寡黙なる人々

世代論には当たり外れが多く、あまり信憑性を認めない。「おれたちの世代は今の若者と違って……」という年配者の決まり文句はいつの時代にも聞かれたし、今も「最近の若者は……」という勇み足の一般論が後を絶たない。とりわけ「団塊ジュニア」などと新しい造語で世代を一括りするのは共通項のでっち上げになりかねない。

このような安易で強引な類型化に与しないが、例外的に「現代の若者」に感じている特徴がある。統計も理論的根拠もないが、直観的現象論でもない。まずまずの数の経験的サンプルから帰納したぼくの大雑把な感覚によると、彼らは先行する世代に比べて「寡黙な人たち」なのである。

残念ながら、彼らどうしのお喋りをつぶさに観察しているわけではない。ぼくが経験しているのは、ぼくや年長者と居合わせている時の彼らの寡黙ぶりである。問われたり導かれれば口を開くが、主体的に言を尽くすのは稀である。もし食事中にぼくもだんまりを決め込んだら、おそらく長い沈黙の時間が過ぎるだろう。出された宿題は解くが、自ら問いを発して問題を解こうとしないのに似て、促されなければ平気で黙っている。わずか数秒の沈黙にすら居心地の悪さを感じるぼくからすれば、驚嘆に値する忍耐力と言わざるをえない。

黙

黙る行為の内には功罪の価値が対立する。黙るのは喋ることに比べるとリスクが少ないとよく言われる。たとえばギリシアのシモニデスの「口をつむぐ時、愚か者は賢く、賢者は愚かになる」という格言が示すように、公開の場で愚者が賢者を逆転するには、自分が黙り、自分よりも賢い相手に喋らせればいい。早い話が、賢者のオウンゴール待ちである。公開の場でなくても、一方的に話し相手がただうなずくだけという場面で、もしかしてぼくのほうが愚かなのではないかと思うことがある。喋ると小人物が暴かれるが、黙っていると大物感が漂うから不思議だ。


実際、「心が広くなると口数が少なくなる」(中国の諺)や「口をつむぐ者は魂を守る」(旧約聖書の箴言)のように、寡黙礼賛の教えも少なからず語り継がれてきた。とは言え、ずっと黙り続けている者への教えではない。これらは弁舌を尽くしてもなお語りえない境地に到った賢者の寡黙のことだろう。ぼくは思うのだ。天に召されたら無条件で黙ることになる。永遠の沈黙が確実に保障されている。ならば、生あるうちに口ごもりながらも駄弁を弄しておいてもいいのではないか。

「沈黙は承認のしるし」(エウリピデス)や「無言の拒絶は半ば同意」(ドライデン)というのもある。ノーなのに黙っていればイエスと解釈されても文句は言えない。本心がノーならノーと言えばいいのに、黙っているから後々厄介になるのである。こうした沈黙者に対して一方的に語りかけるのがこれまでのぼくのやり方だった。最近は若い世代が話すまでぼくから口を開かない。意地悪だが、「口を閉ざしている者には、他人もいっさい口を閉ざす。その沈黙へのお返しだ」(ベーコン)に従うようにしている。「ほら、相手に黙られたら困るだろ?」というつもりだが、まったく動じない者もいるから、文字通り「閉口」する。

若い世代に寡黙なる人々が少なくないことは経験的にわかっても、なぜ彼らが寡黙なのかを説明する材料を持ち合わせていない。しかし、ぼくたちが生きているのは、話さなくて済むことよりも話さなければ始まらないことのほうが圧倒的に多い時代である。寡黙はおとなしさや誠実の象徴に見えるが、同時に、交渉時に本性を隠す時の常套手段でもある。つまり、寡黙の仮面を剥いだら危険極まりない人物であったりするのだ。事件後に「まさか、あのおとなしい人が……」と知人友人がテレビで語っているのはこのことである。他方、声高にまくしたてる人間には駆け引き下手が多く、ある意味で素直にホンネを開示しているとも言えるだろう。さて、寡黙なる人々へのぼくの今日この頃の印象はラ・フォンテーヌの思いと同じである――「黙っている奴は物騒だ」。

エスプレッソ雑感

あのコマーシャルのように“What else?”(他に何が?)とまで言う気はないが、エスプレッソはよく飲む。深くて苦くて濃いエスプレッソだが、浅くて甘くて薄い話を書いてみる。

エスプレッソ

うどんを平らげ出汁も飲み尽くした直後のコーヒーになじめない。鰹昆布の出汁とコーヒーが胃袋の中で混ざり合うのを想像すると飲めない。同じくラーメンの後のコーヒーにも違和感を覚える。まったく平気な人もいる。ぼくには無理だ。食後のコーヒーは大いに歓迎するが、何を食べたかによりけり。別に和食でもいい。しかし、汁物の後のコーヒーには触手が伸びない。そんなぼくでも、後に控えるのがエスプレッソなら食事は和洋中を問わない。エスプレッソは少量だから気にならないのである。

