空耳とか空目とか……

十日ほど前に『聞き違い』について書いた。言われたことを違った音で拾ってしまうのが聞き違い。明らかに聞く側の罪なら「聞き間違い」だ。しかし、言った側の言い間違いや発音の難の場合もある。その場合は「聞き違い」と言うべきだ。また、発話された音通りに聞いたけれど、意味が違っていたというケースもある。同音異義語が多い日本語では珍しくない。「こんしゅうオープンします」と話し手が言い、聞き手もそう聞いた。てっきり「今週」のことだと思っていたら、後で「今秋」だと判明した。

空耳そらみみ」ということばがある。もともとは「声も音もしないのに聞こえた気がすること」だ。つまり、無言・無音の独りよがりな音声化。これは幻聴に近い。最近では空耳も聞き違いの意味で使われるようになっているらしい。たとえば、「それ、空耳だ」という発言を「ソレソラミミド」とドレミの音階として聞き取ってしまうことをも空耳と呼んだりする。さて、空耳があれば、五感すべてに「空ナントカ」があってもよさそうだが、空鼻、空舌、空皮膚などとは言わない。しかし、あまり口にも耳にもしないが、「空目」という表現はちゃんとある。「見えていないのに見えたような気がすること」である。これは幻視やデジャヴか。

足し算

見えたものを違ったものに見るのは、正確には「見間違い」と言うべきなのだろう。この見間違い、文字を読む時にはよく起こっている。難解な漢字を読めないから当てずっぽうで読むという意味ではなくて、たとえば「縁起」と書いてあるのをてっきり「緑地」だと早とちりしてしまうような場合。上に挙げたのは、順に足していくという、単純な数字の計算なのに、頭の中で勝手な計算をしてしまう人がいる。単純ならではの油断かもしれない。さて、合計するといくらになるか。


連続ドラマ『あさが来た』の主題曲『365日の紙飛行機』。曲名も歌詞もろくに見ずにほぼ毎日観ていた。「♪ 人生は紙飛行機……」というくだりがぼくの耳にはいつも「人生は並木小路」に聞こえていた。

ある日、「なみきこうじ」ではなくて「かみひこうき」だと知った。知ってもなお、ぼくの癖耳は「なみきこうじ」としか認識しない。歌い手の「かみひこうき」の「か」の発音に鼻濁音が入っている。鼻濁音は「ま行」や「な行」の音だ。「か」が鼻濁音の「な」に聞こえてしまったら、「かみ」は「なみ」に聞こえる。ぼくの見解はこうだ――“k”の音はもっと強く発するべきであり、甘えっぽく発音すると訛って鼻濁音化する。ローマ字で書けば、【ka-mi-hi-ko-ki】が【na-mi-ki-ko-ji】に化けているという次第だが、あいにく並木小路がありえない表現ではないから成立してしまった。このことを知人に話した。どうだった? と後日尋ねたら、「もう並木小路としか聞こえません」と言ってくれた。他のみんなの耳にはどう聞こえるのか、興味津々である。

聞き違いはもとより、聞いて分かったつもりになる症候群は外国語を使う時に顕著に現れる。相手の話をよく理解できていない時に分かったかのようにうなずく人がいる。

ずいぶん前の話。連れて行ってもらったカラオケラウンジに、日本に来て間もない中国人女性がいた。たどたどしい日本語でかろうじて応対はできるものの、長い話や複雑な表現にはついて来れない。「はじめまして。○○です。あなたのお名前は?」などと尋ね、飲み物を聞き、乾杯まではルーチンでこなす。ところが、乾杯して23分も経たないのに女性はカラオケの本をぼくに押し付け、「歌、好きですか? 歌ってください」と言う。間が持たないからとは言え、カラオケにはちと早すぎるではないか。大阪弁で「まだええわ」と言って本を返した。するとどうだ、女性はカラオケのページをめくって「まだええわ」とつぶやきながら、その曲を探し始めた。苦笑いしながら「あのう、曲名と違うから」と言えば、今度は「きょくめいとちがうから」と言う曲を探す。「間が持たない時は客に歌わせろ」というのが新人への教えだったらしい。

さて、先の単純足し算。約7割の人が「5000」と即答する。正しくは「4100」である。

見送る本と買ってしまう本

「我思う、ゆえに我あり」はデカルトの『方法序説』に出てくるあまりにも有名な命題。なるほどそうかもしれないと思う反面、証明に十分納得できないまま今日に到っている。「我あり」が自己満足であってはならないだろう。他者が認知してくれる我の存在でなければならない。また「思う」と言っても、その思いが他者に伝わらなければ、我の喜怒哀楽も快さも痛みも知ってもらえない。他者は少しは想いを汲んでくれるが、なかなか実感まではしてくれないものである。だから、我は語らねばならない。語れば、他者は我の思いに耳を傾け、我がそこにあるのを見て取ってくれる可能性はある。ただ黙って思ってぼんやりとそこに佇んでいるよりは認知の度合も高まるはず。と言うわけで、我語らねば我思うこともなく存在もしづらいのではないかと考える。

