街中の「雑景」

目的地に応じて交通の手段は変わる。外国に行くなら飛行機に乗る。乗らざるをえない。飛行機は目的地到着という結果だけを重視する手段。窓側に座れば、離陸直後と着陸直前に風景は見える。しかし、大半の移動時間中は窓外の雲か決まりきった客室光景を眺めることになる。飽きるから眠るか音楽を聴くか映画を観るという、お決まりの過ごし方をするしかない。飛行機は離着陸の地点を結ぶデジタル的装置にほかならない。つまり、移動手段としては、つまらない。

それに比べれば、列車の旅では目的地に向かう途上でいろんなものが見える。『世界の車窓から』と題した番組が成立したのは列車だったからで、飛行機なら長寿番組になりえなかった。飛行機のようにまっしぐらの一目散でないところに列車の旅の値打ちがある。いや、もっとよそ見を楽しみたければ、列車や車ではなく、歩くのに限る。エリアは限定されるものの、四囲の様々な対象が視界に入ってくる。見たくないものまで見えるが、それも目的至上主義から脱線する妙味だと思えばいい。

情趣不足気味の都会暮らしの身だから、街歩きしていると情報過多を肌で感じる。情趣の代わりに情報が氾濫している。情報は「雑景」にこびりついていて、時には土着的な匂い、また時にはおかしみを醸し出す。いつもの散歩道なのに新しい発見があるし、何度も見ているのに居直ったような陳腐さに異常なまでに感心する。雑景を通り過ぎた後も、振り払おうとして振り払えない滑稽な余韻を引きずることもある。今日は看板という雑景を拾ってみた。


けつねうどん

「きつね」は、そう発音した本人の思惑と違って、他人には「つね」に聞こえることがある。ローマ字表記上では[kike]の変化で、[i]をなまくらに発音して[e]になったに過ぎず、この変化に大それた秘密はない。

上方落語の噺家ははっきり「つねうどん」と言っている。しかし、文字で「けつね」と表わし、それを派手な看板に仕立てるところが大阪的だろう。この手の仕掛けに地元民は慣れている。しかし、地元民と言えども、「飽きがくるほどアゲガデカイ!」には少々意表を衝かれる。ふつうは何度食べても飽きがこないとPRするところだ。味がワンパターンで飽きるのではなく、けつねのアゲが大きくて飽きるのである。「アゲガデカイ!」というカタカナの表記がばかばかしさを増幅している。

看板2 男性かつら刃物とぎ

ピンクのテントに白抜きの文字。遠目には目立たない。店舗はいかなるカラー戦略を目論んでいるのだろうか。

それはさておき、日本語であるから、文字が伝えている内容はわかる。理美容の器具を扱っていて、化粧品も扱っている。行間を読まなくても――そもそも行間などないが――一般向けではなく業務用だということもわかる。この店は理美容店向けの商材を扱うディーラーである。カミソリやハサミを扱っている手前、二行目の刃物とぎサービスにもうなずける。

と、ここまで理解しても、独特の空気を放つ「男性カツラ」の文字が虚勢を張っているように見える。シャッターの落書きが店じまいを暗示している。

ベルギービールと焼き鳥

焼き鳥をつまみにビールを飲む。ハイボールでも日本酒でも合うけれども、ビールで何の不思議も不満もない。週に二度も三度も店の前を通り過ぎる。そして、いつもつぶやく、「焼鳥屋らしくない」と。

“BELGIAN BEER & YAKITORI”のアルファベットにヨーロッパのどこかの街の、日本人以外のアジア出身のオーナーが経営する店が重なってしまう。鶏肉が不器用に串に刺され、あまり舌に快くないタレが想像できる。

もう一度書くが、ビールと焼き鳥の組み合わせに文句はない。では、このぼくの居心地の悪さはどういうわけか。ベルギービールのせいである。ベルギービールがうまいことは知っている。しかし、ここは単純に「ビールと焼き鳥」でいい。ベルギービールと焼き鳥がハモっていないのである。

英国の印象

イギリス国旗

良きにつけ悪しきにつけ、英国が旬である。喉元を過ぎると旬が終わりそうなので、今が書き頃だ。ぼくの英国と英国人との、きわめて希薄な関わりを体験的になんと了見の狭い見方だ! と指摘されるのを覚悟して綴ってみることにする。

なお、ヨーロッパには7回旅しているが、英国の地には足を踏み入れたことはない。せめてロンドンでもと思い、パリから特急で小旅行を企てたこともあったが、今なお実現していない。もう実現しないかもしれない。

英国での実体験がなく、英国人との接点もたかが知れている。ぼくが一番最初に会った英国人は大学教授だった。「きみは夏に何をしたか?」と聞くから、“I went to the sea this summer.”(今年の夏は海に行きました)というような返事をしたら、彼は“I see.”(なるほど)とうなずいた。言うまでもなく、“sea”“see”のダジャレである。おもしろくなかったし興ざめしかけたが、当の本人は平気だった。

