秋の日和、雨、風

実況で小文を書き始めていたが、用事ができて途中でやめた。一昨日のことである。一昨日感じた雨の秋らしさを、晴れのち曇りで夕暮れた今、こうして書いている。

少年の頃まで、街はアスファルトで埋め尽くされていなかった。車が走っているのは珍しかった。歳時に四季それぞれの特徴があり、風物詩は現在とは大きく違っていた。夏の終わりとか秋の始まりなどといちいち言わなくてもよかった。夏から秋への移ろいは肌で感じ、風習に教えられたものである。

ぼくにとって、たとえば「秋日和」をことばで説くのは野暮である。説明しようとしても「秋」という文字を使うことになる。「秋らしい好日」と言うのが精一杯ならば、秋日和で事足りる。

一昨日、雨が降っていた。土砂降りではなく、しとしとと静かに細い雨がそぼ降って、ちょうどよい加減のお湿りなった。もし夜半まで降り続けば、それを長雨と呼ぶのだろう。長雨は秋の特徴だ。秋日和も秋雨も、それ以外のことばを尽くして説明してもらうには及ばない。

ところが、最近はそうもいかなくなった。表現に春、夏、秋、冬が含まれていても、ことばとイメージ、あるいはことばと体験的な現象が必ずしも一致しなくなった。秋日和や秋雨と言っても、若い世代にはどうやらピンと来ない人もいるようなのである。


『ことばの歳時記』(金田一春彦著)によると、昔は秋雨などということばはなかったらしい。江戸中期に春雨に対して生まれたことばのようである。春雨が先輩格というわけだが、濡れて情緒があるのは若葉だけではない。紅葉や落葉も雨で濡れる。それを秋雨と名付ければ風情に円熟の味が加わる。秋雨を造語した知恵者に感謝しなければならない。

秋の気配を感じさせるのは雨だけではない。風も秋の予兆や到来を知らせてくれる。秋風をぼくは「あきかぜ」と訓読みするが、漢詩の読み下しでは「しゅうふう」と読む。『漢語日暦ひごよみ』(興膳宏著)では「しゅうふう」となっている。同書に漢の武帝の「秋風の辞」の一節が紹介されている。

秋風しゅうふう起こって白雲飛び、草木黄ばみ落ちてかりは南に帰る。

船に乗って空を見上げれば白雲の流れが見える。秋の風の仕業である。雲を眺めて季節の移ろい、時の流れを認める。船上の酒宴に我を忘れて思う存分興じればいいのに、秋という季節は今のちょっと先、場合によってはずっと先へと心を向かわせる……そして、秋風に頬を撫でられながらセンチメンタルになる……というような心理になる人が少なくないが、実にもったいない。こんないい季節に哀愁に苛まれるのは、多分に刷り込みだとぼくは思っている。

様々な一節

相変わらず雑読ばかりしている。十数ページほど読むと別の本に手を伸ばし、その本の適当な場所を開けて何ページかめくる。こんなことを繰り返す。飛び石を伝うような読み方。ネットサーフィンならぬブックサーフィンだ。この一週間古書店で買い求めた数冊を昨日もそんなふうに読んでいた。本は生真面目に1ページ目から読むべきものとされているが、それは一つの読み方にすぎない。小説を例外として、かく読むべしという観念に縛られる理由はない。自分に気まぐれを許して好きなところから読み始めればいい。偶然開けるページの断章の中の一節が少考のきっかけになることがある。

📖 『パリの手記Ⅱ 城そして象徴』 辻邦生 (p50

自分のなかの危険の兆候を、僕は一種の物憂さの中に見いだす。僕は「他人の眼」の中であまりに暮しすぎたし、どうすることもできない習性を負わされているが、それにしても最近とみに顕著になった物憂さは、僕を、すべてのものへの関心から、引きはなしてしまう。僕には、一貫して、何かをやり通す気力がなくなった。

ぼくも他人の眼の中で暮らすことがあったが、これほど重度の物憂さに苛まれたことはないし、無関心や無気力な自分と激しく闘ったことはない。何度もきつい場面に遭遇したが、どこかで考えることをやめる安全装置が働いたように思う。パリなどに長く住むと、日本の特殊性と現実の生活との葛藤を肌で感じるのだろうか。

📖 『食卓は人を詩人にする』 山縣弘幸 (p110

唇は小さくあけて
舌のおさじで食べる
接吻という名のアイスクリーム
(堀口大學)

