書名から考えた

三日前に年賀状をすべて投函した。テーマは〈架空図書館〉、書いた文章は2,246文字。一度は企画されたものの出版を見送られた本、途中まで書いたが絶筆になった本などを11冊紹介した。もちろん架空である。受け取る方は楽しみにしていただきたい。残念ながら、住所の知らない人にその年賀状は届かない。

配達される年賀状から派生しそうな話を「スピンオフ」として書いてみた。年始の本編に先立つ年末のスピンオフというわけだ。架空ではなく「実在の本」を取り上げた。暮れのこの時期、本腰を入れて批評しようと思い立ったわけではない。ぼくの本への――正確には書名への――常日頃の接し方である。書名を見て考えて、読んだことにしている。

『苦手な人もスラスラ書ける文章術』
熟読も完読もしていないが、拾い読みしたところとても読みやすい本である。ところで、文章を書くのが苦手なのは、これまで書かなかったからである。そんな人がこの本を読み一念発起して書き始めることができるだろうか。仮にできるとしても、書く習慣をこれからも続けるとは到底思えない。得意としている人でもスラスラ書けないのが文章というものだ。この本は苦手な人のためになるのではなく、書くのが好きな人のためになると思われる。

『企画書は一行』
言いたいことをシンプルかつコンパクトに言い表せという意図だとわかる。一枚ならぼくも実践しているからありえると思うが、どう考えても一行は無理ではないか。企画書の一番上に「○○企画」と書いたら、もうそれで一行だ。いや、表題無しにいきなり骨子に入るとしよう。唐突に一行だけ書いた一枚の紙を誰が企画書だと思ってくれるのか。「いきなりのこの一行、何のことかさっぱりわからん」ということになりかねない。

『困った人たちとの付き合い方』
一番最初に思いつく方法は付き合わないことだが、それでは本として成り立たないから、たぶんあの手この手で指南しているに違いない。「困った人」はおおむね理不尽である。「付き合い方」は理屈である。書名に理不尽と理屈が並んでいる。経験的には、困った人が変わってくれる可能性はきわめて低い。だから、こちらが折れて変わることになる。そんなことまでして、その困った人と付き合う必要があるとは思えない。

『すべてはネーミング』
ネーミングの重要性については大いに共感する。すべてと極言したい気持も理解する。しかし、やっぱりすべてではない。名付ける対象あってこそのネーミングなのだ。商品やサービスやイベントの企画以前に名称が先行することが稀にあるが、名称だけが一人歩きできるわけではない。ネーミングだけして知らん顔できるのなら――それで仕事になるのなら――ぼくなどはとうの昔に楽々億万長者になっていただろう。

書棚からのヒント

仕事は思うように捗らないものであり、考えごとは費やす時間とエネルギーに比例してまとまるものでもない。考えること、書くこと、伝えることを生業にしているが、ものづくりと違って、満たすべき基準が明確ではない。まだ粗っぽいかなと自評した仕事が承認されることがある。他方、到達点が見えず果てしのない道を歩き続けなければならない場合もある。この時点で選択肢が二つ生じる。果てしない道をまっしぐらに進み続けるのか、それとも、いったんミッションから逸れて遠回りするのか。ぼくは迷わず後者を選ぶ。

能力や技量には限界がある。持てる力を出し切るのも才能だろうが、そう易々とできる芸当ではない。自分のことは分かっているつもりなので、行き詰まったと感じたらその先を急がないことにしている。手抜きせず考えてきて行き詰まったのだから、いくら時間をかけても同じやり方では突破できないのは百も承知。深く狭く考えすぎていたのではないか、と振り返る。深さはともかく、狭さに原因があるのかもしれないと見当をつける。そして、浅く広く考えることにシフトしてみる。広さとはよそ見であり寄り道だ。

言い換えれば、使命感から生まれる闘争心をいったん棚上げして、自発的好奇心のほうを動かすのである。たいてい書棚の一角の前に立って背表紙を眺める。渉猟などという大仰な行動をするわけではない。狭い書斎の中で適当に本を手に取ってページをめくり、これまた適当にあちこちの段落を拾い読みし、文章に反応したら付箋紙を貼り、面倒でもノートに書き写し、思うところを一言、二言添える。これをぼくは「仮止め」と呼んでいる。


