充ち満ちている秋

仕事の合間に、仕事とは無関係に辞書・辞典・事典を時々引っ張り出す。書架一本に百冊ほど収めてある。その書棚には歳時記の類も置いてあって、季節や月の変わり目に金田一春彦の『ことばの歳時記』も拾い読む。愛読し始めてから30年以上経つ。この本には今時の風物の話は出てこない。

1118日の今日のことばは「落花生らっかせい」。南京豆やピーナッツとも呼ばれるが、落花生と言えば殻付きのものを指す。今年は10月中旬から今月上旬までなま落花生をよく見かけたので、そのつど買い求め茹でて食べた。落花生だけではない。豊穣の季節だけに八百屋や果物店には多彩な食材が並ぶ。つい買い過ぎる。

ところで、秋にもの悲しくうら寂しいという印象を抱くのはなぜだろう。冬を控えた晩秋にペーソスを覚えた遠い昔の詩人歌人らがそんなふうに秋を脚色したからだと睨んでいる。もの悲しくてうら寂しい詩や歌が有名になったために、ぼくたちは実際の季節感とは異なるイメージを刷り込まれてしまったのではないか。


年号「令和」の考案者と言われ、万葉集研究で著名な中西進に『美しい日本語の風景』という歳時記的な本がある。その「あき」の章は次の文章で始まる。

「あき」とは、十分満足する意味の「飽き」と同語だと思われる。(……)この季節が収穫の豊かさと直結していることは、いうまでもない。(……)稔りの秋には野山にさまざまな色どりがあふれる。

「飽き」という表現はネガティブに響くが、飽きに至るのは「もう十分に満たされている」からである。豊かさにもほどがあると言いたくなるほど、秋は充ち満ちていて、一年で一番恵まれた季節なのだ。にもかかわらず、「夜寒よさむ」や「夜長よなが」のようなことばが気分を内向きにさせる。空は天高く晴れわたっているというのに。

降りしきる落葉がもの悲しいのではない。枯葉の絨毯がうら寂しいのではない。あくまでも見方、感じ方次第だ。落葉でさえ豊穣である。大量に積もった落葉を踏みしめて散策するたびに、実にいい季節だと思う。いにしえびとは、たき火にしたり発酵させて腐葉土にしたりした。秋の恵みの枯葉にエネルギーを感じ取った。

生落花生を茹でたいた大量の殻は、何の配慮もせずに捨てたが、あれも堆肥や動物の餌としてリサイクルできるらしい。秋が残すもので冬を過ごす。はやりのことばを使えば「SDGs (エスディージーズ)の秋」である。

創作小劇場『言語異化学探究所』

 ここ・・に来るチャンスを得たのは、ジャン・エクスオー先生のコネのお陰でした。ジャン・エクスオー先生は日本語に堪能で、見た目も典型的な日本人の顔と体型なので、全然ジャンという雰囲気ではありません。ところで、ジャン・エクスオーを前後入れ替えるとエクスオー・ジャンで、香港料理に使うあの調味料「XOジャン」と同じ。たぶん仮名かペンネームなのでしょうが、「本名ですか?」とは聞きづらく、出会ってからずっとジャン・エクスオー先生と呼んで今に至っています。

 ここ・・とは「言語異化学探究所げんごいかがくたんきゅうしょ」。その名の通り、言語を探究していると聞いています。いつも見たり聞いたりしているものがある時突然異様なものに見えたり聞こえたりすることがあります。逆に、いつも変に見えたり聞こえていたりしていたものを何かの拍子で近しく感じることもあります。どちらも異化作用です。当探究所では、ものよりもことばを取り上げるようで、パンフレットにも「見慣れたことばの中に潜んでいる知られざる要素に気づき再発見しようという活動」云々と書いてあります。

 今日は取材のために訪れました。ジャン・エクスオー先生の都合がつかなかったので、初訪問にして一人でやって来ることになりました。応対してくれたのは探究所所長代理の「1120氏」。ぼくの住んでいるマンションの部屋番号と同じ数字だったので、少し――いや、かなり――驚きました。変な気持ちが尾を引きそうなので、単なる偶然だと思いなすように努めました。