鳴り物入りで大阪に一昨年開店したイタリア直営店が業態を変えた。事実上の店じまいか。本場のエスプレッソを何百杯も飲んでいるぼくだが、あの店の豆との相性はよくなかった。エスプレッソとエスプレッソベースのカフェラテやカプチーノが売りなのに、売れ筋はたぶんブレンドとアイスコーヒーだったと思う。本場から進出してきて腕を振るっても、エスプレッソは日本では絶対に主流にならない。イタリアンバール特有の立ち飲みスタイルが採用されていたら、それが敬遠の理由になるかもしれないが、そんな店はまだほとんど出現していない。だから、苦くて濃いコーヒーがおそらく日本人に向かないのだろう。

うまいエスプレッソの店もあるが、ぬるかったりする。ぬるいのは論外である。熱々のが出てきたと喜んでも、今度は味が薄かったりする。うまくて熱くても、紙コップで出されたら満足も半減する。一応合格点がつけられる近場のカフェはわずかに2店か3店。ならば自分で淹れるしかないと、しばらく休眠させていたエスプレッソマシンを5月頃から使い始めた。シングルは、とある協会公認の量は30ml。ダブルでも50ml強だからヤクルト一本分より少ない。自宅ではだいたいダブルを飲む。砂糖は専用のものを一袋か角砂糖一個を入れてかき混ぜる。イタリア人は一気または二、三口で飲むが、ぼくはちびちびとすすることもある。


この少量という点も喫茶店で長居したがる日本人のネックに違いない。エスプレッソ(Espresso)は「特急」という意味だ。抽出が30秒ほどだから、注文してから1分以内に出てくる。いかにも特急。そして一気に飲むから、これまた特急だ。そして、さっさと店を後にする。これがカウンターで立ち飲みする本場の客の定番スタイルである。ぼくのようにちびちび飲んでも1分ともたない。もちろん、イタリア人でもよもやま話よろしく長居する連中もいるが、彼らはカウンターで飲むお代の倍額を払ってテーブル席に陣取る。

同じ機械を使っても味が変わる。季節が違い、豆が違い、豆の焙煎が違い、豆の挽きが違い、焙煎から何日経過したかによって味が変わる。これらの条件がまったく同じであっても差が出る。その差を決定づけるのがバリスタの腕である。端的に言えば、バスケットフィルターに粉を入れ、その粉をタンパーという道具で押さえるという、一見誰がしても同じようなタンピングの動作に熟練の差が出る。粉の入れ具合とタンピングの絶妙の加減で味が変わる。にわかに信じがたいかもしれないが、飲み比べてみればわかるから不思議である。

イタリアでは「ウン・カッフェ」で一杯のエスプレッソ。どこの街でもバールに入って毎日3杯ほど飲んだが、ハズレはなかった。特にうまい店は印象に残っていて、店名こそ覚えていないが、店の間取りもバリスタの顔や振る舞いも思い浮かぶ。店名をしっかり思い出せるのはローマの老舗La Casa del Tazza d’Oroラ・カーサ・デル・タッツァ・ドーロ。「金カップの店」という名である。焙煎所兼バールで、少し離れた所にまでアロマが漂ってくる。特急で出てくる1杯はたぶん30mlにも満たない。なにしろカップに2cmほどしか入っていないのだから。粘性が強いので砂糖を入れるともはや液状ではない。しかし、濃さと苦さでは体験上随一であった。

パリでは「アン・キャフェ」と注文する。イタリアのエスプレッソに比べれば、なみなみと入っている印象を受ける。トリプル相当である。飲みごたえがあるから、たいていテーブル席に座った。街角・舗道・通行人観賞代のつもり、隣のテーブルの会話聴取代のつもりである。エスプレッソを使ったアレンジ系で最も気に入ったのはウィーン版カプチーノであるメランジェ。場所はシェーンブルン宮殿内のカフェ。季節外れの寒波に襲われた極寒の3月初めのこと。身体が凍るのではないかと恐れ震えながら、廷内の登り坂を雪を踏みしめて歩いた。あの時の一杯のメランジェの味を身体が覚えている。

守破離と型

芸道や武道、茶道には型がある。いつの時代も、師から弟子への型の伝承は文化創造の要とされる。型を単純継承するだけでは発展はおぼつかない。それゆえ、師匠の型の模倣から始まって最終的には自分の型を生み出さねばならない。ここに〈守破離しゅはり〉という考え方が生まれる。ところが、守破離は「(師匠の)型を守り、それを破り、そして型から離れて自由自在になる」と一般的に理解されてきた。はたしてそうか。