仮止めから小さな気づきを得る。気づいた時、その気づきから視野角が広がる時に頭が働き、記憶が動く。そんな大げさなことでなくてもいい。自分の仮止めというやり方に自信が持てるだけでも十分なのである。在宅で考えごとをしていた先日、書棚を眺めていてふと一冊の本に目が止まった。W.V.クワインの『哲学事典』がそれだ。一度読んでいる本だが手に取った。「序」に目を通した。

ヴォルテールの『哲学辞典』が引き金になって、気儘で目の粗い書物がときおり思い出したように書かれ、かすかな流れを作ってきたが、本書もそれに連なる一冊といえる。(……)私のはところどころ哲学的だが、半分以上は一段レベルの低い事柄がテーマになっている。つまり、半分以上は、私自身がこの本を楽しんだのだ。

「気儘で目の粗い」と「半分以上は一段レベルの低い事柄がテーマ」という箇所に出合っていくらかほっとし、慎重を期すよりもまず楽しんで書いてみようと背中を押されたのである。つくづく思う。気になることはやってみるものだ。仕上げに向かうことに躍起になるばかりが能ではない。仮止め的に粗く、少々レベルを低めにしてやってみるのである。先送りして旬を逃すくらいなら、拙くてもいいのではないか。

一鞭ひとむちを入れても、かつてのように頑張るのもままならない。齢を重ねれば、身体が痛い、精神的に疲れるなどは日常茶飯事である。それでも、仕事に恵まれる幸運はまだ手の内にある。考えが頓挫する原因を分析する暇があれば、その時間を使って書棚を眺めればいい。そこには、じっとしていて浮かぶよりはよほどましなヒントが潜んでいる。

そこにある塔

『パリ 旅の雑学ノート――カフェ/舗道/メトロ』という本がある(著者は玉村豊男)。旅人として一週間やそこらパリに滞在すると、カフェに立ち寄り、舗道を歩き、メトロに乗ることが日常になる。この3点セットをパリならではの特徴と見なすことに強く同意する。

さらには、秋深まって黄金色に輝きを放つ枯葉。枯葉と書いた瞬間、あのシャンソンのメロディが流れ始める。芸術とファッションと食文化もパリらしい概念だ。目に見えるものと頭に浮かべる概念を繋ぎながら街をそぞろ歩けば、旅人はすぐさま生活者になりきることができる。ついでに教会や美術館、点在するマルシェと蛇行する川も付け加えておこう。

しかし、上記で取り上げた「らしさ」はどれもパリの「不動の象徴」たりえない。そう呼べるのはエッフェル塔を除いて他にない。諸々のパリらしい風物や特性は属性にすぎないのだ。しかし、エッフェル塔はパリという都市を超越するかのように、いつでも視線の先に聳えている。塔を見ずに暮らすにはかなりの努力を要する。どんなに見ることを拒絶しても、所詮「見て見ぬ振り」の域を出ない。まるでパリのほうがエッフェル塔の属性かのようである。

エッフェル塔が視界に入らないように生きるには、モーパッサンに倣うという手がある。つまり、エッフェル塔のレストランにこもって食事をするのだ。そこだけが、パリで塔が見えない唯一の場所である。モーパッサンのエッフェル塔嫌いはよく知られた話だが、毎日レストランに通い詰めた文豪は、そこに向かう途上では目隠しをするか目をつぶって誰かに導かれていたのだろうか。


エッフェル塔は1889年のパリ万博開催に合わせて建造された人工物にもかかわらず、パリに暮らす人々や旅人にとっては、はるか昔から自然の造形として存在し続けてきたかのようである。過去の記憶をよみがえらせ、現在の経験を実感させ、そして未来の想像を掻き立てる存在として、エッフェル塔はつねに「そこにある」。

エッフェル塔を見るのに苦労はいらない。それは、つねに人々の目に触れる存在であると同時に、展望台に上がれば市中を眼下に見渡せる眺望点でもある。ロラン・バルトはその著『エッフェル塔』で言う。

