ひげの話

ひげを漢字に変換すると、髭、髯、鬚の三つが出てくる。どれを使ってもよいのだろうと思っていたが、念のために調べた辞書には、髭は口ひげに、髯は頬ひげに、鬚はあごひげに使うと書いてある。よく似たことばがあるのは、それぞれに他とは違う意味や用途があるということだ。ともあれ、いずれも難字だから書くのは面倒、しかも読んでもらえなければ意味がないので、「ひげ」か「ヒゲ」としておくのがよさそうだ。

昨年暮れまで一緒に仕事をしていたスタッフはひげが濃く、休みの日に二日剃らずに放置しておくと、髭・髯・鬚が生え揃って顔の80パーセントが青黒くなると言っていた。彼からすればぼくなどは薄いのだろうが、一週間ほどあればひげをたくわえることはできる。二十代前半に約2年間、三十代から四十代にまたいで34年間生やしていた。現在の「第三世代」はかれこれ78年になるだろうか。

このご時世でもひげがご法度の職業やコミュニティがある。幸い、ひげが理由で仕事を拒絶されたことはない。仕事の依頼があったものの、しばらくして断りがあったケースは何度かある。もしかすると、ひげのせいだったかもしれないが、知る由はない。古今東西、ざくっと言えば、ひげは「威信の象徴」だった。ヨーロッパに「ひげがすべてならヤギでも牧師」という諺がある。そうそう、「ひげは哲学者をつくらない」というのもあった。人は見かけによらない。ひげを生やしているからと言って偉くなんかないぞと言うことだろう。言われなくてもわかっている。手持ちぶさたな時になにげなく文具をいじったりするように、所在なさそうな顔になにげなく印をつけているようなものだ。


もう四半世紀も前の話。久々に会った学生時代の友人がひげをアラブ系の男のように立派にたくわえていた。彼は大手電機メーカーに勤めていて、数年間のサウジアラビア駐在から帰国したばかりだった。今の事情は知らないが、当時は中近東に駐在する日本人は国内での直前研修の間にひげを伸ばし、ひげをたくわえてから現地に赴任した。友人のように数日もあれば体裁が整う人はいい。しかし、欧米人やインド人、アラブ人に比べれば日本男子のひげは薄いから、生やしたくても生えない悩みの駐在員もいたに違いない。

ひげを生やして何が変化するのか。いろいろあるのだろうが、あまり気にならない。ただ一つ、大きな変化に気づいている。それはひげの剃り方である。ひげを満面生やしていても、頭髪と同じように手入れしなければならない。口ひげとあごひげだけの顔にも細やかな手入れが必要なのである。生えぎわに沿ってカミソリをあて、生やしているひげ以外の部分を毎朝剃らねばならない。生やしていない時にはカミソリとシェービングクリームを適当に買って使っていた。しかし、生やすようになると、きわを剃るトリマー付きのカミソリが変わった。そして、クリームも変わった。どう変わったか。高級なものになったのである。

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ひげを生やしていなければ、極端な話、花王石鹸でもいい。今使っているのは写真のシェービングクリーム。英国製だ。なんと2,000円もする。ピーナツ一粒分を指で取り、手のひらの上で水でなじませて伸ばしてやると細かな泡になる。きわがきれいに剃れるばかりでなく、剃り心地がとてもいいのである。毎朝、ていねいに56分かける。そのわずかな時間はリフレッシュのひと時だ。至福の時間などと言うと大げさかもしれないが、一日の始まりに欠かせないルーティーンになっている。そうだ、ひげを生やしているのは、威信のためなどではなく、このプライムタイムのためなのだ。

ペンと剣

俳句や短歌はもちろんのこと、形式をさらに簡素にして文字数を縮減してもなお、そのわずか一行に一冊の本が太刀打ちできないことがある。ことばの無駄が削ぎ落とされた型は質朴ながらこなれていて、ケレン味がない。あらためてレオナルド・ダ・ヴィンチの言、「シンプリシティは究極の洗練」を噛みしめる。五七五も五七五七七も、たとえば「五九三六七」などよりはずいぶんシンプルで垢抜けしている。あたかも「ことばのコンポジション」が定型の中に内蔵されているかのようだ。