問題は、守破離の〈離〉のステージの解釈だ。脱型して自由自在になる状態だと言われる。しかし、そのステージに達したとしても、型が消えてしまうわけではない。誰かが「ついに型から離れた」と悟ったかのように言っても信用しかねる。師匠クラスの技や振る舞いに何がしかの型を知覚するからである。〈離〉は型の不在ではない。ある型から離れて辿り着く先が型無き混沌の状態であるはずもなく、そこには進化した別の型が姿を現わす。〈破〉のステージも同様である。型を破るにしても同時に別の型が生まれるのである。

守破離

守破離とは一つの固定した型を巡っての熟練化概念ではない。端緒を開くのは守るべき型だが、それを破ったとしても次に「型破りな型」が育まれるのであり、そこから離れても次に「型離れした型」が現れるのである。「守り破り離れる」を弁証法的に繰り返し、つねに新しい型を創造していく修行の過程を守破離は説いているのではないか。


何々道だけの話ではない。おこなうことも考えることも模倣から独創への過程を踏む。たとえ独創的な次元に達しても型なき行動も思考も想像することはできない。おそらく人は型に縛られて生きる宿命を背負っているのだろう。これは、しかし、一つの型に縛られるということではなく、つねに型から型への〈変態メタモルフォーゼ〉を免れないという意味である。ぼくの知る名人達人は誰もが型を持つ。微動さえしない型ではなく、自在性と可塑性を併せそなえる型を持つ。型のないものをそもそも認識することはできないのである。道を究めた技を「自由自在」だとか「暗黙知」だと言っても、型がそういうふうに形容されたにすぎない。

型はヤドカリの住まいに似て、入型と脱型という新陳代謝を繰り返す。こうして身の程や技や力量に応じた型が研ぎ澄まされていく。守破離は型が洗練されていく道程であり、それは究極のシンプリシティへと向かう。「シンプリシティは究極の洗練である」というレオナルド・ダ・ヴィンチのことばが思い浮かぶ。こうしてみると、離れるとは技における余分の引き算ではないか。雑味を除いて純度を上げると言ってもいい。

「無用の用」ということばがある。無用も「用」である。そうであるなら、無型に見えるものも「型」に違いない。その型は絶対精神にも似た究極の洗練、シンプリシティを目指す。言うまでもなく、一人の人間の生においてそのシンプリシティを見届けるのは叶わないだろう。未来永劫、代々続く師弟関係においてこその守破離なのである。「芸術は長く人生は短し」というヒポクラテス由来の言がこのことを物語っている。

都会、黄昏、孤独……

人と人が昵懇じっこんな間柄になると、親しき仲の礼儀が軽んじられる場合がある。これが高じると土足の領域侵犯が起こりかねない。人の街への馴化もこれとよく似た様相を呈することがある。

暮らしている街にすっかり馴染めば、見るもの触れるもの感じるものすべてが意識の底に沈み、もはやその街で生活することに新鮮の妙味を覚えず五感がなまくらになってしまう。視覚は行き先だけを捉え、聴覚は雑音を無反応に聞き流す。時間に追われて拘束されるその他の諸感覚も、最初に住み始めた頃に響いていた感受性をすっかり忘れてしまったかのようだ。

土着性が強かったかつての街や村ではありえなかった分散と孤立が生じ、心象風景からは街並みや現実の暮らしが消え、孤独や憂鬱が常態になる。一人で生きることが日常になれば、時折り集団と交わる場面が「ハレ」になる。ハレの場で人は日常のリズムとは異なる緊張を覚え、体験することや交わすことばに戸惑う。ある体系への慣れは別の体系への不器用にほかならない。これが現代の都会で生きる人の縮図である。不安が募れば、望みもしない群れに溶け込み匿名性によってつらさをしのぐ。


電信柱のある街風景
大阪市中央区谷町五丁目交差点から見る街並みと夕暮れ

一人になってはいけないのだろう。一人になってたとえば黄昏に遭遇すると、孤独の思いが恣意的に巡り、時には滅裂し、時には邪念となり妄想を培養する。月並みな雑踏も電信柱も心象の主役になるかもしれないのに、孤独に佇む者に対しては黄昏すら不自然な作り笑いをして人から落ち着きを奪い、好ましくない方のざわめきばかりを惹き起こす。もっとも、孤立の一人と自立の一人とは違う。孤立の心理は黄昏に襲われて孤独を増幅させる。自立の精神にとっては対象はつねに意味を持つ。ゆえに、夕景映える黄昏は美しい。

ボードレールの『巴里の憂鬱』の中の「黄昏」の書き出しを読んでみよう。

 日が沈む。一日の労苦の疲れた憐れな魂の裡に、大きな平和が作られる。そして今それらの思想は、黄昏時の、さだかならぬほのかな色に染めなされる。
 かかる折しも、かの山の嶺から、薄暮の透明な霞を通して、私の家の露台まで、高まってくる潮のような、吹き募る嵐のような、ほど遠い距離がもの悲しい諧調に作りかえる、雑多な叫びの入りまじった、大きなうなりが聞えてくる。