うまく表現するものである。アイスクリームがエロティシズムに化けた。官能的とも呼ぶべき食べ物がある。たとえばマドレーヌについて、「その襞につつまれてあんなに豊満な肉感をもっていたお菓子のあの小さな貝殻の形」とプルーストが書いているらしい。かなりきわどい描写だ。ところで、さらに100ページ先には牡蠣の話が出てくる。大食漢バルザックは生牡蠣を百個食べた。それだけで終わらず、仔羊のカツレツ12枚、仔鴨の蕪添え一羽、やまうずらのロースト二羽、舌平目のノルマンド・ソース一皿……などを平らげたという。食は暴力的でもある。

📖 『ホモ・モルタリス 生命と過剰 第二部』 丸山圭三郎 (p35

…… 死の不安に怯える動物ホモ・モルタリス(死すべきヒト) ……
本能とは異なるコトバによって〈死〉をイメージ化し、死の不安と恐怖をもつ唯一の動物であるという意味では「人間だけが死ぬ動物」(ド・ヴァーレンス)かも知れない。しかし、同時に、「人間は死への自覚をもって自らを不死たらしめる」(ハイデガー)動物でもあろう。

人間は肉体的に滅んで死す。不安や恐怖に怯えて死す。他の動物と違って、死ぬことを知っているからである。しかし、不安も恐怖も捨て切って死を自覚すればどうだろう。それでも肉体は滅ぶ。だが、概念的には死なない。死と不死を分け隔てるのは覚悟なのか。

📖 『ヴェネツィア的生活』 角井典子 (p40

昔々、アラビアの山羊飼いが、赤い木の実を食べ跳びはねている山羊を見つけた。手がつけられず困り果て、近くのイスラムの修道院へ相談に。導師はその実を調べ、生で食べてみると、これがひどい味。そこで試しに煎じて飲むと、苦い味は風変わり。

この導師が、『コーヒールンバ』の出だし、♪ 昔アラブのえらいお坊さんが……の「えらいお坊さん」と同一人物かどうかはわからない。ともあれ、コーヒーとアラブには密接な関係があったのはよく知られた事実である。「カフェなしでは生きられない」という断章からの一節だが、ヴェネツィアのみならずイタリアではどの街でも、カフェなしでは生きられないという趣が強い。ぼくの今のカフェ習慣は多分にイタリアの旅で影響を受けたと思われる。

文章読本のこと

十代から日本文学と世界文学を問わず実によく小説を読んだ。三十代半ばでばったり小説を読むのをやめて、数ページで話が完結する雑文を読むようになった。たとえば浅田次郎の小説はほとんど読まないが、エッセイ集はよく読んだ。

若い頃、小説を読みながら、文体や文章術にも興味を覚えた。名立たる小説家が『文章読本』を書いている。谷崎潤一郎、三島由紀夫、中村真一郎、丸谷才一、井上ひさしの読本には目を通した。文章読本と言うと、文章の読み方の技術のように思われがちだが、それだけではない。むしろ、文章の書き方のための読本という色合いが強い。

料理について、おいしい、安全な、清潔な、健康によい、盛り付けがきれいなどの形容ができるように、文章についても様々な評がありうる。上手な、わかりやすい、表現豊かな、正確な、などである。これらは書かれた文章に対して読み手が感じる印象だ。詩であれ小説であれ論文であれ、文章を書くのは伝えるためである。書き手の軸足が表現に置かれることもあるが、意味を明らかにして読み手に伝えるために書くのが基本である。


このところ、永井龍男の雑文をまとめて読んでいる。永井の文章は飾り気があるわけでもなく、鮮やかな表現を纏っているわけでもないが、固有名詞が多く描写も精細であるものの、読みやすい。読みやすいのは、イメージが正確に文章になっているからだろう。たとえば次の一文は、花を愛でる人たちの体験の一部を肩代わりするかのように綴られている。

桜の花の美しさは、花の数の多いことにあるが、いじめられずに、伸びのび育った木は、枝々に打ち重ねたように花を咲かせ、空を、星を、全身でおおってしまうのである。(「花のいのち」、『雑文集 ネクタイの幅』より)

