やればできる??

味も素っ気もなく夢も希望もないことを書くが、「やればできる」などと根拠なく自他ともに励ますのはやめたほうがいい。「できないことは、やってもできない」のほうがずっと確かなのである。やってもできなかった件数はやってできた件数を圧倒的に凌ぐ。経験的に自信をもって証言できる。

「できる」とは諸々の資質、努力、能力の絶妙な組合せの結果である。いま「諸々の」と書いたように、「できる」に到った要因を、または要因の組み合わせ方を特定することはほとんど不可能だ。成功の秘訣や鉄則などについて書かれたハウツー本は後を絶たないが、秘訣や鉄則が理解できて誰もが真似できるとするならば、そういう類いのことをもはや「できる」などとは言わない。「歯を磨くことができる」などと大人が自慢したら滑稽ではないか。その行為に「できる」の出番はない。大人はただ「歯を磨く」にすぎない。

意を注ぐべきは「できないこと」のほうだ。いま、自分は「できること」を目指して何々をしている……けれども、意に反して、うまくできない。この時のできないという自覚と原因の分析が「できる」へのヒントになる。できることへの熱っぽさに比べて、できない理由を明らかにしようという思いは冷たい。ただやみくもに試行錯誤するだけではいかんともしがたい。やがて、できそうもないことを薄々感じ始めると、できない理由を探ることもなく、「実は、これはできなくてもよかったのさ」と自分を納得させて幕を引くことになる。


誰がやってもできることに目を見張るような価値はない。めったにできないからこそ「やれば」という仮定が成り立つ。たとえば企画を志す人たちに断片的なことでもいいから日々書きなさいと助言する。読み聞きしたこと、考えたことをノートに書くのに才能はいらない。しかし、継続の難しい習慣的行為である。だから、啓発にあたって一度も「やればできる」などとぼくは言わない。試みてもそう簡単にできないことを知っているからだ。三日間ならできるかもしれない。しかし、一ヵ月、三ヵ月と続けるのは百人中二、三人いるかいないかだ。対象が何事であれ、「やればできる」と鼓舞する側に根拠らしきものはなく、たいていの場合、から元気な励ましで終わる。事の難しさをよくわきまえて「やっても容易にできるものではないが……」と補足しておくのが良心というものだろう。

元々「やればできる」にはできるという意味合いは乏しい。できるという確信があれば、わざわざ「やれば」という仮定をすることもない。できることよりも、実は、「やれば」の「やる」のほうに意味がある。「やれば」には、めったにやり遂げられない困難さが前提されているのである。困難なものを「できる」というのはある種の欺瞞ではないか。かつて著名な占い師が「努力すれば金メダル」と選手に告げた。やればできると同じ構造である。但し、この占いは絶対に的中する。もし金メダルを獲得したら努力をしたからであり、金メダルを逃したら努力が足りなかったからという理屈がつく仕掛けだ。努力の度合については言及されず、できる・できないに焦点を当てている。

宝くじのことを考えてみればよくわかるはずだ。買わなければ当たらない。つまり、当たるためには買わねばならない。しかし、「買えば当たる」の何と心細いことか。やらなければできない。できるためにはやらねばならない。ここまではいいが、この先の「やればできる」に無理があることがわかる。論理を飛躍させること、いや、もっと言えば、あまりにも現実味のないことをスローガンにして自慰するのはやめよう。もちろん恣意的に偶発的にできることはある。やらなくてもできることが稀にあるだろう。しかし、やってもできないことの蓋然性の高さを心得ておくべきである。

できる・できないの結果にこだわることをやめた瞬間、「やれば」のほうが意味を持ち始める。励みとすべきは、「星に手を差し伸べても、一つだって首尾よく手に入れることなどできそうもない。だが、一握りの泥にまみれることもないだろう」というレオ・バーネットの至言である。

肯定と否定をめぐって

毎年2月に神戸で開催される全国ディベート大会に関わってから今年で8年目になる。この大会は「防災・社会貢献」に関する論題に特化していて、高校生、大学生、社会人がオープンで議論を競う。ぼくのディベートキャリアはまもなく47年。ディベートの研究者でもないしディベートで生計を立てているわけでもないが、現場での指導と審査にはかなりエネルギーを注いできた。〈関西ディベート交流協会〉という非営利組織を立ち上げて活動してからもまもなく28年になる。にもかかわらず、論題の証明・反証の方法について、議論の優劣判断について、まだよくわからない。深いからではなく、議論が生き物であるため理想の定型が見えないからである。

