秋のそぞろ歩き

知人の大阪出張の折りに見所を尋ねられて、「強く勧めるわけではないが、ひとまず大阪城」などと無責任に答えることが多かった。「大阪人は大阪城に行かないですけどね」などと、確たる根拠のないことを付け足すこともあった。

他の大阪在住者に当てはまるかどうかは知らないが、自分に関してはそうだった。おそらく半世紀で天守閣には三回しか上っていない。そのうち一回は幼少の頃、もう一回はアメリカ人のアテンド。自分の意思で城へ出掛けたのはわずかに一度きりである。

オフィスの立地は大阪城の大手門まで徒歩約10分。十数年前に職住近接を望んで、オフィスまで歩ける場所に引っ越してきた。オフィスと大阪城と自宅は二等辺三角形の位置関係にある。自宅からはオフィスへも大手門へも123分で歩ける。こんな近くに住めば、いつでも行けるから、余計に行かなくなるだろうと思っていた。しかし、そうはならなかった。


今年の春から11月下旬まで、重要文化財に指定されている多聞櫓たもんやぐら千貫櫓せんがんやぐら焔硝蔵えんしょうぐらの内部が公開されている。一昨年に公開された折りに、内部をすべてじっくり見学したので、今年は行かない。この他に消失した櫓や蔵がいくつかあるが、六番櫓は今も当時のまま遺っている。この櫓の外観を眺望できる地点は大手門よりもさらに自宅に近く、そぞろ歩きにちょうどよい。気が向けば、そこから大手門に回って天守閣を目指すこともある。ゆっくり歩いて往復小一時間ほど。

今では来訪者に大阪城見学を勧めるが、天守閣ではなく水を湛える堀際がイチオシである。特に六番櫓が建つあたりは、石垣と青緑がかった水と樹々の構図が美しい。ほどよい陽射しの日には石垣が水の上に浮かんで見える時間帯がある。

ロングショットで見ると大阪ビジネスパークのビル群が見えるが、現代が視野に入り込んで邪魔になることはない。むしろ遺産を引き立ててくれて、不思議な視覚的演出効果が生まれる。わざわざ遠くへ出掛けることもない。秋のそぞろ歩きは近場で十分堪能できてしまう。