同じ雑文集には「正確な文章」というエッセイが収められている。そこで、永井は「うまい文章」の「うまい」を否定する。そして、次のように断言するのである。

文章の目的は、うまいことにあるのではなく、「正確」な表現でなければならない。(……) 文章は、文章自体でなり立つのではなく、その人の思想、感情の表現として、はじめて形をなすのである。(……) (正確な文章を書く)秘訣は、文章にあるのではなく、表現したい思想なり感情を、しっかりとつかむことにある。(……) 正確な文章を書こうとするところから、文章に対する苦心がはじまり、開眼もまたそこを通してより他に道はない。

個々のことばの表現は踊っているが、単なる寄せ集めに過ぎず、まったく筋を伝えていない文章がある。何を伝えようとしているのかさっぱりわからない。なぜなら、書いている本人がわかっていないからだ。どんなジャンルの文章であれ、書くという行為はどこまで行ってもコミュニケーションである。それは意味を伝えるということだ。文章の上手下手の判断は他人に任せればよい。雑文を書くぼく自身、「上手に書きました」と言って読んでもらう自信はまったくない。しかし、「正確に文章を書く努力」こそが書き手ができる唯一の責任だと思う。この意味で、永井龍男の考え方に強く共感するのである。

写真からの連想

目まぐるしく過ぎたこの一週間。しかし、隙間の時間はあるものだ。ちょっとした隙間にメモしたり写真を撮ったりしている。なぜこれを書いたのか。記憶を再生できないメモはあるが、写真には記憶がくっついていることが多い。記憶がよみがえり、それだけで終わらずあれこれと連想することがある。


衝動で買って手元にあるのだから、これが何かはわかっている。わかっているが、今こうして見てもすでに知ってしまったその名前となかなか一致しない。以前誰かにもらってまだ封を開けていないヒノキのチップにそっくり。風呂に入れたら大変なことになる。これはキャラメル味のココナツである。見た目以上に美味だ。小皿にいくつか置いて「お一つどうぞ」以外に何も言わずに差し出してみよう。いったい何割の人が一粒つまんで口に放り込むだろうか。キャラメルコーンを食べるのに勇気はいらない。キャラメルココナツには、いる。


パワーポイントのクリップアート素材を漁っていたらカジュアルな読書人の写真に出合った。いや、これは読書ではなくて朗読しているのではないかと思い直す。そうだ、書評会で朗読をしてもらおうとひらめいた。不定期で主宰している書評会では一冊の本を読んでまとめることになっている。読めなかったら発表はできない。しかし、朗読ならできるだろう。本の気に入った一節、1ページだけ選んで読めばいいのだから。見開き2ページなら3分もかからない。聴く方も飽きない。たとえば森鴎外の短編『牛鍋』の歯切れのいい冒頭だけなら30秒で朗読できる。但し、噛んでばかりで流暢さを欠いては台無しである。

鍋はぐつぐつ煮える。
牛肉のくれないは男のすばしこい箸でかえされる。白くなった方が上になる。 斜に薄く切られた、ざくと云う名の葱は、白い処が段々に黄いろくなって、褐色の汁の中へ沈む。 箸のすばしこい男は、三十前後であろう。晴着らしい印半纏しるしばんてんを着ている。そば折鞄おりかばんが置いてある。 酒を飲んでは肉を反す。肉を反しては酒を飲む。


ディベートの試合の審査では「バロットシート」なるものを使う。議論の内容の要点をメモし、争点の攻防をわかりやすくフローの形で再現する。何週間も準備をして試合に臨んでいる人たちのことを思うと、安易な聞き方はできない。全身を耳にして傾聴する。話すスピードは書くスピードよりも速いのが常であるから、書き味のよい筆記具を選ぶ。

ディベート大会では数種類の万年筆と水性ボールペンを用意する。その日の調子と気分に応じてこの一本を選ぶ。これと決めれば一筆入魂である。一昨日の大会では左から二本目のブルーブラックインクのボールペンで書き込んだ。


久々に行きつけの古書店を覗いた。全集のうちの一冊『文体』が新品かつ格安だったので、なまくらにページをめくっただけでさっさと買って帰った。文体というのはすでに比喩された術語である。なにしろ「文の身体」なのだから。自分の姿勢、身体つきを知らないわけではないが、後日講演している写真を見て、奇怪な立居に驚くことがある。文体になると紙に書かれたものと自覚との間にはかなりの落差があるに違いない。自分の文体を意識したことはほとんどなく、またテーマによってスタイルが変わるのを承知しているから、自分流の文体などあるはずがないと思っている。