まさかと思うだろうが、黄昏の苦手な都会人が大勢いるのである。彼らは憂鬱に、そして孤独に苛まれる。大都会は人から五感を抜き取るのか。自然の風景を前にしなければ五感は小躍りしないのか。

回りに誰かがいなくても、一人になってはいけないのだろう。見飽きた光景を、聞き飽きた雑音を日々更新しなければならないのだろう。路地裏、街角、公園、花壇、広場、交差点、横断歩道、看板、車、国道、人混み、街路樹、橋、バス停、歩道橋、喫茶店、旧町家、雑居ビル、小学校、電信柱、信号、大衆食堂、高層ビル、ガソリンスタンド、階段……。もう知り尽くしたと豪語できるほどにはたぶん知らない。孤独が都会の特産物であることを否まないが、せめて黄昏の憂鬱に打ち克つまなざしだけでも保ちたいものである。

先近後遠

「先近後遠」などという四字熟語はない。造語である。何と読もうか。訓読すれば「近きを先に遠きを後に」だが、一応「せんきんこうえん」としておく。

数年前、ある大学院の准教授が“Near first, far second”という表現を使った。「直近に迫っていることや身の回りのことを先に済ませ、時間的場所的に遠いものは後に回す」という優先順位の話だった。念のためにいろんな辞書や書物で調べてみたが、ついにそんな英語の成句は見当たらなかった。調べようが足りなかったのかもしれないが、その先生の造語だと推測する。別に和製英語だからと言って問題があるわけではない。意図するところは十分にわかる。英語が造語なら、ついでに日本語も造語でいいだろうと思った次第である。

様々な遠近がある。時間の遠近なら、遠い将来と現在(または近い将来)、場所の遠近なら遠方と自分のいる所(あるいは周辺)、間柄の遠近なら疎遠と親密である。いずれでも、まずはよりよく見えるもの、手を伸ばせば届きそうなことを優先せよというのが先近後遠の考え方だ。なるほど、これを習慣化すれば先送りしなくなるし、仕事もテキパキと片付くに違いない。しかし、必ずしもいいことづくめでもない。中長期的展望や構想が後回しになりかねないからだ。仕事は日々のルーチンが中心となり、緊急の業務が優先される。グズ防止の処方箋ではあるが、目先の戦術ばかりで戦略がお留守になる危うさもある。

腹が減ったら目の前の食事にありつこうとする。当たり前だが、空腹時に次の誕生日の晩餐メニューにまで思いを馳せない。直近の物事に目を凝らし、ひとまず差し迫った事態に反応するのは、人も動物だからだ。ちゃんと先近後遠がDNAに仕込まれているのである。動物は目の前のエサに反応し、近くにいる天敵に怯え、先のことなど考えずに交配する。種の保存を強く意識して行為しているという説は滑稽である。たとえば「巣作り→抱卵→生育」などと書くと、そこに時系列の流れを感じ取ってしまうが、そんなものは概念上の理屈に支配されているからだ。どの過程もその時その場の行為であって、深慮遠謀の目的が意識されているはずもない。


人が動物と異なるのは、手段と目的の分別をしている点においてだ。目的を達成するために手段があり、また、諸々の手段は目的につながるものであると考えている。そして、しばしば手段と目的を取り違えたり目的よりも手段が気になったりするのは、時間的に手段のほうが目的よりもつねに手前にあるからだ。こうして、だいたいにおいて目的よりも手段が優先されることになる。本来は目的あっての手段だったはずなのに、本末転倒の誤りをおかしてしまう。小事と大事の関係も同様で、小事ほど具体的に見え、大事ほど輪郭がぼやけている。だから小さな仕事が大きな仕事につねに優先される。理不尽にして小さなクレームなのに緊急に対応してしまうなどはその最たるものである。

呼出と流す

ところで、二つの事柄に遠近の差がないとどうなるか。たとえば、よく使うものは先近、めったに使わないものが後遠のはずだが、両者が空間的に同じように扱われ近接している場合である。先日泊まりで検査入院した折りにこれを経験した。個室のトイレの〔流す〕と〔呼出〕ボタンがそれである。

病の身でないから、よほどのことがないかぎり〔呼出〕に用はない。下剤を服用し水分を十分に補給しているから、出番があるのは〔流す〕のほうだ。にもかかわらず、二回に一回はつい〔呼出〕に手が伸びてボタンを押しかけた。幸い一度も誤作動させずに済んだが、こういう状況に置かれると、ぼくたちは遠近や先後に、ましてや手段や目的に意を払うどころではなくなってしまうのである。

