ストライクゾーン

何人かで集まっていると、ストライクゾーンの広さ狭さの話題が出ることがある。野球に詳しくなくても、たいていの人はこの表現を心得ている。いきなり結論から言えば、守備範囲が何事にも広い人はおらず何事にも狭い人もいない。あることについては広く別のことには狭いというのが人の常である。

居酒屋に入る。「お飲物は?」と聞かれ、「サントリーのモルツ」と注文したら、「すみません、うちではアサヒかキリンになります」。これを聞いて、「じゃあ」と言って席を立った知人がいた。お通しも出ていたというのに……。その知人にとってサントリーモルツが絶対のビールであるかどうかは知らない。お中元お歳暮でアサヒやキリンを頂戴したらきっと飲んでいるに違いない。もしそうなら、嗜好のストライクゾーンはTPOに応じて狭くなることがありうるということだ。

学生時代のこと。まずまず英語を話し聴きもできていたが、ネイティブと出会う機会も少なければCDなどの便利な教材もなかった。まだカセットテープのレコーダーもなかった頃。幸い、わが家にはトランクほどの大きさのオープンリールのテープレコーダーがあったので、NHKのテレビ番組の音を拾って発音練習していた。とは言え、どんな単語の発音も心得ていたわけではないから、おおむね辞書の発音記号に従って間に合わせていた。少々下手な英語でも精一杯理解しようとしてくれたネイティブもいれば、ほんのちょっと発音が崩れるだけで眉間に皺を寄せて「わからん」というジェスチャーをするのもいた。“World”の発音記号は[wə:rld]だが、当時ぼくは[wauld]と発音する癖があった。長い文章を喋っているから前後関係で“world”と言っているのは自明のはずだが、あるアメリカ人のストライクゾーンではボールの判定だった。


「きみは好みの女性のストライクゾーンが広いね」という言い方がある。いつぞや誰かに「ストライクゾーン診断というのがありますよ」と教えてもらい、どうせくだらないだろうと思いながらサイトを覗いてみた。男女関係にまつわる診断項目が並んでいた。「付き合う上で異性に求める条件はいくつ?」 多ければストライクゾーンが狭く、少なければ広いと診断するのだろう。「あなたはお金と愛のどっちを取るか?」 お金なら広く、愛なら狭いのだろう。「これまで様々なタイプを好きになったか?」 イエスなら広いのだろう。「上下何歳差までなら付き合えるか?」 差が大きければ広く、差が小さければ狭いのだろう。直感通り、くだらなかった。

ホテルの朝食ビュッフェではあれもこれもと欲張る守備範囲の広いぼくだが、懇親会の30種類飲み放題メニューを見て、そこまで揃えなくてもいいではないかと思う。食に関してはストライクゾーンが広く、酒に関しては狭いというぼくの嗜好を示している。飲まなきゃ損とばかりに、ビール、芋・麦の焼酎、ワインの赤白、ハイボール、カシスソーダ、モヒート、カクテルなどを飲み干す仲間を見て、ストライクゾーンが広いにも程があると呆れる。

「あなたには器量はあるけれど、度量がイマイチ」と妻に言われた男がいた。器量と度量を並べて男性に使うと、器量は、美貌容姿ではなく、能力を意味し、度量は他人に対する寛容や心の広さを意味する。その妻は「あなたは器が小さい」と言ったのである。器が小さい、つまり、料簡というストライクゾーンが狭い。

熟年になればある種の思想を固めることになるし、思想は持たねばならないと思う。しかし、その思想がガチガチに守勢に入った性質のものになっては、逆に思慮分別に支障をきたす。ぶれない思想を持つ、しかし、つねに異種や対立に関心を向けて、必要ならマイナー修正できる余地を残しておくべきである。なぜなら、思想は時代とともに、あるいは現象や事変によって相対的意味を変えるからである。社会や他者を意識するかぎり、何事も不変のままではなく流転する。思想にもストライクゾーンの広狭こうきょうがある。

ナポリタン考

ナポリタンと言ったつもりが、ナポレオンと言っていた。そんな指摘をされても、「いや、ナポリタンと言ったはず」と言い返す。スパゲッティの話をしているのだから、ナポレオンと言うはずがないではないか。いや、ちょっと待てよ、やっぱり言い間違えたかもしれないか……さほど自信がない。

