 論  : (足を切り落とした二度目の実験で)蜘蛛が跳ばなかったのは、「跳べ!」という指示が聞こえなかったからである。ゆえに、蜘蛛の足には聴覚がある。


残念ながら、少年が試みた証明は事実に反している。専門家やぼくたち一般人が承知している事実に、である。蜘蛛は足で音を聞いていないことをぼくたちは知っている。いや、それが事実かそうでないかを棚上げしても、この実験では不備が多すぎることを感知できる。蜘蛛は人間が発する「跳べ!」を解せるのか、「跳べ!」に対して跳んだのは偶然ではないのか、仮に「跳べ!」を聞いて意味を解しても、足を切り落とされたら跳びたくても跳べないではないか……。

ぼくたちの素朴な疑問に対して少年は必死に答えるだろう。ぼくたちが執拗に検証すれば少年は反論もするだろう。しかし、彼の証明は空しい。実験は不完全であり、既知の事実を覆すだけの新説を打ち立てるには到っていないからである。

ぼくたちが少年の証明を認めないのは、蜘蛛について、聴覚について、足について、跳ぶことについてすでに知っているからである。ぼくたちには経験と知識において、少年よりも一日の長があるように思われる。しかし、まったく経験も知識も持ち合わせないテーマの実験に対してはお手上げである。自力で真偽を確かめるすべはないから、真偽を権威に委ねざるをえない。そして、ぼくたちが頼りにしている権威が専門分野に関して何でもかんでもお見通しというわけではないことを知っておくべきだろう。

教訓:「よく知っていることについて真偽を確かめることはできる。あまりよく知らないことについては確かめるのは困難である。」