先日、キャッチコピーの話をする機会があったので、コピーライターの眞木準の『一語一絵』を取り出して読み直した。小説家の島田雅彦が帯に一文を書いている。

小説家は膨大な言葉を蕩尽してもなお、舌足らずなのに、優れたコピーライターが繰り出す言葉の剣はなんと切れ味がよいのだろう。

ことばの剣の切れ味が必ずしも感動を呼び起こすとは思わない。日常茶飯事の事実や現象が切れ味鋭く表現されていることに驚嘆するのではなく、むしろ物や事の見方・切り取り方に脱帽するのである。ことばを選りすぐってフィルターですのはその後だ。こうして濾過され抽出されて書かれた一文は、もはや事物の表現と言うよりも思想の拠り所を見出しにした感が強い。読書万巻を破った後に出合うそんな一文が、万巻の読後感を空しくしてしまうことがある。


「ことばの剣」と聞いて、英語の諺、“The pen is mightier than the sword.”を連想する。ふつう「ペンは剣よりも強し」と訳される。かねがね不思議に思っていたのは、”sword“を「剣」と表わしているのに、”pen“のほうは原音と同じ「ペン」であるという点。ペンがすでにれっきとした日本語だからなのか。剣に見合うように訳すなら「筆」ではないか。「筆は剣よりも強し」。いや、筆では毛筆を連想してしまいそうだ。それなら「洋筆」でどうか。「洋筆は剣よりも強し」。これで表現のバランスは取れそうだが、こなれていると言えそうにない。

ペンと剣にしたのは、おそらく韻という表現上の工夫ゆえではないかと想像する。ペンと剣なら【p-en】と【k-en】と脚韻を踏ませることができる。もう一つ別の訳がある。「文は武にまさる」がそれ。ここでも韻が踏まれている。文と武で【bu-n】と【bu】という頭韻ができている。

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自宅の机の筆立てに入っているつけペンと剣をXの形にクロスさせてみた。言うまでもなく、剣はペーパーナイフである。諺は「ペンは剣よりも強し」だが、剣のほうが上に置かれてペンを制している格好になった。何のことはない、最初は剣の上につけペンを乗せたのだが、転がって安定しなかったというだけの話。もう一度試せば乗ったに違いない。

ところで、具体的なペンと剣をこうして配置させた構図に、もう一つの訳である「文は武に勝る」という説明を加えづらい。抽象化して概念化した表現だからである。抽象や概念は、案外簡素な形式には似合わないのかもしれない。もちろんぼくの個人的な感覚にすぎないが、俳句にしても短歌にしても、文や武よりもペンや剣というわかりやすい表現が使われているほうが洗練されているように思うのである。

何杯のコーヒー?

以前、コーヒーに関するアンケートの中に「あなたはコーヒーをよく飲みますか?」という質問があった。これはよくない質問の代表例なので、論理思考の講義で取り上げたことがある。

「よく」というのが曲者の曖昧語だ。一日10杯なら「よく飲む」ということに誰も異論はないだろう。では、34杯ならどうか。よく飲むと言えそうだし、いや、その程度ならよく飲むレベルではないとも言えそうだ。まったく飲まないか、飲んでも12杯の人たちに囲まれていれば、34杯はよく飲む派に属する。他方、周囲も自分と同程度に飲んでいるなら、よく飲むと回答しないかもしれない。

調査というものに疎いので、集まったデータの生かし方がぼくにはよくわからない。アンケートを実施した当事者にはどんな人がどれだけコーヒーを飲んでいるのかというデータは役に立つのだろう。それなら、もう少し上手に問いを立てるべきだった。「よく飲みますか?」ではなくて、「一日に何杯飲みますか?」のほうがよかった。これでもなお、集まるデータの生かし方のイメージは依然湧かないが、少なくとも答える側は考え込まずに即答できる。