と、ここまで考えてきて、ふと気づく。頭の中でやれ手段だ目的だ、これが先であれが後、これが近であれが遠だなどと思い巡らしてみても、結局のところ、今何が重要なのかという判断は個人に委ねられる。ちょうど病院やトイレ設計者が自らの思惑で〔流す〕と〔呼出〕を同等に扱って近接させたように、ぼくたちも日々の仕事において勝手な思い込みで先近後遠を判断しがちである。ならば、いっそのこと先の先まで考えずに、その時その場で環境の変化に対応すべく日々を営めばいいのではないか。遠望を捨てる代償は小さくないが、とりあえず目先の小さなことをこつこつとこなしていくほうがうまく行くこともある。少なくともグズな人には有力な処方箋と言えるかもしれない。

アートナイフと消しゴム

父親は公務員の傍ら書道に没頭し、やがて五十半ばで早期退職して書家一筋の身となった。器用な人なので著名な師範に師事して篆刻も手掛けた。小中学校時代に手習い経験があったぼくに「やってみたらどうだ?」と道具と石を手渡されかけたが、受け取らなかった。もう四半世紀も前の話である。

数年前、工場で規格外となった消しゴムを大量にいただいた。何十年かけても消し尽くせないほどの消しゴムの山を見て、何か別の用途がないものかと考えた。あるはずもない。ハンコにするくらいしか思いつかなかった。そして、彫ってみるかと思い立った。ゴムなら何とかなるだろうと甘い見通しを立て、オルファのプロ用アートナイフを買ってきたのである。

デザインした反転文字を消しゴムの上にフェルトペンで直接かたどり、左手の親指と人差し指で消しゴムを押さえアートナイフ1本だけで印刻する。文字部分を彫る「陰刻」はさほど難しくないが、文字を残す「陽刻」には神経を遣う。なにしろ素材がやわらかいゴムであるから、アートナイフを1ミリでも滑らせたらおしまい。瞬間接着剤でも修正はできない。ある時期腱鞘炎の一歩手前になるまで560個ほど彫っただろうか。ハンコに付いた印肉をティッシュで拭き取らずにそのままプラスチックの容器にポンと収めていたので、ゴムが容器にぴったりとくっついているのに気付いた。それに、ゴムだけに劣化も早い。と言うわけで、印影をスキャンしてデジタル保存したのである。


篆刻用額縁

デジタル化ついでにネットから額縁をダウンロードして16作品を並べてみた。こうして作品をあらためて眺めていると、彫った文字の意味にその時々の思いが反映され、また、一つの線か流れのようなものがあることに気づく。

【一列目左から】

大局観(たいきょくかん)
物事の全体の成り行きを見通し判断すること。十代の頃、将棋を通じてこのことばを知った。

心如水(しんはみずのごとし)
本質を変えずに水は方円の器に随う。心も本物になれば融通が生まれる。なお、「こころ」と読むと情感過多になるので、ここは真に通じる「しん」と音読みしたい。

虚心(きょしん)
虚心坦懐でおなじみ。わだかまりや先入観のないさまだが、心如水に通じる。
三昧(ざんまい)
我を忘れて一事に専念する境地。心が安定していないと難しい。カラオケ三昧などと言うが、ああいうのは誤用である。

【二列目左から】

自在(じざい)
束縛も支障もなく思いのまま振る舞うさま。自由自在などは、言うは易し行うは難しの域である。
(らく)
一文字なので一応「らく」と読むが、手を抜いたり苦を惜しむという意味ではなく、「たの(しむ)」という作意である。
(ゆ)
「あそ(ぶ)」でもなく「ゆう」でもなく、「ゆ」と読ませる。ゆとりの「ゆ」。余裕綽々に興じるさまである。ぼくの主宰するユーモアの会は〈知遊亭ちゆてい〉と言う。
傾聴(けいちょう)
実は、雄弁よりもたいせつな言語行為だと思っている。語られる言葉やメッセージを身構えて理解するのは、語ることよりもハードルが高い。

【三列目左から】

眼力(がんりき)
「めぢから」ではない。また、視力の良さでもない。物事の是非や善悪を見抜く力のことである。

春夏秋冬(しゅんかしゅうとう)
丸印にして時計に見立て右回りに読む。一人の人生からすればいつかは終わるが、終わるまでは一応巡ることになっている。

人間万事塞翁馬(じんかんばんじさいおうがうま)
計り知れないのが人間の運命。しかし、ここは「にんげん」のことではなく、世間のことである。ゆえに、「じんかん」と読む。

長楽(ちょうらく)
篆刻で人気の二文字。文字通り、長きにわたって楽しむことだが、大袈裟に人生のことを形容するのではなく、飽きずに三昧を楽しむという意味でぼくは使っている。

【四列目左から】

(がん)
何かを得ようとしたら欲が出て願いが叶わない。願っている分にはリスクはない。

知情意創(ちじょういそう)
ギリシア哲学のロゴス・パトス・エトスに近いのが知情意。しかし、漱石の『草枕』の冒頭にもあるように、智に働けば角が立つし、情に棹差せば流されるし、意地を通せば窮屈になる。知情意は「創」につながってやっと完結する。