ナポリタン。英語の響きだが、かなり怪しい。大辞典をひも解いても、“Napolitan”などという見出しは見つからない。英語ではナポリのことを“Naples”という。発音は「ネイプルズ」。イタリア語では“Napoli”だ。ナポリタンはその形容詞の変化か? いや、違う。イタリア語のナポリの形容詞は男性形がナポレターノ、女性形がナポレターナである。

という次第で、ナポリタンは英語でもイタリア語でもなく、どうやら和製英語のようである。そして、その名で表わされる、スパゲッティとピーマン、タマネギ、ハムをケチャップで炒めた和製料理を意味する。戦後に日本で生まれた麺料理というのは間違いなさそうだ(これ以上は掘り下げない。詳しい情報はWikipediaに譲ることにする)。

ナポリタンには昭和の匂いと風情が盛られている。ナポリタンを提供する店では「昔ながらの」と表現する所も少なくない。「昔ながらの、昭和の」という雰囲気から「下町の」を連想し、ここから焼酎の「下町のナポレオン」が浮かぶ。昔ながらのナポリタンと下町のナポレオンが混線して、冒頭の言い間違いが無意識のうちに生じた可能性はあるかもしれない。

ナポリタンは本場ナポリに存在しない。硬派な筋ではナポリタンは邪道なのである。自分でも休日の昼に手軽に調理するが、邪道だと思っているフシがあった。ところが、最近、本格的なイタリアンの店でも敢えてナポリタンをメニューに載せている。すでに何軒かで試してみたが、かつて喫茶店で熱々の鉄皿で出された類いのものとは明らかに違っている。ケチャップだけで味付けた昭和のナポリタンではなく、トマトソースも使われているのである。

和製スパゲッティであるナポリタンは本場イタリアのアマトリチャーナのアレンジだと言われる。なるほど、本場の味に近づいてかなり洗練された趣がある。まだパスタなどと言わずに、スパゲッティ一本やりだった時代のナポリタンは、一度茹でたうどんのような麺を使っていた。そこにタバスコを振りかける。稀に粉チーズが用意されている店もあった。それはそれでうまかった。

現代風のナポリタンはアルデンテのスパゲッティを使い、具材もピーマン、タマネギ、ハムというワンパターンではない。見た目の出来上がりは昔とさほど変わらないが、具が少なめでスパゲッティを主役にしているようだ。先日注文した一品は贅沢に生ハムが使われていた。アマトリチャーナには塩漬けの豚肉が欠かせない。生ハムはその味に近い演出を受け持つ。昔ながらのナポリタンにいつまでも昔を郷愁してはいられないのだろう。

二項対立から見えるもの

日々、いろいろと考えることが多い。仕事も予定も出来事も現象も、すべてことばで搦め取って考える。考えるきっかけになるのは一つの用語だが、その用語だけでは早晩行き詰まるので、二項対立関係にある別の用語を呼び起こす。二項対立というのは特別な世界に限らず、日常頻繁に現れる。説明代わりに、二項対立する用語を並べてみた(一部は対置と言うのがふさわしいが、便宜上「⇔」の印で関係を示す)。

〈優位⇔劣位〉
〈勝者⇔敗者〉
〈天使⇔悪魔〉
〈上位⇔下位〉
〈内容⇔形式〉
〈中心⇔周縁〉
〈ハレ⇔ケ〉
〈現実⇔虚構〉
〈本物⇔偽物〉
〈文明⇔野蛮〉
〈知性⇔感性〉
〈理性⇔野性〉
〈正常⇔異常〉
〈作者⇔読者〉
〈健康⇔病気〉
〈ホンネ⇔タテマエ〉
〈生産⇔消費〉
〈売り手⇔買い手〉
〈音声⇔文字〉
〈正統⇔異端〉
〈帝国⇔植民地〉
〈自己⇔他者〉
〈問い⇔答え〉
〈コピー⇔オリジナル〉

二項対立と二律背反は一見酷似していて区別しづらい。以前拙文を書き、そこでは違いについて少し説明しておいた(『二項対立と二律背反』)。今からここに書くのは違いがわからなくても理解に困らない話である。