しっかり目覚めているように、
日に四〇杯のコーヒーを飲む。
そして、暴君や愚かな者どもといかに戦うかを、
考えて、考えて、考えるのである。

『バール、コーヒー、イタリア人』(島村菜津)から引用した。哲学者ヴォルテール自身が綴った文章だから間違いはないのだろう。一日40杯は尋常ではない。と言うか、強度のコーヒー中毒である。ある本にはヴォルテールの一日の最高記録は72杯と書かれていた。呆れ果てるしかない。ヴォルテールの尺度に照らしてみれば、この世の中にコーヒーをよく飲む人などは存在しないことになる。


ベートーベンは日に5杯程度らしかったが、一つのこだわりがあった。一杯のコーヒーに使う豆を60粒と決めていたのである。この数が多いのか少ないのか、ぼくにはわからない。なにしろ挽く前に豆を数えたことなどないから。実は、これで出来上がりはやや薄めになるそうである。それにしても、飲むたびに60粒をきちんと数えたベートーベンに愚直なマニアの姿が重なる。コーヒーの愛好家はおおむね精度にうるさい。大げさに言えば、煎る時間や淹れる時間には秒単位で、湯温には1℃単位でこだわるのだ。

さて、ぼく自身は何杯飲んでいるのだろうか。あらためて振り返ってみた。多い日で5杯。朝の1杯だけという日もある。平均すると3杯というところか。目新しいカフェに足を運んでコーヒーの話をたまに書いたりもするけれど、豆をセレクトし焙煎する側に立てる身ではなく、あくまでも自前で挽いては淹れて飲むアマチュアである。もちろん、もっとおいしく飲むヒントはつねに求めているし、同じ飲むなら少し知識があるほうがいいと思っている。しかし、コーヒーにうるさい知人の凝りようを見ていると、ぼくなどはほんの少し味がわかる消費者に過ぎない。

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日課のように飲むコーヒーもあれば、なにげなく飲むコーヒーもある。その気はなかったが、縁あって飲むコーヒーもある。アンケートを取る人やヴォルテールには申し訳ないが、何杯飲むか、何杯飲んだかなどはどうでもいい。何杯も飲むことを前提にした飲み方ではなく、できれば「一杯一会いっぱいいちえ」とでも言うべき至福を喫してみたいと思う。同じ種類のコーヒーだけを飲み続けて香味の深遠に到るもよし、何種類かの豆を蓄えておいて飲み比べするもよし。後日に思い出せるような印象深い一杯をどう飲むかに意味を見出したい。

ところで、ぼくが思い出す一杯のコーヒーのほとんどは、ベートーベンの好んだのとは違って、深くて苦くて濃いものばかり。そういうのがコーヒーなんだといつかどこかで刷り込まれたに違いない。

『真贋』

何が本物で何が偽物かは通常権威によって決められる。もっとも、悪貨が良貨を駆逐するようになると、良きもの(=本物)はどこかにしまい込まれて流通せず、本物を見る機会は激減する。日頃目にしたり手にしたりするのは悪しきもの(=偽物)ばかり。本物を見ていないから偽物を認識することすらできなくなる。話は骨董や貴金属に限らない。今は、知識や情報、人も商売もことごとく、真贋を見極めるのが難しい時代になっているのである。


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文芸評論家の小林秀雄(1902-1983)は骨董趣味人としても知られていた。本書の名の付いた『真贋しんがん』というエッセイは独立した小文で、それだけ読んでももちろんいいのだが、他に収録されているエッセイと読み併せてみて見えてくるものもある。「美しい花はある。花の美しさなどというものはない」と断言した小林秀雄は、抽象化された美を認めなかった。美しさを「もの」から切り離さなかった人だ。その人が書いた本物と偽物の話である。

古美術商の目利きの力は、若い頃に偽物をどれだけ摑まされたかという経験に比例する。知人の業界人がそんなことを言っていた。骨董趣味のキャリアが長くても小林秀雄は素人であった。ある時期、良寛の『地震後作』という詩軸を手に入れて得意になっていたら、良寛研究家の友人に「越後の地震以降、良寛はこんな字を書かない」と指摘され、その場で傍に置いてあった一文字助光の名刀で縦横十文字に切ってバラバラにした。小林が切り裂いたのはいったい何だったのか? 偽物の何を切り捨てたのだろうか? ちょっと先に次のくだりがある。