「我思う、ゆえに我あり」という命題に関心のあるぼくだ。書店で『我思う、故に我間違う』という書名の本を見つけたら、手に取らずにはいられない。実際、手に取った。ジャン=ピエール・ランタンという人の著書で、「錯誤と創造性」という副題がついている。ページを繰り、「科学の歴史は試行錯誤、いや誤謬の歴史であった」という一文を立ち読みし、「ふ~ん。科学のみならず、誤謬こそがあらゆる分野の進歩にとって不可欠もしくは必然なんだろうなあ」などとしばし黙考した後、手に取った本を元に戻し、買うのを見送ってその場を立ち去った。

確実に買いそうな本なのに、時には見送る。買ったまま読まないのではないかという予感が芽生える時にそうする。そればかりではなく、書かれていることにある程度見当がついてしまう時も見送る。知らないことが書かれているというのはぼくにとって重要ではない。知らないことだらけだし、知らないから知りたいと思って本を買って読んでいたらキリがない。「この本にはこれこれの話や意見が書いてあるのではないか」と想像してしまう本を見送るのである。その想像が当たっているか外れているかは別問題。


今年に入って三度古本屋に通い、20冊ほど買っている。自宅の書斎の収納はそろそろ限度に近づいているので、こんなペースでは早晩破綻する。厳選して買っているつもりなので、ほとんど処分しない。置き場に困ればオフィスに運び込む。オフィスの書棚は、立てずに積むだけでいいなら、あと千冊や二千冊は大丈夫だ。

読んでみようと思う本を買うのはもちろんのこと、読む確証がないもののちょっと気になる本も買う。小遣いに余裕がない頃にできなかったことが、ある程度できるようになったせいもある。新刊書であれ古本であれ、ついついニーズ以上に買い求めてしまうのが習い性になっている。ところが、買う冊数は読む冊数よりもつねに多いから、未読書は増える一方。そして、買ったまま読まずにおいておくと「事件」が起こる。いや、大した事件ではない。余計な出費になる重複買いのことだ。これまで約二十冊の本を二度買っている。これには昔読んだが処分して今手元にない本の買い求めは含まれていない。すでに所有しているのに、そのことを忘れて買ってしまった本である。

幕末~維新、岩波新書2冊

総じて苦手な日本史だが、幕末から明治維新にかけての時代考察はまんざらでもない。奥付の出版年月を調べずに岩波新書の『幕末から維新へ』という本を最近買った。自宅に帰ってハッと気づいた。ちょっと待てよ、この本、数年前に読んだ本ではないか。書棚を探したら、案の定……がっくり。と思いきや、読んでいた本は『幕末・維新』だった。同じ装丁でよく似た書名だが、重複買いではなかった。しかし、紛らわしい。ちなみに、書名は似ていても、内容も切り口もだいぶ違っている。

読書傾向は変遷する。同じ著者の書物をしつこく読む時期もあり、たまたま見つけるとつい買ってしまう。また、当面関心のあるジャンルの本も、迷った挙句買うことが多い(迷ったら見送るという場合もあるが、何を見送り何を買うかは直感と言うしかない)。

哲学者中村雄二郎の本は十数冊読んでいて、書名も内容もよく覚えている。しかし、買ったまま読んでいないのも二、三冊ある。先週、古本屋で中村雄二郎の『知の変貌』を見つけた。目次を読みページを繰った。激安の二百円だったこともあり、迷わずに買った。内容は新鮮だが、やけに書名に親近感があるので不思議な気分になってきた。中村雄二郎の本を並べてある書棚を見たら、すでに『知の変貌』が収まっていたのである。ずいぶん以前に買って未読のままだった。本の選び方、買い方、読み方……あまり変わるものではないようである。

寒の趣

かんおもむき」などと言えてしまうのは、純正の寒をほとんど知らないからだろう。冬枯れや雪景色に趣はあっても、身に応える寒さに風情や味わいはないのかもしれない。大阪に生まれ、ほとんど大阪で暮らしてきたとはどういうことか。それは土着性のお笑い風土に染められるというだけにとどまらない。雪や寒さと縁が薄いということをも意味する。京都や奈良で底冷えし雪が積もる日、朝の天気予報に今日は寒いと脅されても、大阪の寒さなどたかが知れているのである。

