年賀状のほとんどすべてが、ろくに目も通されずにはがきホルダーに収められるか、輪ゴムか何かで束ねられてどこかにしまいこまれるのだろう。そして年末になって、住所録の更新や新年の年賀状を出す際に引っ張り出されるのだろう。それでもなお、その一年ぶりの再会の折りにきらっと輝く文章に目が止まったりもする。一年後などと言わず、今年の賀状からちょっといいメッセージを拾ってみた。
Aさん(男性、東京)
「どんな決断に際しても、最善は正しいことをすること、次善は間違ったことをすること。そして最悪は何もしないことである」。
米国26代大統領セオドア・ルーズベルトのことばを英和併記で書いてある。
Fさん(女性、大阪)
「この歳になってからの大学の学びはとっても興味深くおもしろいです」。
ふつうのことばだが、多忙な仕事人なのに五十歳を越えての勉強はえらい。
Hさん(男性、大阪)
「超不況という大きな河の流れには逆らえず、21年間使い慣れた広い事務所から安価な家賃のワンルームに移転しました」。
親友の一人だが、なかなかここまで率直に吐露できるものではない。
Kさん(男性、大阪)
「何ものにも打ち勝てるものは、ただ頑張りと決断力だけである」。
これも米国大統領のことば。ぼくは頑張り主義者ではないのだけれど、ダメなやつを見ていると「その通り!」と思う。
別のKさん(男性、大阪)
「やりたいこと やりましょ」。
やりたいことが十分にできていないぼくへの励ましのように書いてあるが、実は自分に言い聞かせていると思われる。
Kさん(女性、大阪)
「三適合一為」。
「三(身と足と心)の適、合して一と為る」という意味。白居易のことばだ。
Nさん(男性、滋賀)
「ユーモアセンス、なかなか光りません」。
ものすごいいい人なのだが、笑いがすべる人である。二年ほど前にボケとツッコミの極意とすべらない話のコツを教えてあげたのだが、未だにうまくいかない様子らしい。
Oさん(男性、栃木)
「先生と又、ゲテモノを食べるのが夢です」。
十年ほど前に大阪で美味な馬の刺身やレバーを一緒に食べたのだが、この人にとってあの高級食材はゲテモノだったのだろうか。
Tさん(男性、京都)
「明るい、意志、運、縁、大きな夢」。
五つのフレーズの頭文字が「あいうえお」なんだそうである(意地悪く言えば、それがどうした? なのだが)。この人、五十を越えているのだが、少年のように純粋な性格の持主である。
別のTさん(男性、福岡)
「ITで24時間連絡が取れるようになりましたが、じかに会って話をすると得るものが全然違います」。
何年間もつらい日々を過ごした彼だが、久しぶりに大阪で会ったらとても元気になっていた。
Wさん(男性、大阪)
「フランス語の勉強は進んでますか? フランスへの旅ではどこに行きましたか?」
フランス語で書いてあった。二十代前半に在籍していた語学研究所時代の元同僚で、フランス語のスペシャリストである。
Yさん(女性、京都)
「魔法のランプから出てきた ほがらかカードです」。
絵柄といっしょに読めば少しはわかるが、だいたいこの人はメルヘン系の異能人アーティストなので、どこかで「飛ぶ」。
Yさん(男性、香川)
「(……)美を犯す者は、美によって滅亡させられる。グラナダの夜、私は夢の中で、ライオンの咆哮を聞いた。いや、それはアルハンブラ宮殿を追われるイスラムの公達の嘆きの声だったかもしれない。 ―スペイン・グラナダにて」。
毎年最上の文章を綴るのは一回り年上のYさん。全14行のうち前の10行を省略したのをお許し願いたい。
文章の一言一句に注視して吟味することはできないが、縁あって出合った人が選んだり書いたりしたメッセージにも縁があるに違いない。安易に見過ごさないよう心しておこう。