「エッフェル塔は、パリを眺める。エッフェル塔を訪れるとは、パリの本質を見つけ理解し味わうために展望台に立つことである」

どの街に行っても塔の尖端を目指し、一番高い建造物の最上階に上がったものだが、過去三度パリを訪れたのに、残念ながら展望台に立つ機会はなかった。長蛇の列に並ぶのが苦手なのだ。列の最後尾につくのを諦めて所在なさそうにパネルを読み、塔のふもとで組み上がった鉄骨を見上げて、枯葉を記念に持ち帰っただけである。

という次第だから、塔から街を眺めることに想像を馳せることはできない。塔に触発されるべきぼくの想像力は塔を見つめることだけに限定される。それゆえに、余計に「そこにある塔」――見ようとしなくても、どこにいても視界に入ってくる象徴としての塔――だけが刷り込まれてしまっている。

メトロを乗り継ぎ、カフェで時間を過ごし、舗道を歩く。ノートルダム大聖堂やルーブル美術館を訪れ、セーヌ川やサンマルタン運河の岸辺に佇んでも、エッフェル塔を抜きにしてパリの旅は完結しない。塔を見ずに帰国するわけにはいかないのである。

秋の日和、雨、風

実況で小文を書き始めていたが、用事ができて途中でやめた。一昨日のことである。一昨日感じた雨の秋らしさを、晴れのち曇りで夕暮れた今、こうして書いている。

少年の頃まで、街はアスファルトで埋め尽くされていなかった。車が走っているのは珍しかった。歳時に四季それぞれの特徴があり、風物詩は現在とは大きく違っていた。夏の終わりとか秋の始まりなどといちいち言わなくてもよかった。夏から秋への移ろいは肌で感じ、風習に教えられたものである。

ぼくにとって、たとえば「秋日和」をことばで説くのは野暮である。説明しようとしても「秋」という文字を使うことになる。「秋らしい好日」と言うのが精一杯ならば、秋日和で事足りる。

一昨日、雨が降っていた。土砂降りではなく、しとしとと静かに細い雨がそぼ降って、ちょうどよい加減のお湿りなった。もし夜半まで降り続けば、それを長雨と呼ぶのだろう。長雨は秋の特徴だ。秋日和も秋雨も、それ以外のことばを尽くして説明してもらうには及ばない。

ところが、最近はそうもいかなくなった。表現に春、夏、秋、冬が含まれていても、ことばとイメージ、あるいはことばと体験的な現象が必ずしも一致しなくなった。秋日和や秋雨と言っても、若い世代にはどうやらピンと来ない人もいるようなのである。


『ことばの歳時記』(金田一春彦著)によると、昔は秋雨などということばはなかったらしい。江戸中期に春雨に対して生まれたことばのようである。春雨が先輩格というわけだが、濡れて情緒があるのは若葉だけではない。紅葉や落葉も雨で濡れる。それを秋雨と名付ければ風情に円熟の味が加わる。秋雨を造語した知恵者に感謝しなければならない。

秋の気配を感じさせるのは雨だけではない。風も秋の予兆や到来を知らせてくれる。秋風をぼくは「あきかぜ」と訓読みするが、漢詩の読み下しでは「しゅうふう」と読む。『漢語日暦ひごよみ』(興膳宏著)では「しゅうふう」となっている。同書に漢の武帝の「秋風の辞」の一節が紹介されている。

秋風しゅうふう起こって白雲飛び、草木黄ばみ落ちて雁かりは南に帰る。

船に乗って空を見上げれば白雲の流れが見える。秋の風の仕業である。雲を眺めて季節の移ろい、時の流れを認める。船上の酒宴に我を忘れて思う存分興じればいいのに、秋という季節は今のちょっと先、場合によってはずっと先へと心を向かわせる……そして、秋風に頬を撫でられながらセンチメンタルになる……というような心理になる人が少なくないが、実にもったいない。こんないい季節に哀愁に苛まれるのは、多分に刷り込みだとぼくは思っている。