次に縁のあった英国人とは、国際広報の仕事で数年間一緒に働いた。いい人だったが、プライドが強く、またアマノジャクだった。という次第で、ぼくの英国と英国人の印象はほとんど紙に書かれた知識に依る。しかし、文字媒体経由であっても、それもまた体験の変種だと言えるだろう。

『世界ビジネスジョーク集』(おおばともみつ著)は第一章が「EU各国」。「EU参加国の横顔」が最初の見出し。今では28ヵ国が参加しているが、これは2003年頃の話で、当時は15ヵ国だった。ブリュッセルで売られていた絵葉書には各国の国民性を書き添えてあったという。

アイルランド人のように、いつもシラフで、
イギリス人のように料理が上手で、
フランス人のように、いつも謙虚で、
イタリア人のように、秩序正しく、
ドイツ人のように、ユーモアを解し、
オランダ人のように、気前良く、
ベルギー人のように、勤勉で、
デンマーク人のように、思慮深く、
スウェーデン人のように、柔軟で、
フィンランド人のように、おしゃべりで、
スペイン人のように、地味で、
ポルトガル人のように、技術に強く、
オーストリア人のように、忍耐強く、
ルクセンブルク人のように、有名で、
ギリシア人のように、組織化されている。

以上、いろんな顔を持つ統合体、それがEUというわけだが、自虐的な逆説がおもしろい。イギリス人は「料理が上手!」というおふざけだが、今回の包丁さばきはどうだったのか。


独習で使っていた中級の英語読本で“An Englishman’s house is his castle.”(イギリス人にとって家は城塞である)という諺を覚えた。堅固な城塞に引きこもっていたほうがよかったのか。今回の一件に関して、元々加盟したのが間違いだったという論評もある。同じ教本にはコーヒーハウスの話も載っていた。英国と言えばティーではないのかと不思議に思ったのを覚えている。先日古本屋で『コーヒー・ハウス』という、18世紀ロンドンの都市生活史をテーマにした本を見つけた。ハウスでの談論は政治、経済、文化に影響を与えたという。本と出合った翌日、EU離脱のニュースが伝わってきた。コーヒーをよく味わい熟慮して判断した結果だったのか。

英国人と英国社会についてG・ミケシュが書いた『没落のすすめ――「英国病」讃歌』を興味深く読んだのが1978年。ずいぶん啓発されたが、それでもなお、イギリスはよく分からない存在だった。なにしろ、イギリス、英国、UK、ブリテン、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド……と、何がどうなっているのか、なぜ呼び名がいろいろあるのかなど、基本のところで不可解なものがこびり付いていた。英国はぼくの仕切りではヨーロッパに入っていない。ヨーロッパに関する本は数え切れないほど読んだが、英国については上記のミケシュも含めて数冊。他には、ローワン・アトキンソンの『ミスタービーン』と独り舞台のDVDを何度か観た程度……。親近感があると思っていたのは錯覚で、実は、ずっと遠い存在だったというのが偽らざる体験的印象なのである。

野球部に入部するには丸坊主にしないといけないのに、一人だけ長髪のまま部活動をしていた。監督もコーチも気を遣っていた。バントの指示が出ても無視して打ったり、打てのサインなのに見送ったり……。そして、ついに退部届を提出した。丸坊主になるのを恐れたからではない。たぶん、元々野球が好きではなかったのだろう。

単語と文章

『コミュニケーションを生きる!』と題して講演する機会があった。コミュニケーションは思いを伝える単なる手段ではなく、人間関係の潤滑油でもない……何のためのコミュニケーションか? という問いは成り立たない、何のための幸福かと問えないように……人は人間関係に生きコミュニケーションそのものを生きている……というような趣旨であった。コミュニケーションは「飲みニケーション」などとダジャレでごまかすような甘いものではない、ということだ。

少々生真面目で硬派に聞こえるかもしれないが、決して大上段から概念を振り回したわけではない。随所に笑いの仕掛けも埋め込んで、耳にやさしく響かせたつもりである。一昨日、この講演について受講された人たちからの所感がまとめて送られてきた。百枚くらいあったが、すべてに目を通した。鵜呑みにしてはいけないが、「おもしろかった、ためになった」という感想が多くあり、これを機に「コミュニケーションをよく実践していく」という決意も書かれていた。目立ったのが「語彙をもっと増やしたい」という願望である。

新明解国語辞典

講演中、演台に近い最前列に座る男性と目が合い、恐縮ながらいじらせてもらうことにした。「日本語が20万語くらい入っているICチップを脳内に組み込めたらいいですよね」と水を向けたら、彼は無理強いされたようにうなずいた。たしかに、それだけの語彙があればコミュニケーションの達人になれそうな気がする。しかし、単語量の多寡は話せたり書けたりすることとあまり関係がない。たとえ20万語の語彙があっても文章力、つまり話し書く力は担保されないのである。語彙の大きさよりも、単語の配列、ひいては文章論理のほうが決定的な意味を持つ。