北海道は陸別の山間やまあいで、夏なのに震えあがるような体験をしたことがある。別荘の持ち主の知人は冬場にそこでクロスカントリーを楽しむと言っていた。しかし、招かれたのは六月。夏スーツ姿で大阪を出た。薪を炊いて焼肉をご馳走になった室内でもジャンパーを借りていた。午前五時頃に目が覚め、トイレに立った。トイレは屋外である。小用を足してしばらく天空を仰いでいたら冷凍人間になりかけた。寒さに襲われて「寒い!」と呻いている間はたいした寒さではない。寒い時、人はただ神妙になって黙る。

奈良に住んでいた二十代の頃には真冬のこれぞ寒という空気を何度か体験した。風邪を引いて出社し深夜になって坂道を歩いて帰った日。冷え切っているわ、悪寒は走るわで自宅に辿り着いた時には震えが止まらなかった。大晦日の薬師寺も底冷えしていた。空気が澄み、除夜の鐘を聞くという舞台装置が整えば、温度計の目盛を下回る寒さが募るものである。雪国の住民からすれば、何を大袈裟なという程度だろうが……。


生涯一番のしばれる体験は十数年前のウィーンである。三月初旬というのに稀に見るほどの雪が降った。市街の街歩きなのにいったいどれほどの厚着をしたことか。五枚? 六枚? 下着の上にパジャマも重ねたのを覚えている。持参した着替えを総動員したことは間違いない。雪は降り止んで解け始め、街はすっかり青空に包まれていた。にもかかわらず、澄み切った冷気は重ね着の武装をいとも簡単に通過した。まるで素っ裸のまま街なかに晒された寒中罰ゲームのようだった。

冬の古語表現に「つる」というのがある。寒風にさらされて凝り固まるという意味だ。実際に凍るモノに使われるだけでなく、凍らないものを比喩することもある。もう一つ、「ゆる」がある。鮮やかに澄み切りしんしんと冷え込むさま。いずれの語も「冷える」では物足りない、冬ならではの凛とした風雅な趣を際立たせる。それぞれの語に思いつくままの概念を合わせてみよう。

月冱つる、星冱つる、風冱つる、霜冱つる、波冱つる、煙冱つる、音冱つる
空冴ゆる、花冴ゆる、雲冴ゆる、色冴ゆる、街冴ゆる、路冴ゆる、樹冴ゆる

こんなふうにことばを紡げるのは、肉体にこたえる寒冷地に身を置いていないからに違いない。ぼくにとって寒は精神性の色合いが強い。どの風土に生まれ暮らすか……そこにはことばでは伝えがたい自然の五感への刷り込みがある。ともあれ、最低気温が零下になるのが年に六日しかない街にあって寒の趣は稀少である。

聞き違い

「聞き間違い」というのが一般的だが、「聞き違い」ということばもある。『新明解』によれば、【聞き間違い】は「相手の意図と違った聞き取り方をすること」と説明されている。ノーという意味の「結構です」をイエスに解釈するなどが一例。他方、【聞き違い】は「話し手が言ったことを、聞き手が内容をちがえて聞いてしまうこと」とある。一を七と聞いてしまうという例が挙がっている。語釈に素直に従えば、【聞き間違い】には聞き手の思い込みや勝手な解釈が暗示され、【聞き違い】には話し手の発音や話し方も一因になっているニュアンスがありそうだ。

誰かが何かを言い、それを聞き手が意図や発音と異なって聞いてしまう。話し聞くという関係につきまとう意思疎通不全である。「聞き間違い」と決めつけてしまうと、一方的に聞き手の問題になる。コミュニケーションは話し手と聞き手相互の共有化努力であるから、誤解や間違いも両者の責任に帰することが多いはずだ。喧嘩両成敗であってみれば、「聞き違い」と言うのが妥当な気がする。

喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、隣りのテーブルに年の頃アラフォーの女性が座り「伊達巻アートください」と言った。喫茶店で伊達巻アートなる奇怪な品を注文することはない。だから、そうは言っていない。しかし、ぼくの耳にはそう聞こえたし、それ以外のどんなものにも聞こえなかった。注文を取った店主は理解したらしく、聞き返さなかった。しばらくして、注文の品がテーブルに運ばれた。「こちらカフェ・マキアートです」と店主は告げた。「ミルクをたらしたコーヒー」という意味のイタリア語だった。「ダテマキ・アート」ではなかった。ともあれ、カフェという音に対してぼくは寛容を欠いていたようである。けれども、隣席の客にカフェをダテと聞き違いされたのだから発音の問題無きにしもあらずではないか。


以前勤めていたスタッフで奇想天外な聞き間違いをする女性がいた。「田中さんからお電話です」と内線があり、出たら「中田さん」だったことなどは朝飯前。ひどい時になると、「綾小路さんからお電話です」などと告げられ、そんな人知らないなあと思いながら電話に出ると「有田さん」だったことがあった。自分の知っている範囲内で知らないことを分かろうとする人で、知らないことを背伸びして理解しようとはしなかった。耳慣れない音も自分の認識できる音で聞いたのだろう。このレベルになると、わざと聞き間違っているのではないかといぶかってしまう。