 「話はジャン先生から聞いています。たいていのご質問にはお答えできますので、どうぞ遠慮なさらずに」と1120氏。ここでは探究者番号でお互いを認識し呼び合う習わしがあるとのことでした。
 この探究所設立の経緯と探究している代表的事例を聞きたいと告げました。

 「では、設立のきっかけから。ところで、アメリカの哲学者のW.V.クワインをご存知?」
 名前だけ知っているという程度なので、「ほとんど知りません」と答えました。
 「変わった人ですが、ユーモアのある人。『定義よ、汝自身を定義せよ』なんて言った人です」
 そう言って、探究所の所長がクワインからインスピレーションを得た話を語り始めたのです。

クワインは「知っている」と「できる」が交換可能なことに気づいた人です。「方法を知っている」は「できる」ということを意味します。そして、「それができる」とはとりもなおさず「それを知っている」ことでもあります。英語では「知っているけれど、できない」などとはあまり言わないのです。

 「たとえば?」と一例をお願いしました。
 「クワインは英語の知る・・できる・・・を例として挙げ、これら二つの動詞は究極的に同一の語だと断定したのですよ。書いたほうがわかりやすいですね」
 そう言って1120氏は立ち上がり、“I know how to play the piano.”“I can play the piano.”という英文を声に出しながらホワイトボードに書きました。
 「ピアノの弾き方を知っている、ピアノが弾ける。この二文はね、同じ意味なのですよ。二つの単語に注目してください」
 1120氏はknowcanの下に赤いマーカーで傍線を引いて説明を続けました。
 「ほら、knowkncancnをご覧なさい。どちらもクン・・という音です。元々同じことばだったのですよ」
 1120氏はこの二語の関係性には意味があると言いました。しかし、クワイン博士の最初の音「ク」と最後の音「ン」をつなぐと「クン」になるのは偶然に過ぎず、そこに意味はないと言いました。

 「二つ目の質問への答えは、当探究所設立の動機そのものです。つまり、ここでは様々なことばの音や綴りに着目して、異化作用や意味性と無意味性を探究しているのです」
 失礼ながら「うーん」とつぶやいたかもしれません。正直言ってよくわからなかったのです。ことばを継げそうもないので、再び「たとえば?」と聞くしかありませんでした。
 「あなたは英語の“walk”と日本語の歩くが関連すると思いますか?」
 うぉーく、ウォーク、walk……あるく、アルク、aruku……ひらがな、カタカナ、アルファベットがあれこれと頭に浮かびました。
 「どちらもクの音で終わりますね」
 「他に何か関係性とか、気づきませんか? 英文字の中に」
 アルファベットをいろいろと浮かべているうちに、ついに「歩く」を“alk”と表記できることに気がつきました。
 「ええー、walk“alk”が入っているではないですか!?」
 無条件反射的に声が大きくなっていました。
 「そんなに驚くことはないですよ。わたしたちは、だから英語と日本語に接点があるなどと言いません。ただ、この一致に気づいたら最後、もうwalkの中にalkを意識せざるをえなくなります。これが異化作用です」

 何が何だかわからないような、戸惑った表情をしてしまったのでしょう。1120氏は別の例を取り上げました。
 「日本語の道路はドーロと発音します。英語ではロードです。太平洋を渡っているうちにさかさまになりました。フフッ」
 カッコ笑いのような笑いでした。
 「まさか……冗談ですよね」
 「そんなバカなことはないですね。フフッ。ただのことば遊びです。わたしたちはこんなことも探究しますけどね」
 その後もこうした話が少し続いたが、約束の時間が過ぎたので失礼することにしました。