とりあえず語彙を増やしたいという話から、ジョークを一つ思い出した。

ある物乞いの前に神が降り立ち、一つだけ願いを叶えてあげようと言った。千載一遇のチャンスとばかりに、物乞いは考えに考えた。そして、懇願した。
「神様、実は、最近物乞いが増えて競争が激しくなっています。どうかあっしをこの町でたった一人の物乞いにしてくださいませ」

いわゆるオンリーワン戦略だが、かなり控えめな願いではある。定職を願ってもよかったし、生涯困らない金品を厚かましくねだってもよかった。競合が消える願いが叶っても、彼はこの先も物乞いであり続ける。

「コミュニケーションの能力のうち、一つだけ授けてあげよう」と神様に告げられて、「語彙を増やしたい」と願うのはこれに似ている。語彙を増やしても、今悩んでいるコミュニケーションは向上しないのである。むしろ、文章構成力こそを願うべきなのだ。

単語を膠着的に並べるかぎり、そうして出来上がる文章は論理を持たない。メッセージは断片的な点を寄せ集めたもの以上にはならない。単語を寄せ集めて文章を作るという発想から脱皮しよう。表現したい伝えたいメッセージが単語の配列を構造的に選択するのである。たとえば、自然や現象や思想に触れる。そこから意味や主張を取り出して法則のようなものを見い出そうとすれば、必然、主格と客体の関係で表現するしかない。つまり、文章という形の描写や命題としてメッセージを立ち上がらせなければならない。

コミュニケーション――言うまでもなく「双方向」の言語行動――に関わる者はこのような言語運用に長ける必要がある。単語を個別に覚えることに必死になるのなら、そのエネルギーを文章を読んだり書いたりすることに向けるべきだ。描写も命題も文章の形を取る。一つの文章は別の文章とつながり、思いを紡ぐ。ひとまずよく読みよく書くこと以外にこれといった妙案は浮かばない。

メディア雑感

人間という〈小宇宙ミクロコスモス〉があり、天空には〈大宇宙マクロコスモス〉がある。小宇宙と大宇宙は気が遠くなるほど離れている。両者をつないでいるのが都市であり、具体的には広場や教会というのが中世ヨーロッパの考えであった。正確に覚えていないが、レオナルド・ダ・ヴィンチに関する本にそんなことが書かれていた。教会の屋根が尖塔になっているのは下界を少しでも宇宙に近づけるためだった、などと想像すればおもしろい。

街や広場や教会が人間と宇宙を媒介しているのであれば、れっきとしたメディアである。メディアとは本来そういう意味だった。「人間はDNAをリレーするメディアである」という発想がある。生命の主役は人間ではなくDNAであり、人間はDNAの運び屋に過ぎないいうことだ。主客が逆転しているのだが、奇を衒っているどころか、もっともらしく思える。そう、蝶が花粉を媒介する生き物であるように、人間もまたメディアを演じているのだ。

知らないことは知っていることよりも、比較するのがバカバカしいほど、そして「1」と類比してもいいほど膨大である。にもかかわらず、「これはいつか見たぞ、聞いたぞ、読んだぞ」という気がすることが多い今日この頃だ。テレビの番組もニュースも、拾い読みする本のくだりも、既視感デジャヴをもよおしているとは思えないほど、経験が「既に見た、既に読んだ」とつぶやいている。メディアとコンテンツが多様化したら、もっと目新しいものに遭遇してもいいはずなのに、どれもこれもが似通っていて、既知や既読と重なったり、知識から容易に想像できる範囲に収まっている。


実際、民放テレビから受ける見覚え感と見慣れた感は度を越してしまった。視聴率を追い求めればタレントの顔ぶれは決まるだろう。番組構成もパターン化するだろう。こんな手っ取り早い方法がデジャヴ番組を増やしている。いや、既視感ではなく、実際に見せられているのだ。新聞の最終面のテレビ番組表は、連日連夜再放送番組リストの様相を呈している。これを一年365日続けるのであるから、もはやマンネリズム不感症候群にかかっているのは間違いない。

テレビは有力メディアとして新聞の番組欄を独占してきた。新聞も新聞だ。今もなおテレビを中心にメディアを捉えている。ぼくの周囲の三十代はほとんど新聞購読しておらず、またテレビもろくに見なくなっていると言うのに。新聞の番組欄にYouTubeの人気動画が紹介されたり、ここ一週間のネット検索キーワードがジャンル別に並んでも決して不思議でない時代になった。メディア界ではすでにテレビは主役ではない。その時々の有力なメディアの人気コンテンツが番組欄を彩ってもいいはずだ。

