習作した頃 #3

 神々の論争

 

神々と人々、人々と他の生き物たちを分け隔てているのは何であるか、実はよくわかっていない。神、人間、他の生き物という序列に確定的な根拠など何もない。神は人間よりもはるかに優れているという定説があるが、人間と他の生き物とは紙一重の差だと言われることもある。

神々の世界には時間の観念がない。したがって過去も未来もないから、歴史が存在するはずはなく、つねに現在のみが進行している。人間の尺度でははるか太古の話のようであっても、神々の世界では出来事も神話も普遍である。

城府

蠅が神話世界の城市に棲みついて神々を大いに悩ませていた。神殿にまで神出鬼没しては耳障りな翅音を立てた。神々のことである、およそ大抵のことは神通力で何とか対処できたのだが、この小生意気な蠅どもには功を奏さず、それどころか、蠅どもは神々の焦り疲れるのを嘲笑うかのごとく自在に生を謳歌していた。わが物顔で振る舞う蠅は天下の一大懸案となった。ある満月の夜、壱の神は策を練らねばならぬとついに決断し、重鎮の神々を本城に招集した。

「われらが城市は湿潤温暖の気候にあるがゆえ、生命にとっては好都合なようで、近頃蠅どもがおびただしく発生しておる。汝らの力も及ばず、大いに閉口していると聞いた。さて、そこでだ。ひとつ列席の神々に尋常ならぬ智慧を絞っていただきたくお集まり願った次第である。何か妙案はないものかのう」

弐の神が顎髭を丁寧に撫でながら口火を切った。

「心配無用。いや、実を申すと、かねてより案を練っておったところだ。殺生すれば容易に済む話なのだが、殺生はわれわれの本意であるはずもない。だが、双方――すなわち、われらと蠅ども――を同時に救う手立てがあるのだ。僭越ながら、この妙案は壱の神の御趣意に背くものではないと自負……」

話を言い終えぬうちに、焦れた参の神が割り込んだ。

「もうよい、わかった。早うその先を言わんか!」

「御意。一刻を争っている時に余計な前口上は控えていただきたいものだ」と四の神も語気を強くして続けた。

「まあ、そう急ぎなさるな。昨日今日始まった難儀でもなかろう。そもそもこのように蠅どもが繁殖したのも、参の神、汝の方に因があることを忘れなさるな」と、弐の神が反論した。

小魚が一斉に川面に現れたかのようにざわめきが起こった。

「弐の神よ。言を慎みなされ。過ぎたる事をぶり返すのは潔くない。今宵の集まりはそのような咎め立てを云々することではない!」と、参の神の派閥に属する五の神が追い討ちをかけた。あちらこちらがいっそう騒然としてきた。たまりかねたように六の神が制しようとした。

「見苦しいではないか。少々気を鎮めたらいかがじゃ。皆の心の内は分からぬでもない。だが、弐の神の一案を聞かずして、この有様では話にならぬ。壱の神よ、ぜひともこの場を取り収めていただきたい」

 ところで、弐の神が言うところの「参の神の因」というのはこうである。蠅が湧き始めた頃、神々の間では早々に退治せよという意見と殺生に反対する意見が出た。殺生反対派を牽引したのが参の神であった。殺生せずとも、蠅は天井知らずのようには増殖しない……放っておいても大事には到らぬと、参の神は殺生派の神々を説得した。しかしながら、参の神の思惑とは異なり、蠅は増え続けた。その繁殖ぶりは神事に支障を来すに到った。見かねた壱の神が力を合わせて策を練ろうというのが、この集まりの趣旨であった。

さて、上気した顔をお互いに見合わせて神々は口々に異論や不満を吐き始めた。ほどなく堂々巡りが飽和してざわめきは徐々に消えて小声になり、やがて沈黙の時間が続いた。誰から合図するともなく、皆が壱の神の方に視線を向け始めた。

壱の神は大きく息を吸って、溜息を吐いた。深く刻み込まれた額の皺に掌を当てがって、しばらく黙っていた。皆の視線は熱を帯びて壱の神の口元に注がれた。それに応じるように壱の神はゆっくりと口を開いた。

「汝らよ。未だ聞きもしていない弐の神の腹案とやらがあるが、もうそれをもなかったことにしてはもらえぬか。と言うのも、先程からわしの耳元で数匹の蠅が唸っておる。この耳障りな音は何かを訴える声に相違ない。そう思い、汝らが静かになった直後から耳を傾けていたのだ。蠅も生き物だ。心があるようだ。驚いたことに、われらが神言を操るほどの賢さだ」

堂内はこれ以上ないと言うほど静まり返った。壱の神は続けた。

「これより先は世々代々に亘って神々に随い全身全霊で手を擦り合わせて生きていくゆえ、ぜひとも過ぎたるをおゆるしくだされと申しておる」

神々は恥じらうように項垂うなだれた。目線を落としたまま、両手を合わせて膝の上に置いた。互いに見られぬよう用心しながら、右手は右の太腿の上で、左手は左の太腿の上で、それぞれ微かに手を前へ後ろへと動かし始めた。神々の動作はまるで蠅のようであった。

神々と蠅には聖なることにかけては雲泥の差がある。しかし、事を顧みて自省の念にかられる時の動作は酷似している。神と蠅の位置取りにしてこうであるから、神と人間の差などは、あるようで実際は無いに等しい。当たり前だろう。一応神が神を模して人間を作ったという説が有力なのであるから、似ていないはずがない。今も人間世界では論議や審判をおこなう前に「神に誓う」習わしがある。これは神とそっくりのやり方をするという誓いにほかならない。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

大笑いするほどではないけれど……

発想のヒントになるエピソードはどこにでも転がっている。エピソードのほとんどはことばを介してやって来る。だから、ことばへの好奇心のアンテナを折り畳みさえしなければ、意識のほうが勝手に拾ってくれるものだ。別の見方をすれば、愛用のノートに採集したエピソードの数がその時々の意識の強弱に正比例する。この一か月、線の加工を施さねばならない硬派なテーマ――たとえばギリシアや国立競技場など――には何度か立ち止まったが、点のまま書き出せるようなレアな小ネタとの縁は希薄だった。それでも、そのいくつかを書き出してみることにする。