 話についていけたかどうか、自信はありませんでした。探究テーマの妥当性や意義についても半信半疑でした。しかし、「歩く」と“walk”の、いわゆる異化作用には偶然以上の何かを感じざるをえなかったのです。帰りにカフェに寄り、コーヒーとケーキのセットを注文しました。しばらく不思議な感覚に包まれていましたが、「いや、もしかするとそんな例はいくらでもあるかもしれない」と思い始めました。手帳を取り出して、思いつくまま英語の動詞を書き、それと対照になる日本語を並べていきました。飲むとdrink、見るとsee、書くとwrite、考えるとthink、払うとpay……という具合に。途中、喋るとtalkを思いついた時、alkにハッと気づきました。しかし、talkの中には喋るも話すも語るもありません。

 語尾の音が同じで、英語の中に同じ意味の日本語が内蔵されているような他の例はないかもしれない……ということはどういうことだろうか……例が一つしかないとは? 他に例が見つかるとは? どっちにしても驚くほどのことじゃないのではないか……。ぼくの頭の中で異化作用が現れ始めていました。めったにない偶然などは大した不思議ではなく、逆によくあることのほうが不思議なのではないかと。
 ところで、帰宅してからカフェのレシートを見たら、コーヒーとケーキのセットの料金は1120円でした。まあ、よくある偶然です。

時計的な暮らし

紛失したり壊れたり、欲しいと言った人にあげたりしてだいぶ減ったが、机の引き出しにはまだ腕時計が10個くらいある。常時使うのは2本のみ。着けもしないし動くかどうかもわからないのに捨てずに置いてある。時計の数が増えても計測精度が上がるわけでもないのに。正確な時刻を云々するなら、スマートフォン一台あれば事足りる。

20211111日の今日、いま書いている時点で時刻は午後315分。途中何回か中断するはずなので、書き終わりは午後4時を回るだろう。午後1時頃からずっと雨が降っていた。窓には大きな雨粒が当たり続け、おびただしい水滴がガラス面を這った。午後3時前にやっと止んだ。

2時間の経過は壁掛け時計で確認している。数字で知らせてくれる利器がなければ時の経過を正確に感知することはできない。なぜなら、さっき「そろそろ3時かな」と思って時計を見たら、まだ1時半だったからだ。ぼくたちの生物時計はその程度のものである。


16世紀、ガリレオ・ガリレイはピサの斜塔で物体の落下実験をおこなった。二つの質量の異なる物体を落として地面に同着するかどうかを確認したのだ。あの時、もちろんストップウォッチはなかった。時間はどのように測られたのか。手首に指をあてがって脈拍で計測していたのである。一脈拍の10分の1の精度で時間を計測したというから驚くしかない。

「あ、いま3時か……」などとつぶやいて日々を過ごしているが、あのつぶやきは何を意味しているのだろうか。いったい3時とは何なのか。1日が24時間で刻まれているという観念はもはや拭いきれないし、暮らしはこの時間軸を一番の頼りにして成り立っている。時計もなく、分も秒も測れなかった時代に目に見えない節目が確かに感じ取られていた。今は、適当に「時の流れ」などと言いながら、時にはそんな歌もうたいながら、目盛りだらけの毎日を送っている。

この時点で予想よりも早く草稿が書けた。今から読み直して推敲して午後4時頃までには公開できそうだ。と、こんなふうに時計ばかり見て、時間の推移とシンクロさせながら本稿を書いたが、普段書くのと何がどう違うのかはよくわからない。

わかる? わからない?

「鉛筆で文字を書く」という一文が意味することはすぐにわかる。もう少し詳しい情報があれば、状況や場面も映像として浮かび上がってくるだろう。鉛筆は触れることができる。鉛筆は〈〉のイメージにほぼ対応する。書かれた文字は実際に見えるし、書くという行為も繰り返し何度も経験済みだ。

では、「幸せな生活を過ごす」はどうか。誰もがよく使う一文である。言ったり書いたりする方はわかったうえで使っていると胸を張れるか。聞いたり読んだりする方も意味がわかると言い切れるか。意味がはっきりしていると思って使い、だいたいわかった気になっているかもしれないが、いざ「幸せとは?」「生活とは?」「過ごすとは?」と突っ込まれて困り果てる。