新聞切抜き

ここまで書いている途中で時代錯誤に気づいている。新聞の番組表にテレビ以外の各種メディアコンテンツを掲載すること自体が現実味を欠く。十分に承知している。縦横無尽とまではいかないが、歳の割にはモバイルやPCなどのITツールをよく活用しているが、ぼくのメディアは今も新聞と本であり続けている。本は未読のままでも、いずれ読めばいいと気楽だが、新聞を読まないと一日が終わらない。腐っても新聞なのだ。主な情報源が新聞の切り抜きであるのは実に奇妙な伝統的習慣と言わざるをえない。

記憶の不思議

半世紀以上も生きてきた人なら、何でも覚えられた若い頃に比べて、記憶の劣化を日々痛感しているに違いない。ぼくと同年の友人知人たちには、忘れるなんて当たり前じゃないかと居直る人もいる。たしかに即座に記憶を呼び覚ますよりは、「ええっと、あれは何だっけ?」ととぼけているほうが大らかで悟ったような雰囲気が漂う。冬枯れの趣のようなものか。忘れっぽくなってねぇと笑って済ませているが、それが単に加齢からくるものか、それとも脳の病ゆえかはなかなか本人にはわからない。気が付けば、笑っている場合ではなかったりする。

memory

記憶には覚えるという機能と思い出すという機能がある。一度も覚たことがないことを思い出すことはできないから、この場合の想起不全を嘆くことはない。老若を問わず、記憶で誰もが困るのは、覚えたはずなのに思い出せない時である。そうこうしているうちに、覚える機能も衰えてくる。やがて、再生できる事柄がだんだんと減っていく。

ぼくの場合、人前で話すことが仕事の一つである手前、度忘れを装って毎度毎度その場を凌ぐわけにはいかない。ホワイトボードに向かったのはいいが、字が書けなかったらお粗末である。ことばが出て来ない失語症に近い症状が頻繁に生じれば失業しかねない。

つい先日、ぼくから教わったことを実践していると、知人がSNSでコメントをしていた。「安易に漢字を調べない(……)脳を甘やかすから」という趣旨である。ぼくは確かにあちこちでそう言ってきた。正確を期せば、漢字だけではない。外国の地名でも人名でも、一度覚えた記憶のある固有名詞は、二次記憶域に入っている可能性があるから、思い出そうとするのがいい。結果として思い出せなくても、記憶の再生回路を刺激することはできる。但し、一次記憶域に仮置きしたテンポラリ情報ならすでに揮発している可能性大で、いくら頑張っても思い出せないかもしれない。ともあれ、脳が思い出そうとする前に安易に調べて答えを与えてはいけないということだ。なお、この持論の再現性には自信がある。しかし、その知人にこの話をしたことはあまり記憶にない。


興味のあることは記憶に残り、そうでないことは記憶に残らない。おおむね正しい。けれども、脳には、どうでもいいことを覚え、たいせつなことを覚えないという癖もある。また、最近覚えたことのほうが昔覚えたことよりも思い出しやすいともかぎらない。記憶には印象の強度が関わるし、その時々の事柄の相対的関係――覚えようとする対象以外に印象的なものがないなど――も意味を持つ。精神状態や体調も関係するだろう。記憶には「軸」らしきものがあって、その軸を中心に覚えたり思い出したりする磁場が形成されるような気がする。

幼い頃から今に到るまで、日本の紙幣は何度か改められた。度々の変更のうち、1984年のそれがぼくの記憶内で軸になっている。もちろん、現在ふだん使っている紙幣のすべてを承知しているが、いざ千円札の肖像はと聞かれたら、今もなおそれは「夏目漱石」なのである。いや、夏目漱石ではないことくらいわかっている。そのバージョンが終わったことを知っている。しかし、現行の「野口英世」よりも先に浮かんでしまうのだから、記憶の強度に関しては夏目漱石が優位である。同様に、五千円札は「樋口一葉」よりも「新渡戸稲造」だ。夏目漱石のおびただしい小説と新渡戸稲造の著作の読書体験が、野口英世の伝記一冊と樋口一葉のたけくらべよりも磁場が広いからだろう。

何十年も前に卒業した高校の担任の誕生日を覚えている一方で、同窓会当日の朝に何を食べてきたのかを忘れてしまう。シニアに顕著な特徴だ。これには説明がつく。古い経験ほどよく回顧していて、記憶庫の棚卸を何度もしてきたからだ。今朝のことは一度きりの経験である。緊張もせずにぼんやりとしていたら、たとえ数分前のことでもすぐさま忘れるのである。

思い出すという記憶の再現性を維持したければ、覚える時点での工夫と習慣形成が欠かせない。簡単に言うと、状況や光景などのイメージ情報にはことば情報で補足すること。逆に、ことばを覚える際にはイメージで関連付けることである。そして、生活習慣としてこのことを繰り返す。たとえば、ぼくはITツールを駆使して仕事をしているが、記憶行動の軸となるのは6穴ルーズリーフのノートである。時系列にリフィルは増えていくが、時折り、順番を変えてシャッフルする。暇な時には、自分が書いたものを読み返し、空いているスペースに関連する事柄を書き足す。こうして繰り返し脳内攪拌しているという次第である。面倒だ。面倒だが、記憶の不思議構造に見合った方法だと確信している。