書画骨董という煩悩の世界では、ニセ物は人間の様に歩いている。煩悩がそれを要求しているからである。(……)金がないくせに贅沢がしてみたい大多数の好者すきしゃの実情であろう。

どうやら切り裂いて捨てたのは威張りたいという懲りないさがと深いごうだったに違いない。

商売人は、ニセ物という言葉を使いたがらない。ニセ物という様な徒に人心を刺戟する言葉は、言わば禁句にして置く方がいいので、例えば二番手だと言う、ちと若いと言う、ジョボたれてると言う(……)。

先の知人は、「世に出ていない本物は大方旧豪商の蔵で眠っており、いくらでも古い品が発掘できる」と言った。しかし、流通する前に紛失することもあるだろうし劣化や瑕疵もあるだろうから、実際のところ本物は減っていく。ところが、本物が減っても、本物を欲しがる愛好家の数は変わらない。彼らの需要を満たそうとすれば供給は不足する。ここに偽物の出番があるのだ。小林は言う、「例えば雪舟のホン物は、専門家の説によれば十数点しかないが、雪舟を掛けたい人が一万人ある」。どうやら、偽物の効用を認めるからこそ書画骨董界がやっていけるらしいのだ。

博物館の鑑定書が付いていても偽物だったというのは日常茶飯事。「美は不安定な鑑賞のうちにしか生きていないから、研究には適さない」と小林は言う。専門家の研究心が却って見誤りをもたらすのである。権威への信頼もほどほどにせねばならない。

裸茶碗に本物はあっても、箱や極め(鑑定書)のない偽物はないというのがこの世界の常らしい。偽物はモノの外に「らしさ」を持たねばならないということだろう。伝説というものを大雑把に定義すれば、外に在る物に根柢を置かず、内に動く言葉に信を置く表情と言えよう。

伝説の持つ内なる力――ことばの力――が強いからこそ、コピー屋はそこに目を付け、文字によって値打ちをカモフラージュする、というわけである。「あいつのことばは用意周到、でき過ぎている」などと言われないように、自信のあることについては朴訥にポツンと語るのが大人の取るべき措置なのかもしれない。

直線と曲線

じっとして動かない立体物の形状をじっと見る。たとえば彫刻やオブジェ。たいていの形状には直線と曲線の両方が備わっている。部分部分でそれぞれの線が機能的な役割を果たしていると、ものは魅力的に見える。直線と曲線、どっちが優れているかなどという問いは成り立たない。

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平面上で直線と曲線を対比させてみる。直線はわかりやすい。定規があれば、かなりの精度で直線が引ける。曲線は少々御しがたく、フリーハンドでは望み通りの軌跡を描けない。曲線が引けるテンプレート定規もあるが、型に嵌まった線では面白味に欠ける。

しかし、それはそれ。平面上に引かれた線は、直線であれ曲線であれ、立体物に感じた時と同じように、それぞれが機能していれば美しく思える。直線だけで構成された硬派なコンポジションもいいし、曲線ばかりの柔らかなパターンもいい。

直線と曲線を動的に眺めてみる。ある物体が高速で直線的に動く様子に心が動く。ところが、直角の動きをさせてみると、いきなりぎこちなくなる。それに比べれば、直角にアールをつけて動く曲線はスムーズで優雅だ。曲線には直線にない、「遊び、溜め、包み」がある。


直線的に動くものは実直かもしれないが、軽はずみで粗削りな一面もある。いま、ぼくは人のことを語ろうとしている。真夏の出張帰りのある日、新幹線の窓際に座り、新大阪まで隣りの席が空いていてくれと願っていた。願いは次の停車駅で取り下げられた。小柄な中年男が隣りに座った。衝撃を吸収せずにドスーンと座り、座席前のテーブルをいきなりバターンと手前に倒し、バッグからビールとつまみをガバッと取り出し、テーブルの上にバシャッと叩きつけんばかりの勢いで置いた。