幸せや生活のことを鉛筆や文字と同程度にはわかっていないのである。わかっていないけれども、あまり深く考えずに頻繁に使っている。ある時、根掘り葉掘り突っ込まれてはじめてわからないままに使っていることに気づく。突っ込まれて、意地悪されたとか恥をかかされたとか思ってはいけない。それどころか、ことばと思いの乖離に気づかされたことに感謝すべきだ。


あらためて辞書で確認するとしよう。たいていの辞書は、幸せを「満たされた状態」、生活を「考えたり行動したりして生きること」という程度の定義しか示してくれない。ことばを定義してもらっても、意味がわかったり使った人の思いが理解できたりするわけではないのだ。つまり、いくら語義を深く追究しても、文字面以上に「幸せな生活」をわかることはほとんど不可能なように思える。

文をばらして個々のことばを深掘りしても意味は明快にならない。ことばの意味や概念は、ことばを説明されたり言い換えられたりしてわかるのではなく、例示されてやっと何となく・・・・イメージとして見えてくるものなのだ。「幸せな生活」の場面や状況を、できれば複数の例によって描き出すことが「わからない」を「わかる」に変える。

話し手や書き手は「幸せな生活を過ごす」の後に「たとえば……」と続ける。「幸せな生活を過ごす」だけで終わった相手に対して、聞き手や読み手は「幸せとは何だ?」とか「生活とは何だ?」と突っ込まずに、「たとえば?」と協力する。意味は一人では明らかにならない。双方が明らかにしようと努めてはじめて意味は共有への一歩を踏み出す。

昼ごはんに出掛ける

休みの日も仕事の日も昼ごはんを食べる。当たり前だ。よほど急な用事が入らないかぎり食べる。ここ一年半以上晩ごはんの外食を控えているので、その代わりと言うか息抜きのためと言うべきか、休みの昼に外食することが多くなった。

最後に晩ごはんを外食したのは昨年の10月下旬だった。人数制限のクラシックコンサートに招かれ、その後にジビエ料理店に向かった。万が一密になっていたら入らずに引き返す覚悟だった。あれから一年か。ずっと自宅で晩ごはんを食べてきたことになる。先週出張があり、ほぼ一年ぶりの晩ごはんを外食した。何もかもお任せの至れり尽くせりはありがたい。

仕事の日のランチは弁当やテイクアウトが多い。ずっと続くと息詰まるので、週に二日ほどは混んでいない時間帯に外に出る。麺類の店が多い。蕎麦ならざる。うどんはかけと別皿の天ぷら、時々ぶっかけ。中華は上海焼きそばやあんかけフライ麺。ラーメン店では担々麺かつけ麺。


休みの日は午前中に散歩に出る。散歩のルートが定まると、昼ごはんのメニューと場所の候補がある程度決まる。寿司や何でもありの定食屋にも行くが、生来の麺好きなので和洋中の麺料理を目指すことになる。休みの日は町内から離れて片道半時間以上は歩く。

この前の土曜日は、散歩ルートの前に昼ごはんをイメージした。手打ち細麺のうどん店。もっちり、のどごし、コシの三拍子揃ったお気に入りの店。肉うどんにしてゴボウのササガキ天ぷらをのせる。行ってみたら、緊急事態宣言が解かれているのに店が閉まっている。定休でもなく今だけしばらく休業でもなく、この先ずっと休業または廃業の雰囲気があった。

何か食べたいものがあってそれにありつけない時、ジャンル違いの料理では思いに反する。ひいきの店のうどんの代わりは次にひいきの店のうどんか、せめて麺類で思いを叶えたい。食べログやぐるなびを頼りにせず、麺類の店を求めて歩く。半時間弱ぶらぶらしたら看板が目に入った。店名よりも「刀削麺」の文字が大きい。迷わず決めた。