アクセルと学習の関係

先月『日本人はどこから来たのか?』(海部陽介著)を興味深く読んだ。題名になっているテーマに関心があったのは当然だが、6万年か7万年か前のホモサピエンスの出アフリカから世界への拡散の経緯に以前から好奇心をくすぐられていた。後期石器時代や縄文時代のことですら諸説多々あり、断定できるような確証は不十分である。つまり、素人にも自在な推理が許されるから、人類の起源と進化について自由に想像を膨らませることができる。

かれこれ一年くらいになるだろうか。NHKの『生命大躍進』という番組を観た。簡単なメモ書きを元に思い起こせば、おおよそ次のような話であった。

動物には二種の遺伝子――アクセル遺伝子とブレーキ遺伝子――があり、人類以外の動物では同時に生まれ「相殺」される。つまり、脳の進化も緩やかになる。ところが、人類の場合、ブレーキ遺伝子が故障することがある。故障中にアクセル遺伝子のほうが大量に生まれ、創造力につながる大脳新皮質を誕生させた。言語にはFOXP2という遺伝子が関わっている。40万字もあるDNAのうち、たった一文字だけが書き換えられ、それが言語の高度化を促した……「賢い人間」という意味のホモサピエンスである……。

アクセル遺伝子は新しいことへの好奇心と深く関わっているようだ。ホモサピエンスに先立つこと30数万年、ネアンデルタール人の手掛けた石器はほとんど進化しなかった。他方、ホモサピエンスは創意工夫して石器を進化させた。両者には言語能力とコミュニケーションにも格段の違いがあったというのが通説だ。ちなみに、まだ読みかけだが、ノーム・チョムスキーの近著『言語の科学――ことば・心・人間本性』では、言語獲得の突然変異説が唱えられている。出アフリカの頃、ホモサピエンスの脳の回路が配線し直されるような突然変異があり、それが言語能力をもたらしたというのである。人間だから言語を手にしたのではなく、言語を手にしたから人間が人間になったということだ。


以上のような話は今を生きることとは一見関係なさそうだが、アクセルとブレーキのせめぎ合いは、その後進化を遂げた人間の学習構造に色濃く残っていると思われる。ぼくの企画研修で「習熟の方程式」に関するひとコマがある。新しいことに向けての学習意欲と、それを阻む不利係数の関係について持論を説く。

インプットと不利係数

インプットをアクセル、不利係数をブレーキ、そして、アウトプットを創造性とする。インプットが10のとき、不利係数1という、ブレーキが強くかからない状態ならば、10/1だからインプットしたものがそのままアウトプットという成果を生む。ブレーキが利かない状態はリスクが高いとも言える。ぼくたちが生きていく上で、何でもかんでも新しいことに挑むわけにはいかないからだ。安全や保守への指向性も必要だ。同時に、安全や保守は成長にとって手かせ足かせになるのも事実。たとえば10のインプットに対して10の不利係数が働けば、アウトプットは1しか得られない。いくら学んでも成果が上がらないというのは、この不利係数のせいである。

では、いったい不利係数というブレーキの正体は何なのか。それは三つの要素からできているというのがぼくの見方だ。一つは、抗しがたい外的環境要因。もう一つは集団的な規範やルール。そして三つめに個人的な要因がある。つまり、学びながら自分で自分の可能性を閉ざしている。実は、これが一番大きなブレーキ要因で、一言で言えば固定観念である。アクセルを踏んでアウトプットを増大させたい、自己変革したいというのがタテマエで、ブレーキをかけて今の自分を肯定したいというのがホンネなのだろう。何万年も前に遺伝子が誤動作して獲得したせっかくのアクセルである。ホモサピエンスの末裔としては、勇気をもってアクセルを踏むことも忘れてはならない。

「待つ」

受験勉強をしたシニア世代なら『赤尾の豆単』を知っているだろう。知っているだけでなく、使っていたかもしれない。赤尾とは編著者で当時旺文社社長だった赤尾好夫、豆は小さなサイズの象徴、単は単語のこと。アルファベット順に英単語を並べている点で普通の辞書と何ら変わらないが、受験単語をいつでもどこでも丸暗記できるというのが工夫だった。

英語の何たるかもよく知らず、単語さえ覚えれば何とかなるという一途な思いから、ぼくもご多分に漏れず“a”で始まる単語から覚え始めた。他の単語はいざ知らず、出現頻度の低い“abandon”を「捨てる、放棄する」と覚えたのは、何度も挫折して何度も”a“からやり直したからである。文章や文脈から切り離された単語を万の数ほど覚えてもどうにもならないということを知ったのは二十歳を過ぎてからのこと。