上記の例を見てもわかる通り、二項対立とは言うものの、並べた二つの用語が必ずしも喧嘩腰になっているわけではない。二項対立はおおむね対義語関係にもなるが、対義語は意味の対立だけに焦点を当てる。他方、二項対立は、意味の他に、考え方や日常の生き様へと概念を広げる。その時、二項は対立と言うよりも、対比・対置、場合によっては両立・調和の関係にもなりうる。たとえば、後述する「ワークとライフ」などはバランスという表現とも相性がいい。


ところで、刺身の対義語は何か。レアステーキ? いや、そうではない。刺身に対義語などないのだ。しかし、「刺身とわさび」という二項対立ならありうる。性質は相容れないが、実食すれば二項は協調する。美しいの対義語は醜いだが、二項対立なら美しいに対しておもしろいを置ける。誰にでも当てはまるわけではないが、ぼくはこの二つをよく対置させてきた。愉快や洒脱のほうが美よりも粋だと思うし、おもしろさは無邪気であり憎めないが、美しさは時折り罪をつくる。「そのジョークは聞き飽きた」などと言うが、ほんとうによくできたジョークは、名立たる古典落語と同じで、何度聞いたり読んだりしても退屈しない。もちろん、いつまでもじっと眺めていたい美しい風景もある。しかし、どちらかを選べと迫られたら、美しさよりもおもしろさのほうに心が動く。

良い(GOOD)の対義語は悪い(BAD)であり、「良いと悪い」の二項はたいてい対立する。良い悪いの判断は多分に感情の起伏によって下される。理性的判断ができないわけではないが、それは判断する当の本人の感情が安定していて、客観的に状況を眺められる場合に限る。絶対的に良い、絶対的に悪いなどということはない。つねに別の何かとの対比においての良し悪しである。財布を落としたが無事に戻ってきたなら、理性的にはプラスマイナスゼロだ。しかし、感情的には、落胆から歓喜に一転して良しとなる。

ワークだけをテーマにするよりも、ライフを併せるほうが考えも判断も明快になる。二項対立させてこそ見えてくるものがあるのだ。ワークライフバランスというはやりの言い方は、元来仕事と生活が両立しがたいという認識から生まれている。もしそうでないのなら、最初から「ワークアンドライフ」と言えば済む。対立の図として見ていた概念を、両立の図として見直そうとしたのがワークライフバランスだったはずである。

ワークとライフをもう一歩踏み込んで、ハードワークとスローライフとして二項対立させてみよう。働き盛りの子育て世代にとってはスローライフなどは夢のまた夢だ。そんな生活になじんでしまうと、仕事のハードルが高くなるのではという不安が先立つ。

ここで視点を変えてみる。きみは余裕のあるスローライフと慌ただしいファーストライフのどちらを願うのか? もちろんスローライフだろう。では、のろまな仕事とてきぱきとした仕事ならどちらか? てきぱきとした仕事だろう。それはハードかつスピーディーなワークにほかならない。ぐずぐずのんびり生きていては厳しさやスピードに対応できない。逆に、てきぱきとハードワークする習慣を身に付ければ、余裕が生まれスローライフへの展望が開ける。そう、ハードワークしなければスローライフは実現しない。楽な仕事をして生活を楽しもうという魂胆はさもしいのである。

初耳・初見が減っていく

情報化社会というのは便利なことばである。詳細に立ち入らなくても、情報が溢れるさまや大量の受発信行動をひっくるめることができる。日々の生活や仕事で、情報化社会のことを意識などしない。しかし、知りたいことはもちろん、知らなくていいことまで勝手に聞こえたり見えたりする。ぼくの経験では、1970年代は知りたくてもなかなか情報が手に入らなかった。一般人が頼りにできたのは新聞・雑誌・書物・テレビ。ありとあらゆる媒体を漁っても、ピンポイントで欲しい情報を見つけるのは難しかった。

1989年、リチャード・ワーマンは『情報選択の時代』で次のように語った。原題は“Information Anxiety”。「情報不安」という意味である。

「情報不安症」は、私たちが理解していることと、理解しなくてはならないと思っていることとの乖離が、ますます大きくなるところから生じる。「情報不安症」は、データと知識の間に横たわるブラックホールである。私たちが知りたいことと、あるいは知る必要があることを、情報が伝えてくれないときに「情報不安症」が生まれる。