論題というのはテーマだ。テーマだが、「~について」という形式で記述しない。変革の方向性――または価値の大小――をあらかじめ示す。たとえば「わが社は毎朝掃除をすべきである」という具合に。すでに毎朝掃除をしているなら、わざわざこの論題を議論するには及ばない。掃除をしていない、あるいは、掃除をしていても毎朝ではないという現状があるから、それを変えようと提案するわけである。論題にはすでに「一つの答え」が書かれる。その答えの是非を問う。

論題を肯定する、だからその妥当性を立証しなければならない。この立証に対して否定が生じる。この肯定と否定の立場がディベートの論題をめぐる関係図式になる。しかし、先の論題「わが社は毎朝掃除をすべきである」の例で言えば、毎朝掃除をしていない現状があり、それが望ましくないからこそ論題が生まれたのである。「今のままでよい、何も変えなくてもいい」という立場を「推定」という。疑わしきは罰せずを意味する〈推定無罪〉という術語が示す通り、誰も異論を出さなければ、あるいは単に疑わしいと言うだけで問題を立証できなければ、変革などいらないという立場である。実は、この立場が本来テーゼなのだ。これに対するアンチテーゼが論題であり、論題の肯定ということになる。


現状の政策は、かつて別の旧政策だった〈テーゼ〉に対する新しい政策としての〈アンチテーゼ〉であった。しかし、月日が経てばどんな政策も陳腐化し問題を孕むようになる。安住のせいか怠慢のせいか知らないが、惰性のように維持されて今に到る。ここにおいて、かつてのアンチテーゼが検証のまな板に載せられてテーゼと見なされる。そして、このテーゼに対する変革案が論題で謳われ、それを肯定する立場が新たなアンチテーゼとなる。このアンチテーゼが立証されると、テーゼは覆される。覆されてはなるものかとアンチテーゼを検証し反論する。これがテーゼによるアンチテーゼの否定である。ややこしい話のように見えるが、これが弁証法の出発点になっている。

二律背反の論題を一方が肯定し、他方が否定する。いずれの言い分にも理があると思っても、両方は同時に成り立たない。だから、教育ディベートの審査では議論の優勢な者に軍配を上げる。客観的な証拠と説得力のある論拠が優劣を分ける。教育ディベートでは、論題を肯定する側に立つか否定する側に立つかは自分で決められない。コイントスで決まる。個人的に論題を支持していても、50パーセントの確率で否定する側に回る。したがって、主観的な思いを棚上げして、客観的かつ虚心坦懐に論題に向き合い、「相反する命題のいずれをも証明できなければならない」というアリストテレスの教えを実践することになる。

「肯定は立証責任を負うから大変だが、否定はただ反論していればいいから楽だ」などと言われた議論未熟な時代があったのは確かである。しかし、教育ディベートと異なる実社会の議論は必ずしもそうではない。論者は自分の価値観を引きずる。虚心坦懐の心得が難しいのだ。裏付ける証拠が客観的であっても、論拠や理由づけに主観が入り込む。この傾向は、否定言論よりも肯定言論において顕著になる。たとえばお気に入りのスポーツチームが勝つだろうという推論は我田引水になりがちだ。人間には「ひいき」に対して先入観を優先し、疑いを挟まない傾向があるのだ。

論理的かつ分析的な技術を身に付けるには否定することを覚えなければならない。少々自論が甘くても精度の高い否定検証ができれば、テーゼの質を高める作用が働く。別に二者間でなければできないことではない。いや、むしろ一人の人間においてこのような弁証法的思考を身に付けることに議論の意義がある。

木を見る

「木を見て森を見ず」。物事の一部にばかり気を取られると全体が見えなくなるという戒め。早とちりしてはいけない。木を見るなと言っていないし、先に森を見ろとも言っていない。この成句は「木も森も見ておこう」と無難に教えているのである。

木は部分・局所・細部の比喩である。対して、森は大局を意味している。全体を見据えて状況や成り行きを理解し判断するのを「大局観」という。もちろん大局観は身につけたい。しかし、先験的に大局観に恵まれることなど不可能だ。通常、ぼくたちに森が見えることはないし、それで特にまずくなることもない。もし森を見ようとして森深く入り込めば、逆に森が見えなくなる。目の前に樹木の群生は見えるだろう。しかし、それは森の全体ではない。一本一本の木の、いくばくかの集合にすぎない。

ドローン目線で森を俯瞰できたとしても、ぼくたちは環境や生態を判断する材料を持ち合わせていない。せいぜい「鬱蒼うっそうとしている」とか「緑が深い」と感嘆する程度だろう。森が見えずとも、ひとまず目の前の一本の木を見ることに勉め、そのことに満足することから始めるしかないようである。木だけを見ていると森は見えないぞと戒められたが、木を見ることは森を想像できる可能性に開かれている。