様々な一節

相変わらず雑読ばかりしている。十数ページほど読むと別の本に手を伸ばし、その本の適当な場所を開けて何ページかめくる。こんなことを繰り返す。飛び石を伝うような読み方。ネットサーフィンならぬブックサーフィンだ。この一週間古書店で買い求めた数冊を昨日もそんなふうに読んでいた。本は生真面目に1ページ目から読むべきものとされているが、それは一つの読み方にすぎない。小説を例外として、かく読むべしという観念に縛られる理由はない。自分に気まぐれを許して好きなところから読み始めればいい。偶然開けるページの断章の中の一節が少考のきっかけになることがある。

📖 『パリの手記Ⅱ 城そして象徴』 辻邦生 (p50)

自分のなかの危険の兆候を、僕は一種の物憂さの中に見いだす。僕は「他人の眼」の中であまりに暮しすぎたし、どうすることもできない習性を負わされているが、それにしても最近とみに顕著になった物憂さは、僕を、すべてのものへの関心から、引きはなしてしまう。僕には、一貫して、何かをやり通す気力がなくなった。

ぼくも他人の眼の中で暮らすことがあったが、これほど重度の物憂さに苛まれたことはないし、無関心や無気力な自分と激しく闘ったことはない。何度もきつい場面に遭遇したが、どこかで考えることをやめる安全装置が働いたように思う。パリなどに長く住むと、日本の特殊性と現実の生活との葛藤を肌で感じるのだろうか。

📖 『食卓は人を詩人にする』 山縣弘幸 (p110)

唇は小さくあけて
舌のおさじで食べる
接吻という名のアイスクリーム
(堀口大學)

うまく表現するものである。アイスクリームがエロティシズムに化けた。官能的とも呼ぶべき食べ物がある。たとえばマドレーヌについて、「その襞につつまれてあんなに豊満な肉感をもっていたお菓子のあの小さな貝殻の形」とプルーストが書いているらしい。かなりきわどい描写だ。ところで、さらに100ページ先には牡蠣の話が出てくる。大食漢バルザックは生牡蠣を百個食べた。それだけで終わらず、仔羊のカツレツ12枚、仔鴨の蕪添え一羽、やまうずらのロースト二羽、舌平目のノルマンド・ソース一皿……などを平らげたという。食は暴力的でもある。

📖 『ホモ・モルタリス 生命と過剰 第二部』 丸山圭三郎 (p35)

…… 死の不安に怯える動物ホモ・モルタリス(死すべきヒト) ……
本能とは異なるコトバによって〈死〉をイメージ化し、死の不安と恐怖をもつ唯一の動物であるという意味では「人間だけが死ぬ動物」(ド・ヴァーレンス)かも知れない。しかし、同時に、「人間は死への自覚をもって自らを不死たらしめる」(ハイデガー)動物でもあろう。

人間は肉体的に滅んで死す。不安や恐怖に怯えて死す。他の動物と違って、死ぬことを知っているからである。しかし、不安も恐怖も捨て切って死を自覚すればどうだろう。それでも肉体は滅ぶ。だが、概念的には死なない。死と不死を分け隔てるのは覚悟なのか。

📖 『ヴェネツィア的生活』 角井典子 (p40)

昔々、アラビアの山羊飼いが、赤い木の実を食べ跳びはねている山羊を見つけた。手がつけられず困り果て、近くのイスラムの修道院へ相談に。導師はその実を調べ、生で食べてみると、これがひどい味。そこで試しに煎じて飲むと、苦い味は風変わり。

この導師が、『コーヒールンバ』の出だし、♪ 昔アラブのえらいお坊さんが……の「えらいお坊さん」と同一人物かどうかはわからない。ともあれ、コーヒーとアラブには密接な関係があったのはよく知られた事実である。「カフェなしでは生きられない」という断章からの一節だが、ヴェネツィアのみならずイタリアではどの街でも、カフェなしでは生きられないという趣が強い。ぼくの今のカフェ習慣は多分にイタリアの旅で影響を受けたと思われる。

文章読本のこと

十代から日本文学と世界文学を問わず実によく小説を読んだ。三十代半ばでばったり小説を読むのをやめて、数ページで話が完結する雑文を読むようになった。たとえば浅田次郎の小説はほとんど読まないが、エッセイ集はよく読んだ。