コンピュータが普及し始めた頃の一つの予見だ。もっとも、コンピュータの有無とは関係なく、人はいつの時代も情報不安症に苛まれてきた。人はDNA的かつ生態的に「知りたがる動物」なのである。知りたい情報が手に入らないとフラストレーションが溜まる。仮に知ったとしても、その理解がはたして正しいのかどうかと不安に思う。やがて、知りたいことを知ったのはいいが、情報が自分の既知を脅かすとわかれば、都合よく情報を切り捨てて、自分が理解できる程度と範囲で折り合いをつけるようになる。


ともあれ、知りたいことのほとんどは調べればわかる時代になった。ぼくたちはありとあらゆる情報源に取り囲まれている。言うまでもなく、知る必要もなく、情熱や好奇心と無縁の情報が無限大と誇張してもいいほど大量に湛えられている。聞き覚えのあること、見覚えのあることはおびただしく、情報に新鮮味を知覚するほうが珍しくなった。

情報をヒントにして捻り出すアイデアも、いつかどこかで聞いたぞ、見たぞという感じがしてならない。企画研修で出てくる提案や入札案件の提案でもめったに初耳・初見に出くわさない。実際のところは初耳・初見なのかもしれない。しかし、情報化現象に晒されてきたぼくたちは既視感に支配されている。聞いた気、見た気になってしまうのだ。

先のリチャード・ワーマンは30数年前にすでに「溢れる情報から価値ある情報へ」と主張し、情報は集める時代から選ぶ時代になると推論した。にもかかわらず、企画提案者は、これでもかとばかりに情報の収集と分析に躍起になる。しかし、そのエネルギーが斬新な初耳・初見のアイデアとしてうまく結実しない。アイデアは陳腐もしくは二番煎じであり、アイデアの表現も常套句の寄せ集めに近い。なぜそうなるのか。結局、提案者は、自分の経験や専門知識でコントロールできないアイデアに不安を抱くと、前例の範囲に落としどころを見つけるからである。

情報が欲しいと願って労力を費やし、導かれたアイデアの処遇に戸惑う。情報不安症とアイデア不安症の複合症候群に見舞われたら、もはや新しいものは生まれにくいだろう。情報化社会の情報不感症のツケは大きいのである。ダイエットよろしく、一度どこかで自分を取り巻く情報源を枯渇させてみる必要がある。情報が枯渇すると、自力で考えざるをえない。そして、自力思考こそが、情報量優位のコピペ人間や左から右へのシェア人間から自分を差異化する唯一の道なのである。

着眼発想のヒント

あるテーマについて企画をするとしよう。まずはテーマの切り口である「コンセプトの置き場」を見つけることが基本になる。たとえば料理というテーマなら、調理人、季節、素材、味付け、器具、レシピ、その他諸々の切り口がある。コンセプトは概念と訳されるが、発想という意味合いが強い。ちなみに、概念の「概」はおもむきであり全体をならすこと。かいつまめば、文字通り「おおむね」になる。

着眼発想に到るには二つの思考作用が働く。一つは、経験と知識に裏打ちされた「瞬発力」のようなもの。ある一つの理想を願望と不足感によって起動させる。緻密な分析によるものではない。瞬発力とはひらめきだ。もう一つは、経験と知識に新しい情報を取り込んで融合させ、じっくりと時間をかける「熟成」させる。ある種の粘り強いやり方だ。熟成とは、しばし主観に控えてもらって待つという忍耐の言い換えである。

瞬発力と熟成は、許容されるタイムリミットとテーマによって使い分ける。長期的な企画であっても、出発点はおおむね瞬発力を発揮することになる。瞬発力の質がその後の構想のありようを決定づける。問題分析、原因探し、分類などの定常処理を急がず、「あったらいい、できたらいい」という願望を拙速気味に形にしてみるのだ。スピードは着眼発想の初期段階では絶対的な要件なのである。


ある日突然着眼発想力が身につくような奇跡を期待しないほうがいい。万が一僥倖があるとすれば、アイデアを出そうと格闘してきたエネルギーが飽和状態になって閾値を越える瞬間だ。何百回か何千回に一度、「あ、何かが変わった」と体感することがある。

