どんな脳にしたいのか?

人にはそれぞれのスタイルがある。歩き方、食べ方、装い方、話し方、眠り方など、数え上げればキリがない。自然と身についたものもあれば、意識して自分流にしてきたものもあるだろう。遠目に米粒ほどの大きさにしか見えないのに、歩き方だけで誰々と特定できたりする。その他もろもろの型が組み合わさって本人独自のスタイルが生まれる。

ぼくたちは生まれてきたままでは留まらず、年を追って見た目や行動を変えていく。やがて一定の年齢に達すると、ありとあらゆる営みがカスタマイズされた状態になる。ところで、「どんな人になりたいか?」と若者に聞くと、「○○のような人」と答える。◯◯には有名人や身近で尊敬できる人が入る。ちなみに、「◯◯のようになりたい」と言うのは簡単だが、「◯◯のどんなところ」や「どんな◯◯」に落とし込まなければ意味がない。

次に、「あなたは自分の脳をどんな脳にしたいですか、育てたいですか?」と聞いてみよう。実際、ぼくはこんな質問をよくしたものである。するとどうだろう、たいていの人は即答しない(たぶん、できない)。おもむろに口を開けて、「処理能力の高い脳」や「考える脳」や「創造的な脳」などと答える。一つにくくれば「賢い脳」を求める人が多い。そこで、もう一度聞く。「個性のある賢い脳にしようと意識して励んでいるか?」 ヘアスタイルや服装や趣味やグルメに比べれば、望む脳へのこだわりがほとんどないことがわかる。賢い脳などと、漠然と期待しているようでは、まず賢くなれない。


脳に固定的なスタイルを期待するのはやめたほうがよい。衣装や振る舞い以上に、脳はTPOに柔軟に順応できるのだ。TPOに応じて千変万化してくれる脳が個性的な脳なのである。もっと具体的な脳の働きをイメージしてみれば、その方向に動いてくれる。たとえば、ある目的へ一目散に向かってばかりいると、脳は見えないもの、気づかないものを増やしてしまう。そこで、〈寄り道する脳〉や〈脱線する脳〉へと鍛え直す。

Before脳〉と〈After脳〉をセットで使う。前者は過去(使用前)を見る分析的な脳、後者は未来(使用後)をシミュレーションする脳。どちらも見ないと、目の前のエサしか見えない刹那脳になる。いずれか一方だけ見るのも偏りである。BeforeAfterを同時に視界にとらえれば、脳が勇躍する。他に、知の気前がよくお節介な〈サービス脳〉がある。発想豊かでジャンプ力を秘めた〈飛び石伝い脳〉もあり、何でもすぐに出てくる〈引き出し脳〉もある。

脳を縦横無尽に働かせるためには、知のインプット時点が重要である。インプットは印象的に。少々デフォルメしたインデックスをつける。イメージとことばを組み合わせて情報を仕入れる。できれば異種どうしがいい。一情報だけを孤立させて詰め込むのではなく、他の情報といつでもドッキングできるよう住所不定にしておく。浮遊状態かつ具材がよく見える寄せ鍋のように。積んではいけない。広げておかなければならない。単機能ではなく、複合機能として脳を働かせようとすれば、インプットのスタイルを硬直化してはいけないのである。

語句の断章(3) 際

「際立つ」では「きわ」、そして「間際」や「壁際」や「水際」なら「ぎわ」と訓読みする。この漢字を見て「きわ」や「ぎわ」と読んでいると、このように発音していることが不思議に思えてくる。この際という文字、いったいどんな意味なのか。「こざとへん」に「祭」だから、二つの村の人々が祭りに集まるような字源ではないかと類推できる。

「国際」の場合、際を「さい」と音読みする。国際的、国際性、国際力などはどの文脈にあっても、すでに〈きわ〉本来の意味を薄められているようだ。「諸国に関する」という意味に重点が移り、ほとんど万国や世界と同義になってしまっている。