魚の話  テレビの番組でハマフエフキという魚が紹介された。こいつが何目の何科かを調べようと思って魚の分類表をネットで調べようとした。「ハマフエフキ」でよかったのに、どういうわけか、「サカナ」と入力して検索ボタンをクリックした。おびただしい魚介類を尻目に、あの「サカナくん」が一番最初に出てきた。もうハマフエフキのことなどどうでもよくなるほど驚いた。

けれども、めげずにハマフエフキを調べた。鯛の種で、鯛はスズキ目。ついでに、イワシはニシン。マグロはスズキ目のサバ科……。目、科、属などのレベルで、これとあれが仲間だと初めて知る。魚だけに「目から鱗」が落ちる。

回文の話  〈知遊亭〉というオンラインの大喜利のイベントで「回文づくり」を出題した。回文とは上下同読のことば遊び。「たけやぶやけた竹藪焼けた」の類い。出題者のぼくもエキシビションとして長文の作品を投稿した。回文づくりにいそしむと、数日間は尾を引く。後日、「ちじのじち知事の自治」や「さんかんびはびんかんさ参観日は敏感さ」などが勝手に浮かんできた。高じてしまうと知恵熱が出たりする。

エッフェル塔

エッフェル塔の話  今では間違いなくパリ観光の集客の目玉であるエッフェル塔だが、建設当時は賛否両論で火花が散った。モーパッサン(1850-1893)は嫌悪していた。それでもパリで生活するかぎり、嫌でも巨大な塔は目に入ってくる。モーパッサンは考えた挙句、ついに塔を見なくてもいい場所を見つけた。「エッフェル塔のレストランで食事をしていれば醜い鉄塔を見なくてすむ」。こう言って、毎日エッフェル塔で食事をしたという。

ニュースの話  ほとんど毎日のように聞くNHK7時のニュース。「7時になりました」という言い方を奇妙に感じた83日(別にその日に意味はない)。どういう経緯で7時になったのか。勝手になったのか。いやいや、人間が便宜上7時にしているだけだ。しかし、ニュース番組のイントロは「7時です」ではなく「7時になりました」で始まる。英語では”It’s seven o’clock.“と言い、形式主語の”it“で暗に時刻を示す。つまり、「時刻は7時です」と言っている。それでいいはずなのに、「7時になりました」なのである。

わが国では(そして、たぶん日本語の特質でもあるのだろうが)、「何々はこれこれである」のように言うよりも「何々はこれこれになった」のほうが共感性が高い。学会でも「こういう結論を導きました」よりも「こういう結論になりました」と言うほうが収まりがいいと言われる。居酒屋の「こちら、焼酎のお湯割りになります」というのもこの亜流だろうか。

インド人の話  同じマンションの5階にインド人が住んでいる。一昨日の朝、エレベーターに彼が乗ってきた。「おはようございます」と挨拶を交わした後、彼のほうからぼくに声を掛けてきた。長年日本に住んでいるから流暢な日本語で「今日も暑くなりそうですなあ」と言う。「この時期の日本はインドより暑いんじゃないですか?」とぼく。「そうそう! インドはこの暑さの七、八分どまりですわ」と彼。「七、八分どまり」という達者な表現に感心した。なお、彼は大阪弁も堪能である。「今日はえらい暑うおまんなあ」とひねることもある。

本読みのモノローグ

これまで拙い読書論を本ブログで20編以上書いてきた。その延長線上にある断片メモを拾い読みしながら今一度書いてみる。最近、読書――いかに読むか、何を読むか、どのように記憶するかなど――について二十代、三十代の人たちに尋ねられる機会が多い。彼らは「正しい読み方」を知りたがっている。そんな方法があるはずもないし、しかもぼくごときに聞くこともないと思うが、「正読」を求める動機には同情の余地がある。なにしろ本の読み方について義務教育はろくに指導していないのだから。

まず、何を読むかに対するぼくの考えは「必読書考」と題してすでに書いた。あっけないが、「読みたいものを読めばいい」というのが結論。次に、どのように記憶するかであるが、こんなハウツーに躍起になることはない。読書とは本に書かれたことを自分の脳へ移植することではないと割り切るべきだ。忘れたら読み返せばいい。記憶すべき材料ではなく、考えるきっかけを提供するのが読書である。知が統合されれば儲けものだが、それを最初から目指すべきではない。読書による知のネットワーク形成には読書以外の経験や技術が求められる。それは別の機会に書く。いまここで書きたいのは、考えるきっかけを前提とした場合の「いかに読むか」である。

年賀状2015年

2015年版年賀状で読書をテーマにして28種類の本の読み方を書いた。半分ギャグなのでまじめに読むと馬鹿を見るが、半分は本気で書いたから少しは参考にしてもらえたかもしれない。

さて、十代から現在に至るまで、いろんな読み方を試してきた。そして、「いかに読むか」の前に「何のために読むか」を置いてみると、読書行為が自分の経験や知識に行き着くことがわかった。読書とは読み手の経験や知識と照合することである。そこに書かれていることと自分とを照合せずに読むことなどはできない。照らし合わせることによって、知らないことやすでにわかっていることを新たに考えるようになるのである。

考えることに迷いや苦しみはつきものである。だから本を読みながらも時には迷い苦しむ。楽しもうとしているのだけれど、読書は決して楽ではないのだ。スポーツ選手は好きな競技を楽しもうとしているのに、試合中はずっと迷い苦しんでいる。一瞬たりとも楽はできない。それと同じ感覚が読書にも現れる。


迷い苦しみ考えること、そのことがやがて楽しみになること――苦痛ゆえに楽しいという被虐的な読み方がぼくの理想である。このことさえ可能になるなら、拾い読み、速読、精読など、どんな読み方であってもいい。たとえば米国の哲学者であり心理学者であるウィリアム・ジェイムズは「読書のコツは拾い読み」と言い切っている。同感である。これで十分に思考の刺激になってくれる。