インプットの大半はルーティン作業であり、忍耐強く当たり前のことを続ける習慣である。習慣が恒常的になると努力という意識がやがて消える。しかし、インプットするだけでは知は動いてくれない。なぜなら、情報を取り込むインプットの経路とアイデアを表出させるアウトプットの経路が同じではないからだ。インプットの頻度と質に劣らないほど、書いたり雑談したりの日頃のアウトプットに励まねばならない。

着眼発想するその先に、それを形にする企画がある。企画とはよくできたことばだ。「画を企む」仕事である。画というイメージは構想であり、アイデアやコンセプトを拠り所とする。どこかで見たことのある画であってはならず、初見でありハッとする新鮮味があってこその画である。画は言語化されてはじめて姿を現わす。脳に指差して「こんな感じ」と言っても伝わらない。もしアイデアもコンセプトも的確にことばにできないのなら、瞬発力も熟成も未だ道半ばだと自覚すべきだろう。

知の一元化と統合

なぜ情報をファイリングするのか。ファイルを雑然とさせておくよりも、振り分けるほうが便利だと心得ているからだ。しかし、分ければ分けるほど、個々のファイルから必要な情報を取り出して統合するのには手間がかかる。ファイルや情報群の個々には相容れない価値が存在するが、ファイルを多元化してしまうと便利の代償として機会損失も発生する。同種ばかりを集める分類だけでは統合したことにはならない。なぜなら、清濁併せ呑んで新しい気づきを得るからこその統合だからである。同種ではなく、異種情報の統合にこそ意味がある。

同じ功罪相半ばするなら、不便を受け入れて機会を膨らますべきだと考え、知の一元化を実践してきた。一元化とは、一見無関係でばらばらになっているものを一まとめにしておくことである。脳はファイルらしきものに依存せず、記憶の断片をすべて一元化している。それと同じような機能を日々の知的生産でやってみる。一元化するだけなら、EvernoteDropboxのような共有フォルダーを活用すればいい。しかし、この種の便利なツールも情報やアイデアを勝手に統合してくれはしない。ごった煮状態のような一元化が意味を持つまでには時間はかかるが、やがてそれが統合につながるからである。

そこで、一冊のアナログノートの出番だ。1ページに1情報を記録する。ページには「一言化」したインデックスを付けておく。一元化に一言化は欠かせない。他人から聞いた話、本から引用した一文・一節、メモや気づいたアイデアもすべて一冊に一元化する。こうしてページが埋まっていく。時折りページを繰り記憶を新たにする。裏面にメモを書き加えて更新する。ファイリングされていないから、脈絡なくあちこちのページへジャンプする。一見、時代遅れの不器用なやり方のようだが、脳の働きのダイナミズムに限りなく近い知の作業をノート上で可視化できるのだ。


このノートを〈脳図ノート〉と名付けている。脳の出張所となる、知の一元化の作業場である。とにかく情報をあちこちに置かないようにする。すべての知りえた情報、アイデア、考えごとをこの一冊のノートに集めておく。当然カテゴリーをまたぐ。雑然としても気にしない。ファイリングしないことが一元化の絶対条件なのだから。

ノート習慣の日々。ノートは書きっ放しではほとんど意味がない。ページをめくって、複数ページに書かれた内容をランダムに攪拌する。これを繰り返しているうちに、脳が動き知の磁場が変わってくる。過去と現在の自分が出合うような感覚が生まれてくる。ノートに書く文章は未来の自分へのメッセージである。固有名詞も使って具体的に描写しておけば、その時々の気づきや見え方が彷彿とする。一年365日、見るもの考えることは同じでも、同じ感じ方の日はない。

「引き出しが多い」という言い方があるが、この考え方は陳腐だ。引き出しとは整理されたファイルである。ファイルの多さは過去形の博学の証左であるかもしれないが、統合的な知を約束してくれはしない。引き出しの数もラベルの精度も情報の量も、活用という段になるとかえって重荷になる。引き出しは頻繁に開けなければならない。それなら、最初から引き出しのない一冊のノートに一元化しておけば済む話である。