男の直線的な動作を描いていると擬態語が足りなくなった。リクライニングシートはガガーンと倒れ、腰を浮かせて座り直せばゴンゴンと振動が伝わってきたし、雑誌はカクカクとした軌跡でテーブルの上にバサッ。関節の造りが不出来なあやつり人形のようだった。直線的な動きとはこれほどまでに不器用で粗忽なのか……と呆れ果てたのである。

を遊び、間を溜め、間を包むように、つまり、曲線的に動作するように心掛けているつもりだが、傍目にもそう映っているという自信はない。自分の粗忽で不器用な動きにはなかなか気づきにくい。なぜ気づかないかと言えば、心の機微のほうが先に雑になっているからだ。直線人間の数が曲線人間を大きく上回っているのが、当世の人口動態的特徴である。

オムニバス

フランス映画『アスファルト』を観た。オムニバス仕立てだが、知り慣れた構成とは少し違う。通常のオムニバスは、いくつかの独立した短編を順に並べて一つのテーマを貫く。『アスファルト』は三編をまとめながらも、その三編が関連付けられる。三編をABCと呼ぶなら、ABCABC→……という具合で、ミルフィーユのように繰り返し重ね合わされる。リーフレットに「愛は、突然降ってくる」と書いてある。たしかに宇宙飛行士が集合団地の屋上に降ってくる。彼は数日間居候させてもらう部屋の主、アルジェリア系フランス人の熟年女性に「(宇宙は)暗黒。暗黒の向こうに眩しい光がある」と語る。「愛」は「小さな喜び、小さな幸せ」に読み替えできそうだ。

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毎朝トーストを食べていて、バターと蜂蜜を塗る。ジャムはめったに使わない。ある日、トーストを齧りながらジャムのことを思い浮かべた。買ってきたばかりのイチゴのジャム。ジャムは壜入り、壜の蓋は強く閉まっているものと決まっている。蓋はなかなか開かない。壜を回しながら栓抜きで蓋のふちをトントンと叩いてやる。それでたいてい開く。それでも開かない時は、輪ゴムを二、三本蓋のふちに二重、三重に巻いてから試みる。これで開く。できなかったことが、一つか二つの工夫でできた時、小さな達成感が得られる。

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十数年前、水性マーカーを買い込んで数十種類の色を揃えたことがある。大きな絵を描くとあっという間にインクが減るので、もっぱらハガキ判の画用紙に描いた。自分でも驚くほど量産した。仕事が一番忙しい時期だったのに、よく描けたものだとつくづく思う。新しいマーカーを買ってきては色を試してみた。やがてマーカーの色試しだけでも愉快になった。そんな一枚が残っている。作意のない無造作な形と色の配置による模様。さっさと捨ててしまってもよかったはずなのに、残っているのが不思議である。

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昨日映画を観た帰りに古本屋で『それでも人生は美しい』という本を手にした。題名からはちょっと想像できない内容の本。著者太田浩一は物理学者。著者が十六人の物理学者とゆかりの街を実際に訪ねて綴ったエッセイ集だ。抑制のきいたモノクロの写真がふんだんに使われ、手抜きのない品格のある文章に好感が持てる。「それでも」という一語が、必ずしも満足ばかりでなかった人それぞれの昔日を彷彿とさせる。

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遅い朝食。トーストと卵焼きとハム以外に懐かしの蒸しパンも半分食べた。午後2時になっても空腹感がやって来ない。午後3時にようやく何かつまみたくなった。半分残しておいた蒸しパンがちょうどよい分量だった。

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久しぶりに水性マーカーを引っ張り出したが、半分以上は色がかすれる。と言うわけで、文章を書こうと思い、今書いている。絵を描くのと文を書くのはまったく別の行為のようだが、行為を下支えしている動機とテーマは案外似通っている。書くことには何らかの自壊作用が伴うが、自浄作用が上回るから書く気になれるのだ。

