フルサービスとセルフサービス

ステーキ店で焼き加減を聞かれる。「お任せします」と言ってもいいし、好みの、たとえば「ミディアム」と言ってもいい。任せても好みを言っても、料理人がフルサービスでやってくれる。客はプロが焼くステーキを食べることに専念すればいい。

寿司店は高級な店でも回転寿司店でもフルサービスが基本。寿司めしを手に取ってネタを乗せて握るのは店の職人であり、客が寿司をセルフで握ることはない。客は「トロ」だの「イカ」だの「ウニ」だのと注文さえすれば、あとは懐と相談しながら食べればいい。

自宅でたこ焼きをしたり串カツを揚げたりはするが、店に入って自分でたこ焼きを作ったり串を揚げたりしたことはない。それが当たり前だと思っているが、少数派ではあるがセルフサービスのたこ焼き店や串揚げ店が存在する。セルフと言っても、出来上がったものを取ってくるのではなく、テーブルに備え付けの調理器具を使って自分で作るのである。

本来料理人に任せるべき調理の一部始終のうち、焼いたり揚げたりという、どちらかと言うと、微妙な作業を客自らセルフでおこなうとは、奇妙である。関西ではその奇妙な習慣が一部のお好み焼き店で続けられ今に至っている。客自らが個室で焼くセルフお好み焼きの名店が千日前にある。イラスト入りの指示書に従えば、下手に焼いてもまずまずの味に出来上がる。しかし、焼き慣れたプロに焼いてもらうほうがうまいに決まってる。

先日、『焼肉のことばかり考えてる人が考えてること』(松岡大悟著)というおもしろい本を見つけた。焼肉にはステーキよりも格段に高いエンターテインメント性があって、それが人々の心を惹きつけているという。しかし、と著者は言う。

「実は焼肉屋には、どえらく大きな落とし穴がある。それは肉を焼くという作業を、客自身が担当しなければならないということだ。」

ステーキ店との決定的な違いがこれである。ステーキは料理人が焼き、焼肉は客が自分で焼く。どんなに上質の肉でも下手に焼くとまずくなる。火加減や焼き時間は肉の部位によって変わる。裏返すタイミングも難しい。炭で焼くかガスで焼くかの技の使い分けも必要だ。

客は焼肉を食べに来ているのに、一番重要な「焼き」という調理を任される。調理に参画しても割引サービスはない。自前で焼き、焼き過ぎて焦がしても自己責任を負う。「こちら特上カルビです」と言って店側はテーブルに一皿を置くが、焼き過ぎに注意程度の指南しかしてくれない。試しに最初の一切れを焼いてくれることはあるが、後は任される。

にもかかわらず、焼肉店に通っては性懲りもなく自分で焼く。どんなに店側が上手に焼いてくれるとしても、ステーキのように厨房で焼いた肉が運ばれてくるのを望まない。自分で焼きたいのだ。何度も焼いているうちにコツをつかみ、部位によって焼き方も覚える。うまい焼肉への道は厳しく長いが、あの本に書いてある「遠火の強火」を焼きの基本として精進されることを願う。