しかし、ぼくの拙い文章をよく読んでくれている人は、テーマに関係なく、文体があると言う。喜ぶべきかどうか悩む。他人様の文章を読んでいて、退屈するのは文体にではない。明けても暮れても同じような話にうんざりするのである。文体が織り成す文章の中身がマンネリズムに陥らないように気をつけておきたいと思う。

一杯のコーヒー

一日に45杯のコーヒーを飲んでも、そのつどのコーヒーは「一杯のコーヒー」である。喫茶店からカフェへと呼び名を変えた店が多くなった。時代の流れでありライフスタイルの変化を象徴している。外で紅茶を飲むことはなく、店に入ればコーヒーを注文するのがお決まりなので、カフェのほうがしっくりくる。とは言え、ランチ後に誰かと行く時は「喫茶店」と呼ぶ。「近くにいいカフェがあるんです」とは言っても、「カフェにでも行きましょう」はない。コーヒーショップでもいいが、ちょっと古めかしい。

今朝もすでに2杯のコーヒーを飲んだ。朝一番の一杯のコーヒーは自宅で、もう一杯は午前10時にオフィスで。自宅はスペシャリティの豆で淹れたて、オフィスは廉価版のブレンドで作り置き。当然値段の差が味覚の差になる。仕事しながら飲むオフィスのコーヒーはそれで十分だ。寒い日の一杯はどこで飲んでもどんなふうに飲んでもありがたい。今日もたぶん午後に2杯、帰宅して食後にも飲むことになるはずである。最近は心してカップに向き合うようにしているが、惰性的飲み方を捨て切ったとは言い難い。


週末に古書店で『ウィーンのカフェ』(平田達治著)という本を見つけた。十数年前の記憶がよみがえる。空気まで凍てつくような極寒の日に、シェーンブルン宮殿のカフェ「グロリエッテ」で啜ったメランジェ。蚤の市近くの無名のカフェでもメランジェを飲んだ。メランジェはカプチーノのウィーン版。ウィーンに滞在した3日間のうちに一杯のメランジェを何度も味わった。ウィーンの後はローマ、フィレンツェ、ボローニャへと旅を続けた。口当たりのいいメランジェに慣れた舌はエスプレッソの強さにしごかれた。

ウィーンのオペラ座の前には二軒の有名なカフェがある。一軒はその名も「カフェモーツァルト」。そこでもメランジェを注文した。後に知ったのだが、かつてこのカフェは映画『第三の男』でロケされた場所だ。さて、この本に評論家ハンス・ヴァイゲルの次の一節を見つけた。

ワインハウスの主役はワイン、ビヤホールの主役はビール、料理店の主役は料理……しかるにコーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である。

同じ飲むならうまいコーヒーがいいのに決まっている。初めて入る場末の喫茶店。スポーツ新聞がカウンターに積んであり常連がたむろして落ち着かない店でも、淹れたてのコーヒーがうまければ満足できる。どんなに雰囲気がよく見え、隣席との距離に余裕があるホテルのラウンジでも、まずければ気分は台無しだ。こういう所見には一理あり、実際ぼくも与する。しかし、この言い分はコーヒーを飲み物としてしか見ていないことに気づく。カフェ発祥の意味と珈琲文化への想像が少し足りないのではないか。

イタリアではヴェネツィアの「カフェフローリアン」などを例外として、立飲みでもいい、エスプレッソはうまくて濃いのを一気に飲むのがいいという風情がある。ウィーンとパリのカフェはイタリアのバールとは様相が異なる。まずテーブルに座るべきである。本を読むにしてもぼんやりするにしても長居するべきである。長居してコーヒーをゆったりと飲む。この時に飲んでいるのが、まさにハウスなのかもしれない。ハウスの文化なのかもしれない。「コーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である」と言い切っても、コーヒーの味がどうでもいいということにはならない。つまり、ハウスが上等ならば必然コーヒーにも別格の味が備わるということだ。コーヒーの物性的な品質だけが品質ではない。嗜好者が主観的に感じるトータルな知覚品質である。というようなことに目を向けたら、次の一杯のコーヒータイムが変わるかもしれない。

時間の自浄作用

何ヵ月か前に故障していたフランス製の掛け時計が偶然動き出し、機嫌よく動いていたが、数日前から時の刻みが遅れ出した。現在37分の遅れである。何に対して遅れているのかと言えば、「正規の時間」に対してである。しかし、この時計、遅れていることを気にしているようには見えない。堂々とした遅れぶりである。