昨年暮れに自宅周辺を歩き、力感的な一木いちぼくに出合った。由緒ある神社の樹齢数百年を数える楠と比較すれば見劣りする。見上げなければならないほどの巨木ではないが、数ある樹木の中で自生の造形美が目を引いた。ほとばしる生命力を感じたのは、自分が体調不良だったせいかもしれない。

「強くて逞しい木を見ると抱きつきたくなるのです」と言った女性がいた。幹の胴の一部にしか手を回せないが、それでもエネルギーが十分に伝わってくるのだそうだ。木は気に通じる力を宿すということか。どんな木でもいいわけでもなく、神木でも気に通じないことがあるという。木の枝ぶりや全体の形との相性みたいなものがあるに違いない。

「谺」という漢字がある。「こだま」と読む。こだまは谷間に響く音や声だが、昔は濁らずに「こたま」と呼ばれていたという。「木魂」や「樹神」という字も当てられていたようだ。見慣れているのは「木霊」。いずれも樹木に宿る精霊の表現だという(中村幸弘『読みもの 日本語辞典』)。ピピッとひらめいた木に抱きつく癖があったあの女性は妖精の存在も信じていた。木の精霊を感知することくらい朝飯前だったのだろう。

一本の木が伝えているものを感じ、そこから様々に思いを馳せていれば、やがて大局が見えるかもしれない。木と森の両方を見失うよりは、ひとまず一本の木に関心を払えることを喜びとしておく。繰り返しになるが、木と森は人の見方・生き方の比喩である。

屈折をめぐって

屈折した心とはどんな感じなのだろう。真っ直ぐであることが普通だとしたら、屈折はひねくれていることなのか。では、真っ直ぐな――あるいは純粋な――心というのは明快に規定されているのか。たとえば、ピカソの絵を見て「素晴らしい」と感嘆することが真っ直ぐな心で、「わけがわからん」と感想を漏らすのが屈折した心というように。これでは感嘆以外の意見に出る幕がなくなってしまう。わけがわからんというのも一つの真っ直ぐな心の表われであるはずだが、素晴らしいと褒めそやす大勢が居合わせる場でそんなことを言う人間は屈折しているように見られる。

誰にとっても美しく見えるものがあるとしよう。だからと言って、みんなが異口同音に美しいと評すべきことにはならない。そう感じた上で、美しいと形容することに納得しなくてもいいではないか。美しいではなく、「まあ、どこにでもあるけれどね」と言っても心が屈折しているとも思えない。ひねくれてもいないし、アマノジャクでもない。ただ、大勢と表現が異なっているに過ぎない。何事も賞賛対批判、多数対少数という二項対立の構図で仕切るほうが、むしろ屈折しているという見方も成り立つ。


美しい花を見て「美しい」と言い、青い空を見上げて「青い」と言うのが真っ直ぐな心の表われだとしても、美しいや青いで済ませているのはある種の怠慢、あるいは対象とことばの馴れ合いではないのかと疑義を呈してみる。すると、「そう思うのはきみの屈折した心ゆえだ」と言われる。「そうかもしれない」と頷けば真っ直ぐだと認められ、意地を張って「いや、そんなことはない」と反発すれば、ほらやっぱりひねくれ者だという烙印を押される。しかし(と再び屈折してみせれば)、眼前の特定の花を何にでも形容できる「美しい」で片付け、今見上げているこの場この時の空を万能の「青い」で済ますことに躊躇する。

「きみ、素直に美しいものを美しい、おいしいものをおいしいと言っておくほうが、世の中は楽に生きられるよ」。こんなふうに諭されたこと数知れず。そして、そのたびに、そうかもしれない、いやそんなことはないと葛藤してきた。楽に生きようと素直に思った時はそうかもしれないと処世術を用い、別に楽にならなくてもいいと思った時はそんなことはないと強がった。しかし、美しいや青いでいいだろうと思う時点で真っ直ぐであり、次いで、美しいや青いでは物足りないから別の言い方をする時点で屈折だとされることに不条理を見る。不条理などと言えば、これはまた屈折ということになりそうだ。

「屈折をめぐって」などと構えたが、話は簡単である。真っ直ぐだけではつまらないのである。一昨日の焼肉と昨日の魚の煮付けに同じ「おいしい」というラベルを貼ることはできる。しかし、何かを怠っているような気がして不愉快になる。真っ直ぐなほうが楽だよと言われても、この歳になって今さらドキッとしない。なぜなら、屈折していても――決して楽ではなかったが――愉快に生きてこれたからだ。いつも「おいしい、美しい、青い」で場しのぎする人たちとも一応の共生はできている。屈折していても、独尊や孤高になるわけではない。真っ直ぐも個性なら屈折も個性である。憎たらしいほど屈折した若者に対して、最近やっと寛容に振る舞えるようになった。いや、リスペクトさえしていることに気づく。