道案内の比較文化

スマートフォンどころか、インターネットも十分に普及していなかった頃の話。地図で現在地を知り、経路探索が簡単にできる今に比べると隔世の感を禁じ得ない。当時も勉強会をよく主宰しており、初参加者から電話の問い合わせがあった。加えて、仕事柄英文コピーライターを不定期に採用していたので、外国人がよく面接にやってきたものだ。

日本人からの問い合わせに対して、当社の場所を案内する場合の標準的な手順は次の通り。

「今はどちらにおられますか?」
H駅です」
「そこから地下鉄T線に乗ってY駅またはF駅方面の電車に乗り、二つ目のT駅で下車してください。改札を出て地上の4番出口へ。目の前に広い通りがありますので、南方面へ歩いてください。一つ目の角を右へ曲がれば角のビルを含めて三つ目の建物がDビルです。当社はそのビルの5階です」

このように書いてみると、さほど難しくないが、なにしろ電話での案内だ。メモも取らずに覚えるには少々複雑なので、二人に一人は公衆電話からもう一度連絡してきたものである。

あくまでもぼくの経験に限るが、一般的に日本人は目立った建物を頼りにして案内することが多い。「この道をまっすぐ200メートルほど行くと右手に○○病院があります。その病院を越して二つ目の角を左折してしばらく歩くとコンビニがあって……」という具合。もっとも尋ねられた案内人に土地勘がなければ、ここまで具体的には説明できない。東西南北という方角を使うか、それとも左右で示すかも悩ましい。初めての場所では方角はピンとこない。正しい方向に歩けているとすれば、右折や左折のほうがわかりやすい。


「南方向へ大通り沿いに」などと言っても、東西南北がチンプンカンプンだと、行き先の反対方向に歩いてしまう人がいる。道で聞かれる場合は指があるから指し示せる。電話ではそうはいかない。「4番出口を出ると二車線の大通りが走っています。車の進行方向に沿って」などと伝えると正確になる。英語では、決まり文句がある。“Walk along the traffic”(車の走る流れに沿って)。逆なら“Walk against the traffic”(車の走る流れの逆に)である。

英米人のほうがこういう発想に慣れているような気がする。彼らに目ぼしい建物の固有名詞を知らせるのはあまり効果的ではない。病院や郵便局などと具体的な点の位置を教えても、文字が読めなければ意味がない。だから、道程を伝えるほうが理解されやすい。彼らは建物群の一区画を表現する「ブロック」になじんでいるので、何メートルなどと言わなくてもよい。

A地点でBに行きたいと尋ねられるとする。まず、進行方向を指で示して「2ブロック進む」と伝える(青い点線)。この時、角にどんな建物があろうと、その情報を説明に紛れ込ませない。次の道が広いなら、ここで道を渡るように指示する。つまり、「2ブロック進み、道を渡る」。続いて「左折してさらに2ブロック進んで道を渡る」と伝える(黄色い点線)。ここで、「その角がB」と言うのだが、この時点でそのビルの1階が花屋であるかレストランであるかを伝えれば親切だ。

対面している時は以上の要領でいいが、電話での案内になると東西南北は必須になる。地図の助けなしに方角を示すのはかなり煩わしいから、その場合はA地点近くの目ぼしい建物や店を本人に尋ねて立ち位置を確認し、進行方向を示すことになる。決して容易なコミュニケーションではないが、案内者がそこまで詳しくなければ手も足も出ない。「誰かに聞いてください」と説明を放棄したスタッフもいた。

スマートフォンの地図もナビゲーションも便利この上ない。しかし、頭の中で地図を思い浮かべ、必死に適語をまさぐって行き先をピンポイントで伝えるような努力も機会もなくなった今、確実にぼくたちのある種のコミュニケーションは劣化した。具体的な集合場所など伝えずに、「駅に着いたら電話ちょうだい」で済んでしまうのは、はたして喜ぶべき現象なのだろうか。

ポスターのことなど

仕事柄、ショップカードやリーフレットをひとまず持ち帰る。店や商品のコンセプトをどのように打ち出しているか、どんな工夫をしているかをチェックする。この時代、企業や店はウェブ上の広報や販促に注力しているが、それと併行して紙媒体も用意しなければならない。つまり、メディアが多様化した分、コストが増えている。