では、速読はどうか。先に書いた「どのように記憶するか」という点に関して言えば、速読はほとんど役に立たない。すでにある程度内容がわかっている以外の本には無力だ。「私は速読コースを受講し、『戦争と平和』を20分で読めるようになった。あれはロシアに関する本だ」と、ウッディ・アレンは速読を小馬鹿にして言っている。但し、脳のパターン認識力を粗っぽく刺激したければ少しは役に立つかもしれない。

速読自慢の誰かに未読の哲学書、たとえばハイデガーの『存在と時間』を手渡してみる。数時間で速読してみせると豪語しても、ほとんど何も記憶に残らないだろう。それはいいとしても、考えるきっかけにすらならないはずである。ちょっと齧ってみればわかるが、一つの術語の理解だけでもそのくらいの時間がかかる。このような、「本を読む」ということばが適切でない書物があるのだ。「本を考える」と言うべき書物である。たまにはそんな本に出合って思考をレベルアップしてみる。そのときに読書への認識も深まることは間違いない。ハイデガー研究者で知られた木田元は「ハイデガー自身が舐めるようにアリストテレスを読んだ」と書いている。しかも「テキストの伝統的な読み方を根底から覆すような読み方をしてみせる」と言う。精読主義者が精読しなければならない本を書いたというわけである。ともあれ、考える行為として読書に向き合えば、おそらく精読するしかないだろう。

あれもこれも読みたい本は日に日に膨れ上がる。かと言って、読んでどうなるのかと自問するとき、別に急いで読むことはない、どうせ速く読んでも何も残らないと諦観する。そして、文学作品を除くかぎり、とりあえず一読・通読などという強迫観念を捨てて、潔く拾い読みしながら精読すればいいというスタイルに落ち着く。ある主題があってまとまりのある数ページ――場合によっては段落単位――をじっくりと読む。それだけで十分に立ち往生して苦しみ考え抜かねばならなくなる。その後の浄化作用は格別なのである。書棚の本を再読する。傍線や欄外メモを眺めていると、年月が経って読む箇所、考えるきっかけとなる箇所が変わっていることに気づく。

先週、哲学者中村雄二郎の『読書のドラマトゥルギー』の一節に刺激を受けた。その一節を引用して本読みのモノローグを終えることにする。

ときに迷路に入ってしまうこともあるだろう。迷路に入りこんで出られなくなっては困るけれども、まったく迷うおそれのない道というのは、歩いていて愉しくない。迷うことをとおして、私たちの惰性は揺るがされ、あらためて自分と世界との関係を見なおすようになる。そういう仕掛けが、読書という人間経験のうちにあるのである。

習作した頃 #2

犬と猫の夜語り犬と猫の夜語よがた

 

 

世には犬をうとましく思ふ者があり、猫を毛嫌いする連中もゐる。人といふのは身勝手なもので、己の度量と器量の無さを棚に上げてゐるくせに、やれ犬はこれこれ猫はかれこれだと、些細な欠点に目くじらを立てては大仰に騒ぎ立てる。これ即ち当世の習はしのやうである。

占い師に犬は貴家の相には合はぬ、八卦見に猫は不吉なりなどと告げられると、主人は手のひらを返して昨日の友を今日の敵のやうに扱ひ、何事をもはばかることなく平気な顔をして見捨ててしまふ。飼ひ主に手を噛まれた挙句、住み家を失つた犬猫諸君は、もの悲しげな鳴き声を交わしながら、朝な夕な一つ処に身を寄せ合つてゐるさうな。

雲行きの怪しいある日の夕暮れ時、淋しい表情を浮かべた新入りの犬君に向かつて猫嬢がささやいた。

「あなたもお気の毒なお方ね。わたくしたちは、ついこの前まであれほど幸せさうなあなたを見て羨ましく思つてゐたのですもの。」

「世の常なのでせう。若主人が妻をめとられ、お仕えする方が一人増えたと喜んでゐたら、その嫁は大変な犬嫌ひ。猫なら愛らしいが、犬はどうにもかうにも好きになれぬと主人に泣きついた。その一言で、数年来お供してきたぼくは追ひ出されてこの有様。情けなくて涙も出なかつたといふ次第。」

「わたくしもさうだつたのです。うちの主人は一人暮らしのご隠居さん。それはそれはわたくしをよく世話してくれましたわ。ところが、先日、家に泥棒が押し入つた折り、わたくしときたら見てゐるだけでどうにもできなかつた。隠居さん、帰つてきてびつくり仰天。後生大事にしてゐた掛け軸が盗られてゐたのです。それからといふもの、猫は役立たずだ、犬なら吠えて用心になつたのにと八つ当たり。放り出されはしなかつたけれど、居たたまれず家を後にしたのです。」

「可哀さうに……。」 犬君は目を合はせることができずうつむいた。

ちやうどその時、空が突然真つ暗になり大粒の雨が降り始めた。雨は激しく軒先を叩き耳をつんざいた。互ひの声は土砂降りの雨音に掻き消されて聞き取れない。犬君と猫嬢は語り継ぐ言葉を失ひ、黙つてそれぞれの昔を懐かしんでゐた。

雨が小降りになるのを見計らつて、猫嬢が口を開いた。

「ねえ、捨てる神に拾ふ神と云ふぢやありませんか。あなたとわたくし、互ひの古巣を取り換へるのはいかがでせう。」

「取り換へる……。」 犬君、意味を解せず、不思議さうに猫嬢の顔を見つめた。

「さう、何となく迷つた振りをして庭へ入り込むのですよ。どう転ぶかわからないけれど、もしかするとうまく行くかもしれないわ。だけど下心を見抜かれないやう用心は必要です。」

「なるほど。猫嫌ひになつた隠居さんちへぼくが行き、犬嫌ひのうちの若主人ちへあなたが行く。これはやつてみる値打ちがありさうです。」

「雨宿りを装ふには願つてもない吉日。では早速……」と言ふや否や、猫嬢は路地の塀を身軽に乗り越へて屋根向かうへと消えた。犬君も表通りに出て隠居の家の方へと駆け出した。