若い頃、小説を読みながら、文体や文章術にも興味を覚えた。名立たる小説家が『文章読本』を書いている。谷崎潤一郎、三島由紀夫、中村真一郎、丸谷才一、井上ひさしの読本には目を通した。文章読本と言うと、文章の読み方の技術のように思われがちだが、それだけではない。むしろ、文章の書き方のための読本という色合いが強い。

料理について、おいしい、安全な、清潔な、健康によい、盛り付けがきれいなどの形容ができるように、文章についても様々な評がありうる。上手な、わかりやすい、表現豊かな、正確な、などである。これらは書かれた文章に対して読み手が感じる印象だ。詩であれ小説であれ論文であれ、文章を書くのは伝えるためである。書き手の軸足が表現に置かれることもあるが、意味を明らかにして読み手に伝えるために書くのが基本である。


このところ、永井龍男の雑文をまとめて読んでいる。永井の文章は飾り気があるわけでもなく、鮮やかな表現を纏っているわけでもないが、固有名詞が多く描写も精細であるものの、読みやすい。読みやすいのは、イメージが正確に文章になっているからだろう。たとえば次の一文は、花を愛でる人たちの体験の一部を肩代わりするかのように綴られている。

桜の花の美しさは、花の数の多いことにあるが、いじめられずに、伸びのび育った木は、枝々に打ち重ねたように花を咲かせ、空を、星を、全身でおおってしまうのである。(「花のいのち」、『雑文集 ネクタイの幅』より)

同じ雑文集には「正確な文章」というエッセイが収められている。そこで、永井は「うまい文章」の「うまい」を否定する。そして、次のように断言するのである。

文章の目的は、うまいことにあるのではなく、「正確」な表現でなければならない。(……) 文章は、文章自体でなり立つのではなく、その人の思想、感情の表現として、はじめて形をなすのである。(……) (正確な文章を書く)秘訣は、文章にあるのではなく、表現したい思想なり感情を、しっかりとつかむことにある。(……) 正確な文章を書こうとするところから、文章に対する苦心がはじまり、開眼もまたそこを通してより他に道はない。

個々のことばの表現は踊っているが、単なる寄せ集めに過ぎず、まったく筋を伝えていない文章がある。何を伝えようとしているのかさっぱりわからない。なぜなら、書いている本人がわかっていないからだ。どんなジャンルの文章であれ、書くという行為はどこまで行ってもコミュニケーションである。それは意味を伝えるということだ。文章の上手下手の判断は他人に任せればよい。雑文を書くぼく自身、「上手に書きました」と言って読んでもらう自信はまったくない。しかし、「正確に文章を書く努力」こそが書き手ができる唯一の責任だと思う。この意味で、永井龍男の考え方に強く共感するのである。

写真からの連想

目まぐるしく過ぎたこの一週間。しかし、隙間の時間はあるものだ。ちょっとした隙間にメモしたり写真を撮ったりしている。なぜこれを書いたのか。記憶を再生できないメモはあるが、写真には記憶がくっついていることが多い。記憶がよみがえり、それだけで終わらずあれこれと連想することがある。


衝動で買って手元にあるのだから、これが何かはわかっている。わかっているが、今こうして見てもすでに知ってしまったその名前となかなか一致しない。以前誰かにもらってまだ封を開けていないヒノキのチップにそっくり。風呂に入れたら大変なことになる。これはキャラメル味のココナツである。見た目以上に美味だ。小皿にいくつか置いて「お一つどうぞ」以外に何も言わずに差し出してみよう。いったい何割の人が一粒つまんで口に放り込むだろうか。キャラメルコーンを食べるのに勇気はいらない。キャラメルココナツには、いる。


パワーポイントのクリップアート素材を漁っていたらカジュアルな読書人の写真に出合った。いや、これは読書ではなくて朗読しているのではないかと思い直す。そうだ、書評会で朗読をしてもらおうとひらめいた。不定期で主宰している書評会では一冊の本を読んでまとめることになっている。読めなかったら発表はできない。しかし、朗読ならできるだろう。本の気に入った一節、1ページだけ選んで読めばいいのだから。見開き2ページなら3分もかからない。聴く方も飽きない。たとえば森鴎外の短編『牛鍋』の歯切れのいい冒頭だけなら30秒で朗読できる。但し、噛んでばかりで流暢さを欠いては台無しである。

