知らないことだらけである。知らないことを知らねばならないと焦った時期もあるが、この歳になってさすがにもう焦らない。気が向けば知ろうとすればいい。旺盛な好奇心は若い世代に譲るとし、学ぶのが面倒そうなことは彼らに教えてもらおう。
ヨーロッパに出掛けるようになって、もっと勉強しておけばよかったと思うことがいろいろある。とりわけ、キリスト教と建築についてそう痛感する。まだ勉強できる可能性があるから諦めてはいないが、もうちょっと精通していれば感じるものもだいぶ違っていたはずである。
知識を仕入れる手立てはあった。分厚いガイドブックを持参したり現地でも図録を買ったりしたのだから、特に建築についてはそのつどマメに目を通しておけばよかった。百聞は一見にしかず、現場で実物を見るのは希少な体験である。しかし、一見だけで事足りることはない。百聞が下地になるからこそ、一見の価値も倍加するというものだ。
ヨーロッパで古い街が目白押しなのは、やっぱりイタリアだろう。そして、ローマ、ヴェネツィア、ピサ、ミラノ、フィレンツェの五都市を訪れると、古代ローマから17世紀までの6つの建築様式の歴史を辿ることができる。生きた建築ギャラリーそのものである。
ローマには万神を祀るパンテオンがある。世界最古のコンクリート造りの建造物だ。この構造はローマ様式と呼ばれる。
ヴェネツィアのサン・マルコ寺院は一見素朴だが、足を踏み入れるとビザンチン様式特有のモザイクで装飾されている。
トスカーナのピサを訪れてみよう。あの斜塔で有名な敷地には大聖堂が構えている。こちらはロマネスク様式だ。
ミラノには天まで届けとばかりの尖塔を誇る巨大な教会がある。ゴシック様式のミラノ大聖堂である。ゴシック建築には完成までに何世紀もかかったものが多い。
フィレンツェに移動すれば花の大聖堂と呼ばれるドームがある。ドームが特徴だが、ルネサンス様式は古代のインスピレーションを形にしているのが特徴だ。
そして最後に再びローマ。ヴァチカン市国のカトリック総本山であるサン・ピエトロ大聖堂。これはバロック様式の典型である。
ここに書いた建築物については勉強した。しかし、目の前に現れる建築を見て、それが何様式かを言い当てる自信はない。二つか三つには絞れるかもしれないが、一発正解することはたぶん無理である。手元にぼくがスケッチした名もない建築物の絵がいくつかあるが、様式についてはまるで判じ物のようである。
Katsushi Okano
Un edificio anonimo
2002
Pigment liner, felt pen