今日は月曜日。自宅にいて養生している。先週水曜日の出張明けに喉の痛みがあり、大事に到らないようにと在宅で仕事をすることにした。翌日の木曜日、オフィスで仕事をして早々に帰宅した。金曜日に休み、土曜日と日曜日を挟んで今日である。大した症状でもないのに、これほど自宅で時間を過ごすのは何年ぶりだろうか。仕事は職場のほうがはかどる。しかし、在宅ワークには、疲れたら横になれるという長所がある。

ふだんとは違う時間がある。「時間が流れる」という表現があるが、時間に目盛りなど付いていない。時計は時間の流れを感知できない人間の発明品である。数日間独りの時間に向き合うと、時間感覚の変化を体験する。時計による時間経過の確認ではなく、たとえば窓外の明から暗への移り変わりに時間を認識する。そして、「ああ、あっという間に時間が過ぎた」などとも思わず、また、ろくに仕事ができなかった数日間への悔悛の念もなく、時間が時間そのものを自浄していることに気づく。常日頃正規品の時間に生きている者が自分の時間に救われるかのようだ。


%e6%99%82%e3%81%ae%e6%9c%ac

先日古本屋で買った『時の本』をめくってみた。文章1に対して写真やコラージュが2という、絵本のような構成である。中身は絵本とはほど遠く、小難しい理屈が綴られる。「過去はもう去ってしまった。未来はまだ来ていない。この今は短すぎる。時間はいったい何を残してくれるのだろう」というアリストテレスの言がいきなり出てくるという具合。今日は理屈を読み解くほどの熱意がないから、写真やコラージュばかり眺め、時折り各章の冒頭の数行だけ読む。シティローストしたインドモンスーンの濃厚なコーヒーを淹れてみた。

語り続けるには情熱がいる。しかし、独りの時間にあっては語ることはない。自覚したことはないが、たぶん独り言をつぶやいたりしていないだろう。語ることに比べれば、書くための情熱は小量でよい。その代わり、集中力を高めなければならない。集中力は時間を忘れさせるだろうか。いや、逆に時間を意識することになる。意識した時間は整い始める。ちょうど姿勢を意識すると背筋がピンと伸びるように。時間が整った気がする時点で、書いていた文章が終わりかける。コーヒーと時間には強い関係がありそうだ。

アリストテレス風に言えば、書いていた時間はもう去ったし、この先の時間がどうなるのかは分からない。しかし、アリストテレスと違って、この今の時間を短いとは思わなかった。ましてや、今過ぎた時間がいったい何を残してくれるのだろうかなどと問いもしない。ただ、一つの自浄作用が完了したことを実感している。コーヒーカップが空になり、文章が打ち止めとなる。

『真贋』

何が本物で何が偽物かは通常権威によって決められる。もっとも、悪貨が良貨を駆逐するようになると、良きもの(=本物)はどこかにしまい込まれて流通せず、本物を見る機会は激減する。日頃目にしたり手にしたりするのは悪しきもの(=偽物)ばかり。本物を見ていないから偽物を認識することすらできなくなる。話は骨董や貴金属に限らない。今は、知識や情報、人も商売もことごとく、真贋を見極めるのが難しい時代になっているのである。


%e7%9c%9f%e8%b4%8b%e5%8e%9f%e7%a8%bf%e7%94%a8%e7%b4%99

文芸評論家の小林秀雄(1902-1983)は骨董趣味人としても知られていた。本書の名の付いた『真贋しんがん』というエッセイは独立した小文で、それだけ読んでももちろんいいのだが、他に収録されているエッセイと読み併せてみて見えてくるものもある。「美しい花はある。花の美しさなどというものはない」と断言した小林秀雄は、抽象化された美を認めなかった。美しさを「もの」から切り離さなかった人だ。その人が書いた本物と偽物の話である。

古美術商の目利きの力は、若い頃に偽物をどれだけ摑まされたかという経験に比例する。知人の業界人がそんなことを言っていた。骨董趣味のキャリアが長くても小林秀雄は素人であった。ある時期、良寛の『地震後作』という詩軸を手に入れて得意になっていたら、良寛研究家の友人に「越後の地震以降、良寛はこんな字を書かない」と指摘され、その場で傍に置いてあった一文字助光の名刀で縦横十文字に切ってバラバラにした。小林が切り裂いたのはいったい何だったのか? 偽物の何を切り捨てたのだろうか? ちょっと先に次のくだりがある。