お気に入りのうどんに劣らないうまさだった。「欲しいものにすぐにありついてはいけない、ありつくまでにギリギリ待つのがいい、迷ったりさまよったりするのも悪くない」などと思いなせば、昼ごはんも日々新たになる。

10月のレビュー

 旧暦の神無月は新暦でも使い、グレゴリオ暦の10月と併用すればいいのに……と思ったことが二、三度ある。

 今月は、厚切りベーコンとたまねぎのトマトソースパスタ、牛肉スープにつけて食べる和蕎麦のつけ麺、パクチーお替り無制限のフォーなど、麺の当たり月だった。「麺月」と呼んでもいいくらいだ。

 コピーライティングの仕事が多かった。そのうちの一つに、何を書くかはほぼお任せというミッションがあった。
「始まりは心弾む予感に満ちて」という見出しを思いついた。そして本文の一行目に「一つの季節の終わりが次の季節の始まりにバトンを渡す」と書いた。
何を書くかを考える前にことばを綴ったら、原稿用紙一枚分がまずまずうまく、さっと書けた。考えるだけが能ではないことにあらためて気づかされる。仕事を続ける効能の一つ。

 とある和食店は毎日一種類のランチ提供を貫く。店の前のホワイトボードには「天然ぶりの刺身とはまちの煮付け」と書いてあった。ぶりとはまちの出世魚定食? パスした。

 リバーサイドの夕暮れ、川面の濃紺とくれない。清濁併せ吞む大阪の繁華街には、古都では出合えない、侮れない風景が時々浮かび上がる。

 その数日後、難波なにわゆかりの万葉集をテーマにした展示を見た。古代にも侮れない大阪があったことを知る。

昔こそ難波田舎なにはゐなかと言はれけめ今は京引みやこひみやこぶにけり

「昔こそなにわ・・・は田舎と言われていたが、今は京の様々なものを移してきたので、いかにも都らしくなった」というほどの意味。「垢ぬけた」ということだろう。

 9月末から、行きつけの野菜のセレクトショップに旬の落花生が出始めた。生の落花生を半時間ほど柔らかすぎず硬すぎずに茹でる。毎週二、三回、実によく口に放り込んだ。

 来年2月にグランドオープンする大阪中之島美術館。建設の様子を見てきた。開館から春にかけては岡本太郎、モディリアーニが予定されている。黒のエクステリア。少し歩くと対照的な赤。愉快でキュートだった。花の写真はめったに撮らない。つまり、撮った花の印象はなかなか忘れない。

 高知産の新生姜をスライスして生食したら、嘘のように翌日シャキッとした。二箱が無料のあの「しじみ習慣」も嘘のようにシャキッとするのだろうか。

 一昨日から読み始めたのでたぶん来月にまたがるが、古本屋で買った『なんだか・おかしな・人たち』(文藝春秋編)がなんだか・おかしい。渋沢栄一を父に持つ渋沢秀雄の「渋沢一族」という小文は、他の渋沢像と違った見方でおもしろい。渋沢栄一は明治24年に87箇条の「家法」をしたため、第一条で渋沢同族を次のように限定している。

「渋沢栄一及ヒその嫡出ノ子ならびニ其配偶者及ヒ各自ノ家督相続人」

同族から誰か貧困の者が出ると「子孫の協和」が保てなくなるため各家の生活を保障するシステムを作った。渋沢一族という「組織」にあっては、長男以外は兄弟姉妹が男女同権で平等に栄一の恩恵を受けることができた。私企業の利ではなく国家、社会の利を強調した栄一も、同族を末永く保持することにかけては細やかな神経を使っていたのである。

今どきの様々な事情

今年初めての出張が入った。八月の予定が人流抑制のために十月下旬に延期になった。久々の伊丹空港はかなりリニューアルされていて、要領を得るのに少々手間取った。行き先は高知龍馬空港。一年八カ月ぶりの高知。この前は冬装束、今回は背抜きのスーツ。連泊だった前回はキャリーケース、一泊の今回はトラベルリュック。一番の違いは、ビフォーコロナの前回はマスク無し、コロナの今回はマスク有り。

