イタリア紀行14 「記憶に残る街景色」

アレッツォⅡ

「無印良景」ということばがあってもよい。観光ガイドにも載っていないし、地図のどこにも印すらない場所や建物。写真に撮ってみたものの、写っている光景や風景の固有名詞を後日調べるすべもない。そんなシーンが街外れの一角に忽然と現れると鼓動が高まる。

ここアレッツォは詩人ペトラルカの生誕の地でもある。地図を調べてみたら、生家の前を間違いなく通り過ぎているのだが、写真には収まっていない。その先の大聖堂(ドゥオーモ)や市庁舎を目当てにしていたから見落としてしまった。とりわけ、この日は骨董市のせいで視線と視野をいくらか不安定にしてしまっていた。目抜き通りでは、人混み越しに建物や通りをゆっくり眺める余裕はなく、人の流れに従うのが精一杯だった。

ところが、名前も位置も知らぬままに何気なく撮影した写真なのに、突き止めることができたのもある。サント・スピリトの稜堡がそれだ。「りょうほ」と読むこのことばは、かつての城壁の突出部分を指すらしい。もう一つ、イタリア通りから東の方向に150メートルほど歩いていくと、絵本によく描かれるような教会が姿を見せた。外観をじっくり眺めるだけで内部に入らなかったので名前がわからない。場所を地図で照合した結果、「サン・アゴスティーノ教会」ではないかと推測している。

初めて訪れる街について事前に知識があるほうがいいのか、それともまったく知らないほうがいいのか……微妙である。ただ、この日のように半日に限って散策するときは「不案内ゆえのときめき」に遭遇できるかもしれない。知ったかぶりをせずに「知らざるを知らずとせよ」という教えにしたがえば、自分なりの、あるいは、自分だけの発見があるに違いない。洒落たリストランテ、自治会の案内板、街外れの質素な教会、迷い込んだ通り、帰路に見つけたキメラの噴水……。アレッツォの知識は今も大したことはないが、不思議なほどこの街の道すがらの光景はよく覚えている。 《アレッツォ完》

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市庁舎。どの街に行っても市庁舎前で市民は憩っている。
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賑やかな通りから一本隣りへ入れば閑静な街並み。
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メディチ家の紋章が装飾された壁。トスカーナ大公国統治時代の建物。
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入店したリストランテは、暖色系なのに落ち着いた雰囲気だった。
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サン・アゴスティーノ教会。
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エトルリア時代の稜堡。
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円形闘技場跡。入場料は無料。但し、外から十分に見学できる。
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ギリシャ神話由来のキメラの像。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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