議論嫌い

ABかという選択があり、集団内でABに意見が分かれ、しかもABは同時に成り立たず、いずれかに決めなければならない。こんな状況は日常茶飯事。集団としてどちらにするか議論する必要が生まれる。しかし、案外議論という意思決定の方法に出番はなく、たいていは別のやり方で決着がつく。

➊力学決着
長いものに巻かれたり無難に大樹に寄り添ったり。あるいは長幼の序に随うというのもある。つまり、年配者や上司の顔を立てるわけだ。意に反しているなら涙を呑むことになる。

➋自然応接
平行線のまま様子を窺い、どちらからともなく歩み寄る。これは時間経過に解決させる方法である。特段の考えも策もないけれど「何とかなるだろう」という甘い見込みに期待している。

➌黙殺放置
見解の相違とか温度差があると言って知らん顔する。ノーコメントを基本とするのだが、合意形成を図るつもりはなく、ホンネは排他・拒絶にある。すでに水面下では嫌悪なムードになっている。

➍一触即発
やっぱり言わねばならない。ノーはノーであると、かなり時間が経ってから決断する。一事が万事の危うさが漂う。対立が明らかになり自爆覚悟で衝突し、やがて決裂する。居残った側の意見に収まって手打ちとなる。

これら➊~➍は利害関係が対立する異種集団間の交渉場面ではよく見られる。交渉では何でもありだから。しかし、一集団内での意見調整としてはいずれも好ましい方法とは言えない。したがって、五番目のオプションとして早期軽打〉という方法に踏み込むしかない。意見は早めに言い、深刻な対立を招く前に軽く議論を交わすということだ。長年ディベートを指導してきたが、ぼくのディベート観は世間のそれとはだいぶ違う。ディベートをヘビー級のような打ち合いと見ていない。仲間どうしで議論をして後味が悪くなっては意味がないからだ。異種意見によく耳を傾け、必要に応じてさらりとクールかつ率直に意見を言うのがよい。ここで言う意見とは、ある種の提案である。


議論の目的は、たとえば二者択一の岐路に立つ時に、選択の判断材料を増やす点にある。いくらよく考えたからと言っても、一人では材料が偏っているし、集団の利よりも個の利を優先的に考える癖が出る。そこで、A(またはB)の選択を促す材料以外にB(またはA)を支持する材料を知っておく。なぜ議論するのか。ABに、BAに変わる可能性があるからだ。たった一つの材料で自論を支えてきた材料が揺らぐことがある。もし、変化の余地がまったくないのなら、議論の必要性はなく、誰も歓迎しない、不器用な➊~➍の手段に頼るしかない。

議論嫌いな人にはいくつかのタイプがある。根っから嫌いな人。嫌いではないが、負けそうな相手とは議論しない人。議論などするよりも「まあ、そうムキにならずに……」と泰然と構える人(実は議論嫌い)。一見議論好きに見えるが、義務としてやむなくやり過ごしているだけで、実は隠れ議論嫌いである人。経験上、議論嫌いは議論に対して肩肘張って構えてしまう。そうではない。挨拶みたいなものなのである。集団に身を寄せているのなら、議論を拒否し輪に加わらないのは挨拶をしないのと同じだ。意見を言わない(逆に、意見にこだわる)のは選択権放棄に等しい。現在のテーゼよりも集団にとって利と理のあるアンチテーゼは常にある。そのことに気づいているのなら、反発に怯えずに自論を開示してみる。自分を生きたいという理想があるなら、議論を嫌っている場合ではない。

今書いたように、議論の前提に「テーゼに対するアンチテーゼ」という立場がある。考えが似通った同質性の高い集団では意見が画一化する。誰もノーと言わず、既存のシステムに対して別のオプションを提示しない。何も始まらないし、進化も望めない。実際のところ、意見が同じでも細部の解釈や拠り所とする論拠は違っているものだ。大同小異は似たり寄ったりと言われるが、大雑把に大同に束ねるのではなく、まず小異に目を向けてみる。そこに拮抗するイエス・ノーがあれば、活発な議論をしてみるべきだろう。それを経てこその大同なのである。

多様性の時代とは「議論ノルマの時代」でもある。そして、議論の機会があり、議論に加われるということは、その集団においてかけがえのない自分が存在する証なのである。

観察とトリミング

しばし立ち止まって物事に目を凝らすこと、街角に目を向けること、人や車の動きに注視すること。考えることに先立つのが観察である。観察して初めて着眼点が見つかり、そして考えるようになる。よく観察しなければ考えることは浅く狭い。