聞き違い

話し手の発音に問題もなく、また聞き手もきちんと聞き分けたが、音の問題ではなくダブルミーニングによって起こる聞き違いがある。俗に「ぎなた読み」というのがそれ。「お食事券」を意図した「おしょくじけん」という発音が「汚職事件」と解釈されるケース。「朝が楽しみ」と言ったのに「朝方のシミ」に意味が化ける。ワープロ時代に使っていた機種は、「絞り込んだ」と書くつもりで入力したら「思慕離婚だ」とシャレた誤変換をしてくれた。

先日、関東の知人から聞いた体験談。焼肉の「叙々苑」で食事をした。会計の際に、店員が「領収書はいかがいたしましょう?」と尋ねたが、知人は「なくていいっすよ」と言った。支払いを済ませて店を出ようとしたら、店員が「あのう、領収書ですが……」とまた言うから、「だから、なくていいっすよ」と繰り返した。落ち着かない様子でボールペンを走らせた店員が領収書を差し出した。「なくていいと言っているのに……」とつぶやきながら受け取った領収書には「ラクティス様」と書いてあった。「なくていいっすよ」が「株式会社ラクティス」に変身した瞬間である。まるで作り話のようだが、聞き違いにまつわる話はめったにすべらない。

アメリカのことを思い出した

英語の勉強に熱心だった1970年代に比べると、世界におけるアメリカの影響力はだいぶ弱まった。アメリカに関するニュースもめっきり少なくなった印象がある。発信情報が減ったわけではなく、受信側――他の国々や人々――がアメリカ情報の格付けを下げたのではないか。オフィスの蔵書は70年代~90年代に揃えたものが半数以上を占めるが、アメリカと名の付く書籍だけで450冊は下らない。しかし、最近に限って言えば、アメリカに関するテーマの本をほとんど買わなくなった。今世紀に入っても海外広報の仕事をずいぶんしてきたから、必要性がなかったわけではない。しかし、書棚の本の色褪せた背表紙を見ていて、何につけてもアメリカという歴史の終わりの始まりを感じる。

日本もぼくもアメリカを価値軸の中心に据えた時代があった。経済も文化も政治も外交も軍事もアメリカは世界の舞台で代役を必要としない不動の主役であった。今では、もうそんな気はまったくしない。テレビでオバマ大統領を見、新聞で大統領選や政策の話を読むが、響きも反応も地味である。TPPや安全保障で日米の関係が云々されても、かつての安保や沖縄返還や通商交渉などの関心には遠く及ばない。多様性の世紀というようなことばで片付けるのは粗っぽいが、受発信情報のみならず、実際の存在面でもアメリカ的価値の希釈はかなり進んでいると言わざるをえない。

アメリカ50州記念切手

こんなことを思い巡らしたのはほかでもない。某所で処分しようとしていた書籍や小物を適当に何点か持ち帰った中に、アメリカ50州の記念切手を見つけたからだ。切手を見た時点では、鳥と花の記念切手だとはわかっていたが、ろくに文字も読まずに彩りだけで選んできたので、そうとは気づかなかった。一枚一枚がばらではなく、ちゃんとミシン目の入った50枚揃いの切手シートだ。ArabamaからWyomingまで50州がアルファベット順に並んでいる。この切手を見ながら、学生時代に州名をすべて覚えたことなどを懐かしく思い出した。


かつて本多勝一は“The United States of America”はアメリカ合衆国ではなく「アメリカ合州国」でなければならぬと言い、「衆」に替えて「州」と表記し、『アメリカ合州国』という名の本も著わした。当時のぼくは、合州国が当を得ているように思い共感した。後になって、これはどうも「states=州」という概念の彼我の認識が違うのではないかと考えるようになった。つまり、州は日本の都道府県と同じ位置付けや感覚ではないということだ。州は国家に近いのである。国家が集まったアメリカだから、意味としては「アメリカ連邦共和国」なのではないか……。

アメリカは日本の国土の約25倍である。その国土が50州から成っているということは、平均化すると一つの州が日本全土の半分の大きさに相当する。もはや都道府県という行政区画とは次元が違う。明らかに国家と呼ぶにふさわしい。本多勝一は衆を「民」と考え、英語名には民のニュアンスなどはないから「合州国」が適切と考えたようである。『広辞苑』を引いてみた。「合衆」という見出しはなく、あるのは「合衆国」だけで、「①連邦国家に同じ。②アメリカ合衆国の略」」と書かれている。『大辞林』には合衆の見出しがあり、「いくつもの物や多くの人などが一つに集まること」と説明されている。その後も少し調べていたら、福沢諭吉の『文明論之概略』に次のくだりがあるのを見つけた。