鍋はぐつぐつ煮える。
牛肉の紅くれないは男のすばしこい箸で反かえされる。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏しるしばんてんを着ている。傍そばに折鞄おりかばんが置いてある。 酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。


ディベートの試合の審査では「バロットシート」なるものを使う。議論の内容の要点をメモし、争点の攻防をわかりやすくフローの形で再現する。何週間も準備をして試合に臨んでいる人たちのことを思うと、安易な聞き方はできない。全身を耳にして傾聴する。話すスピードは書くスピードよりも速いのが常であるから、書き味のよい筆記具を選ぶ。

ディベート大会では数種類の万年筆と水性ボールペンを用意する。その日の調子と気分に応じてこの一本を選ぶ。これと決めれば一筆入魂である。一昨日の大会では左から二本目のブルーブラックインクのボールペンで書き込んだ。


久々に行きつけの古書店を覗いた。全集のうちの一冊『文体』が新品かつ格安だったので、なまくらにページをめくっただけでさっさと買って帰った。文体というのはすでに比喩された術語である。なにしろ「文の身体」なのだから。自分の姿勢、身体つきを知らないわけではないが、後日講演している写真を見て、奇怪な立居に驚くことがある。文体になると紙に書かれたものと自覚との間にはかなりの落差があるに違いない。自分の文体を意識したことはほとんどなく、またテーマによってスタイルが変わるのを承知しているから、自分流の文体などあるはずがないと思っている。

しかし、ぼくの拙い文章をよく読んでくれている人は、テーマに関係なく、文体があると言う。喜ぶべきかどうか悩む。他人様の文章を読んでいて、退屈するのは文体にではない。明けても暮れても同じような話にうんざりするのである。文体が織り成す文章の中身がマンネリズムに陥らないように気をつけておきたいと思う。

一杯のコーヒー

一日に4、5杯のコーヒーを飲んでも、そのつどのコーヒーは「一杯のコーヒー」である。喫茶店からカフェへと呼び名を変えた店が多くなった。時代の流れでありライフスタイルの変化を象徴している。外で紅茶を飲むことはなく、店に入ればコーヒーを注文するのがお決まりなので、カフェのほうがしっくりくる。とは言え、ランチ後に誰かと行く時は「喫茶店」と呼ぶ。「近くにいいカフェがあるんです」とは言っても、「カフェにでも行きましょう」はない。コーヒーショップでもいいが、ちょっと古めかしい。

今朝もすでに2杯のコーヒーを飲んだ。朝一番の一杯のコーヒーは自宅で、もう一杯は午前10時にオフィスで。自宅はスペシャリティの豆で淹れたて、オフィスは廉価版のブレンドで作り置き。当然値段の差が味覚の差になる。仕事しながら飲むオフィスのコーヒーはそれで十分だ。寒い日の一杯はどこで飲んでもどんなふうに飲んでもありがたい。今日もたぶん午後に2杯、帰宅して食後にも飲むことになるはずである。最近は心してカップに向き合うようにしているが、惰性的飲み方を捨て切ったとは言い難い。


週末に古書店で『ウィーンのカフェ』(平田達治著)という本を見つけた。十数年前の記憶がよみがえる。空気まで凍てつくような極寒の日に、シェーンブルン宮殿のカフェ「グロリエッテ」で啜ったメランジェ。蚤の市近くの無名のカフェでもメランジェを飲んだ。メランジェはカプチーノのウィーン版。ウィーンに滞在した3日間のうちに一杯のメランジェを何度も味わった。ウィーンの後はローマ、フィレンツェ、ボローニャへと旅を続けた。口当たりのいいメランジェに慣れた舌はエスプレッソの強さにしごかれた。

ウィーンのオペラ座の前には二軒の有名なカフェがある。一軒はその名も「カフェモーツァルト」。そこでもメランジェを注文した。後に知ったのだが、かつてこのカフェは映画『第三の男』でロケされた場所だ。さて、この本に評論家ハンス・ヴァイゲルの次の一節を見つけた。

ワインハウスの主役はワイン、ビヤホールの主役はビール、料理店の主役は料理……しかるにコーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である。