目の前の「現実」を認識する。どこを切り取って現実と呼ぶのかは人それぞれである。現実を観察すると言うものの、あるがままの現実と観察による表象との間には誤差があり、自分と他人との表象にも相違がある。観察は客観性と結び付くように思われがちだが、実はそうではない。観察の時点ですでに主観や個性が観察対象に介入している。観察して何かを観測したとしよう。そこで得られるデータはすでに観測者の存在によって一定ではなくなっている。十人の観測者は十色の見方をする。

写真画面の一部を省いて構図を整えることや縁取りすることをトリミングという。トリミングにかくあらねばならないというルールも法則もないから、主観が反映される。同時に、観察がアレンジされることになる。写真のトリミングという行為は切り取りによってある対象を拾っているが、他方、切り取った以外の背景の図を捨てている。あるものを拾って別のものを捨てるという点で、対象に対して主観的な抽象と捨象がおこなわれているのである。


パリのオペラ座の衣装展示室から窓外をじっと眺めたことがある。窓枠に填め込まれたような光景を雑念もなく虚心坦懐に眺めたつもりだが、この時すでに現前しているオペラ座前の通りと建物の構図は、別の窓から覗くのとは異なっている。「オペラ座前の通り」と呼べば、それはぼくの見える主観的な光景にほかならない。

次いで、ポケットからデジタルカメラを取り出して撮影する。この時点で撮影者であるぼくは「ある全体」からお気に入りの対象を切り取っている。カメラによる撮影は観察である。そして、観察自体がトリミングという行為になっている。

撮影した写真をさらにトリミングする。実際は縦に長い構図であったが、下段に写り込んでいる、ぼくにとって余分な対象を捨てた。撮影前に窓を選び、撮影後に切り取った。つまり、二度トリミングしたのである。いや、もっと言えば、別の建物から眺めて「オペラ座前の通り」と呼ぶ選択肢もあった。そう、オペラ座に入館したことがすでにトリミングだった。さらに遡れば、パリへの旅を決めて別の街への旅を諦めたこともトリミングではなかったか。

きれいな花の写真がある。現実はそのすぐそばにゴミ箱があったかもしれない。何かが拾われ何かが捨てられる。トリミングは写真撮影の専売特許ではない。今こうして文章を書く作業もトリミングの連続である。「書きたいことのすべて」があるとして、全体のうち限られた表現によって限られた一部を綴り、一部の文章を編集する。ぼくの思いを「現実」だとすれば、ここに並ぶ文章群は「現実を変形させた観察結果」と言うほかない。観察には個人的な事情が含まれる。それは抽象と捨象がせめぎ合うトリミング行為なのである。

恣意的な分節

気象庁によれば、今年は秋が短かったそうだ。職員全員が肌身で感じたはずもなく、あくまでも数字上の判断に違いない。10月上旬までは夏を引きずるような余熱があり、10月下旬に冬を予感させる兆しが観測された。風土の四季を誇らしく思うのが日本人。しかし、不幸にして、今年は秋を存分に堪能できなかったことになる。夏から冬へと気候は急変した。何とも慌ただしい話である。

急変はデジタル的である。デジタルは「01」、変化前と変化後の中間がない。あやもない。瞬時に切れ目が入る。急変、一変、豹変、激変など、いずれの表現にもゆるやかな時間の経過は実感できない。ある季節がゆるやかにフェードアウトし、別の季節がゆるやかにフェードインしてこその四季である。消えるほうと現れるほうとの境界に「ゆらぎ」が生まれ重なり合う。途切れのない時の流れを認識するために、春、夏、秋、冬というラベルを付けた。しかし、あまりにもゆるやかなので、この風土ではさらにラベルを細分化した。二十四節気という分節である。アナログ的変化の便宜上の微分と言っていい。

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分節せずに「木」と呼ぶだけでもよかった。しかし、木は木という一つの概念だけに留まらず、根、幹、枝、小枝、葉と部分に分けられた。厳密に言えば、もっと細かいラベルが付いている。人は自分を取り巻く世界の諸々に便宜上の境界を想定する。ラベルはことばだ。モノを分けたのではなく、ことばで分節して理解しているのである。

その時々の思いつきで自然や時間や概念を細かく分けた。分節は風土や文化圏の中で恣意的におこなわれた。最初に普遍的な法則ありきならば、分節のしかたやことばのラベルは風土や文化をまたいで共通のはずである。しかし、言語が違い、それぞれの言語で指し示す対象の間にズレが生まれた。