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やるせなさやせつなさは大きな悲しみの前段階なのか、それとも大きな悲しみが過ぎ去った後の余韻なのか……。やるせない、せつないと言う知人がいる。「それでも人生はまんざらでもない」と気付けばいいのに。小さな喜びに巡り合って人は救われる。仮に絶望的な陥穽に落ち込んだと思っても、何かをしているかぎり救われている。ごろごろだらだらの身に光は照り射さない。小さなことでもいいから没頭できる対象と、ほんのわずかでも没我できる時間があれば、アスファルトのような無機的な日々もそうではなくなってくる。

語感―ことばと思いのはざま

「あの人はすぐれた語感の持ち主だ」などと言う。「すぐれた」とは良いことである。そして、語感が良いことを語感が鋭い、語感が悪いことを語感が鈍いとも言う。日々のことば遣い以外に語感が鋭くなるように鍛錬する方法はあるのだろうか。問うまでもなく、あるに違いない。語感を磨く指南書もいろいろある。

しかし、語感だからと言って、一語一語に習熟し、他の類義語との微妙な違いを覚えてどうにかなるものではなさそうだ。一つのことばは、辞書に載っているような意味を内包しているものの、別のことばと結び付いた瞬間、おおむね意味に変異をもたらす。とある理髪店は看板にうたい文句を入れている。「頭で刈る頭」。一つ目の頭は脳や工夫を意味し、二つ目の頭は頭自体ではなく頭髪のことだ。頭を刈ると言うけれど、刈るのは髪。さらに言うと、刈るとはハサミ捌きのことである。

語感は単語単位で磨かれるのではなく、ことばとことばが連句になり文を構成してはじめて響く。だから、ことばを一つずつ覚えた、かつての英語学習はほとんど功を奏さなかった。日本語にしても同じ。仮に『広辞苑』に収録されている20数万語の見出し語を小さなチップに詰めて脳内に埋め込めるとしよう。こうしてもなお、ことばの使い手になれる保証はないし、語感が研ぎ澄まされることもないだろう。ことばは一部の例外を除いて単独で用いることはない。孤立状態の一つ一つのことばをネットワーキングするからこそ思いが伝わるのである。


avoid

英語の本を読んでいる学生が“avoid”という単語を英和辞典で引いたとしよう。そこには「避ける、よける」という意味が載っている。しかし、つねに「avoid=避ける、よける」では決してない。だから、辞書には文例が示されている。単語の意味だけではニュアンスを摑めないので、用例によって細やかな語感を感得するわけだ。

英語の意味が分かって一安心というわけにはいかない。むしろ、ここから語感の程が問われるのである。その学生は“avoid“を含む原文に戻り、さて「避ける」と訳すか「よける」と訳すかに迷う。迷うのは、避けるとよけるの語感の違いがわからないからである。外国語の悩みはいつも日本語にはね返ってくる。

中村明著『語感トレーニング――日本語のセンスをみがく55題』を参照してみよう。同書の第33問。

①「水たまりをよける」 ②「水たまりをさける」という表現から、それぞれのどちらの場面を連想しますか。

 水たまりに近寄らないように最初から気をつける、あるいは水たまりの多い道を通らずあらかじめ舗装道路を選んで歩く。
 水たまりのある道を歩きながら、飛び越えたりそうっと縁を歩いたりして水たまりに入らないようにする。

①がイ、②がアである。計画性がなく、とっさの判断による行為が「よける」。対して、「避ける」には事前に危機意識が働いている。さらには、「よける」のは目の前の具体的なもの、「避ける」のは想像する事態であることが浮かび上がってくる。

言いたいことがある。その思いを伝えたいのに、使おうとしていることばとの落差があってもどかしい。どうも語感がしっくりこないというのがこれである。一生、ぼくたちはことばと思いのはざまで苦悶する。語彙の問題ではない。文例不足、経験不足なのだ。だから、少しでももどかしさをやわらげたければ、読んで書くしかないのである。