その日から幾日かが過ぎた。犬君も猫嬢も首尾よく後がまに居座つて幸せに暮らし始めた様子である。

さらに幾日かが過ぎた晴れた日の夕刻。猫を腕に抱へた女と犬を連れた老人が路地で出くわした。互ひの生き物に一瞥をくれて、おのおの心中冷ややかに呟いた。

(まあまあ、うちの捨て犬を連れて町ん中をお歩きだなんて……。物好きな方もおありだこと。)

(ほほう、あの薄情猫か。小汚いのを大事さうに抱いてゐるわい。ほどなく泥棒に空巣狙いされやう。)

犬君も猫嬢も飼ひ主二人の想ひを見透かしたのは言ふまでもない。犬君、夕闇の満月に向かつて「わおぅぅぅん」と誇らしげに吠へ、猫嬢、甘い声で「みやぁぁぁお」と鳴いて応へた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

殺し文句のダウンロード

「殺し文句」という言い回しは今ではほぼ一義的に使われるようになった。相手の心を引きつける巧みな表現という意味が主流である。殺しとは物騒だが、ほろりとさせたり「グッときた」と思わせたりすること。どちらかと言えばニュアンスは肯定的だ。「彼のその一言は彼女にとって殺し文句になった」と言えば、「彼女にアピールした」という意味になる。

しかし、殺し文句の本筋の意味は、英語の“killer”がそうであるように、「抹殺」に近い。行動や判断を束縛することば、固定観念を植え付けてしまうことばなのである。殺し文句は他人のみならず、自分自身にも良からぬ影響を及ぼす。つぶやき続けると、知らず知らずのうちに「参ってしまう」。ほろりと参ってしまうのではなく、にっちもさっちも行かなくなって参ってしまう。

只管朗読の効果をいくつかの外国語学習で経験してきたぼくである。ひたすら文章を音読すれば語彙も文章の構造も身につく。唇が、舌が、口腔内から咽喉にかけての筋肉が言語を覚え、ひいては全身に語感が響くようになる。だから、ことばが不思議な力として作用すると言われる念仏効果を単なる霊的なものであるとして退けることはできない。もし念仏に有効性があるのなら、自らに向かって日々ネガティブな殺し文句を繰り返し発していると、考え方や行動に好ましくない形で刷り込まれていくことは容易に想像できる。

殺し文句のダウンロード

ことばに真摯に向き合えばわかることだ。一方で、己を励ましてくれることばがあり、また嫌な気分を浄化してくれることばがある。それなら逆に、気分を滅入らせ行動を不活性にする殺し文句があって不思議はない。このことに気づいておけば、そんな危ないことばの出番を制限できる。しかし、常用が癖になると正常な精神作用が蝕まれていく。いったんダウンロードしてしまったら蔓延し続けるウィルスソフトのようなものだ。


たとえば、「未熟ものです」とか「まだまだ学びが足りません」などと謙遜しているつもりなのに、これらの軽いことばが劣等感を徐々に強めていく。やがては熟練し学び遂げるまでは行動しないという習性が宿り始める。あるいは、「できるかぎりのことはしました」とか「時間と努力が足りませんでした」などの口癖は、明けても暮れても言い逃れする人間を仕立て上げてしまう。軽い気持ちから発していても、「別に急がなくても」や「もっとよく考えてから」などは先送り人間のパターンを形成する。ぼくの知り合いは「リスク、トラブル、批判」を怖れるあまり、それらを避ける防御線をいつも張り巡らしていた。その結果、すっかり引っ込み思案の臆病者になってしまった。

上記のようなことば遣いがまさか……と思うかもしれないが、実は、十分に殺し文句の資格を満たしている。負の念仏効果、恐るべし。気がついた時には取り返しがつかなくなっている。悪しき口癖が、偏った考え方や非常識的な行動を招く。フランシス・ベーコンは、歪んだ判断や思い込みのことを〈イドラ〉と称し、人間誰しもが陥りやすい4つのイドラがあると指摘した。

その一つが〈市場のイドラ〉である。市場とは人々が集まり交わる社会もしくは集団と考えればいい。そこではことばが飛び交い、検証不十分のまま文字面の表現が鵜呑みにされる。事実無根の噂が流れ、流れた噂に自分が流され惑わされる。やがて自らの内に偏見や先入観を培養することになる。

言語は知である。ベーコンも「知は力なり」と言った。つまり、言語は力なのであるが、他方、使い手次第では負の力となって思い込みを深めることがある。「口は災いのもと」などという意味ではなく、悪しきことばを繰り返し常套句として使っているうちに、自己暗示や洗脳が起こってしまうのである。ならば、良きことばを使えばいいということになるが、これは短絡的な発想である。うわべだけの「やればできる」も実力を伴わない「頑張ろう」も、その気にはなるだけで行動が空回りという結果になる。これらは「褒め殺し文句」になりかねない。なにげなくつぶやいている日々のことばが性格をかたどる。人に告げることば、自らに言い含めることばに責任を持たねばならないのである。

習作した頃 #1

うず


彼は古書店でフランス語の短編小説集を手にした。そして、本をめくっているうちに偶然この一編を見つけた。自ら体験した現実が小説になっているのを知って彼は驚愕し打ち震え、その震えはしばらく止まらなかった。著者は彼には聞き覚えのない名前だった。

『トゥールビヨン公園』と題された原作。題材となったエピソードはトゥールビヨンの街の人々にはよく知られていた。しかし、二人称で展開されるこの小説が書かれてからは誰も実話だと思わなくなった。やがて市民たちは、これは実話ではなく作り話なのだと自らに言い聞かせるようになったという。

トゥールビヨンの街には楕円形をした公園がある。樹林が繁り花壇がよく手入れされ、ベンチも十分に据え付けられている。週末や日曜日には、小市民的生活に充足している人々がやってくる。誰もが幸せそうに見える。そう、きっと幸せに違いない。確信はないけれど、たぶん幸せだろう。でも、時々つらいことや嫌なこともあるはず。いや、もしかすると幸せそうな顔をした不幸な人がいるのかもしれない。