ところで、一般的な感覚では〈きわ〉は何かと何かが接する境目だ。他には「果て」や「限り」という意味もある。このような、限界の様子を表わす点では「マージナル(marginal)」も当たらずとも遠からずである。一時はやったマージナルマンには文化境界的無党派のようなニュアンスがあった。なお、「周縁的しゅうえんてき」と訳すと〈きわ〉から少し離れてしまう。

生え際はえぎわというのがある。上記の定義に従えば、「毛髪とそうでない部分が接する境目」のことだ。あるいは、毛髪の果て、毛髪の尽きるところ。コマーシャルを思い出す。「生え際にプライド、生え際にポリシー」というあれだ。人がどこにプライドを持とうとポリシーを持とうと勝手だし、他人がとやかく言うこともない。つぶやくように疑問を呈するなら、外面そとづらにプライドやポリシーを漂わせるのは戯画っぽくはないか。できれば内面に湛えておいてほしい。

それにしても、毛髪とそうでない部分が接する境目にプライドとポリシーとは、なんて小さくて情けない話なんだろう。

生活と仕事の密接な関係

理論武装できるほどの論拠を持ち合わせていないが、生活の現実はおおむね仕事ぶりに反映されると考えている。ダラダラと生きていたらダラダラと仕事をしてしまう。だらしない日常はだらしない仕事に直結する。無為徒食の日々を送っていれば、ろくな仕事をしないで給料をもらうことに平気になる。明けても暮れても遊んでいる者は仕事すらしないだろうし、流されるような惰性的生き様は、左から右へとただ流すだけの仕事に直結するのではないか。

生活を置き去り等閑なおざりにしたままで、いい仕事ができるはずがないのである。休日に運動し過ぎて身体を壊す。かと思えば、別の日には昼過ぎまで爆睡。アフターファイブは元気溌剌と友人と暴飲暴食、翌日はぼんやり頭で遅々として進まぬ仕事に向き合っている。暮らしぶりを見たらぞっとする、しかし表向きだけプロフェッショナルを装っている人間は結構いるものだ。「遊びは芸の肥やし」などと、まったく実証性のない自己弁護でふんぞり返っている芸能人もそこらじゅうにいる。二十代半ばで放蕩三昧から足をきっぱり洗って聖職に就いたのはアッシジのフランチェスコだ。悪しきライフスタイルとの決別は、一気にやり遂げねばならない。凡人にはなかなかむずかしいことだが、実は、少しずつ変革するほうがもっとむずかしいのである。

やわらかい発想を身につける方法やアイデア脳の育て方について、講演もしているし相談もよく受ける。ぼく自身、決して威張れるような日常生活を送っているわけではないが、〈クオリティオブライフ〉と〈クオリティオブビジネス〉を一致させるべく努力はしている。ふだんぼんやり暮らしているくせに、仕事の場だけ上手に頭を使おうというのは虫のいい話なのである。相談してきた人には「恥じないようなライフスタイルへと向かいなさい」と言う。素直な人は「わかりました。明日からそうします」と決意を示すが、すぐさま「ダメ! 今すぐ!」と追い打ちをかける。今日できることを明日に先延ばしするメリットなどどこにもない。決断と行動は同時でなければ意味がない。


様子を見てから、状況に照らしながら、相手の出方次第で、諸般の動向を睨んで、などはすべてペンディング動作にほかならない。「アメリカの動きを見て……」などと言っているから先手で意思決定もできず政策も打ち出せないのである。自分が自分でどうするかをなかなか決めない。状況や条件ばかり気にして、自発的かつ主体的に動かない。条件にあまり縛られない日常生活でこんな調子なら、本舞台の仕事では身動き一つ取れなくなるのが当たり前だ。

杜撰なライフスタイルは脳を怠惰にする。怠惰な脳は意思決定を躊躇する。反応的にしか働かなくなるのである。頭を使う仕事がはかどらなくなるとどうなるか。人は考えなくてもいい作業ばかりに目を向け、無機的な時間に異様な執着を示し始める。その最たる作業が会議だろう。「昼過ぎて まだ朝礼中 あの会社」という川柳を冗談で作ったことがあるが、あながち非現実的なジョークでもない。緊張感のない生活価値観は必ず仕事に影響を及ぼす。顧客と無縁な作業――社内の人事考課、業務レポート、朝礼、その他諸々の管理業務――ばかりがどんどん増えていく。