言葉を狩る人たち

毒舌、ツッコミ、からかいも含めて、ことばの揚げ足を取ったり取られたりする場面は日常茶飯事よく現れる。関係の親密度次第では、苦笑で済むはずが嫌悪なムードになることもある。ことばは、だいたい伝わればいいではないかと大雑把な使われ方もするが、他方、神経が磨り減るほど表現のデリカシーに気遣わねばならないこともある。ユーモアやエスプリの味付けに自信がないのなら、危ない橋は渡らないほうがいい。

言葉狩り

講義で「彼の奥さんは……」と言った。悪気のあるはずもない。単なる例文の一つだったから。講義後に主催者側のオブザーバーから注意を受けた。「奥さんという表現はよろしくない」と言うのである。「何と言えばよかったのですか?」と聞けば、「妻です」。「はい、わかりました」と世渡り上手に振る舞っておけばよかったが、そうはいかない。「彼の妻ですか……ぼくの語感ではありえないですね」と、納得がいかないことを伝えた。

この組織での講義はこれが最初で最後となった。そのオブザーバーは内容や文脈には一切関心を示さない、言葉狩り専任の担当者だった。

「奥さん」に不快感を示す人などいないと断言する気はない。しかし、そこに居合わせるすべての人たちの感情をいちいち斟酌していたら何も言えないではないか。「奥さん」という表現は避けるほうがいいと書いてある本を知っているが、これが差別語であるはずもない。そう判断して例文として使ったのである。言葉狩り担当は、組織固有の表現コードによって機械的に単語だけをチェックする。彼らが話者の「意」を汲んだり文脈を考慮したりすることはない。


作家の里見弴に『文章の話』という著書がある。言論の自由がきつく制限されていた戦時中に発行された本だ。トルストイに言及したくだりがある。

トルストイは、「悪行はゆるをべし、されど悪心は悔ゆるを得べからじ」と言っています。(……)ああ、あんなことを言ってしまった、こんなことをしてしまった、という風に悔むのは、おもに言行で、それの基となっている心持の方は、えてして省られないがちです。

舌を滑らせたのは「言」。里見はその言を「しっぽ」、言の元を「頭」に見立てる。しっぽだけ引っ張ったり叩いたりしてもどうしようもないことで、仮に悪しきしっぽだとしても、そのしっぽの動きを指令した頭のほうを見ての是非であるべきだ。悪意か、未必の故意か、あるいは必要あっての意図か……どのような頭がしっぽを動かしたのかを感知しなければならない。判定者に感知する器量が備わっていなければ、しっぽの動きはすべて規制される。悪意ある思想が「彼の奥さん」とぼくに言わしめたと判断されたのなら理不尽である。思想など動いていない。単純な習慣的なものの言い方に過ぎない。繰り返すが、そもそも「彼の奥さん」に悪しきものが見当たらない。

経験を積み重ねていろいろと考えてきたことを――たとえそれが取るに足らないものだとしても――「思想」と呼ぶのなら、思想はことばによって組み立てられている。ことばは思想にして、思想はことばである。だから、ことばが品性を欠き、悪意に満ち、腹いせのように発せられていれば、思想もそんな程度のものだと考えて間違いない。きれいごとだけ上手に並べるずるい頭は逃げ上手にして隠れ上手だから、しっぽではなく頭のほうをよく見ておくことだ。

車のない街

車を運転したこともなければ所有したこともない。最近そんな若者がちらほらいるのを知っているが、昭和二十年代生まれの世代ではかなり珍しい。ぼくはタクシーをよく利用するし、知人の車に乗せてもらいもする。しかし、主たる移動手段は地下鉄とバスであり、近場であれば自前の脚で歩くか自転車で走る。

二十世紀は自動車の時代と言っても過言ではないだろう。車は生活モデルの基礎となって今日に到っている。利便性の高い車社会は、同時にスピード優先の習慣を、ひいてはファーストライフを人々に強いるようになった。産業革命前の人々はスローライフで生きていた。スローライフからファーストライフへの変化は、人類の歴史上もっとも落差の大きいパラダイムシフトであったことは間違いない。