ところで、きみは仕事を嫌悪し始めていた。小手先の作業はさほどでもなかったが、大きな負荷がかかる職務には耐えがたくなっていた。単調で平凡な仕事で十分だった。そのように雇い主に申し出ればよかったが、心の中で訴えるばかりで、口には出さなかった。仕事が嫌になり始めると、私生活がおもしろくなくなってきた。きみに家庭があったわけではない。私生活とは個人生活にほかならなかった。ともあれ、白紙であることが許されない、色塗られた時間の刻一刻が大きな負担になってきた。

こうして、きみはもはやこれまでのきみではなくなった。知人や友人と会うのが嫌になった。読書が嫌になった。大好きなカフェに行くのも嫌になった。話すのが嫌になったし、あくびをすることすら嫌になった。指を動かすことも、まばたきすることも嫌になった。
そして、いま、ついに生きることもなんだか嫌なことだと思い始めている。

しかし、いろんなことが嫌になったからといって、生きることだけは嫌になってはいけないだろう……むろん生活の中の小さな不快すら許せないけれど、嫌な気分を自覚できているのは生きている証だし、何から何まで懐疑しても、その懐疑している自分だけは疑いようがない……なんて、まるでルネ・デカルトのようだ……でも、我思うゆえに我ありという具合にはいかない……。独りであれこれ悩んでもはじまらない、こんな時はたぶん誰かに意見を求めるべきなのだろう……こんなふうにきみは考えている。

それでも、顔見知りに相談する気は起こらない。きみは、知り合いが本音で語ってくれるとまったく思わない。むしろ、見知らぬ人たちのほうがよほどいいはずだと思い、相談を持ちかける場所をトゥールビヨン公園にしようと決めるのである。

きみはトゥールビヨン公園の入口にやって来る。大勢の人たちが目に入ってくる。子ども連れの夫婦、ボール遊びに興じる少年たち、鳩にパンくずを与えている老人、巡回中の警察官、静かな樹林の方へ歩いていく若い男女、早足で歩く学生、ベンチに座って散歩人を眺める遊び人……。きみは無作為に相談相手を選ぶことにする。

大きめのベレー帽を深めにかぶった中年男がいる。ベンチの端に腰掛けて雑誌を読んでいる。

「こんにちは。いきなりで恐縮ですが、なぜ生きなければならないんでしょう?」ときみは尋ねる。

男は面倒臭そうに雑誌から目を離し、帽子を髪の生え際のほうへと突き上げた。

「それは、あなたね、雑誌を読むためだよ。死んでしまったら、このトゥールビヨン公園で雑誌を読めないからね」

男はあっさりとそう言ってのける。

「ありがとうございます。とても……」

きみが礼を言い終えないうちに男は雑誌に目を戻し、くすぐられたような笑いにのめり込んでいく。鳩が二羽、きみの足元に近づく。きみは無視する。

次にきみはバラの花壇づたいに樹林の中へ入ろうとしている若い男女の後を小走りに追う。

「こんにちは。失礼ですが、なぜ生き続けなければならないんでしょうか?」

とっさの質問に女が身構えて素早く男の背中へ逃げる。男は険しい目つきできみをきっと睨みつけ、威嚇するように胸を張る。

「恋のためだよ、恋の。恋のために生き続けるのさ。あんたにはわからないだろうけど……」

女が舌なめずりして喉で笑い、男は手首を振って、きみにどこかへ去れと合図をする。

「どうも……」

きみが軽く下げた頭を元に戻すと、二人はこれ見よがしに腕を組み直して樹林の奥へと消えていく。梢を微かに揺するそよ風がきみにも吹いてくる。だが、きみの感覚は反応しない。

しばらく歩いていくと、仔犬を連れた婦人に出くわす。飼犬だけを見るためにかけている眼鏡の輪郭で、その女が他人に無関心であることがわかる。しかし、質問をしてまずいわけはないだろうときみは思う。

「こんにちは。散歩中のところお邪魔して恐れ入ります。なぜ生きることはたいせつなんでしょうか?」

女はきみを無視し、鎖を引っ張る飼犬の尻尾に目をやる。なおもきみは同じ質問を繰り返す。女は絶望的なため息をつき、ヒステリックに語気を荒げる。

「できるかぎり人間から離れて、犬と暮らすためにたいせつなのさ。あんたみたいな野暮な男を憎むためにも生きなきゃならないんだよ。わかったかい!?」

そう言うなり、女は声のトーンを淫らに落として続ける。

「それとは関係ないけどさ、あんたね……くだらない男に抱かれるよりは、ふふ、犬を抱くほうがよほど快楽的なんだよ」

女が喋っているあいだに仔犬は花壇に入り込もうとしている。仔犬の後を追いながら女は叫ぶ。

「ひとりで逃げないでおくれ、あたしも一緒だよ!」

仔犬が甲高く鳴く。しかし、きみにはその鳴き声はほとんど聞こえていない。

こうしてきみはトゥールビヨン公園で休日を過ごす人たちに次から次へと同じ質問を繰り返していく。そのつど反応は様々だが、誰もがなぜ生きるのかについて明快に語る。きみは不思議な気分になっている。これといったたいした理由もないくせに、なぜ精一杯生きるのかを誰もが追求しているんだ……きみはそう思い、ほんの少しだが、励まされたような気がし始めている。

トゥールビヨン公園の光景を振り返り、緑と人々を覆っている透き通った青い空を確かめ、さほど強くない陽光に後押しされるようにして、きみは出口付近へ戻ってくる。小さな雲がやけに目立つ。

そこにはきみと年格好の似た、表情の暗い男性が立っている。だだっ広いトゥールビヨン公園を見渡しているが、焦点の落ち着き場所が見つからないらしい。男性の視線がちょうどきみのいる場所で止まる。虚ろな目がきみに焦点を合わせると、男性はゆっくりと歩み寄ってくる。そして、おどおどした声を絞り出してきみに話しかける。

「お急ぎのご様子ですが、いいでしょうか。一つ質問があるのです。なぜ生きなければいけないんでしょうか?」

不意をつく問いにきみは一瞬困惑する。だが、もうすっかり言い慣れた問いなので、すぐに冷静さを取り戻す。しかし、いざ答えようとしても、言葉が口をついて出てこない。言い慣れはしているが、聞くのは初めてで、しかもその問いには一度も答えたことがないからである。