かつて公私混同するなとよく言われた。その通りである。しかし、精神性や脳の働きに公私の区別がつくはずもない。気持ちも頭もゆるゆるの生活者が、家を出て会社に着くまでの間にものの見事にきびきびとした仕事人に変身できるわけがないのである。〈私〉の姿をいくら包み隠そうとしても、〈公〉の場で仕事の出来や姿勢に本性が露呈してしまうのだ。ビジネススキルの前にヒューマンスキルがあり、さらにヒューマンスキルの前に胸を張れるようなライフスタイルを築かねばならない。要するに、「生活下手は仕事下手」と言いたかったのだが、はたして大勢の人々に当てはまるだろうか。

仕事上の能力開発のアドバイスをするために、生活態度や日々の暮らしぶりにまで介入して口はばったいことを言わねばならなくなった。必ずしも歓迎材料ではないが、日常の習慣形成を棚上げしたままでは、ぼく自身の教育へのコミットメントが完結しないのである。こんな姿勢を示すと、都合の悪い人が去ってしまうことになりかねないが、それもやむをえない。

“Fixed match”

時事的には少々旬が外れたが、ちょうどよい振り返り頃ではある。英字新聞には ” fought a fixed match with (against) ……” などと表現されている。他に “fixed game” という言い方もあるし、レースなら “fixed race” と呼ぶ。スポーツ全般、古今東西で存在してきたのが、この “fixing” という行為である。英語で表現すると何だかスマートに見えてしまうが、ずばり「八百長」のことだ。八百長は八百屋と囲碁に由来するが、子細は省く。

昭和30年代のスポーツと言えば、大相撲にプロレスにプロ野球だった。大阪市内の「ディープな下町」で8歳まで育ったが、当時町内でテレビを置いていたのは金物屋を営む爺さんの家だけだった。爺さんは大の相撲好きで、足の踏み場もないほど隣近所を集めては一緒に観戦するのだった。場所中は連日の十五日間、人が集まった。サラリーマン家庭が少なかった地域だったから、夕刻の早い時間でもテレビの前にやって来れたのだろう。駆けつけるのが遅いと玄関から遠目に見なければならなかった。

今にして思えば、爺さんたちはぼくたちにわからぬよう賭けていたのかもしれない。それはともかく、千秋楽の日には、力士のどちらが勝つかよく当てていたものだ。自前の星取り表を見ては、「七勝七敗のこっちが八勝六敗のあっちに勝つ」などと予想する。時には「この二人は同部屋みたいなもんだからな」とも言っていた。最近の千秋楽もそうらしいが、当時も、勝ち越しのかかった力士が大負けしている相手や優勝争いから脱落しているが星のいい相手に見事に勝つケースが多かった。子どもだったが、何かがありそうなことに薄々気付いていた。


「フィックスされたマッチ」とは、戦う前から結果が仕組まれている試合のこと。つまり「八百長」だ。八百長に語弊があるのなら、出来レース、あるいは単純に「出来」と呼んでおこう。閉じた勝負事の世界に出来はありうる。『侠客と角力』という本にも博打と相撲世界での出来について書いてある。出来はある意味で環境適応の本能かもしれないと思う。15歳やそこらでその道に入り、世間一般とは異なるルールやしきたりを刷り込まれる。当然、適応のための知恵もつく。ルールの中に反社会的な要素があることに気付くためには、入門前に社会の常識をわきまえておかねばならない。天秤の一方の台座に「世間の常識」、他方の台座に「土俵の常識」を載せれば、ふつうは世間の常識が重いはずだが、あいにくそちらの台座が空っぽだから、つねに土俵の常識(=社会の非常識)側に天秤が傾くのである。

ところで、強者がこの一番でどうしても勝ちたい時、通常の力関係で勝てそうな相手にわざわざ大枚をはたいて負けてもらう必要があるのだろうか。ふつうに考えればありそうにない。大人が幼児に小遣いを渡して腕相撲をすることはないのである。だが、万が一に備えて、念には念を入れて、優勝や昇進のかかった大一番では出来が仕組まれることもあながち否定できない。