単語一つを小ばかにしているわけではない。むしろ一つの単語について思い巡らす効用を認めている。たとえば、何も書かれていない紙を前にしてめったに連想などできるものではない。その白い紙に一つの単語を書いてみる。すると、その一語がきっかけになってイメージが広がる。深く広く考えたいなら、命題型の一文がいい。命題は是非の考察の引き金になってくれるからだ。ぼくの経験上、あることについて漫然と考えるよりも、是か非かと突き詰めるほうが見晴らしがよくなる。

人のいない椅子

椅子が並んでいる。人は不在である。椅子は12脚配置されていて、時計の文字盤を想起させる。さて、この椅子のどこかに人を座らせてみる。人が登場すると、イメージの働きが一変する。意味を見出そうとするからだ。意味はないのかもしれない。しかし、意味を探ろうとする過程で必ず経験や知識が動き始める。それはちょうど一つの単語を辞書で調べるのに似ていて、椅子と一人の人間の位置取りから、経験と知識のデータベースを参照している働きである。


先日、急な雨に遭い、喫茶店で雨宿りしていた。手帳を取り出して、駄文でも書こうかと思った矢先、雨が上がるのを待っている自分に気づく。もし雨というものが止まないのなら、喫茶店になんか入らなかっただろう。雨は止むものだとぼくは思っている。そして雨雲が去るのを待っている。「待つ」という、わかりやすいことばを手帳の一ページに書き込み、次のような文章を連ね始めた。

「待つ」。わかりやすい単語である。待つのは「何か」である。電車を待つ。人を待つ。わかりやすい。しかし、事態の変化を待つとか結果を待つというのはよくわからない。たとえば、病院で順番待ちしているとしよう。ぼくは順番を待っているのではない。待っているのは診察や検査である。いや、待った挙句、自分の順番が来て診察や検査を受ける――ただそれだけのために待っているのではなさそうだ。疲れるほど長い時間待っているのは、診察や検査の向こうにある、さらなる「何か」だ。

「期待」ということばに「待つ」という漢字があり意味もあるから、好ましい何かを待っているのかと言えば、必ずしもそうでもない。死刑執行も待つだろうし、試験の通知を待つにしても、合格のみならず不合格をも待つことになる。待っているのだが待っていないこともあり、待っていないのだが待っていることもありそうだ。注文して十数秒後にコーヒーが出てきたらがっかりする。もう少し待ちたかったのに、待たせてくれなかった。レストランでは待たされ過ぎて、待ったことの意味が失われることがある。待ちたい、しかしほどよく待ちたいわけで、待ち過ぎたくもないし、場合によっては、待っている何かが現れないことすら期待していたりする。

サミュエル・ベケットの『ゴドーを待ちながら』を思い出す。残念ながら、これまで舞台を観る機会はなかった。若い頃に戯曲を読んだだけだ。舞台は一本の木、田舎の一本道。二人のホームレスが「ゴドー」を待つ。ゴドーは誰かわからない。しかし、二人は待っている。ゴドーの使いと称する少年がやって来て、今日は来ないけれども明日は来るという伝言を残す……。次の日も二人はゴドーを待つ。

「待つ」という単語一つから始まった想像でえらく神妙になってしまった。雨が止むのを待つのとゴドーを待つのとは同じではない。だが、雨が止むことと待つことが切り離される瞬間がある。はっきりと何かを待つ一方で、ぼくたちは案外、ゴドーらしきものを待つ日々を送っているのではないか。対象が何かよくわかっていないし、別に来なくてもいいのかもしれないが、待っている。もしかすると、ただ待つことを愉しんだり悲しんだりするために。目的語を必要としない、待つことの独立性……。

雑談を学ぶ? そんなバカな!

雑

雑〉にはおおむね二つの意味がある。

一つは、粗野に近い意味で、細かい注意が行き届かないさまを表わす。「仕事が雑だな」と指摘されたら、マメさが足りないとか出来が悪いと言われているのに等しい。もう一つは、ある尺度に基づくと分類しづらく、仮に分類できるにしても取るに足らないという判断から「その他」や「基準外」の扱いを受けるもの。このようにカテゴリーに収まらないのが普通だが、時にはカテゴリーをまたぐこともあり、その点では異種混淆の趣を感じさせる。

明確な帰属先を持たない、二つ目の意味の〈雑〉に並々ならぬ愛着がある。雑学、雑感、雑食、雑書、雑文などのまとまりの無さはレアで原始的で野性的であり、はっきりと定義され分類された学問、思考、食事、書物、文章などよりも創発の可能性を湛えている。とりわけ、ぼくは雑談にことのほか熱心である。議論の精度や明快性を重んじるディベートの学びと指導に力を入れてきたが、何を隠そう、実は、不定形で摑みどころのない雑談こそがぼくの本場所と思っている。雑談なのだから、目的も意味もない。しかし、そこに想定外の談論風発が巻き起こることがある。