「雪」という大きな概念だけで十分に伝え合うことができる砂漠の風土文化がある一方で、初雪、白雪、細雪、残雪、粉雪、ぼたん雪などと何十もの小さなラベルを付けないと気が済まないわが風土文化がある。イヌイットの雪のラベルはさらに細かく分節されているという。

先日、回転ずしに行った。外国人で賑わっていた。目の前を流れる皿と皿の間に立て札があり、そこに“Yellow Tail”の文字を見つけた。イエローテイル(黄色い尻尾)に併記されている日本語は「ハマチ」。英語が分かるとして、はたしてどれだけの人が現物のハマチを連想できるだろうか。ハマチは出世魚の家系である。ツバス→ハマチ→メジロ→ブリと出世する(関東ではワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ)。釣りマニアだった父などは見事に判別していた。いや、経験によって魚の大きさと魚名を照合することができたと言うべきか。

ちなみに、出世魚などという概念はわが国に固有である。そんな概念がない文化圏の人々に伝えようとすれば、“fish that are called by different names as they grow old”と苦し紛れの英語で説明をすることになる。直訳すると、「成長にともなって異なった名称で呼ばれる魚」。一部の外国人は、「ハマチ」ではなく、「成長にともなって異なった名称で呼ばれる黄色い尻尾の魚」を食べさせられることになる。分節は風土文化圏ごとに編み出される大きな概念の小分け作業であり、ことばによるラベル化にほかならない。そして恣意的であるがゆえに、なぜそうなったのかを分析することはほとんど不可能なのである。

よい問いがよい答えを導く

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『反対尋問』(ウェルマン著)という名著がある。原書は1903年の発行。わが国で翻訳された初版は1979年に出ている。一度ディベートから遠ざかっていた頃に偶然手にした。1990年代に入ってディベート指導の依頼が一気に増え、何度か読み返した。ぼくが主宰するディベート交流協会のメンバーがこの本に興味を持ったが、すでに絶版になっていたらしい。貴重な一冊だったわけで、ひっきりなしに貸してほしいということになった。そのせいでかなり表紙は傷んでいる。

法廷で実際におこなわれた反対尋問例と弁護士である著者のノウハウが紹介されている。スリルとサスペンスのほどはどんな推理小説もかなわない。文庫本ながら600ページを超える大書だが、一度読み始めるとなかなか本を閉じることはできない。問うことと答えることの意味と機能についてこの本から大いに学んだのである。言うまでもなく、生活や仕事の場面で反対尋問そのものの出番はめったにない。それでも、ぼくなりにヒントを得た。それは自問自答に通じるということだ。「よき問いはよき答えを導く」、つまり、上手に問うことが上手に考えることにつながることを知った。

さて、久々にお粗末なものを見せてもらった。先週の東京都議会定例会の本会議での代表質問の場面がそれだ。この種の質問は事前通告が慣例とされる。代表質問する都議はあらかじめ都知事に「こんなことを聞きますよ」と伝え、都知事は担当部門に回答文を用意させるのである。裁判の反対尋問の一発勝負・即興性からすれば、ある種の出来レースではある。それはともかく、自民党の都議は慣例を破って非通告の質問をおこなった。小池知事はしどろもどろになった。予期せぬ質問にもスマートに答えて欲しいところだが、大いに同情の余地はある。なにしろ、質問が28という驚きの数だったのだ。


ディベートになじんできたぼくなどは、質疑応答や反対尋問は、ある程度の準備をするにしても、いったん始まれば即興のやりとりになることを心得ている。だから、慣習を破った今回の非通知質問それ自体に異議はない。質問数28の非常識には呆れるが、問題の本質はそこにもない。知事は9問しか答えられなかったらしいが、これも大したことではない。もし全問に答えたとしても残る問題がある。世の中に十把一からげのような28の質問を記憶できる者がいるのか。どこの誰が、それぞれの質問に対する28の応答を正確に照合できるというのか。質問してそのつど答えるという一問一答をしなかった点こそが問題であり、大罪なのである。

当事者間だけの質疑応答ならまだしも、場所は議会である。どの質問とどの応答が対応しているのかを的確に都民に伝えるのも説明責任の一つになる。お名前は? 住所は? 職業は? というやさしい3問なら答えと照合できる。しかし、取り上げる話はもっとゆゆしく複雑なのだ。複数の問いをまとめて投げ掛けるとはどういうことか。もし問いの順番に意味があるのなら、誰も一括質問などしない。一問ずつするはずである。もし順番に意味はなく、単に複数質問しただけなら、答える側は律儀に順番通り対応することもない。答えやすい質問から答え始めれば済む。