「もし大相撲がなくなったら……」と聞かれたら、「そりゃ困るよ」と言うほど身近だった時代があったし、誰もが熱狂した時代があった。しかし、時代は変わった。スポーツは人気が多様に分布し、スポーツ以外のエンタテインメントも何でもありだ。文化や伝統を盾にしても、相撲でなければならない理由は見当たらないのである。消失して困る人よりも困らない人のほうが多くなれば、やがて慈悲に満ちた救済の声も消え入るだろう。人気とはよく言ったもので、対象を取り巻く「人の気」が弱まれば対象の存在価値も失せるのである。

さあ、どうする、大相撲? 階級制にするのか、部屋を解体するのか、ハンデ戦にするのか。あくまでもスポーツとしての道へ向かうのなら、儀式性や旧態依然としたしきたりと決別しなければならないだろう。いやいや、伝統的芸能ないしは興行的見世物としての要素も残すのか。いま、こんなふうに問うても、論争の対象にすらならないほどの死に体なのかもしれない。どうやら「業界の、業界による、業界のための存在」が最善の選択になりそうである。

語句の断章(2) 構想

企画を指導していて悩み多いのは〈構想〉の意味を伝えることである。構想というのはあるテーマの全体枠。枠そのものが未来を指向するシナリオであったり過去のリメークであったりする。

構想の中身は空想や想像でできている。空想も想像も「いま目の前にないものを思い描くこと」。但し、空想は脱経験的であるので、自由奔放であり、枠や時間という概念に強く縛られない。他方、想像は基本的には経験を下地にしている。経験したことから何かを思い浮かべようとすることだ。

さて、構想と言うと、漠然と未来を見据えようとしがちである。構想とビジョンは意味的に重なるが、「ビジョンをしっかり持て」と指示すると、どこにもないはずの未来を、たとえば天を仰ぐように見ようとしたり過去や現在から目を逸らそうとしたりしてしまう。どこかから未来を切り取ってくることはできない。過去や現在に知らん顔して未来だけを注視することなどできないのである。

実は、構想とは過去と現在を穴が開くまで見ることなのである。実際に経験したことからの連想なので、この点では空想よりも想像に近い。外や明日ばかり見ようとするのではなく、自分の〈脳内地図〉を見ることである。過去と現在を踏まえて、あるテーマについての願望をスケッチするのだ。過去の省察、現在へのまなざし、そして未来の願望を俯瞰して書き出す。構想とは事実の土台の上に希望のレンガを戦略的に積み上げる作業にほかならない。

構想が全体枠だと言うと、「全体=マクロ的」と考える人がいる。大きなことを考えてから小さなところに落とし込むのだと錯覚する。たとえば、樫の木からどんぐりを導くような感覚。そうではない。どんぐりから樫の木を構想すること自体が全体枠になる。「どんぐりはバーチャルな樫の木である」という発想こそが構想的なのだ。

「みんなやっている」

「みんな」とは「みな」のこと。みなさんや皆様のように「さん」や「様」をつけるのならいいが、単独で「皆」は使いにくい。「皆の者」や天皇陛下の「皆の幸せ」などを連想するからである。「みな」と言えるような立場ではない、と思ってしまう。いきおい誰もが「みんな」という言い方をするようになった。「みんな」イコール「すべての人」。誰もかも。ぼくもあなたも彼も彼女も。複数にすれば、ぼくたちもあなたたちも彼らも。「みな」が「みんな」に変わるような変化は専門的には〈撥音はつおん化〉と呼ばれる。

みんなと言えば、古くは「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」(ビートたけし)。歩行者による信号無視は始末が悪いが、大勢なら大胆にやってしまっても罪に問われにくいというふてぶてしい心理か。みんなが集まることによって、強がることができる。シェルター効果もある。自分一人でありながら、全体でもある便利さ。英語の“everybody”もそう。単数扱いながら、この語は複数の人々を念頭に置いている。あの「みんなの党」にも同じようなニュアンスを感じてしまう。