初め羅馬ローマの国をたつるや幾多の市邑しゆう合衆ごうしゅうしたるものなり。羅馬の管轄、処として市邑ならざるはなし。此衆市邑の内には各自個の成法ありし、自から一市一邑の処置を施して羅馬帝の命に服し、集めて以て一帝国を成したりしが、帝国廃滅の後も市民会議の風は依然として之を存し、以て後世文明の元素と為れり。

ローマ帝国はもともと市や村の連合だった……帝国内を構成するのは市と村であって、それぞれ独自の法律があり政治をおこなっていたがローマ帝国の指示には従っていた……帝国が滅びた後もなお市政は続き、これがその後も国家の基本となった……というような大略だろう。ここに「主役は都市で、複数の都市のまとめ役が概念としての国家」という構図を見る。欧米の政治の基本概念は都市国家なのだ。アメリカの州は、州という名の都市国家と見立てればいいのだろう。合衆とは民衆を集合するのではなく、市と村を連合するもの。よって、アメリカ合衆国とはきわめて適切な訳語だったのである。そのアメリカ合衆国、話を書き出しに戻せば、やっぱり影はずいぶん薄くなったと痛感する。意志ある脱米なのか、自然の成り行きとしての脱米なのか……これは一考に値するテーマである。

構想について

構想が危うい。その最たる事例が昨年露わになった。新国立競技場の無様で後味の悪い顛末がそれだ。白紙撤回によってわが国の構想力、構想人材の次元の低さが世界に晒された(世界がどれほどの関心を抱いていたかは別にして)。国家プロジェクトにしてこの体たらくである。ましてや事業におけるささやかな取り組みにどれほど構想力が生かされているか、疑問視せざるをえない。

構想は案外出番の多い術語だ。見直してみようと、遠回りは覚悟の上でジャンバッティスタ・ヴィーコ(16681744)を読んでみたことがある。イタリアの哲学者ヴィーコは言う、人間の知性は仮説することにあること……発見し創造する人間の本性的認識能力が構想力(ingenium)であること……それは、遠く隔たったものの間によく似たものを見出す能力であること……云々。

手触り実感もない大きな現実をぼんやりと眺めていても構想たりえない。また、当てもなく未来を洞察しても何かが見えてくるわけでもない。「もし~ならば」という仮言によって何かを見つけよう、何かを生み出そうとする強い意志が不可欠だ。「遠く隔たったものの間によく似たものを見出す能力」とは関連付ける能力、あるいは何らかの関係を発見する能力のことだろう。これとあれは本来違うなどと、融通のきかない分別をしているかぎり、もしかして存在するかもしれない類似に気づく余地はない。


社会の多様な現象はことばによって把捉される。ありきたりのことば遣いで済ましていてはいけない。たとえば少子化というテーマに「子育て」しかなく、地域活性化というテーマには「イベントや誘致」しかなく、サービスの主役には相変わらず「顧客満足」という四字熟語が居座っているようでは、構想が更新されることはない。経済と言えば、発展と成長、そして規模の拡大。それだけが経済でないことはもう十分にわかり切っているはずではないか。前例に縛られているかぎり、構想を練ることばも陳腐なまま錆びつくばかりである。

現象をマクロに見ることを構想と思い込むのは錯覚である。構想はもっと身近な対象を起点とする。ぼくたち一人ひとりは外界の諸要素を嫌と言うほど仕事や生活に内面化してきているはず。しかも、別の誰かと違う方法で。誰もが外界とつながった固有の日常的発想を持ち合わせているのである。その個人的な発想を未来へ、世界へと拡張してこその構想だ。構想したからと言って何もかもうまくいくわけではないが、それ以外に新しい可能性を探る方途は見当たらない。

ドングリはバーチャルな樫の木

〈マクロ〉な樫の木を春先に見て〈ミクロ〉な秋に実るドングリに思いを馳せるのが構想だと信じられてきた。そうではない。枯葉に混じった〈ミクロ〉なドングリの実から数年後の〈マクロ〉な成木を想像することに構想の面目躍如がある。「ドングリの実にはバーチャルな樫の木が宿っている」という言い回しがあるが、小なるもの、日常的なもの、身近なものからの視点が構想の出発点であることを示している。

無理やり押し付けられたり期限に追われたりしながら大きな課題と格闘する日々……手も足も出ないから、やむなく資料を渉猟しウェブに没我する情報収集の日々……誰がやっても結果に大差はない。こんな作業は構想から程遠いのである。次の角を曲がればその向こうに新しい景色が見えるかもしれない……この種に適量の水を注ぎ光を当てれば見たことのない鮮やかな花が咲くかもしれない……こんな希望と予感が張り詰めてこそ構想が動き出す。「小さな現実」を前提してこそ大いなる仮想が意味を持つことを忘れてはならない。