(えん)
今の繋がりや関わりには不思議な因がある。アナログの縁のみならず、ソーシャルネットワーク上の情報や写真も縁となった。かと言って、目くじらを立てることはない。それが当世というものだから。

妙言無古今(みょうげんにここんなし)
よいことばはいつの時代も名言であり続ける。そんな普遍的価値を湛えることばは潜在しているが、見たり聞いたりすることはめっきり少なくなった。

必読書考

一般論として「誰もが読んでおくほうがいい本」はあるかもしれない。しかし、誰にとっても「必ず読まねばならない本」が存在するとは思えない。もしあるとすれば、特定のテーマを究めようとする研究分野においてだろう。つまり、そのテーマについて必要最小限知らねばならないことがあり、それを知らなければそのテーマについて意見が交わせないなどの不都合が生じる場合である。

何らかの目的があるから読む必要が生じる。たとえば、テストに出題されるかもしれないから、そして、テストに受かりたいから、本やテキストを読むのである。なるほど、読んだ結果として具体的な成果が生まれるなら必読本と言えるだろう。では、よく耳にする「万人必読の名著」や「青少年時代に読んでおくべき世界文学名作選」などは、いったい何のために読むのか。良き大人になるため? 教養を身につけるため? 人生を充実したものにするため? いちいちそんなことを考えて読んでいるはずがない。何を読んだらいいかわからないから、必読や推薦に寄り掛かっているのが実情ではないか。

501must read books

“501 MUST-READ BOOKS”という図書推薦の本がある。超特価だったのでロサンゼルス郊外のモール内の書店で買った。分厚い500ページ超の解説書である。さしずめ『必読書501冊』というところだ。文学ジャンルは、不思議の国のアリス、ピノキオ、赤毛のアン、千夜一夜物語、ロビンソン・クルーソー、罪と罰、戦争と平和、赤と黒、審判……など多彩に網羅されている。シェークスピアの作品は一冊も挙がっていないが、まあいいとしよう。

しかし、他のジャンル――歴史、伝記、現代文学、SF・ミステリー、紀行――の大半は初耳の本で、ぼくから見ればかなり偏っている。もっともアメリカ人によるアメリカ人向けの英語の必読書紹介だからやむをえないか。思想や哲学関係は編集方針として除外されたのかもしれないが、「世界にありえないものとしてアメリカの哲学」がジョークのネタになるように、その分野は上位501には入らなかった可能性もある。


必読書とは、つまるところ、学識経験者や職業的読書家や教育者らが自らの読書遍歴で印象に残っている本、あるいは、彼ら自身が先人の推薦するところに従って読み感銘を受けた本などである。そして、他の人たちも読むに値する作品であると彼らが判断したのである。必読書は推薦者が決めるものであるから、本来万人が差し障りなく愛読できる書でなくてもいいはずだ。にもかかわらず、最終的にはほぼロングセラーやベストセラーが選ばれ、癖のありそうなものは除外される。一般的に必読とされるのは、将来の人生に教訓的であり生きることのヒントになりそうな本に落ち着く。

もし必読書を参考にしたいのなら、読者は誰が必読書を推薦しているのかを気にすべきである。そして、推薦している知識人を誰が指名して選任しているかにも気を配るべきである。さらに、指名し選任している人を誰が決めたのか……という具合に気にしていくとキリがないことにも気づくだろう。そう、必読書決定に至る背景を遡ると無限連鎖に陥るのだ。

こうして考えてみると、人それぞれに読みたいと直感する本があるように、人それぞれに必要に応じて読まざるをえない必読書があり、人それぞれに他人に紹介したい推薦書があることがわかる。万人が読みたいと思う本などが存在しないように、万人が読まねばならない必読書や推薦書を最大公約数化できるはずがないのである。必読書に振り回されて読書ノイローゼを患うのは馬鹿げている。どこかの偉い人が薦める本などはしばし棚上げして、読みたいと思う本を読めばいい。そして、権威に頼らずにそういう本を見つけるには、足繁く書店や図書館に通って自ら「読書」なるものを結ぶしかないのである。

知の統合と構想力

以前『断片への偏見』と題して書いたことがあるように、ぼくは必ずしも断片否定論者ではない。断片は創作と無縁ではないし、より大きな発想の起点になることさえある。さらには、日々の大半の行動は断片的に繰り広げられているのが現実だ。断片は決して軽視できない。この思いと相反しないという意味で、しかし、断片を断片のまま放置しておくことは知にとって機会損失を招くことになると思う。なぜなら、知は統合してはじめて断片の総和以上の結果をもたらすからである。

かと言って、知の統合のためにわざわざ断片を仕入れるには及ばないし、どんな統合知を構築しようかと予定を立てる必要もない。持ち合わせている断片を見直して、断片どうしをつなぎ、その活用の道を工夫するだけで、これまでにないまずまずの作業ができたりするものだ。レヴィ=ストロースのことばを借りれば〈ブリコラージュ〉のための手持ちの断片の活用である。「間に合わせの仕事」や「器用仕事」のことである。