だいぶ前になるが、大阪の路上駐車違反をテーマにした総理府の広報ビデオがよく流れていた。買物から停めていた車に戻ってきたおばちゃんに警察官が違法駐車のチケットを切る。速攻の条件反射でおばちゃんが、詭弁を並べてまくしたてるのである。そのセリフが「みんなやってるやんか! 私だけちゃうやん!」だった。「みんなやっているでしょ! 私だけじゃないわ!」という標準語に翻訳しておく。


この一件だけを例外として認めさせないぞという力が「みんな」には備わっていそうだ。口実にもなるし自己正当化にもなる。しかも、説明もせず理由も示さずに説得する力も秘めている。「こちらの商品ですね、皆さん、よく買われていますよ」「こちらの料理は当店人気ナンバーワンです」(これ、すなわち「みんなの御用達」)、「どなたも、これをお土産にされています」……こんな常套句に騙されてなるものかと思いながらも、気がつけば、みんな買っている、みんな食べている、みんな土産にしてしまっている。

『世界の日本人ジョーク集』(早坂隆)という本から、一つジョークを紹介しよう。

ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。

アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」

イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」

ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」

イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」

フランス人には「飛び込まないでください」

日本人には「みんな・・・飛び込んでますよ」

今では知る人ぞ知るジョークになった。それぞれの国民性が見事にワンポイントで表されている。ヒーロー、紳士の心得、規則遵守、もてる男、アマノジャクが米英独伊仏でそれぞれ象徴されている。そして、日本人と「みんな」の相性の良さ! 「自分でも特定の誰かでもなく、みんなに従う日本人」は、世界の人たちの目に滑稽に映っているのだ。「みんな」は日本人に対して〈不特定多数の匿名的権威〉という確固たるポジションを築いているようである。

指示に従わない人たち

プロ野球が開幕した。ご多分にもれず、自宅で購読している全国紙の一つが「順位予想」を掲載した。同紙のスポーツ記者5名がセ・リーグの順位、別の記者5名がパ・リーグの順位をそれぞれ1位から6位まで予想している。スポーツ記者の予想に格別の関心があるわけではないが、「どれどれ」とばかりに目を通してみた。朝食のトーストを齧りながら、ボールペン片手に少し遊んでみた。

1位に予想されたチームに5ポイント、以下、2位に4ポイント、3位に3ポイント、4位に2ポイント、5位に1ポイント(6位は0ポイント)を配分して、各リーグを予想した5人の記者の合計ポイントを足してみたのである。結果は次のようになった。

【セ・リーグ】 巨人21ポイント、中日19ポイント、阪神17ポイント、ヤクルト13ポイント、広島4ポイント、横浜1ポイント。昨年同様に、ペナントレースの予想は三強の様相を呈している。

【パ・リーグ】 楽天17ポイント、ソフトバンク16ポイント、日本ハム15ポイント、西武13ポイント、オリックス7ポイント、ロッテ7ポイント。拮抗した評価であるが、楽天予想に首を傾げ、昨年の日本シリーズの覇者の最下位予想にも少し驚いた。

ここ数年、ぼく自身の中でプロ野球離れが少しずつ起こっているので、各チームの新戦力もよく知らないし、球団勢力図もわからない。では、プロ野球の記者たちならよくわかっているのだろうか。そう思って、各記者の二行寸評を読んでみた。多分にセンチメンタル気質に突き動かされているコメントにがっかりした。優勝予想の根拠はほとんどなく、特定チームのファン心理に近い願いがあるのみだ。応援の一票を強引に正当化するために、後付けで寸評を書いたかのようである。


セ・リーグ予想を担当しているA記者は「層の厚い巨人が本命」と書いている。どの層が厚いのかよくわからないが、まあいいとしよう。問題はその次である。「開幕問題で経営者が下げたファンの支持を、選手がプレーで取り戻して」。これは巨人を優勝だと予想する根拠にまったくなっていない。まるで巨人ファンの願いそのものではないか。このA記者は2位に阪神を挙げているが、巨人ファンなのだろう。「選手がプレーで取り戻して」などという応援メッセージは、ファンでなければ絶対に書けない。