さて、その雑談だ。雑談に悩む人が多いという話を聞いた。ふと読んだ新聞記事でも、雑談が人材育成や研修の対象になっていると知って、腰を抜かすほど驚いた。新聞記事にも書いてあったが、そもそも雑談とは「中身のない」話である。これが言い過ぎなら、「中身にこだわらない」と言い換えよう。雑談に目論見などない。意識しなくても、勝手に雑談になるのである。ちょうど雑草と同じ。手を加えなくても、雑草はたくましく生え成長する。


新聞記事には雑談力研修を受けた受講生のことばが載っていた。

「何を話せばよいか不安だったが天気の話でいいと分かり楽になった」。

何という感想! 話すことが特になければ、無理にではなく、自然に天気の話をするものだ。雑談入門として天気の話でいいんだよと励まされてほっとするとは嘆かわしい。雑談に方法やテーマを持ち込んだ瞬間、それはもはや雑談ではなくなっている。それを対話とか議論と言うのである。雑談が雑談として値打ちがあるのは、そこに意識が働かず、気がついたらそうなっているからなのだ。

何でも研修できるわけではない。科学やシステムを持ち込むのは、雑談が一般化できると錯覚し、なおかつ仕事に役立つなどという不純な動機を前提にしているからである。好き嫌いを問わず、仕事上のプレゼンテーションや会議はやらざるをえない。こういう類いのものには一般化できそうな技術がいくらかはある。雑談は中身ではなく「場と他人との波長」なのだ。相手が気に入らなければ雑談は成立しないし、たわいもない話題に興味を示せないなら、無理して場に座することもないのである。

〈雑〉をもう一度噛みしめることにしよう。誰も意識して雑事に手を染めようとしない。気がついたら、とりとめのない用事が重なり、それをこなしている。雑学にしても、それを究めようとすること自体が不自然だ。雑学など最初から存在しない。気の向くまま学んだ結果、既存の体系の足跡を認めることができなかったが、後日または後年、雑学が身についていたことがわかる。何を雑談するか、どうすれば相手との距離が縮まって人間関係がよくなるかを学んでいる人間から仕掛けられる雑談、そこに和気藹藹と談論風発が起こることはありえないのである。

しっくりこない時

ずっと以前から「適材」という表現に違和感を抱いている。辞書的には「ある仕事に適した才能を持つ人」で、この字義に特に不満はない。しかし、仕事や場所のことに触れずに、ぽつんと適材とは言えないのではないか。「~に適した人材」という意味だから、「~」が特定されてはじめて適材が明らかになるはずだ。だから、人材と任務・地位を組み合わせたセット表現、「適材適所」が慣用句として使われる。それでもなお、魚の小骨が喉に引っ掛かっているような気分がぬぐえない。

場所が先にあり、その場所で適切に何事かを成すための基準があって、その基準を満たすから、「場所に適した材」が決まってくるのだろう。これは人材と仕事に限った話ではない。素材とテーマのマッチングにも同じことが言える。テーマがあって素材が決まるのである。たとえば、あるカフェの雰囲気づくりというテーマに合ったインテリア、絵、音楽をどうするかと、ふつうは考える。一般的に、カフェに演歌、居酒屋にクラシック音楽だと適材適所とは言えない。

以前ランチによく通った、誰が見ても明らかなイタリア料理店があった。この店のオーナーはルパン三世の熱烈な愛好者で、蒐集したフィギュアを店に飾っていた。つまり、彼が好きな「適材」がまず存在した。それが場にふさわしいかどうかにはまったく意を注いでいなかった。「イタリアンぽくないね」というぼくの指摘に、彼は「好きなんですよ」と返答してけろりとしていた。BGMがいつもボサノバなので、「カンツォーネのほうがよくない?」と言えば、「うちは地中海料理なんで」とおざなりな回答。手打ちパスタとニョッキが自慢ならイタリアンではないか。よろしい、地中海料理だと認めよう。それでも、ボサノバを流す理由にはならない。つまり、彼はルパン三世とボサノバが好きで、それらの素材が客が感じる場の雰囲気に合うかどうかにまったく配慮していなかったのである。


 挿入曲

先日、「世界遺産への旅」というような題名のテレビ番組を観ていた。挿入曲――映像の背景に流れる音楽――は、聞き覚えがあるどころか、とてもなじみ深く、すでにぼくなりのイメージが強く刷り込まれている曲だった。それがまったくふさわしくなかったのである。音楽担当者は、シーンとは関係なく、番組でこの曲を使ってやろうと決めていたに違いない。

それはチベットの修行僧が登場するシーンだった。そこに映画『ひまわり』の主題曲が流れたのだ。このような、特定の物語のために作曲された曲は背負っているものが固有である。別の物語の別のシーンに流用するのは難しい。案の定、主題曲が『ひまわり』のシーンを浮かび上がらせてしまった。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニがチベット僧を消し去ったのである。無難に軽めのクラシック音楽かイージーリスニング系の音楽にしておくほうが、たぶん適材だった。