同じ飲むならうまいコーヒーがいいのに決まっている。初めて入る場末の喫茶店。スポーツ新聞がカウンターに積んであり常連がたむろして落ち着かない店でも、淹れたてのコーヒーがうまければ満足できる。どんなに雰囲気がよく見え、隣席との距離に余裕があるホテルのラウンジでも、まずければ気分は台無しだ。こういう所見には一理あり、実際ぼくも与する。しかし、この言い分はコーヒーを飲み物としてしか見ていないことに気づく。カフェ発祥の意味と珈琲文化への想像が少し足りないのではないか。

イタリアではヴェネツィアの「カフェフローリアン」などを例外として、立飲みでもいい、エスプレッソはうまくて濃いのを一気に飲むのがいいという風情がある。ウィーンとパリのカフェはイタリアのバールとは様相が異なる。まずテーブルに座るべきである。本を読むにしてもぼんやりするにしても長居するべきである。長居してコーヒーをゆったりと飲む。この時に飲んでいるのが、まさにハウスなのかもしれない。ハウスの文化なのかもしれない。「コーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である」と言い切っても、コーヒーの味がどうでもいいということにはならない。つまり、ハウスが上等ならば必然コーヒーにも別格の味が備わるということだ。コーヒーの物性的な品質だけが品質ではない。嗜好者が主観的に感じるトータルな知覚品質である。というようなことに目を向けたら、次の一杯のコーヒータイムが変わるかもしれない。

時間の自浄作用

何ヵ月か前に故障していたフランス製の掛け時計が偶然動き出し、機嫌よく動いていたが、数日前から時の刻みが遅れ出した。現在37分の遅れである。何に対して遅れているのかと言えば、「正規の時間」に対してである。しかし、この時計、遅れていることを気にしているようには見えない。堂々とした遅れぶりである。

今日は月曜日。自宅にいて養生している。先週水曜日の出張明けに喉の痛みがあり、大事に到らないようにと在宅で仕事をすることにした。翌日の木曜日、オフィスで仕事をして早々に帰宅した。金曜日に休み、土曜日と日曜日を挟んで今日である。大した症状でもないのに、これほど自宅で時間を過ごすのは何年ぶりだろうか。仕事は職場のほうがはかどる。しかし、在宅ワークには、疲れたら横になれるという長所がある。

ふだんとは違う時間がある。「時間が流れる」という表現があるが、時間に目盛りなど付いていない。時計は時間の流れを感知できない人間の発明品である。数日間独りの時間に向き合うと、時間感覚の変化を体験する。時計による時間経過の確認ではなく、たとえば窓外の明から暗への移り変わりに時間を認識する。そして、「ああ、あっという間に時間が過ぎた」などとも思わず、また、ろくに仕事ができなかった数日間への悔悛の念もなく、時間が時間そのものを自浄していることに気づく。常日頃正規品の時間に生きている者が自分の時間に救われるかのようだ。


%e6%99%82%e3%81%ae%e6%9c%ac

先日古本屋で買った『時の本』をめくってみた。文章1に対して写真やコラージュが2という、絵本のような構成である。中身は絵本とはほど遠く、小難しい理屈が綴られる。「過去はもう去ってしまった。未来はまだ来ていない。この今は短すぎる。時間はいったい何を残してくれるのだろう」というアリストテレスの言がいきなり出てくるという具合。今日は理屈を読み解くほどの熱意がないから、写真やコラージュばかり眺め、時折り各章の冒頭の数行だけ読む。シティローストしたインドモンスーンの濃厚なコーヒーを淹れてみた。

語り続けるには情熱がいる。しかし、独りの時間にあっては語ることはない。自覚したことはないが、たぶん独り言をつぶやいたりしていないだろう。語ることに比べれば、書くための情熱は小量でよい。その代わり、集中力を高めなければならない。集中力は時間を忘れさせるだろうか。いや、逆に時間を意識することになる。意識した時間は整い始める。ちょうど姿勢を意識すると背筋がピンと伸びるように。時間が整った気がする時点で、書いていた文章が終わりかける。コーヒーと時間には強い関係がありそうだ。