同じくセ・リーグ担当のT記者も「ヤクルトがダークホース。元気が出る好ゲームを期待します」と書いている。「期待など書くな、予想を書け」と言いたい。

いや、この二人のセ・リーグ担当記者の、予想よりも期待に傾いた程度はまだましだ。これに比べればパ・リーグの5人はひどいもので、戦力分析による予想をしていないのである。全員に占師か応援団員に転職するように勧告したい。

専門編集委員でもあるリーダー格らしきT記者: 「今年ばかりは楽天に頑張ってほしいので」。
別のT記者: 「がんばろう東北の合言葉のもと、楽天には躍進を期待したい」。
M記者: 「楽天には星野新監督効果と選手の発奮を期待します」。
O記者: 「楽天の意地にも期待したい」。
極めつけはW記者: 「予想ではなく、切望です。だって、プロ野球って夢を追うものでしょ。がんばろう! 日本」。

何たる「予想ぶり」だろうか。もう一度書くが、そのコラム中の一覧表には「プロ野球順位予想○○」というタイトルが付いているのである。「プロ野球順位希望× ×」なのではない。すなわち、パ・リーグ担当記者の全員が、順位予想という「指示=業務」を不履行しているのである。特にW記者など確信犯である。よくもぬけぬけと「予想ではなく、切望です。だって」と書けたものだ。だってもヘチマもない! 切望を書きたいのなら、本紙の読者欄に投稿すればいいのである。

こんなふうに指示に従わない連中がそこかしこに増えてきた。もしかすると、指示の意味がわからないため従えないのかもしれない。たとえばプロフィールの「趣味」という項目に、「趣味というわけではないですが……」と断りを書く連中がいる。そして、「少々演劇をやっています」と続ける。それを趣味と言うのだ。「氏名欄」には氏名を、住所欄には住所を、生年月日欄には誕生日を素直に書けばいいのである。

職業人であるならば、編集委員が記者たちに指示したであろう「プロ野球順位」の予想の根拠を記せばいいのである。仮にぼくが「たかがプロ野球」と見下げれば、記者たち全員が大声で「されどプロ野球!」と反論するに決まっている。それならば、読者のためにもう少しまっとうな分析と予想に励もうではないか。まあ、こんなことくらいで、購読を中止して他紙に乗り替えるつもりはないが……。

語句の断章(1) 五色絹布

神社の本殿でよく見かける。賽銭箱の上方に本坪鈴ほんつぼすずがあり、そこから鈴緒すずおが下がっている。鈴緒と一緒に、場合によっては鈴緒の代わりに、五色の布がぶら下がっていることがある。

あの布の名称を知りたくて調べたことがある。わからなかったので、実際に神社で一度尋ねてみた。「さあ?」と首を傾げられた。当事者なのに「さあ?」はないだろう。その一言を最後にそれっきりになっていた。

五色が陰陽五行から来ているのは想像できた。木-青、火-赤、土-黄、ごん-白、水-黒というように五行と五色が感覚対比される。この場合、五色は「ごしき」と呼ぶのが適切である。但し、ぼくがよく見るあの鈴から垂れている布に黒色はない。これら五色の上位に最高色としての紫を置いたため、そのしわ寄せで黒がなくなったらしい。黒を含まない五色は「ごしょく」が妥当だろう。なお、七夕の短冊も青、赤、黄、白、紫の五色を使うのが一般的とされる。

確信とまではいかないが、あの布、どうやら「(鈴緒の)五色布」と呼ばれているらしい。「らしい」というのも変だが、鈴と布を売っているメーカーはそのように呼んでいる。しかし、ぼくは自作の「五色絹布ごしょくけんぷ」が気に入っている。たとえ絹製でなくても、こちらのほうが高貴で雅ではないか。

利を捨て理を働かせる

喉元過ぎれば熱さを忘れると揶揄される国民性だ。立ち直りの見事さは、そこそこ反省が済めばケロリとしてしまう気質に通じることもある。凶悪犯が手記を書けば、あれだけ煮えくりかえっていた怒りや憎しみをすんなりと鞘に収め、節操もなくその手記を読んで涙する。そして、まさかまさかの「あいつもまんざらではない」という評価への軌道修正。最新の記憶が過去の記憶よりもつねに支配的なのである。楽観主義と油断主義が紙一重であること、寛容の精神が危機を招きかねないことをよくわきまえておきたい。