ヨーロッパでも指折りの名立たる街なのに、車が一台も走らない街がある。ラグーナに浮かぶ人工島、ヴェネツィアである。正しく言うと、浮かんでいるのではなく、海底に打ち込まれた無数の杭によって支えられている。車がないから、住民も観光客も歩く。広場を、運河沿いの道を、運河に架かる橋を歩くしかない。バリアフリーな橋は一基もない。この街は高齢者には決してやさしくないし、日常生活の移動も不便である。しかし、スローウォークを面倒がる人は一人もいない。観光客もその習慣に従う。


ヴェネツィアの帽子

ヴェネツィアには二度訪れている。二度目の訪問は200610月。五日間滞在した。その時に買った麦わら帽子が納戸の最上段にある。あと何キログラムかの物体が上に置かれるとペシャンコになる寸前に救出した。この帽子、ゴンドラの漕ぎ手であるゴンドリエーレがかぶる本物を模したものだ。もとよりかぶるつもりで買ってなどいない。カーニバルの仮面よりも種類が少なく、選びやすかっただけの話である。

空と海が近接し(……)水の反射によって非常に明るく、色彩もきわめて鮮明に映る。(『ヴェネツィア 美の都の一千年』 宮下規久朗)

当時の写真を見れば、この描写の通りだ。ヴェネツィアを端的に言い表わす表現に「ラ・セレニッシマ」がある。「この上なく澄み切った、晴れわたった」というような最上級表現。晴朗きわまる空と海の風土という意味と、この世で一番静穏な国という意味を兼ね備えている。

車がないから歩く。大運河に囲まれ、無数の小運河が網の目のように走っているから、歩くだけでは遠くに行けない。だから水上タクシーが存在する。イタリア屈指の観光地であるから、年中観光客で溢れる。ここにゴンドリエーレの存在理由がある。ゴンドラは生活上の移動手段ではなく、観光客向けの遊覧ボートである。

車がなければ生きていけない街があり、車がなくてもどうにかこうにか生きていける街がある。ぼくの住んできた街はどこも構造的には車社会なのだが、車に依存することなく何とかやってきた。便利に暮らすことと幸せに暮らすことが同期することもあれば、まったく同期しないこともある。車のない街は、「もし何々がなければ、どう生きるだろうか」を考えるきっかけを与えてくれる。

時計の時間、自分の時間

何度腕時計を見たら気が済むのかと思うほど、その日は時間が気になった。一人旅先にいて、仕事から解放された後で、時間を気にしなければならない状況ではなかったにもかかわらず。手持ちぶさたから時計を見ていたのだろうか。そうだとしても、時計は手持ちぶさたを紛らわせる道具にふさわしくない。どんな時計も針と文字盤の顔が平凡だからだ。

「場末の酒場」と呼ぶのがぴったりのバーがあった。女主人は気分が良くなると、「♪ 私たちのために時計を止めて、いつまでも今宵が過ぎないように……」から始まる『時計』という歌を唄った。時計は止まったら困るものなのに、あの歌では止まってくれと願う。幸せな人たちは時の流れを恐れる。時計が刻む「イッティックタク」という音さえ彼らの耳には悲しく聞こえる。

家には掛け時計と置き時計が十ほどもある。時計にも個性があるから、示す時刻に微妙な違いがある。どれが正確かはわからない。多数決は面倒だから、わからない時はテレビか携帯で確かめる。この時、テレビや携帯の時報が正しいという暗黙の前提に立っている。その正しい時間は誰が、何が、どこで刻んでいるのだろう。


フランスの時計

フランス製の中古の掛け時計がずっと止まっていた。動いた記憶がほとんどない。前の持ち主が、あの歌のように、何度も時計を止めてと願ったせいかもしれない。

先日、その時計の形状がおもしろいと言って、客人が壁から外して触ったら、まるでかかっていた魔法が解かれたかのように動き出した。長期休暇が明けて仕事を再開し始めたのかもしれない。以来、順調に時を刻んでいる。イッティックタクとは聞こえないし、悲しげでもない。正確な機械音である。

時計は時を刻む。それが時計の仕事。あの日、何度も腕時計の仕事を見ていたことになる。今日はちょっと違う。時計が刻む時間とは別に、自分が刻んでいる時間があることに気づいている。