一問一答で質疑をおこなえば、前の問い・前の問いへの答えが次の問い・答えとつながる。臨機応変の流れになる。仮に準備をしていたとしても、想定通りにはいかない。やりとりは即興のライブの様相を呈する。矛盾も露呈されるだろうし、隠れていた事実が見えてくるだろう。それでも、形式的な質疑応答などよりは傍聴者にもわかりやすく、何よりも緊張感が高まるのである。一問一答だからこそ当面のやりとりに集中できる。複数質問の後に複数の回答などというのはぬるま湯だ。おまけに事前通知であれば、真剣勝負になるはずがない。

前掲書にリンカーン大統領が弁護士時代におこなった反対尋問が紹介されている。証言者の偽証を暴く場面である。この本に先立って、ぼくは別の本でそのくだりを原文で読んでいた。『問いの技術』と題されたセミナー用に、付帯状況を簡略化した上で脚色して訳した文章が残っている。実際とはかなりかけ離れているが、一問一答の凄みと効果がわかるはずである。

Q あなたは被告人がドアから飛び出して逃げていくのを見たのですね?
A はい。たしかに見ました。
Q あなたは被告人とは親しく、彼の顔はもちろん、背格好も立ち居振る舞いもわかっておられる。そうですね?
A そうです。
Q あなたは庭の木陰からその場面を見たとおっしゃった。間違いないですね?
A その通りです。
Q 部屋の明かりはついていましたか?
A いいえ、消えていました。
Q そうでしょう。ふつう犯罪者は事に及ぶときは明かりを消しますからね。では街灯は? 点いていましたか?
A 街灯はあの家にはありませんよ。
Q ほう、よくご存じで。ところで、一番近い木陰でもドア付近まで二十メートルの距離はありますよ。
A 測ったことがないので、私にはわかりません。でも、私は数十メートル先にいる牛の違いだってわかるほど視力には自信があります。
Q なるほど。しかし、それは昼の話ですな。夜だと話は別でしょう。部屋の明かりも街灯もなかったわけですから。
A 月明かりですよ。月の明かりがしっかり被告人の顔を映し出していました。
Q 二十メートルの距離で月明かりですか。たしかにあなたのような視力のいい人なら見えるかもしれませんな。
A ええ、見えますとも。
Q もう一度確認しますが、あなたが目撃したのは昨年×月×日の午後九時。たしかそう証言されましたね?
A 間違いありません。
Q (一冊の本を取り上げ、証人に見せながら) これは何だかご存じですか?
A 年鑑のようですが……。
Q おっしゃる通り。この昨年の年鑑の×月×日のところに天気の情報が記載されているのです。「×月×日午後九時、月は欠けており、闇夜だった」とね。
A ……
Q 以上で、反対尋問を終わります。

苦楽同居説

「いちず」だの「一意専心」だのと言っても、したいことやしなければならないことを一つに絞るのは凡人には容易でない。仮に一つに絞れたとしよう。それでも、相容れない二つの要素の葛藤がありうる。それらを「両立」させようとする。しかし、そもそも両立ということばに出番がある間は成就への道は遠い。仕事と家庭、趣味と仕事……最近はやりのことばを引き合いに出せば「ワーク・ライフ・バランス」だが、調和を目指そうとする時点でワークとライフが元々調和しにくいことを認めていることになりはしないか。

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「楽は苦の種」「苦は楽の種」という。もし因果関係だけを説いているのだとしたら、矛盾をはらむことになる。今日楽ばかりすると明日に苦労が増える、だから今日苦労しておけば明日は楽になれる。こんなふうに解釈すると、今日楽をしたら明日は苦しむが、明日苦しむので明後日は楽になり、明後日の楽は……と、苦と楽が交互に日替わりでやって来ることになる。

苦が先にあって楽が後にあるのではないし、楽の後に苦がやって来るのでもない。楽には苦がつきまとい、苦の中にこそ楽がある。苦と楽は相伴う。あるいは同期する。苦楽は同じ屋根の下で同居しているのだ。楽を、「らく」ではなく「たの(しい)」、つまり歓びと考えると、苦楽同居説にうなずけるはずである。


こんな遠回りな話をしなくても、自分の仕事や趣味、スポーツのことを考えればわかることだ。好きな対象があり、それを楽しもうとする動機も意欲もある。対象をレベルアップしたりものにしたりできれば歓びとなる。結果だけが歓びではない。過程に身を置くこと自体が歓びなのである。その過程では上昇志向に伴う刻苦精励が欠かせない。刻苦は楽しみの前段階に位置するのではなく、歓びの付属品のようなものだ。快を求めて快を実感しながらも、その快は「快苦」と呼ぶべきものなのである。