高知出張の最大の楽しみは魚食い。ビフォーコロナの昨年1月に訪ねた料理店はその年の秋に店を閉めた。地元で根強い人気がありいつも常連で賑わっていた。常連が誰かに伝えその誰かからいい店だと聞き、数年前から高知に行けば必ず足を運んでいた。出張族もリピーターになり、調べ上手な観光客も集まる渋い店。現地の新聞でも取り上げられ惜しまれながら消えた。

新型コロナ感染者数の多寡増減に一喜一憂し、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置のスイッチのオンオフが繰り返された一年と八カ月。様々な事情が生まれ、日常の景色が濃淡様々に変化した。今年の秋になって、一部の景色が元に戻りつつある。しかし、まだまだ異変が続いて歓迎されない場面はあるし、別の一部では落ち着いたものの元には戻らず、新しいアフターのスタイルが定着し始めている。


宿泊したホテルは立地がいいのでここ数年定宿じょうやどにしている。フロントのチェックインはまるで海外渡航者向けの厳重な態勢だった。朝食会場はビュッフェスタイルではなく、数種類の定食から選ぶ方式に変わっていた。ドリンクはフリーだが、席を立って水、ジュース、コーヒーと取りに行くたびに簡易手袋を装着する。アルコール消毒した手を手袋で包むわけだが、面倒この上ない。

高知には十数年前から年に一、二度仕事で来ている。店じまいした料理店を知る前は、知人に老舗の割烹に何度か連れてきてもらっていた。その店に一人で行きカウンターの席に座ったのが七年前。今回は三人で訪れた。地元の名士が集まる店なのだが、その日の夜、ぼくたちの他に客はなかった。新鮮な魚貝を使った料理が売りだから、こんな状態では仕入れのやりくりも難しいに違いない。

あの七年前、チャンバラ貝とどろめ・・・をつまみ、ヒラメの刺身や鰹のたたきも注文して静かに飲んでいた。間に二席を置いて男性客が一人座った。「いつもの」と言い「今夜は何がいい?」と女将に聞くその人、常連に決まっている。いつもいいけど鰹が特にいいと女将がすすめ、紳士、間髪を入れず「刺身、皮付きで」と告げた。ダンディズムを感じさせるやりとりだった。

ずっと一つ覚えの鰹のたたきだったので、あの紳士が唸るように食った刺身をいつかぜひ、この店でと思っていた。七年越しの願いが叶い、皮付きの鰹の刺身にありついた。忘れることはないが、「皮付き鰹の刺身、史上最強の厚切り」と念のために脳内に記す。たたきをニンニクといっしょに頬張るのは毎度だが、刺身を頬張るのは初めての体験。今どき、世の中には様々な事情があるが、ぼくにとってその夜の事情は過去の場面とつながる特別な事情だったのである。

地名と書名と人名めぐり

オフィスの近くを旧淀川の上流、「大川」が流れている。大川は、大阪湾に向かって出世魚のように堂島川、安治川と名前を変える。大川の左岸に八軒家浜の船着場がある。かつて京都から船で織物や海産物が運ばれてきた。熊野街道はここを起点として南へ走る。八軒屋浜は現在観光用の船着場になっている。船着場の東に天満橋、西に天神橋が架かっている。二つの橋の間は約500メートル。右岸にも左岸にも遊歩道がある。

八軒屋浜の対岸風景。右下に天満橋の一部、左端手前に天神橋が見える。川岸の緑のゾーンは南天満公園を含む遊歩道。

地名は全国区になると固有性を失って一般名詞化してしまう。つまり、場と名が一致する。一方、当該地域以外ではあまり知られていないローカルな地名は依然として固有性を保つ。土地に馴染みがないとローカル地名は文章の中で煩わしく、冒頭の段落で書いたように頻繁に出てくると退屈このうえない。たとえばフランスの片田舎の町や村の名、登場人物がおびただしい西洋小説を読むには覚悟がいる。