書画骨董という煩悩の世界では、ニセ物は人間の様に歩いている。煩悩がそれを要求しているからである。(……)金がないくせに贅沢がしてみたい大多数の好者すきしゃの実情であろう。

どうやら切り裂いて捨てたのは威張りたいという懲りないさがと深いごうだったに違いない。

商売人は、ニセ物という言葉を使いたがらない。ニセ物という様な徒に人心を刺戟する言葉は、言わば禁句にして置く方がいいので、例えば二番手だと言う、ちと若いと言う、ジョボたれてると言う(……)。

先の知人は、「世に出ていない本物は大方旧豪商の蔵で眠っており、いくらでも古い品が発掘できる」と言った。しかし、流通する前に紛失することもあるだろうし劣化や瑕疵もあるだろうから、実際のところ本物は減っていく。ところが、本物が減っても、本物を欲しがる愛好家の数は変わらない。彼らの需要を満たそうとすれば供給は不足する。ここに偽物の出番があるのだ。小林は言う、「例えば雪舟のホン物は、専門家の説によれば十数点しかないが、雪舟を掛けたい人が一万人ある」。どうやら、偽物の効用を認めるからこそ書画骨董界がやっていけるらしいのだ。

博物館の鑑定書が付いていても偽物だったというのは日常茶飯事。「美は不安定な鑑賞のうちにしか生きていないから、研究には適さない」と小林は言う。専門家の研究心が却って見誤りをもたらすのである。権威への信頼もほどほどにせねばならない。

裸茶碗に本物はあっても、箱や極め(鑑定書)のない偽物はないというのがこの世界の常らしい。偽物はモノの外に「らしさ」を持たねばならないということだろう。伝説というものを大雑把に定義すれば、外に在る物に根柢を置かず、内に動く言葉に信を置く表情と言えよう。

伝説の持つ内なる力――ことばの力――が強いからこそ、コピー屋はそこに目を付け、文字によって値打ちをカモフラージュする、というわけである。「あいつのことばは用意周到、でき過ぎている」などと言われないように、自信のあることについては朴訥にポツンと語るのが大人の取るべき措置なのかもしれない。

もう一つの読書体験

読書体験なのだから、本を読むのは当たり前。しかし、読むことだけが体験になるわけではない。読書体験には未読の本を既読に変える以外のものがある。紙を何百枚も綴じた立体物としての本を買ったままで放置しておくと、後ろめたさが物量的にし掛かってくる。新たに次の本を買えば、さらにプレッシャーが増す。電子書籍の場合、姿かたちが見えないからこんな気持ちにはならない。買って読まなくても平気でいられる。

二冊の本

古書店に行く時点では狙いすました本などない。棚を眺めてみないと何を買って帰るかわからないし、何も買わないこともよくある。先日、『ガウディを〈読む〉』と『生きものの建築学』の二冊を買った。置かれていた場所は別々で、書架はだいぶ離れていた。

数年前にバルセロナを訪れて以来、ぼくのガウディへの関心は高まるばかり。だから、前者を手に取ったことに不思議はない。手にしたまま古書店内をしばらく渉猟しているうちに、後者の本を見つけた。タイトルに魅かれたわけではない。表紙にサグラダファミリアのスケッチが描かれていることに心がざわめいたのだ。

『生きものの建築学』は「動物の建築と人間の巣」と題されて専門誌に連載された記事を収録している。著者があとがきで次のように書いている。

(……)たとえばこの本の場合、ガウディの壮大な建築を突拍子もないことに、白蟻(マクロターム)の驚くべき「建築」の上にモンタージュしてみることができるのではないか、とふと考えついた時、私はすでに足手まといな故郷や家族のことを忘れて、知らない土地を歩く旅を楽しみはじめていたに違いない。


ガウディ建築の断片が白蟻の巣の上に重なるように再構築されるとはおもしろいではないか。何も建築に限った話ではない。モンタージュでもブリコラージュでもいい、異種どうしが結び付くことに好奇心が掻き立てられる。生きものとガウディが著者の内で重なり合ったように、古書店の違う棚で別々の本が共鳴していた。偶然のこんな発見が、ある種の知的サスペンスを誘発することがある。

仕事で何日も出張することはあっても、まとまった日にちを取って旅に出掛けることが少なくなった。書物は旅から遠ざかっている自分の中に生じる「穴」を埋めてくれる。強い印象を受けたり大いに啓発されたりする一冊がある。しかし、旅に似た楽しみは、むしろ複数の書物どうしが即興的に編み出すエピソードのほうだ。つまり、どの一冊を買うかよりも、どれとどれを買うかのほうに意味を見い出す。