駅構内に張り巡らされたポスターにも目を引くビジュアルやハッとするコピーがある。しかし、ポスターは持ち帰れないので、気に入ればその場で撮り収める。同じく、看板や案内表示にも目配りする。よくできたのもあるし、脱線気味のB級も少なくない。おもしろ看板やB級看板ばかりを集めたコレクションブックが発行されていて、何冊か持っているが、人にはそれぞれの思いやコンセプトの切り口があるのだと、感心したり溜め息をついたり。

大阪ローカルのテーマパークにひらかたパークがある。通称「ひらパー」。ここのバーチャル園長が、ご当地枚方市出身のあの岡田准一だ。起用されてすでに4。園長就任直後のポスターではおどけた格好をした岡田がこう言ったのである。

ワイがッ ひらパー兄さんでおま!

「大阪らしさ」と「岡田らしくなさ」の絶妙なマリアージュではないか。自分のことを「ワイ」と呼ぶ大阪人は今ではほとんどいないし、いるとしてもごく一部の年配者に限られる。大阪弁の中でも河内系で、枚方は北河内地方に位置する。とどめの「おま」が決断の助動詞だ。普段は耳にしないことばで、若者は使わない。稀に年配の商売人が発することはある。最近耳にしたのは、「この店に酢昆布はありますか?」と尋ねたぼくに、昆布店の爺さんが「酢昆布、おまっせ」。人にもモノにも使えて「ある、いる」の意を持たせる。岡田のポスターは「ぼくがひらパー兄さんです」と河内系大阪弁で言っているのである。


ひらパーは電鉄会社の経営であり、駅構内、車内におびただしいポスターが掲示されている。現在いたる所に目につくのがこのポスターだ。

せや!
逆に、ひらパー。

いやはや、実によく練られていて、深いニュアンスが感じられるではないか。「せや」は「そうだ」の意味だが、思い立ってこう発する前に多少の逡巡の時間が過ぎていたことを思わせる。

夏が近づいてきた。遊びに出掛けたい。山へ海へと遠出したい。あるいは、都会的な喧騒に満ちた遊びの場に飛び込みたい。若者たちはわくわくしている。しかし、小さな文字で「小鳥たちのさえずり、木々のざわめき……」と書いてある。視点を変えて静かなひとときを過ごしてみてはどうだろうと思いを巡らす。

そこで「せや!」と何かに気づく(もうこれだけで十分にローカル的にはおもしろい)。せや! ここ、ひらパーでいいではないか……。特に他の候補が示されたわけでもないのに、若者ことばの「逆に」を逆利用してさらに可笑しさを増す。ひらパー兄さんは、テーマパーク好きの消費者の心理をよく読み解く、かなり達者な語り部なのである。

〈衣食住〉雑考

衣食住によって人の暮らし向きを窺うのが世の常である。老いも若きも、男も女も、居を構えて卓につく。その時、おそらく衣服を纏っている。衣、食、住と並ぶ順に重要度が高いわけではない。多分に語呂の良さを考慮してのことだろう。文明的生活にはどれも欠かせないが、重要度と言うなら食が一番である。富める者もそうでない者も、まずは食わねばならない。

衣食住が生活の基本の基本であることは自明だ。ところが、「衣食足りて礼節を知る」という慣用句では住が欠落している。住居で裸で暮らすライフスタイルがないことはないが、肌に密着した衣があれば住み家がなくても何とかなる。実際、都会ではそうした生き方の路上生活者を見掛ける。西洋に「鳥かごはどんなに立派でも餌の代わりにはならない」という諺がある。住に対する食の優位性を謳っている。「衣服が人をつくる」というのもある。これに倣えば「食が人を生かす」ことは間違いない。


ところが、自然界の生きものたちは巣を作っても衣を求めない。この点においてヒトは彼らと同類ではない。ヒトが生きる上では衣食は絶対的な必要条件でり、衣食足りてこその住み家なのである。さて、衣食住の三点セットが整ったとしよう。それでも、幸福は担保されない。生命的に生き長らえることを幸せな暮らしへと止揚するには、さらにその他諸々の十分条件が揃わねばならない。

ヒト以外の生きものの生存を支えるのは「性食住」である。生きものは生きるために営み餌を探す。縄張り争いに勝ち抜けばテリトリー内に巣を作る。生殖、捕食、繁殖の流れはきわめて合理的に見える。生きものによっては移動しながら行く先々でこの合理的行動を繰り返す。衣服を鞄に詰めて旅する渡り鳥はこれまでのところ一羽も発見されていない。