不案内な人は天橋と天橋を間違う。橋が現存しているから橋の名ではあるが、いずれも橋周辺に広がる街の呼び名になっている。天神橋は天神橋と変化して一丁目から六丁目まで南北におよそ2キロメートルの地域を形成しているから、行き場所の住所を勘違いすると厄介である。一方、メトロの天満橋駅はJRの天満駅と間違われる。JR天満駅はややこしいことに天神橋筋四丁目に近く、天満橋から歩くと半時間近くもかかってしまう。


仕事が一段落した昨日の昼前、オフィスのある天満橋から(橋を渡らずに)天神橋へ向かい、その橋を渡った。天神橋 渡てんじんばしわたる? まるで演歌歌手のようだ。橋を渡り終えて天神橋筋の商店街に入る。三丁目あたりにひいきにしている天牛書店がある。戦前は日本橋にっぽんばし、戦後はしばらく道頓堀にあった古書店で、当時は織田作之助、折口信夫しのぶ、藤沢桓夫たけおらが足繁く通った。織田作之助の『夫婦善哉』にも登場する老舗だ。

オフィスから歩けば約20分。本の過剰買いをしないように最近は一、二カ月に一度しか来ない。しかし、来れば数冊買ってしまう。店頭に五木寛之と塩野七生の対談本を見つける。何度か読んだガルシア・マルケスの『百年の孤独』の新版を最近買っていたので、その縁で関連書を一冊。さらに一冊、ついでにもう一冊……という具合で、気がつけば諸々もろもろ。書名は本を選ぶ重要な条件の一つ。ところで、初めて塩野の本を手に取った時、七生を「ななみ」と読めなかった。

オフィスへの帰途、大川の北側の右岸を歩いた。桜の名所の散歩道が、季節が変わって葉が色づき始めている。ちらほら落ちている枯葉を見ると「♪枯葉よ~」のあのメロディが自動再生される。日本語の歌詞はうろ覚え、当然フランス語の歌詞も覚えていない。それでも、イブ・モンタンのあの声が聞こえてくるから不思議である。

シンプルな美しさ

美や美意識は十人十色で、あれは好きだがこれは嫌いと言いたい放題するのが許される。それなのに、「美とは何か」と問い、十全十美的な本質を追究しようとする人が絶えないのはなぜ? 仮に美の根源があるにしても、すでに美はそこから多様に派生した姿になっているはず。いや、だからこそ、本質を知りたいのか。 たった一つのユニバーサルな美はありえないから、「美とは何々である」と言い切ることはできない。しかし、レオナルド・ダ・ヴィンチは「簡潔性は究極の洗練」だと確信した。たしかに、一目で読み解けない煩雑さよりはシンプルな見え方のほうに心は動く。但し、こうして天才の言を引用することはできても自論として発展させるとなると凡人には荷が重い。それでも、「美とはシンプルである」とは言えなくても、「シンプルな美」について語ることはできる。 構成する要素が多く――ゆえに情報が増えると――誤認識が生じやすくなる。要素が少ないほうがシンプルに伝わりやすい。大胆に省略しながらも要点を押さえるピクトグラムやアイコンが典型的な例で、ユニバーサルな価値を秘めている。ピクトグラムもアイコンも誤情報を発信することがあるが、簡潔ゆえに習慣化しやすく、一つの意味媒体として定着しやすい。
日本画家の上村松園は能楽の装束の華麗さを「沈んだ美しさ」と言う。沈んでいるというのは抑制であり、簡潔を基調とするの意だと思われる。『簡潔の美』という小文には次のように書かれている。

舞台に用いられる道具、それが船であろうが、輿こし、車であろうが、如何に小さなものでも、至極簡単であって要領を得ています。これは物の簡単さを押詰めて押詰めて行ける所まで押詰めて簡単にしたものですが、それでいて立派に物そのものを活かして、ちゃんと要領を得させています。ここに至れり尽くされた馴致と洗練とがあらわれていると思います。