長く考えては相手が気の毒だと思い、きみはさほど深く考えず、しかし少しよどみながら告げる。

「なぜ生きる……その必要性……と言うことでしょうか……。そうですねぇ……特に……ないのかもしれない……」

渦 

軽いつぶやきのつもりだったが、男性には衝撃を与えたらしかった。なぜなら、消え入りそうな声で「やっぱり、そうでしたか」と言うなり、男性は突然きみの目の前で、小さな、けれども、力のある渦に変化したからである。その渦はどうやら男性のこらえ続けてきた溜息のようであった。きみはあまりの急激な変化に驚き、反射的に地面に伏せなければならなかった。それほどその渦は激しく巻き上げ始めていた。

渦はますます大きく膨らみ、たちまちのうちにトゥールビヨン公園の出口付近から楕円形の中心方向へと広がり吹き荒れた。ぐるぐると回転しながら、そこに居合わせている人たちの溜息を吸収し、決して衰えることなく地面を烈しく撫で続けた。

だが、見た目ほど渦は破壊的ではなかった。きみはその渦の中でしばらく身を伏せていた。きみの皮膚感覚は、そこが静寂で平和な世界であることを冷静にわきまえていた。鳩がせわしなく地面をつつき、渦の風で梢がざわめき、そして犬が相変わらず甲高く鳴いていた。

岡野勝志 作 〈1970年代の短編習作帖より〉

未来へ逃げる人々

先月に書いた「明日はあるのか?」の続編。

現実逃避は現実を苦しいもの、厳しいものと考える人たちに生じるのであって、現実に向き合い、過去の経験を振り返る人たちにとっては無縁である。では、現実から逃避する人たちはいったいどこへ行くのか。酒に手を伸ばして陶酔の世界に向かう人がいるだろう。また、感情の水面をたゆたいながら自分世界に引きこもる人もいるだろう。そして、大多数は今日の結果を見届けずに未来という仮想世界に手っ取り早く心を馳せる。いずれの世界へ逃れても、行く末が見えないという点では不安は残る。だが、その代償として何も見えないからこその安らぎが手に入る。酔いはいずれ醒め、引きこもりも続かない。現実逃避者にとっては定まらぬ未来こそが永遠の安息場所に見えてくる。

生きることができるのはこの瞬間だけである。英語には、今に生きるという意味の“live in the present”という表現と並んで、“live in the past”という言い回しがある。過去に生きるという意味だ。昔ながらに生きるというニュアンスがある。過去を引きずり、思い出に浸って昔のことばかり考えて生きるという意地悪な解釈もできる。そんなふうに生きてくよくよばかりする人に“Stop living in the past!”と励ます。「今を生きなさい」という助言である。過去を生き直すことはできないし、いつまでも懐かしんだり執着したりしてもしかたがない。しかし、過去を生きたことは事実であり過去は経験を通じて思い起こすことができる。個別な経験として振り返り今日に生かせる教訓を拾い出すことはできる。その過去と現在は間違いなくつながっている。

では、未来はどうか。未来は生きることも知ることもできない。未来に期待できるのは、過去からも現在からも逃げずに生きている人に限られる。ところで、トーマス・ジェファソンは「私は過去の歴史よりも未来の夢を好む」と言った。身の程を顧みずに異議を申し立てたい。未来志向と言えば頼もしいが、こういう考えが人を反省なき楽天家にしてしまうのだ。少なからぬモラトリアム人間を間近に見てきたぼくは、過去にも現在にも知らん顔して将来にツケを回す彼らの性癖にうんざりしている。ジェファソンのことばは己の励みになるかもしれないが、そんなふうに生きる者は周囲に迷惑をかけていることにほとんど気づかない。


人は未来を知りたがる。しかし、社会、科学、経済、文化……どの分野でもいい、どんな未来が出現するかを見通した先人がどれだけいたか。何百何千という予言のうち一つや二つは後々に偶然現実になったことはあった。だが、まぐれあたりに期待はできない。未来をいかに洞察しようとも、洞察の材料は現実と過去の記憶以外にはない。未来を知る有効な方法はそれだけである。ろくに今の現実を知りもしないぼくたちが未来を知ろうとするのは大それた話だ。ニコラス・ファーンの「人間を知ることができると主張するのは、無数の神話を信じ込んでいる人だけだ」(『考える道具』)という指摘は的を射ている。人間を知らずして未来を知ろうなどとは厚かましい。

過去・現在・未来という文字をじっくり眺めてみると、それぞれの本質がよく見えてくる。過去は「過ぎ去った日々」であり、現在は「うつつる日々」であり、未来は「いまきたらぬ日々」である。現実逃避とは、確実な過去の経験に見向きもせず、さらに確実な今に目をつぶり、一寸先の闇に逃げる生き方だ。言い換えれば、確実なものを信じもせずに不確実を信じる生き方である。今の自分を見失えば、未来に頼るしかなくなる。こうして、意思決定を迫られない子どものようなモラトリアム人間が出来上がる。

タブレット世界の未来

モラトリアム人間は、過去から現在に至る経験というなけなしの貯金を、未来行きのチケット代に使い果たしてしまう。しかし、そんなチケットが存在するはずもない。行先不明のチケットを誰が販売できるだろうか。未来は絵に描いた餅であり、今風に言えばタブレット画面上に錯視する幻影に過ぎない。わざわざ未来へ逃げるには及ばない。何もしなくても、未来は現実になろうとしていつも待ち受けているのだから。

企画の愉しみ

長年従事してきたので、企画についてある程度わかっているつもりである。しかし、仕事は多岐にわたり対象領域も広いため、「企画とは何か?」を簡潔に言い表わすのは容易ではない。ある業界ではプロモーションや広告のことを指し、別の業界では商品や政策がらみだし、また他の業界ではずばりイベントだったりする。つまり、「何々の企画」という具合にいちいち何々をトッピングをしないと中身が見えない。ありとあらゆる業界の様々な対象に共通するような企画をつまびらかにするのはかなり厄介なのである。