推理について書いてからまだ二十日ほどしか経っていない。現在遭遇している危機を見るにつけ、真相はどうなのか、いったいどの説を信じればいいのか、ひいてはしかるべき振る舞いはどうあるべきなのかについて、いま再び考えてみる。原発にまつわる事象を、現状分析、対策、権威、専門知識、情報、はては文明と人間、科学、生き方など、ありとあらゆることについて自問する機会にせねばならない。いま考えなければ、二度と真剣に考えることなどないだろう。

推理とは何かをわかりやすく説いている本があり、こう書いてある。

「理のあるところ、つまり真理を、いろいろの前提から推しはかること。(中略)推理の結果でてきた結論は、推しはかりの結果ですから、100パーセントの信頼性をもたないのです」(山下正男『論理的に考えること』)

前提を情報と考え、結論を真実と考えればいい。いったい事実はどうなっているのかと推理する時、ぼくたちは様々な情報を読み解こうとするのである。


一般的には、一つの情報よりも複数の情報から推しはかるほうが、あるいは主観的な情報よりも権威ある客観的な情報から推しはかるほうが、推理の信頼性は高くなると思われている。ぼくもずっとそう思っていた。多分に未熟だったせいもある。だが、現在は違う。毎度権威筋の証言を集めて推理するまでもなく、まずは自分自身の良識を働かせてみるべきだと思うようになった。極力利己を捨て無我の目線で推理してみれば、事態がよくなるか悪くなるか、安全か危険か、場合によってはどんな対策がありうるかなどが素人なりに判断できるのである。

原子力推進派であろうと反対派であろうと、原発がエアコンのように軽く扱えるものでないことを承知している。また、原発から黒煙が出ていたという事実を目撃した。さらに、つい先日まで放射能の汚染水が海へ流れ出ていたという情報を同じく認知している。放射能基準値の数倍が百倍になり千倍になった。何万倍と聞かされて驚き、数日後には電力スポークスマンが「億」とつぶやいた。「嘘でしょう?」と誰もが思っただろうが、たしかに瞬間そんな数値を記録したようである。やがて七百五十万倍だったかに訂正されたものの、数値が尋常ではないことは明らかだ。

利を捨てて見れば、上記の情報を前提にして好ましい結論を導けるはずはないのである。推理の結果、安全か危険かの二者択一ならば、「危険」と言うのが妥当だ。しかも、高分子ポリマーは権威的で信頼性が高そうに見えるが、おがくずと新聞紙のほうはやむにやまれぬ、自暴自棄の対策に見えてしまう。たとえ専門的に効果的な処理であるにしても、知り合いの銭湯のオヤジさんと同じ材料を使っていてはかなり危ういように思われる。

流言蜚語や噂などと権威筋のコメントが似たり寄ったりだと言う気はない。しかし、推理と伝播の構造にさしたる大差はないようにも思われる。しかるべき情報から信頼性の高い推理をおこなおうとする責任者なら、まず第一に利害や利己から離れてしかるべきである。もし専門家の意見に私利がからむとすれば、これはデマと同種と言わざるをえない。自然のことわりがもたらした惨事に対して、人類がを働かせて方策を打ち立てるべきだろう。

悲喜こもごも

阪神淡路大震災に見舞われた当時、大阪の郊外に住んでいた。まさかテポドンとは思わなかったが、その瞬間、ヘリコプターか小型セスナがマンションに墜落したと確信した。自宅から遠くない所に小さな飛行場があったからだ。収納のバランスが悪い本棚が一つ倒れた。食器棚は倒れこそしなかったが、食器類は散乱していた。しばらくしてからテレビをつけると、高速道路が破壊され、方々で火の手が上がっている神戸の街が映し出された。非力な一個人では呆然とするしかない惨状。あれは戦争だった。