苦か楽かと考えると二律背反になる。同様に、好き嫌いで生きるのも、得意不得意で生きるのも、両者相容れないという前提に立つ。すなわち、事をするにあたって居心地の良し悪しが優先判断されている。人生の辛酸がわからぬ幼児ならまだしも、一人前の人間が苦や嫌いや不得意を避けて、楽や好きや得意だけで生きれば、自己免疫力が高まるはずもない。

「好きこそものの上手なれ」を買い被ってはいけない。好きな事には必然熱中するから上達が早いなどというのは希望的美談に過ぎない。好きの対義語は嫌いとされているが、嫌いを排除した後の好きに、別の対義語が立ち現れる。たとえば、面倒くさいがそれだ。あの店のラーメンが好きだ、しかし雨の中を歩くのは面倒、しかたがない、カツ丼の出前でも頼むか……好きと面倒くさいが対立して、面倒くさいの顔が立ってしまう。苦と楽が同居するように、好き嫌いも得意不得意も同居する。砂金とただの砂を選別するような調子でいいとこ取りはできない。人生にも仕事にも苦楽の線引きはなく、苦しいけれど楽しく、楽しいけれど苦しいものなのだろう。

何々の時代

企画力研修テキストに「時代とテーマ」という一章を設けている。そこでは、企画を立てるには今を知らねばならない、いや、今だけではなく時代から時代への変遷を読み解かねばならない、できれば時代時代の〈知の基盤・枠組みエピステーメーに精通しておくのがよい……というような話を聞いてもらう。

時代ということばを使っていても特別な意識があるわけではない。歴史を分節してそれぞれの区分を平安時代や江戸時代と名付けているのとは違う。もっと気楽な使い方をしている。よく考えてみると、時代はかなり曖昧な用語ではないか。たとえば、「高度成長時代から成熟・デフレの時代へ」などと言う場合の時代は、遷都や革命を機とした命名の精度に及ばない。何々時代と呼ぶことには多分に主観や解釈が入り込んでいる。

オフィスにはかなりの蔵書があるが、ざっと背表紙を眺めてみたら「時代」と名の付く書名が想像以上に少ない。ジョン・K・ガルブレイスの名著『不確実性の時代』と新書の『中小企業新時代』くらいなものである。後者は18年も前の本だから、もはや新時代が色褪せて見える。前者などはそのさらに20年も前の1978年の出版。しかし、『不確実性の時代』を再び手に取って思う、今という時代も間違いなく不確実性に満ちていると。不確実性は時代を超越して現象を普遍的に捉えている表現であるかのようだ。


黄金狂時代

チャップリンの『黄金狂時代』を思い出す。黄金狂というラベルを貼った瞬間、その一言で言い表わせるはずもないのに、神妙な意味を放ち始めてぼくたちに浸透してくるから不思議である。

高度成長時代とおだてられ、そうだ、それで間違いないと信奉した時代があった。今はデフレ経済脱却を目指す時代と諭される。こうした何々時代は事実の一部を言い当てていると同時に、幻想で増幅されてもいる。

好きなだけ何々の時代と言えてしまう。誰かが「20世紀は問題山積した時代、21世紀はそれらの問題を解決する時代」と言った。言うのは勝手だ。しかし、今世紀に入って十数年、そのように時代がシフトしたと言い得るか。某企業の戦略立案に携わっていた20世紀の終わり頃、「変化とスピードの時代」とトップは標榜していた。数年前、別の企業は「選択と集中の時代」と主張していた。いずれも企業のごく目先の関心事を表現したにすぎない。

『偽善の季節――豊かさにどう耐えるか』(ジョージ・マイクス)に次のくだりがある。

現代はいろんな名前で呼ばれている。これを「懐疑の時代」と呼ぶ人もいるし、「恐怖の時代」、「願望の時代」などと呼ぶ人もいる。しかし、わたしの考えでは、現代を呼ぶのに「偽善の時代」ということばほど適切なものはないと思う。偽善というのは、人間がみずからを現実の自分以上にすぐれたものにみせようとする願望のことである。

この本の原著はさらに遡って1966年に書かれている。著者が「現代」をそう呼んでからちょうど半世紀になるが、人間の本質を衝いて真理に迫っている。地球年表的に見れば、人類が生きてきた歴史の始まりから現在に至るまでを偽善の時代と呼んでもさしつかえなさそうだ。もっとも、自虐的に偽善の時代と名付けることを誰もが了解するはずもない。だから、別の何々の時代を創作する。時代を楽しげに脚色しておかないと落ち着かないのだろう。そして、それはつねに現実よりもよく見える表現に仕上げられる。こんな甘い表現に比べれば、偽善の時代とはうまく言ったもので、的をよく射ている。