知圏

スティーブ・ジョブズの“Connecting the dots”(点をつなぐ)にヒントを得て、数年前に〈知圏〉ということばを造語した。これは断片を垂直的に積み重ねる「知層」に対峙する概念である。知層は断片が統合された状態ではなく、硬直的に足し算されたもので、組み合わせの融通がほとんどきかない。この種の知のありようは、教育過程で形成した結果を象徴している。断片という〈点〉はつながっていない。層を成しているかのようだが、点は有機的に結ばれなどしていない。これに対して、知圏は水平的な広がりを持つ。脳のシナプス回路のように、異種の知の断片が融通無碍に統合されやすくスタンバイしている状態である。


ぼくたちは大人の世界で生きる上で必要な能力を一気に学ぶことができないので、全体を細分化するという方便に従ってきた。すなわち、国語だの算数だの理科だの社会だのと断片化して勉強してきた。大学というのはその中から一つの専門分野を深めると同時に、幅広く教養を身につけることを目的としたはずである。そんなふうにうまく学んできたとしよう。さて、ここで学舎から世界へと出る。その世界で期待されるのは、超専門性で深化を目指す一部の人たちを除けば、細分化して学んできた断片の統合である。すなわち、点と点をつないで自分独自の知のネットワークを創造や問題解決に生かすことである。

にもかかわらず、大多数の社会人は旧態依然として学校時代と変わらぬ、没個性的な断片の足し算のような学習を続けている。それは、点を結ぶという知圏発想からほど遠いと言わざるをえない。学校時代は十数年でよかった。その三倍にもなろうかという年月を性懲りもなく無限インプットに費やし、断片の在庫は膨らむ一方で、いつまでたっても臨機応変のアウトプットへと結実しない。教育機会の提供者は知を切り売りするほうが楽であり、学ぶ側は分断された知のほうが学びやすい。こうして実社会においても、知の統合に知らん顔して、教える側と学ぶ側が目先の断片ノウハウを弄ぶ。双方にとって都合のよいもたれ合い関係なのである。

よく似たものを一括りにし、異なるものをそのグループから排除するという、断片の分類作業にぼくたちは毒されてしまったかのようである。分けたのはいいが、統合することを二の次にしてしまった。ここで、1718世紀に生きたイタリアの哲学者ジャンバッティスタ・ヴィーコの構想力の論理に耳を傾けたい(『命題コレクション』)。

遠く隔たった観念を結合する能力としての構想力こそは、矛盾した概念を弁証法的に統合することを可能ならしめる。

えらく難しそうだが、知の統合のエッセンスがここに詰まっている。混迷する世界と時代にあって、断片や分類という作業からは新しい課題が生まれるはずはなく、問題も解決する見通しは立たないのである。一見して相互に無関係な点と点を結ぶ構想力が希求されている。そして、構想力こそが、先入観で無関係だと決めつけてその場を立ち去ろうとする足を踏み止めるのである。

明日はあるのか?

「朝が来ない夜はない」だったか「明けない夜はない」だったか忘れたが、若い頃にずっとそう言っていた知人男性がいる。熟年を迎えてさすがに言わなくなったが、明日がやって来ることを前提にした今日の生き方は相変わらずで、身体の隅々にまで楽観が滲み込んでいるかのようだ。これまで生きてきた……よろしい。今日生きている……よろしい。しかし、「明日も生きる」は現実ではない。だから、ぼくたちは「だろう」という未来形で望みをつないでいる。

先月アリストテレス哲学について書いたが、幸福や善について語ると、なんと悠長なとつぶやかれる。幸福も善もプラトンのイデアと同類で、ともすれば明日に結びついてしまう。「明日、幸せに生きるだろう」とか「明日、善を尽くすだろう」などは虚言を弄するに等しい。そうではなく、今日生きている中で幸福と善を実感することに謙虚でなければならない。

ぼくたちはみんな今夜寝て翌朝に目を覚ますつもりでいる。今を生きる、ゆえに明日以降に命をつなぐことを”サバイバル”と呼ぶ。サバイバルは将来に及ぶ話だが、とりあえず「今を生きる」のが先である。「明日などない」と言えば場を興ざめさせるし、いつの時代も評判のよくない意見だが、必ずしも冷淡な発言でもない。なぜなら、明日に希望をつなぐ時点で往々にして今日がおざなりになっているからだ。幸福や善は現在進行形として体感に努めるしかないのである。