対して、ヒトが暮らす様相はもっと複雑である。衣の他に「医」が欠かせないし、生にも「意」を求める。食に加えて「職」が必要だし、「色」のある装いを欲しがる。さらには、住のみならず、時には「銃」を携え、飽くことなく「充」の状態を目指す。こんなふうに、あれもこれもと条件を満たしたとしても、幸福という境地に到れる保証はない。衣食住その他諸々足りてなお、怒り哀しむの理から抜け出せないのである。衣食住にあと一つだけ足して「衣食住□」とするなら、その「□」にどんな一文字を入れるかによって人生哲学が浮かび上がる。人間関係とコミュニケーションを重視するぼくは今後も「衣食住」で生きたいと思っているが、「衣食住」も捨てがたい。

デッドライン

最近よく耳にするレッドラインもおなじみのデッドラインも、越えてはならない一線という点では似ている。但し、デッドラインは転じて「原稿などの締切期限」も意味するが、レッドラインのほうは期限のことではない。ここを越えたらおしまいという、後のない条件である。

仕事に取り掛かったからには、いつかは終わらせなければならない。今日明日に片付きそうな雑用に近い仕事でも、気の遠くなるような長きに及ぶプロジェクトでも、いつかは完了する。どんな内容であれ、仕事には期限がある。期限内に納める約束を守って報酬を得るから仕事だ。趣味とはちょっとわけが違う。

仕事を期限内に終わらせるために、作業の量と手順をあらかじめ見越しておく。どこまでやるのか、どのあたりでキリをつけるのかを判断しながら仕事を進める。予定した期限直前には仕上げの作業にかかっている。その段階ではどこまで凝るのかを決めなければならない。

ものづくりの仕事とサービスの仕事では仕上げの「キメ」の性質が違う。ぼくの生業としている企画では、品質の評価項目は設定可能だが、実際のところ、あってないようなもの。特に、期限間際の最終工程のこなし方などは仕事人の裁量に委ねられる。残された時間内に、表現はどこまで練るのか、正確に書いてきたつもりの文章にどれだけ脚色の手を入れるのか……迷いに際限はなく、タイムアップまで続く。


どこまでやるのか? もちろん、仕事の品質が「極上化」するまでに決まっている。顧客はそれを期待している。極上化はデッドラインと同期してそこで終わる。しかし、時間という期限があるから極上化に向かうのではない。仕事人それぞれの力量から導かれる品質の目標なり理想なりのスタンダードがあってこそである。もし期限内にそのスタンダードに達していなければ、プライドに差し障るはず。しかし、時間はつねに優先されるから、一般的な仕事人はやむなく仕事が完了したと見なす。

「今日が期限なので提出しますが、もしあと一日猶予をいただけるなら、満足できる品質に仕上がります」などと言えるか。これでは自家撞着に陥る。顧客はこう言うだろう、「つまり、今日なら満足のいかない品質というわけだね」。一流の職人なら、「仕事に納得がいかない。悪いが、あと一日待ってくれ」と言って、了承してもらえるかもしれないが……。

1882年に着工されたバルセロナのサグラダ・ファミリアは、いつ完成するか不明だった。完成などしないとも言われていた。写真は201111月に訪れた際の工事風景だが、当時でさえ、あと100年以上かかるのではないかと思っていた。実際、今から30年前の予測では着工から300年という想定だった。しかし、突如として、2026年、今から十年足らずのうちに完成という見通しとなった。長い工期中にはもしかするとエンドレスに続くのではないかと訝(いぶか)られた大事業もやはり終わるのである。

その日を迎える時、青写真で目論んだ品質基準はクリアできているのだろうか。こうしておけばよかった、あのようにすべきではなかったなどという心残りは仕事人に去来しないのだろうか。もっとも、このような建築物は完成直後から、それこそ際限のない修復作業が始まる。仕事は未来永劫続く。翻って、われわれの日々の仕事はどうか。デッドライン時点で仕事の品質の極上化は叶わぬ理想なのかもしれない。結局、デッドラインによって折り合いをつけざるをえないのだろう。