あいまいさを背負いながら

西田幾太郎は「事実には主語も客語もない」と言った。いま、ぼくの右手にコーヒーカップが置いてあって、指はパソコンのキーボードを叩いている……左手には引用した西田の一行が書いてあるページが開いており、そのページはぼくの愛用のシステム手帳に綴じたもの……と、適当に机回りの事実を描写してみたが、ここに書いたありようで事実は存在していない気がする。少なくとも、ここに書かなかった以外の存在の仕方があってもいい。いや、そもそも事実などは存在せず、ぼくが主客関係を決めて見えるものを勝手に解釈しているだけのことかもしれない。

あいまい語辞典

そう考えた上で疑問が生じる。目の前の状況として見える事実があいまいなのか、それとも、事実には節理があるが解釈する側の認識構造があいまいなのか……。文法に則って主客の関係を描こうとするのは事実の明晰化努力ではないのか。いや、人間以外の存在は何もかもがもともと明瞭であって、認識と言語がそれらをあいまいにしか捉えられないのではないのか。机の端で床に落っこちそうになっている辞典を引き寄せる。某所から譲り受けた百冊ほどの中の一冊、『あいまい語辞典』。こんなことを考えたのはこの辞典がきっかけだった。

「あしらう・あいさつ」という見出しがある。はっきりと意味がわかっているつもりだが、あいまい語なのだそうである。あしらうは本来「取り扱う、応対する、受け答えする」だから、良いも悪いもない。ところが、「プラス面を表面に出しながらハラの底ではマイナスに取り扱っている」と著者の芳賀綏は言う。社交上の儀礼を尊重する日本人は、あしらいを定型化し、それがあいさつになっているという見解である。たしかに、誠意のこもっていないあいさつを交わされることがある。メールや葉書の末尾に必ず「感謝」と書く人がいるが、もはや常套句であってみれば、受け取るこちらも感謝されているという実感に乏しい。


定型化されたあいさつはメッセージ性に乏しく、意味はすでに形骸化している。言い過ぎなら、あいまいと言い換えよう。朝のあいさつは丁寧なご機嫌伺いの「おはようございます」。昼は「こんにちは」、夜は「こんばんは」に限られ、おはようございますに比べると味わいに欠ける。「おはよう」には格上のニュアンスがあって使いづらい時がある。かつてコメディアンのトニー谷は「おこんばんは」とあいさつしたが、単純なギャグではなくて、「こんばんは」では芸風上ぶっきらぼうだったのではないか。

なお、英語では、good morninggood afternoongood eveninggood nightとそれぞれ朝、昼、夕、夜に対応し、いずれにも「良き」という共通の修飾語が付いている。概念レベルも一致している。フランス語も同様で、朝のjourに、夕方のsoireに、夜のnuitのそれぞれに良きという意味のbonが付き、イタリア語もbuongiornobuona serabuona notteとほぼ同じ用法。ぼくの知る欧米語はどれも「良き何々」とあいさつしている。日本語は良き朝ではなく、早い朝と告げる。こんにちはもこんばんはも単に時間帯を示すだけだ。

どの時間帯にどのあいさつをするかに関する厳密な決まりはない。正午になった瞬間、おはようございますをこんにちはに変えるものでもないだろう。意味もあいまいなら使い方もあいまい。あいまいではあるが、あいさつを交わさなければ不自然な場面が出てくるし、将来の関係に陰りがさす場合もある。あいさつを交わすことから逃れるのはむずかしい。あいさつだけに限らない。日常会話に始まり、会議、文学、広告、報道、さらにはアイコンに到るまで、表現はつねにあいまいさを内蔵している。言を尽くしても意味が明快になるわけではない。ことばの量とわかりやすさは比例しない。「すべて物の色、形、また事の心を言い諭すに、いかに詳しく言ひても、なほ定かにさとりがたきこと、常にあるわざなり」と本居宣長が説いた通りである。

ふつうに考えれば、ことばや記号に意味を乗せるのはコミュニケーション(意味を分かち合うこと)を目論むからである。どんなメディアでもどんなジャンルでも、メッセージの意味を理解できることがあり、たとえそれが表現者の意図通りではないにしても、わかったつもりにはなれるのは、コミュニケーション機能があるからだ。しかし、あいまいさを乗り越えられる場合とそうでない場合がある。ある特定の人々にはコミュニケーションとなり、その他の人々にはディスコミュニケーション(意味が分かち合えないこと)になる。わかる人にはわかり、わからない人にはわからない。まるで暗号や隠語みたいだ。あいまいだからと言って、明瞭なことば遣いを心掛けることがまずいわけではない。ただ、あいまいさを背負っているという自覚は必要である。