アリストテレス風に言えば、書いていた時間はもう去ったし、この先の時間がどうなるのかは分からない。しかし、アリストテレスと違って、この今の時間を短いとは思わなかった。ましてや、今過ぎた時間がいったい何を残してくれるのだろうかなどと問いもしない。ただ、一つの自浄作用が完了したことを実感している。コーヒーカップが空になり、文章が打ち止めとなる。

『真贋』

何が本物で何が偽物かは通常権威によって決められる。もっとも、悪貨が良貨を駆逐するようになると、良きもの(=本物)はどこかにしまい込まれて流通せず、本物を見る機会は激減する。日頃目にしたり手にしたりするのは悪しきもの(=偽物)ばかり。本物を見ていないから偽物を認識することすらできなくなる。話は骨董や貴金属に限らない。今は、知識や情報、人も商売もことごとく、真贋を見極めるのが難しい時代になっているのである。


%e7%9c%9f%e8%b4%8b%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e7%94%a8%e7%b4%99

文芸評論家の小林秀雄(1902-1983)は骨董趣味人としても知られていた。本書の名の付いた『真贋しんがん』というエッセイは独立した小文で、それだけ読んでももちろんいいのだが、他に収録されているエッセイと読み併せてみて見えてくるものもある。「美しい花はある。花の美しさなどというものはない」と断言した小林秀雄は、抽象化された美を認めなかった。美しさを「もの」から切り離さなかった人だ。その人が書いた本物と偽物の話である。

古美術商の目利きの力は、若い頃に偽物をどれだけ摑まされたかという経験に比例する。知人の業界人がそんなことを言っていた。骨董趣味のキャリアが長くても小林秀雄は素人であった。ある時期、良寛の『地震後作』という詩軸を手に入れて得意になっていたら、良寛研究家の友人に「越後の地震以降、良寛はこんな字を書かない」と指摘され、その場で傍に置いてあった一文字助光の名刀で縦横十文字に切ってバラバラにした。小林が切り裂いたのはいったい何だったのか? 偽物の何を切り捨てたのだろうか? ちょっと先に次のくだりがある。

書画骨董という煩悩の世界では、ニセ物は人間の様に歩いている。煩悩がそれを要求しているからである。(……)金がないくせに贅沢がしてみたい大多数の好者すきしゃの実情であろう。

どうやら切り裂いて捨てたのは威張りたいという懲りない性さがと深い業ごうだったに違いない。

商売人は、ニセ物という言葉を使いたがらない。ニセ物という様な徒に人心を刺戟する言葉は、言わば禁句にして置く方がいいので、例えば二番手だと言う、ちと若いと言う、ジョボたれてると言う(……)。

先の知人は、「世に出ていない本物は大方旧豪商の蔵で眠っており、いくらでも古い品が発掘できる」と言った。しかし、流通する前に紛失することもあるだろうし劣化や瑕疵もあるだろうから、実際のところ本物は減っていく。ところが、本物が減っても、本物を欲しがる愛好家の数は変わらない。彼らの需要を満たそうとすれば供給は不足する。ここに偽物の出番があるのだ。小林は言う、「例えば雪舟のホン物は、専門家の説によれば十数点しかないが、雪舟を掛けたい人が一万人ある」。どうやら、偽物の効用を認めるからこそ書画骨董界がやっていけるらしいのだ。

博物館の鑑定書が付いていても偽物だったというのは日常茶飯事。「美は不安定な鑑賞のうちにしか生きていないから、研究には適さない」と小林は言う。専門家の研究心が却って見誤りをもたらすのである。権威への信頼もほどほどにせねばならない。

裸茶碗に本物はあっても、箱や極め(鑑定書)のない偽物はないというのがこの世界の常らしい。偽物はモノの外に「らしさ」を持たねばならないということだろう。伝説というものを大雑把に定義すれば、外に在る物に根柢を置かず、内に動く言葉に信を置く表情と言えよう。

伝説の持つ内なる力――ことばの力――が強いからこそ、コピー屋はそこに目を付け、文字によって値打ちをカモフラージュする、というわけである。「あいつのことばは用意周到、でき過ぎている」などと言われないように、自信のあることについては朴訥にポツンと語るのが大人の取るべき措置なのかもしれない。