コンセプトだの立案だの、あるいは編集だの構成だのという術語――場合によっては広告業界から借りてきた専門用語など――を振り回しても、企画の輪郭は見えてこない。いや、むしろ、そんな常套語彙を使えば使うほど本質から遠ざかってしまいそうだ。と言うわけで、自分が扱っている企画の仕事を象徴的に描くことしかできない。ぼくにとって企画とは、文字通り〈くわだてる〉ことである。画とは近未来の図とシナリオであり、企てるとは、調べることではなく、考えることであり、ひとまず言語的に表現する仕事である。目指す成果は、現在の問題や機会損失を解決し、将来の課題や目標を実現すること、今日よりもベターな明日を叶えること、そのためのアイデアを捻り出すこと……。

企画の全貌は企画書によって明らかにする。話が複雑になるので、企画書の体裁や見栄えのことは棚上げしておくが、企画書とは「書きもの」だ。意図や内容がわかりやすく記述されていなければならない。わかりやすさは必要条件だが、できればハッとするような巧みな言い回しや新鮮味のある表現などの十分条件も備えたい。極論するなら、駄文が綴られた企画書は駄作の企画と見なされる。企画が優れているなら、必ずそれに見合った文章がしたためられてしかるべきである。「新しいワインは新しい皮袋に」をもじれば、「優れた企画は優れた文章で」ということだ。企画とその伝達手段である企画書には意思疎通性が求められる。


100 leo's

広告代理店の経営者として著名だったレオ・バーネット(1891-1971)はコピーライター出身である。稀代の書き手であった。バーネットの広告作法のエッセンスは企画とライティングにも当てはまる。遺された名言に目を通すと、広告や広告代理店の経営に関するものが多いが、底辺に横たわる仕事人の精神を見損じてはいけない。仕事の愉しみ、アイデア、創造性などについて、名言からインスピレーションを受けた時期があった。たとえば次の一文がそうである。

“Creative ideas flourish best in a shop which preserves same spirit of fun. Nobody is in business for fun, but that does not mean there cannot be fun in business.”
(愉快な精神がいつも育まれている仕事場では創造的なアイデアが次から次へと出てくる。決して愉しみのために仕事をしているのではないが、だからと言って、仕事が愉快であってはいけない道理はない。)

仕事の目的は成果であって愉しみではない。しかし、成果を出すのにしかめっ面しなければならない理由はない。大いに愉しめばいい。愉快精神は遊び心に通じる。経験上、アイデアのほとんどは遊び心から生まれてきた。企画研修では毎年何十、時には何百という数の企画に触れ企画書を見せてもらうが、趣旨や案がよくできていても、おもしろいものにはめったにお目にかかれない。企画者自身が愉しんでいないのである。成果を急がず、下手なりに愉しもうとすれば、対象と一つになるような力が漲ってくるものだ。

“Keep it simple. Let’s do the obvious thing the common thing but let’s do it uncommonly well.”
(凝らなくていい。わかりきったこと
――普通のこと――をすればいい。但し、普通じゃないやり方で。)

不肖ながら、普通じゃないやり方で文を綴ることは何とかできるようになった。しかし、下手に凝ってしまう習慣が抜けない。この歳になると文体がある程度固まっている。一つの単語が勝手に別の単語を呼び込み、あれもこれもと欲張り始め、結果的にはシンプルさを欠いてしまう。自分なりにはシンプルなつもりなのだが、ある人たちからすれば少々難解で冗長なのだろう。ぼくのやり残している課題の一つである。

ぼやくのをやめて話を戻す。企画力はつまるところ言語力に比例する。そして、できるかぎり陳腐な常套語に安住せず表現の意匠を凝らすべきである。もし伝統的なことばを使うのなら、文脈の中で新鮮の気を与えるべきである。十二分に構想してから書くか、書いては何度も推敲しながら考えを煮詰めていくかはこの際問わない。いずれにせよ、書くことに精進しなければ企画の愉しみを味わうことはできないだろう。

つけ麺と安保

山麺

遅いランチになった。どこにするか迷っている時間がもったいないので隣のラーメン店に入った。たいていつけ麺の大盛りを注文するが、今日は鶏醤油ラーメンと小さなライスにした。食べ始めた頃にスーツ姿の老紳士が入店し、ぼくの隣に座ってつけ麺を注文した。しばらくして老紳士の携帯に電話がかかる。ぼくに電話の相手の声が聞こえるはずもないが、老紳士が一方的に話した様子から、おそらく相手が二つか三つの質問を投げかけたらしいことは想像できた。話は3分くらいだろうか、おおよそ次のような話だった。

「私はね、今回の安保法案については、いろいろと吟味しましたけれど、自民党の考えでよろしいかと思っています。占領下にあったわが国が(……)、やっぱり国というものは自衛しなければならないんですよ。(……)言うまでもなく、戦争には大反対です。二度と繰り返してはいけないという思いから(……)70年間(……の)慰霊祭式典の音頭も取らせてもらってきました。(……)歳ですか? 今年で86歳になります。昭和4年、西暦だと1929年生まれです。(……)まあ、こんなところでよろしいでしょうか?」

取材を受けているようだった。電話を切ってまもなく老紳士につけ麺が運ばれてきた。どうやら初体験のようで、「このスープにつけて食べるんだね?」と店員に聞いている。すでにラーメンを食べ終わっていたぼくの視界にいやが応でも老紳士の動作が入ってくる。熱い太麺をつまんではさっさと口に運ぶ。そして、つけ麺の濃いスープをれんげで飲み始めた。お節介だとは思ったが、声をかけた。「食べ終わったら、そのスープをお湯で割ってくれますよ。つけ麺のスープは濃いですから、お湯で割ると飲みやすくなります。」


老紳士はうなずきながら、「あ、そうですか。でも、せっかく割ってもらっても、全部は飲み切れそうにないですな」と言うから、「いえいえ、義務じゃないですから、飲み干さなくてもいいんですよ。ちょっと味わうだけでいいんじゃないでしょうかね」と付け加えた。この後、少し沈黙があって、今度は老紳士のほうからぼくに話しかけてきた。当然、先の電話の話がぼくの耳に入っているのを想定してのことである。「戦争大反対なんですけどね、自民党のほうに一理あると思うんですよ」。ラーメン店で安保法案論争をする気などまったくないので、その話は聞き流し、「失礼ですが、いったいどんなお仕事をされているのですか?」と話題を変えた。