神戸の大学に通っていたし、その後も足繁く訪れた街だ。壊滅状態の見慣れた光景が衝撃となって、身体じゅうが痙攣したかのようだった。とりあえずわが家にこれといった被害はない。しかし、震源地により近い大阪市内の事務所はどうだろうかと不安がよぎった。もちろん最寄駅からの電車はすべて止まっていたから、当時小学生だった二男がそろそろ廃車にしようとしていた自転車に乗って大阪市内へと走った。およそ12キロメートルだろうか。大した距離ではないが、あいにく子供用の自転車だ。初めて駆け抜ける道に戸惑う。ビルから落下した窓ガラスの破片が道すがら散乱していた。通勤客が歩いている群れをすり抜けて走るのに、かなり時間がかかった。

オフィスは中央区の天満橋にある。大阪城の大手門まで徒歩5分という立地。嘘か本当か知らないが、「大阪城の近くは岩盤が硬い」とよく聞いた。周辺から南方面は上町台地と呼ばれ、大阪府を南北に走る上町断層が走っている。この断層の活動スパンは数千年に一回と言われているので安心なようだが、実は比較的危険なクラスに色分けされている。そうそう、ビルのエレベーターは止まっていたが、オフィス内にはまったく異変がなかった。机の引き出しが少し空いていたのと、ドイツのお土産だった小さな人形が倒れていた程度だった。


オフィスから西側へ一駅、徒歩にすれば10分の場所に、大阪証券取引所で有名な北浜が位置している。このあたりはかつて砂州を陸地に開墾した場所なので、天満橋に比べれば地盤がゆるいと言われていた。案の定、知人の会社ではスチール製の保管庫などがすべて倒れていたと聞いて驚いたが、震度6はあったと思われるから、無理もない。むしろ、近接しているぼくのオフィスに被害がまったくなかったのが不思議なくらいであった。

悲惨な光景は記憶の中でおびただしい。印象的だったのは、長田の住宅地で、「お金が燃えてしまう!!」と叫んで自宅へ駆け寄ろうとする老女を止める別の老女のことばだった。彼女は言った、「お金みたいなもん、働いたら、またできる!」 生き地獄のさなか、こんなにたくましいことばは簡単に口に出るものではない。生き様とことばが一つになる、生命いのちの叫びのようであった。

この震災から半月経った頃、ぼくよりも一回り年上の紳士が突然オフィスにやって来た。知人である。学生時代から銀行の管理職になるまでエリート街道まっしぐらだったが、五十過ぎに子会社の部長として出向して以来、気の毒な立場にあった。その人が、厳寒の二月初めにコートを身に纏わずにやって来た。「コートなしですか?」と聞けば、「いえ、コートは着てきました。汚れているので……」と口ごもる。肩越しに廊下を見れば床にたたんで置いてあるではないか。「何をしているんですか!?」と少々語気を強め、拾い上げてハンガーにかけた。

その紳士は芦屋在住であった。早朝目覚めた直後に激震に遭い、洗面所にいた奥さまを案じてとっさに廊下を駆け抜けたという。二人で自宅の外に出てしばらくしたら、裸足であることに気づいた。ガラスの破片の上を走ったので足の裏は血まみれだった。「あのとき、動物になってたんですね。野性が蘇ったんですね。痛くも何ともありませんでした。おまけに、傷はみるみるうちに治りましたよ」と微笑まれた。切なかった。

うな重をご馳走することにした。この人は日本の頂点に君臨する大学の法学部を主席卒業している。知的で聡明で静かな紳士が雄弁に身の上を語り始め、やがて喉を詰まらせるように涙声になった。「岡野さん、私ね、鰻が好物なんです。こんな幸せにしてもらって……」と大粒の涙を流し始めた。ぼくの会社から見れば外注先にあたるのだが、「できるかぎり仕事を作ってお願いできるよう努力します」と約束して見送った。その後、退職されてからは仕事の縁はなくなった。経理学校で講師をしていますとの年賀状をもらってはいたが、再会の機会はついになかった。数年前に訃報が届いた。亡くなってから半年後のことである。

大きな災害があるたびに、きまって長田の老女と芦屋の紳士を思い出す。悲哀の象徴ではあるが、生きる歓びのよすがとしている。