二冊の本をクロスオーバーしながら深読みすれば、随所にモンタージュを見つけたり、つながりを連想したり、相互参照したりするのだろう。この二冊はタイトルに共通項があるからきっとそうなる。しかし、適当に買ってきたジャンル違いの本なのに、パズルのピースのようにぴったり填まる時もある。まったく予期していない分、驚きは増幅する。リンカーン大統領にケネディという秘書官がいたのを知った後、ついでにケネディ大統領の秘書官を調べてみたらリンカーンという秘書官がいたのを発見した――これに似た知的サスペンスは併読に固有の体験である。

英国の印象

イギリス国旗

良きにつけ悪しきにつけ、英国が旬である。喉元を過ぎると旬が終わりそうなので、今が書き頃だ。ぼくの英国と英国人との、きわめて希薄な関わりを体験的になんと了見の狭い見方だ! と指摘されるのを覚悟して綴ってみることにする。

なお、ヨーロッパには7回旅しているが、英国の地には足を踏み入れたことはない。せめてロンドンでもと思い、パリから特急で小旅行を企てたこともあったが、今なお実現していない。もう実現しないかもしれない。

英国での実体験がなく、英国人との接点もたかが知れている。ぼくが一番最初に会った英国人は大学教授だった。「きみは夏に何をしたか?」と聞くから、“I went to the sea this summer.”(今年の夏は海に行きました)というような返事をしたら、彼は“I see.”(なるほど)とうなずいた。言うまでもなく、“sea”“see”のダジャレである。おもしろくなかったし興ざめしかけたが、当の本人は平気だった。

次に縁のあった英国人とは、国際広報の仕事で数年間一緒に働いた。いい人だったが、プライドが強く、またアマノジャクだった。という次第で、ぼくの英国と英国人の印象はほとんど紙に書かれた知識に依る。しかし、文字媒体経由であっても、それもまた体験の変種だと言えるだろう。

『世界ビジネスジョーク集』(おおばともみつ著)は第一章が「EU各国」。「EU参加国の横顔」が最初の見出し。今では28ヵ国が参加しているが、これは2003年頃の話で、当時は15ヵ国だった。ブリュッセルで売られていた絵葉書には各国の国民性を書き添えてあったという。

アイルランド人のように、いつもシラフで、
イギリス人のように料理が上手で、
フランス人のように、いつも謙虚で、
イタリア人のように、秩序正しく、
ドイツ人のように、ユーモアを解し、
オランダ人のように、気前良く、
ベルギー人のように、勤勉で、
デンマーク人のように、思慮深く、
スウェーデン人のように、柔軟で、
フィンランド人のように、おしゃべりで、
スペイン人のように、地味で、
ポルトガル人のように、技術に強く、
オーストリア人のように、忍耐強く、
ルクセンブルク人のように、有名で、
ギリシア人のように、組織化されている。

以上、いろんな顔を持つ統合体、それがEUというわけだが、自虐的な逆説がおもしろい。イギリス人は「料理が上手!」というおふざけだが、今回の包丁さばきはどうだったのか。


独習で使っていた中級の英語読本で“An Englishman’s house is his castle.”(イギリス人にとって家は城塞である)という諺を覚えた。堅固な城塞に引きこもっていたほうがよかったのか。今回の一件に関して、元々加盟したのが間違いだったという論評もある。同じ教本にはコーヒーハウスの話も載っていた。英国と言えばティーではないのかと不思議に思ったのを覚えている。先日古本屋で『コーヒー・ハウス』という、18世紀ロンドンの都市生活史をテーマにした本を見つけた。ハウスでの談論は政治、経済、文化に影響を与えたという。本と出合った翌日、EU離脱のニュースが伝わってきた。コーヒーをよく味わい熟慮して判断した結果だったのか。

英国人と英国社会についてG・ミケシュが書いた『没落のすすめ――「英国病」讃歌』を興味深く読んだのが1978年。ずいぶん啓発されたが、それでもなお、イギリスはよく分からない存在だった。なにしろ、イギリス、英国、UK、ブリテン、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド……と、何がどうなっているのか、なぜ呼び名がいろいろあるのかなど、基本のところで不可解なものがこびり付いていた。英国はぼくの仕切りではヨーロッパに入っていない。ヨーロッパに関する本は数え切れないほど読んだが、英国については上記のミケシュも含めて数冊。他には、ローワン・アトキンソンの『ミスタービーン』と独り舞台のDVDを何度か観た程度……。親近感があると思っていたのは錯覚で、実は、ずっと遠い存在だったというのが偽らざる体験的印象なのである。