音楽の効果には技術以上のセンスとジャンルを超えた知識が求められる。番組や映画の映像がよくても、また、物語性が豊かでも、音楽が適材適所失格なら作品が台無しになることさえある。同様のことは、ナレーションの文章表現とナレーターの口調にも言える。カジュアルな番組なのに、肩肘張った口調で自分ひとりで昂揚し、視聴者を置き去りにしていることがある。

挿入曲もナレーションも番組の主題や映像シーンに溶け込んでいなければ居心地が悪く、しっくりこない。もっとも楽曲や語り口には人それぞれの好みがあるから、TPOに応じた「最適な音楽」があるはずもない。また、最適を求めるほどのわがままを言うつもりもない。しかし、主題に見合った適材を探せないのなら、下手に自分の好みや個性を主張せずに、ホテルのロビーで流されるような差し障りのない環境音楽にしておけばいいのである。

セレンディピティを味方につける

セレンディップの三人の王子たち

『セレンディップの三人の王子たち』という物語がある。セレンディップは今のスリランカ。かいつまめば、次のようなあらすじである。

セレンディップ王国は偉大な王が支配していたが、凶暴なドラゴンに悩まされていた。そこで、王は自慢の三人の王子にドラゴンを退治する巻物を探して持ち帰るように命じた。机上の学習だけでなく、武者修業に出して実践的な判断力を身につけさせようという意図であった。長い旅を通じて王子たちは旅先で会う人々の話に耳を傾け、小さな事柄にも気をつけ、困っている人々を救った。結局、巻物は手に入らなかったが、王子たちは偶然を味方につけ、賢明さ、慈悲深さ、勇敢さによる問題解決力、知識を上回る実践的応用力を修得したのである。

重要なのは傍線部。ここに、未知の力を発揮するヒントがある。さて、この物語から「偶然」について一つの考察が始まった。そして、王国の名前セレンディップから〈セレンディピティ〉ということばも生まれた。セレンディピティとは偶然に察知するという概念で、「偶察力」と訳されることが多い。しかし、この一言で片付くと思えないのは、目指して身に付くようなものではないからである。偶然と環境と変化と異種と無自覚……様々な要因が重なる必要がある。


物語が示唆していると思われるセレンディピティとはこうだ。

もともと目指したものは獲得できなかったが、それとは別の、それ以上の成果に恵まれる……本人はそのことに気付いておらず、暗黙知のようなもので動かされている……常識や規範の桎梏しっこくから逃れているため、偶然を生かし感性による気づきが芽生えやすい……前例がないし自らも経験がないから難しいという感情を起こさない……。

同じ環境に身を置いて同じことを繰り返す日々にセレンディピティは生まれにくい。もっと言えば、何をするにしても目的が必要な人、満たさねばならない条件が多い人、規定やルールの縛りを受けるほうが物事に取り組みやすい人……こういう人たちは、持ち合わせているスキルのみを用い、環境の枠組みの中で現実のみを見るから、サプライズが生じる余地がないのである。セレンディピティはサプライズ、つまり、想定外の贈物にほかならない。

他の分析可能なスキルと違って、偶察力を高めるための理詰めの学びがあるわけではない。むしろ、日常の習慣や環境をセレンディピティが生きてくるように見直すのが先決だ。『偶然からモノを見つけだす能力――「セレンディピティ」の活かし方』(澤泉重一著)には、セレンディピティ活用の基本ステップの例が挙げられている。

感動→観察→記録→ネーミング→課題の認識→連想→ファイリング→情報交換→行動範囲の拡大→仮説→検証→発見→創造

あくまでも便宜上のステップであって、こんなふうにセレンディピティが規則正しく生かされるわけではない。むしろ、これら13の要素がセレンディピティ醸成のための環境要因になると考えればいい。最後に、ぼくなりに補足しておく。

感動の前提に好奇心があり、愉快がる性格がある。
観察とは「お節介」だ。対象へ強引に個性が介入することである。
記録は書くこと。書くことが新しい発想や思考を誘発する。
ネーミング、すなわち概念や物事を一言で命名する作業は、要素や本質を見つけることにつながる。
課題の認識は明文化を通じておこなわれる。わかったつもりでは認識に到らない。
連想とは知と知を結ぶこと。こじつけてもいいから点情報どうしをつなぐ。既知と既知のつながりから未知が明らかになる。
ファイリングの基本は分類。分類作業はカテゴリーを生み、大なる概念を小さな概念にブレークダウンする。
情報交換の主眼は異種情報の交換(ひいては統合)である。
行動範囲の拡大は、知的探検と読み替えればいい。一か所にとどまるよりも動いたり旅したりするほうがいい。ウンベルト・エーコは言う、「異なる文化のところにセレンディピティが育ちやすい」と。
仮説検証はワンセットだ。仮説は演繹的であり、検証は帰納的である。一般概念と具体的概念のいずれにも偏らず、行き来することが重要だ。
発見創造もワンセット。知識や試行錯誤経験などが累積した結果、あぶり出されてくる新しさへの気づきであり、他人と違う意識や想像に裏打ちされるものである。