ナポリタン考

ナポリタンと言ったつもりが、ナポレオンと言っていた。そんな指摘をされても、「いや、ナポリタンと言ったはず」と言い返す。スパゲッティの話をしているのだから、ナポレオンと言うはずがないではないか。いや、ちょっと待てよ、やっぱり言い間違えたかもしれないか……さほど自信がない。

ナポリタン。英語の響きだが、かなり怪しい。大辞典をひも解いても、“Napolitan”などという見出しは見つからない。英語ではナポリのことを“Naples”という。発音は「ネイプルズ」。イタリア語では“Napoli”だ。ナポリタンはその形容詞の変化か? いや、違う。イタリア語のナポリの形容詞は男性形がナポレターノ、女性形がナポレターナである。

という次第で、ナポリタンは英語でもイタリア語でもなく、どうやら和製英語のようである。そして、その名で表わされる、スパゲッティとピーマン、タマネギ、ハムをケチャップで炒めた和製料理を意味する。戦後に日本で生まれた麺料理というのは間違いなさそうだ(これ以上は掘り下げない。詳しい情報はWikipediaに譲ることにする)。

ナポリタンには昭和の匂いと風情が盛られている。ナポリタンを提供する店では「昔ながらの」と表現する所も少なくない。「昔ながらの、昭和の」という雰囲気から「下町の」を連想し、ここから焼酎の「下町のナポレオン」が浮かぶ。昔ながらのナポリタンと下町のナポレオンが混線して、冒頭の言い間違いが無意識のうちに生じた可能性はあるかもしれない。

ナポリタンは本場ナポリに存在しない。硬派な筋ではナポリタンは邪道なのである。自分でも休日の昼に手軽に調理するが、邪道だと思っているフシがあった。ところが、最近、本格的なイタリアンの店でも敢えてナポリタンをメニューに載せている。すでに何軒かで試してみたが、かつて喫茶店で熱々の鉄皿で出された類いのものとは明らかに違っている。ケチャップだけで味付けた昭和のナポリタンではなく、トマトソースも使われているのである。

和製スパゲッティであるナポリタンは本場イタリアのアマトリチャーナのアレンジだと言われる。なるほど、本場の味に近づいてかなり洗練された趣がある。まだパスタなどと言わずに、スパゲッティ一本やりだった時代のナポリタンは、一度茹でたうどんのような麺を使っていた。そこにタバスコを振りかける。稀に粉チーズが用意されている店もあった。それはそれでうまかった。

現代風のナポリタンはアルデンテのスパゲッティを使い、具材もピーマン、タマネギ、ハムというワンパターンではない。見た目の出来上がりは昔とさほど変わらないが、具が少なめでスパゲッティを主役にしているようだ。先日注文した一品は贅沢に生ハムが使われていた。アマトリチャーナには塩漬けの豚肉が欠かせない。生ハムはその味に近い演出を受け持つ。昔ながらのナポリタンにいつまでも昔を郷愁してはいられないのだろう。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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