時の鐘

釣鐘屋敷跡2 釣鐘

オフィスは大阪市中央区の釣鐘町一丁目。百メートルちょっと西へ歩けば二丁目で、そこに釣鐘の鐘楼がある。現オフィスに移転して26年になる。鐘は定刻に毎日鳴るのだが、オフィスビル群に囲まれ、また窓も閉めているから、こんなに近接していても、よほど聞き耳を立てないかぎり打鐘に気づかない。

由緒のある鐘である。寛永十一年(1634年)に大坂町中時報鐘として設置された。「おおさかまちじゅう じほうしょう」と読む。鐘は高さ1.9メートル、直径1.1メートル、重さ3トン。この場所はかつて釣鐘屋敷と呼ばれていた。屋敷はとうの昔になくなっている。

釣鐘屋敷跡1 鐘楼

釣鐘を包む鐘楼はマンションに紛れるように佇む。1660年、1708年、1724年、1847年と四度も焼失したが、鐘そのものは焼けずに無事だった。しかし、1870年以降は、これまた四度、保管場所を転々とした。近くの小学校、大阪商工会議所の前身の地、大阪城の前の府庁屋上などを経て、百有余年後の1985年に〈時の鐘〉として現釣鐘町二丁目についに里帰りを果たした。毎日朝八時、正午、日没の三回鐘が鳴る。人の手ではなく、コンピュータ制御による打鐘だ。大晦日にも除夜の鐘打ちがおこなわれている。


四度の火災にもかかわらず、音色はかつての美しさを失わず、名鐘の一つとして誉れ高い。釣鐘を守る鐘楼も五度目の建造になる。五度目の正直というわけでもないだろうが、屋根は五つの輪で意匠を凝らし、〈自主、自立、自由、活力、創造〉という、かつての大阪町人の精神を象徴しているという。現代の大阪人がどこかに置き忘れてきた気概である。

平屋やせいぜい二階建ての住居が当たり前だった時代、この鐘が街の四方八方に時報を告げたというから、音色の響き渡りのほどが想像できる。実は、この釣鐘の鐘の音、近松門左衛門の『曾根崎心中』のここぞという場面で「音響効果」を受け持っている。遊女お初と徳兵衛の情死を題材にしたこの浄瑠璃の道行みちゆきの場面の書き出しは、荻生徂徠もべた褒めした名調子の名文だ。

此世このよ名残なごり夜も名残 死にに行く身をたとふれば あだしが原の道の霜 一足づつに消えて行く 夢の夢こそあはれなれ あれかぞふれば暁の 七つの時が六つ鳴りて 残る一つが今生こんじょうの 鐘の響きの聞き納め 寂滅為楽じゃくめついらくと響くなり

見事な七五調。お初と徳兵衛の耳に響いた七つの時の鐘の音、それが釣鐘の時報だったとは感慨深い。釣鐘町から心中の現場であるかつての曾根崎天神の森まで約2.5キロメートル。よくぞ鳴り響いたものだと感心する。その鐘とたぶん同じ音が今も生きている。

言を慎むな

口は一つ、耳は二つ

昨秋、近所の寺の掲示板に「口は一つ、耳は二つ」という墨字が貼り出された。住職は気に入っているらしく、これが二度目だ。単に顔の物理的特徴を示したわけではない。そんなことは言われなくても、毎日鏡を見て承知している。注釈に「よく語ることよりもよく聞くことが大切」とあったから、顔の説明ではなく訓戒を垂れたのに違いない。

この時代に、喋るよりも聞くほうが重要だと言い切るとは実に思い切りがいい。喋ることを聞くことの下位に置く主張に対して、ぼくは真逆の意見の持ち主なので、無性に戦闘意欲が湧く。同じ類いの「沈黙は金、雄弁は銀」にも「賢者は黙り、愚者は語る」にも異議ありだし、アンチテーゼをぶつけるだけの相応の論拠も持ち合わせている。後者などは老子のことばだが、相手が老子だろうと他の偉人であろうとひるまない。

洋の東西を問わず、「ことばを慎め」の類の格言は枚挙にいとまがない。いくつか取り上げてみよう。

舌は人を破滅させる。(古代エジプト)

舌を滑らせるくらいなら、足を滑らせるほうがましだ。(アラム)

賢人の舌は胸の内に、愚者の心は口先にある。(旧約聖書)

喋ってから口に手を当てても遅い。(フランス)

口は災いの元(口は禍の門)。(中国)

わずか一言でも下手に受け取られると、十年の功績も忘れられてしまう。(モンテーニュ)