野球部に入部するには丸坊主にしないといけないのに、一人だけ長髪のまま部活動をしていた。監督もコーチも気を遣っていた。バントの指示が出ても無視して打ったり、打てのサインなのに見送ったり……。そして、ついに退部届を提出した。丸坊主になるのを恐れたからではない。たぶん、元々野球が好きではなかったのだろう。

アクセルと学習の関係

先月『日本人はどこから来たのか?』(海部陽介著)を興味深く読んだ。題名になっているテーマに関心があったのは当然だが、6万年か7万年か前のホモサピエンスの出アフリカから世界への拡散の経緯に以前から好奇心をくすぐられていた。後期石器時代や縄文時代のことですら諸説多々あり、断定できるような確証は不十分である。つまり、素人にも自在な推理が許されるから、人類の起源と進化について自由に想像を膨らませることができる。

かれこれ一年くらいになるだろうか。NHKの『生命大躍進』という番組を観た。簡単なメモ書きを元に思い起こせば、おおよそ次のような話であった。

動物には二種の遺伝子――アクセル遺伝子とブレーキ遺伝子――があり、人類以外の動物では同時に生まれ「相殺」される。つまり、脳の進化も緩やかになる。ところが、人類の場合、ブレーキ遺伝子が故障することがある。故障中にアクセル遺伝子のほうが大量に生まれ、創造力につながる大脳新皮質を誕生させた。言語にはFOXP2という遺伝子が関わっている。40万字もあるDNAのうち、たった一文字だけが書き換えられ、それが言語の高度化を促した……「賢い人間」という意味のホモサピエンスである……。

アクセル遺伝子は新しいことへの好奇心と深く関わっているようだ。ホモサピエンスに先立つこと30数万年、ネアンデルタール人の手掛けた石器はほとんど進化しなかった。他方、ホモサピエンスは創意工夫して石器を進化させた。両者には言語能力とコミュニケーションにも格段の違いがあったというのが通説だ。ちなみに、まだ読みかけだが、ノーム・チョムスキーの近著『言語の科学――ことば・心・人間本性』では、言語獲得の突然変異説が唱えられている。出アフリカの頃、ホモサピエンスの脳の回路が配線し直されるような突然変異があり、それが言語能力をもたらしたというのである。人間だから言語を手にしたのではなく、言語を手にしたから人間が人間になったということだ。


以上のような話は今を生きることとは一見関係なさそうだが、アクセルとブレーキのせめぎ合いは、その後進化を遂げた人間の学習構造に色濃く残っていると思われる。ぼくの企画研修で「習熟の方程式」に関するひとコマがある。新しいことに向けての学習意欲と、それを阻む不利係数の関係について持論を説く。

インプットと不利係数

インプットをアクセル、不利係数をブレーキ、そして、アウトプットを創造性とする。インプットが10のとき、不利係数1という、ブレーキが強くかからない状態ならば、10/1だからインプットしたものがそのままアウトプットという成果を生む。ブレーキが利かない状態はリスクが高いとも言える。ぼくたちが生きていく上で、何でもかんでも新しいことに挑むわけにはいかないからだ。安全や保守への指向性も必要だ。同時に、安全や保守は成長にとって手かせ足かせになるのも事実。たとえば10のインプットに対して10の不利係数が働けば、アウトプットは1しか得られない。いくら学んでも成果が上がらないというのは、この不利係数のせいである。

では、いったい不利係数というブレーキの正体は何なのか。それは三つの要素からできているというのがぼくの見方だ。一つは、抗しがたい外的環境要因。もう一つは集団的な規範やルール。そして三つめに個人的な要因がある。つまり、学びながら自分で自分の可能性を閉ざしている。実は、これが一番大きなブレーキ要因で、一言で言えば固定観念である。アクセルを踏んでアウトプットを増大させたい、自己変革したいというのがタテマエで、ブレーキをかけて今の自分を肯定したいというのがホンネなのだろう。何万年も前に遺伝子が誤動作して獲得したせっかくのアクセルである。ホモサピエンスの末裔としては、勇気をもってアクセルを踏むことも忘れてはならない。