「元新聞記者です。こんなふうに電話でよく意見を聞かれるのですよ」と言う。「そうですか……」と言って、続けた。「ぼくは論争を聞くのがまんざら嫌いじゃなくて、自論を述べたり是非の判断を下す前に、一応いろんな意見を精査検証するようにしています。で、この件なんですがね、論点が深まらず、堂々巡りの予感がしています。争点を、安全や国際だけでなく、生活や幸福や思想や精神などに広げて踏み込んでいかないと、議論の質が高まってこないような気がします」。ぼくには珍しく差し障りのない型通りの話である。何しろ、時はランチタイム、場はラーメン店なのだから。

「先ほどの電話ですが、聞き耳を立てたわけではなく、勝手に耳に入ってきました。お歳が86才には見えないほどお若いですね。うちの父は一つ上ですが、ほぼ寝たきり状態です。認知症の兆候などはないものの、国家の大事を議論することはおろか、まったく関心もないでしょう。父とほぼ同じ年齢にして意見をお持ちなのは羨ましいかぎりです」と言って立ち上がった。「これからもお元気でご活躍ください。いいご縁でした」と言い残して店を出た。

この店ではこれまでつけ麺一辺倒だったが、ラーメンもなかなかの味だった。

かゆい所におもてなし?

考えを明文化するにあたっていっさい妥協しない主義だが、一つだけ例外がある。ハウツーや作法の明文化、そして文章による指南には疑問を抱いている。想定する以上の効能があるとは思えないのだ。かつて企業の販売最前線ツールとして何十ページものセールストーク集が頻繁に編まれた時代があった。ぼくもQ&Aのコンテンツを考え編集に参画する機会に恵まれた。協力者にとっては「おいしい仕事」であった。しかし、経験の浅い者がハウツーを学んでも、学びは本番ではなく、リハーサルにすぎない。リハーサルと実践の間には気の遠くなるような距離が横たわる。しかも、飲み込みの早い遅いがある。セールストークを磨き上げる大前提には場数と試行錯誤が欠かせないのである。

セールストークに言えることは、昨今はやりの「おもてなし」にも当てはまる。おもてなしというサービスの基本は、マニュアルで規定される要素よりも現場での臨機応変性のほうがものを言う。基本は「目配りと気づき」である。いくら研修でマニュアルを丸暗記しても、ピンと来ない者が脳内を検索できるはずがない。覚えたはずのことを場に応じて起動させるには、場の隅々に目配りし、見えざる困りごとやニーズに気づかねばならない。目配りし気づくから、覚えたハウツーが即座に思い出せるのである。

立ち居振る舞いや諸々のサービスが顧客の期待以上のものであること。これをおもてなしと称したはずである。心を込めて客を応対することを昔から「もてなす」と言い、ほとんどの場合「もの」を主として歓待していた。ものとは酒であり食事であり茶菓であり花などであった。つまり、客も提供する側も暗黙のうちにもてなしの内容を了解していたはずである。但し、決まりきったサービスがあるわけではないから、結局は客の感じ方が質のほどを決定する。十分にもてなしたつもりなのに、客のほうがもてなされたとまったく感じないことがあるわけだ。ものの提供から捉えどころの難しい気持ちやことばに転化してきたのが今日のおもてなしスタイルであり、ブームを形成しつつあると言えるだろう。


全日空グループのANA総合研究所と東京大学が、客室乗務員の接客行動を分析する共同研究を始めると発表した。客の希望を先回りして提供するおもてなしを科学的に分析し、人材育成に生かそうという試みだそうである。そして、今さら? と首を傾げたくなる常識的な「おもてなしとは相手の欲求に気づくこと」との仮説を立てた。機内乗務員の行動パターンを装置的に記録する……いちはやく客の欲求に気づく乗務員に「なぜ気づいたのか」という聞き取りに一年をかける……これらの集積データから「おもてなしができる人材の共通項」を割り出す……という手順らしい。手っ取り早く言えば「気づきの科学的実証」である。

孫の手

この新聞記事を読んで、ぼくは大きく溜息をついた。先に書いたように、どんなに優れた方法で現場情報を集めても、数字や明文化されたものから学ぶことなどはほとんど絶望的だと思うのである。他人の見えざる願望――ことばになる前の思い――を汲み取ったり、何かにつけてよく気づいたりする能力は、長年にわたる場数と習慣形成の賜物であり、分析不能な資質の統合ではないか。客室で気づかない者は、日々の衣食住にまつわる生活行動においてもたぶん気づきが少ない。そんな気づかない人間に視野を広げさせ、感受性のアンテナを立てさせ、臨機応変に状況に処することを指導することはほとんど不可能だろう。

はたして一年後に「あらゆるかゆい所にも届く孫の手」のような共通項が出てくるのだろうか。結局は人の問題として片付けられるような気がする。物理的視野角が広く、かつ心理的洞察力に優れた人材などという結論なら、今すぐにでも下しておけばいい。

もう何十年も前の話を思い出す。生命保険会社か銀行かが倒産についての調査をおこなった。「倒産しやすい企業」の共通項のあぶり出しである。ぼくの記憶が正しければ、その調査の一番の収穫は「創業10年未満の会社に倒産が多い」ということであった。コーヒー1杯をおごってくれたら、誰に聞かずとも、十いくつかの倒産要因を箇条書きにしてあげただろう。この調査には数千万円が費やされた。創業とは赤ん坊がよちよち歩きを始めるのに似て転びやすい。小学生高学年になると転びにくい。当たり前である。企業も同じで、倒産しなかったから10年、20年続いたのである。

手間暇がかかる割には調査や実験というものは、ふつうの人間がすでにわかっている事柄に遠回りしてやっとこさ辿り着くことが多い。おもてなしの実証研究がそうならないことを祈る。だが、ぼくたちが想像もつかない、目からウロコが落ちるようなノウハウが期待できるだろうか。