鵜呑みにして実践していれば、事を荒立てない、長い物に巻かれるなどの処世術はある程度身につくかもしれない。なお、話すこと、ひいてはことばがよい意味で使われる時はつねに「心のこもった」とか「親切な」という修飾表現が伴う。たとえば、「親切な言葉は、蜂の蜜ふさのようだ。魂に甘く身体のためにもなる」「心のこもった言葉は三冬の間、寒さを感じさせない」「親切な言葉は冷たい水よりも喉の渇きを癒してくれる」という具合だ。


言を慎めというのは処世術である。処世術では危険を冒さない、無難な生き方が奨励される。したがって、人と人が語り合い、意見の違いを乗り越えるようなことを教えない。闘争的コミュニケーションをするなどはもってのほかだ。但し、その代償として言語明瞭性を失うことになる。言語は思考に関わるから、ことばを二の次としていては考えることを放棄することになりかねない。「口は一つ、耳は二つ」と言うなら、頭も一つだ。なるほど、だから考えるよりも聞くのがいいと言うわけか。

勘違いしてはいけない。先に挙げた格言を残した賢人たちは処世術を説いたのであって、コミュニケーションスキルを教えたのではない。仮にコミュニケーションのコツを伝授したのであったなら、聞くことを喋ることの上位に置いたのは知見不足と言わざるをえない。誰かが話すのを前提としなければ聞き上手は生まれない。赤ん坊は聞く行為から言語を高度化していくのだが、それが可能になるのはことばが飛び交う動的場面で育つからだ。そして、聞くだけでなく必然話すようになる。話さねば生きづらいからである。にもかかわらず、大人になって組織に入って世渡り上手を目指すにつれて言葉少なになる。この時代にあっても「口は一つ、耳は二つ」の類の教えが、ぼくの知る多数の組織で今も優勢であるのは嘆かわしい。

同時に、こうした教えと同期していては仕事にならない現実がぼくの周辺ではっきりしてきた。寡黙な人間から創造的なアイデアは生まれなかったし、省エネ話法のコミュニケーションに終始する者は消えていった。聞き上手や無口な者は語るタイミングを見極められない。やがて人間関係上の力学に支配されて意見を述べる機会すら失う。ところで、冒頭の寺だが、翌月には「みんな違っていい」を貼り出した。「みんな違っていい」は十人十色という異質性の訴えではないか。黙って聞いていれば「みんな同じ」に見える。人と違う個性を生かそうとするならば語らねばならない。もっと言えば、みんな違っていいのなら、「よく聞くことよりもよく語ることが大切」を実践してまずいはずもないだろう。

大象無形

新しき年のはじめの初春の今日降る雪のいや吉事よごと

これは『万葉集』の掉尾ちょうびを飾る大伴家持の歌。あいにくわが街は雪とは無縁の年の始め。ここ何年、いや十数年、粉雪舞い散る正月もあったかもしれないが、ほとんど記憶に残っていない。今のところ、今年は暖冬である。「今日の雪のようにずっしりといいことがありますように」と願ったほどだから、かなりの積雪量だったに違いない。因幡で詠まれたという記録が残るからうなずける。

この歌には、「新年」「初春」「降る雪」と子どもたちの習字に格好の題材が含まれている。「新」も「初」も気分のリセットにはもってこいの漢字だ。今年もらった年賀状に「心機一転」という四字熟語が添えられているのがあった。年の変わり目にこだわらなくても、心機一転など思い立ったらいつでもできるのに。年頭にいつも新たな決意をするものの、決意したことはたちまち忘れ、結局は例年と変わらない日々を送る。決意することと、決意したことを行為として表わすことは別物である。


今日二日は書きぞめの日。昨年は「氣新光照きあらたにひかりあきらかを選んで一回勝負で書き上げた。この一回きりというのがたいせつだ。何枚も何枚も下書きして半紙を無駄にせず、また出来の良し悪しすら考慮せずに筆を走らせるがいい。

大象無形

なかなか題材を思いつかず、冒頭で紹介したように『万葉集』と『古今和歌集』なんぞを繰っていたのである。新年や初春では幼すぎる。さらに思案していたら、以前篆刻していた頃に文字だけデザインした「大象無形たいしょうむけい」に辿り着いた。篆刻の本を少し参考にして、これを書きぞめにした。なお、弘法のように筆を選ばなかった。選びたくても二管しか手持ちがなく、太い方を使うしかないからである。なお、朱文の印はオフィスに置いてきたので落款はなし。

「とてつもなく大きなものは形になって現れない」という意味。つまり、形で表わせるあいだは未だちっぽけな存在だということ。しかし、自分に関してはそれでいいような気がする。どんな形であれ、自分のこと、自分の思いなどは形にしないと何が何だかさっぱりわからないからである。この四字熟語は、形が見えない、形がはっきりしないという理由で対象を過小評価しがちな先入見への戒めとしたい。