明日があるさ

青島幸男作詞で一世を風靡し、今も集団でよく歌われるあの歌を思い出す。

♪ 明日がある 明日がある 明日があるさ

残念な今日の自分を励ますのがこのフレーズだ。残念な自分とは、「今日も待ちぼうけ」して「だまって見てるボク」で、「今日はもうやめた」と言い「(電話に)出るまで待てぬボク」、そして「とうとう言えぬボク」が「わかってくれるだろう」と甘える……そんな自分の逃げ場として、「♪ 明日がある……」が6番まで歌い上げられるのである。

モラトリアムもはなはだしい。ただ明日があると信じるだけであって、そこにはダメだった今日の反省も改善策もないのである。あの知人男性一人の話ではない。今日とつながっている明日ならともかく、今日と断絶させておきながら、明日に淡い期待を寄せる人々や集団がおびただしい。懲りない彼らは明日になったら同じことを言うのだ、「♪ 明日がある 明日がある 明日があるさ」と。

「明日があるさ」で思い浮かぶのが「やればできる」である。為末大がつぶやいて賛否両論渦巻いて話題になった。わが国では努力や継続や頑張りの悪口を言うと少なからぬバッシングを受けるのだ。今日の善を実践していない偽善的道徳論者ほどうるさく文句を言う。

冷静に考えてみればわかる。「やればできる」というのは一つの定言命題ではなく、二つの命題がくっついた仮言命題なのである。「もしきみがやれば(P)、それが可能になる(Q)」と言っているのだから、仮定条件のPに軸足がある。勝手にQが実現することはなく、QはつねにPに寄り掛かっている。要するに、「やれば」の「やる」が、誰でもやれるわけではないのだ。才能や経験もさることながら、今日きちんと予定したことをやらねばならないのである。「やればできる」と「明日があるさ」は発想上似通っており、一方が好きな者はほぼ他方も好む傾向がある。

「任せる」の多義性

角川の『基礎日本語辞典』に「任せる」という見出し語が収録されていない。これはかなり重要な動詞なのに。意外だった。実は、一般の辞書では解き明かしてくれないこと――信頼、自由、放置、諦念などのニュアンスの重なり――を調べてみたかったのである。

「ここまではぼくがやった。後はきみに任せる」という時は、きみへの信頼ときみの裁量を含む。「想像にお任せします」なら、自由と放任、すなわち、勝手気ままにお好きなように、である。「成り行きに任せる」なら放置と諦念、「神の思し召しに任せる」なら信頼と諦念。「あいつは何事も他人任せ」は無責任と甘えという具合。

どこかの牛丼店じゃないが、自分がやってみるよりも「うまい、安い、早い」なら適材に任せる。自分ができないことを、見事にやってのける人がいれば、その人の才能やエネルギーに期待すればいい。但し、自分がやってみるほうが「うまい、安い、早い」という場合でも、早晩任せるつもりなら、先物買いよろしく誰かに役割を委譲すべきだという意見もある。

小さな記念日(ワイン)

一杯のワインが欲しい時、素人が自分で作ってみようなどと思うのは暴挙である。ぶどう畑を手に入れ、苗から木を育て、秋に収穫、破砕、圧搾して発酵させ、再び圧縮し樽で熟成させて濾過し、やっと一杯のグラスに注げる。その一杯が世界一うまい保障はないが、世界一コスト高のワインになることは間違いない。最高級のロマネコンティを買うほうがずっと安くつく。蛇の道は蛇、餅は餅屋、ワインは蔵だ。上手・安価・迅速の三拍子が揃わないなら、アウトソーシングするに限る。


何かにつけて親に頼り、判断は人に委ね、流れに身を任せて生きていけばどうなるか。子どもならともかく、成人してもなおこのようなモラトリアムが根を生やした「必殺任せ人」に必殺仕事人はいない。日常生活でも、どこに遊びに行くかは友人任せ、焼肉の塩・タレ・素焼きの味付けも料理人任せ。仕事においても、上司任せで指示待ち。その上司にしても部下に任せっぱなし。権限委譲と言えば聞こえはいいが、それもお任せの一つの亜流にすぎない。「 任せ任され  うまくは行かぬ  ドジを踏んだら  きみのせい」と都都逸の一つで皮肉りたくなるのが、当世の会社事情である。

生れてからある時期まで、人は生きること、すべきこと、学ぶことなど、ほとんどすべてを他者に依存し、他者に判断を委ねる。依存とは任せるということだ。そして、任せておけば真剣に考えないで済む。考えないとは疑念を抱かないことでもある。何事かを疑い自ら別の判断を捻り出さないのは、一個の人間として未成熟、未完成の証である。

しかし、幼さを脱皮して青年期に差し掛かれば、何事かを誰かに任せながらも、そのことを納得してばかりいられないという内的動機が生まれてくるものだ。かくありたい、かくあらねばならないという意識への目覚めから、他者への依存が弱まり自助自立への意志が強まる。「他人に任せる」から「自分に任せる」へ……考えることも生きることも判断することも……これを「責任」と呼ぶ。それは、任せることと任せっぱなしの峻別をともなう能力でもある。