能楽の話ではあるが、他の芸術や伝統芸能でも、あるいはそこから派生し分化した様々な流派でも同じことが言えそうである。シンプルな美しさ――上村松園の「簡潔の美」――は、散歩中に目を向けた川面に、地に映った樹木の翳に、街中のタワーマンションの直線に現われ、日々の生活の平凡な光景の中でも浮かび上がってくる。 無駄が排除されて簡潔になればわかりやすくなる。わかりやすさは美の感知にとって欠かすことができない。「美しきものはすべてシンプルである」とは決して断言できないが、「シンプルな美しさ」なら身近に感じることができるし、迷ったらひとまずシンプルにしておくというのは一つの知恵になるだろう。

表現品性とユーモア

以前紹介したが、『増補版 誤植読本』(高橋輝次編著)という本がある。錚々たる書き手による誤植のエピソードをまとめたもの。竹内寛子の「誤字」という一文が印象に残っている。誤植は作者の非ではなく、製版や印刷過程で生じるミスプリント。対して、誤字は原稿時点での作者の間違い。竹内は言う、「間違い方にも人は出る。よきにつけ、あしきにつけ、人と離れようのないのが文字遣いであり、言葉遣いである」と。

ことばのミスを完全に避けることはできない。絶対にしてはいけないと気を引き締めていてもミスの罠はあちこちに仕掛けられている。しかし、「間違い方にも人は出る」と指摘されると心中穏やかではない。悪気はなく、舌が軽く滑っただけなのに、失言に人柄や品性が出てしまう。下品が失言すると下品になり、上品は失言しても何とか品を保つ。

ネット上で注目された56年前の投稿を思い出す。文中に散りばめられた強烈なことば遣いの数々。「保育園落ちた 日本死ね」「一億総活躍社会じゃねーのかよ」「何が少子化だよクソ」「子供産むやつなんかいねーよ」「そんなムシのいい話あるかよボケ」……。

違和感のある表現が、このようにほざくしかなかった事情の前に立ちはだかる。事情がどうであれ、「死ね」「じゃねーのかよ」「クソ」「ボケ」などのことばを多用する者をぼくは原則信用しないことにしている。こうした表現をギャグとして使うお笑い芸人もいるが、芸もたかが知れている。上品がつねにいいとは言わないが、下品はつねによくない。ほどよい品性を下地にしてこその批評であり喜劇なのである。


周囲に目配りも気配りもせず、車内の優先座席で座って知らん顔している高校生にいきなり罵言を吐き怒号を浴びせた高齢の男性がいた。正義感に火が付いての言動だったが、下品に過ぎた。高校生のマナー違反の現象が小さく見えてしまい、高齢者の正義感を誰も支持しなかった。「じいちゃんの言う通りだ」と共感した乗客はほとんどいなかった。

「保育園落ちた」にも「座席ポリス」にも共感者はいる。自分勝手にテンションを上げていると感じるから、ぼくにはどちらも後味が悪く、苦笑いすらできない。読んだり居合わせたりするこっちの顔が引きつるばかりである。英語スピーチ術の定番の教え、It’s not what you say, but how you say it.”は「何を言うかではなく、どのように言うかである」という意味だ。表現の質は意見の妥当性よりも重要である。

うまそうな肉を焼いたのに、乗せた皿が悪かった。主張に引き込もうとしたのに、そんな言い方はないだろうといさめられる。とは言え、表現品性を高めるのも容易ではない。しかし、ミスにしても批評にしてもほんの少しユーモアの色味を足せば、何とかなるのではないか。

神がいないばかりではない。もっとひどいことに、週末にブリキ職人に来てもらうこともできない。

「神がいないこと」を下品に言うと大変なことになるが、ブリキ職人を登場させるだけで愉快な批評になる。これはウッディ・アレンのことば。怒鳴っていないし、いきり立っていない。