時々、お菓子の町工場の裏門を懐かしく思い出す。カステラの端っこが店頭に並んでいる店の前を通り掛かる時に思い出し、精肉店で和牛の切り落としを買う時にも思い出す。割れものや端っこや切り落としの商売は昔からあり、今もなお健在だ。むしろ、安っぽさが消えて、かなり高級なイメージに仕上がっているものさえある。
幼少時に住んでいた下町にチョコレートの町工場があった。五円玉を握りしめて裏門へ行くと、すでに数人の子どもが並んでいる。たった5円で両手で包み切れないほどの割れたチョコレートを売ってくれたのである。新聞紙にくるんで手渡してくれた。微量のカカオと多量の砂糖を混ぜた駄菓子系チョコだったと思うが、それでも贅沢なおやつだった。
小学校二年時に引っ越した先にチョコレート工場はなかったが、その代わりにウエハース工場があった。ここも裏門へ行って作業しているおじさんに声を掛ければ、愛想よく応対してくれた。端っこを何枚も重ねたウエハース、時々規格外に大きいのやクリームを挟んだのが入っていた。圧倒的な量。たしか10円だった。
苦労人の祖母は生活がだいぶ良くなってからも、長年の習慣ゆえか、内職をしていた。近くに引っ越してきてからは、小学校高学年だったぼくに「小遣いあげるから手伝いにおいで」と声を掛けてくれた。その頃はおかきの内職だった。一斗缶にぎっしりおかきが入っている。そんな缶がいつも5つも6つも置いてあった。
小指ほどの大きさのおかきに海苔を巻けば磯巻きができる。少し湿らせた布巾に小さな海苔を一瞬触れさせすばやく巻く。おかきは一斗缶にぎっしり入っていて、時々割れたのが見つかるので口に放り込む。割れおかきは今もあちこちで見かけるし、ネットでも売られている。よく売れるので、最初から割っているというまことしやかな噂もある。
割れたおかきは割れていないおかきよりおいしく感じる。同じく、カステラの端っこはカステラ本体よりも絶対においしい。今はもうないが、オフィスの近くにあった鉄板焼きの店のランチの目玉は、黒毛和牛サーロインステーキの切り落としだった。みんなが注文するから切り落としがなくなる。そうすると、わざわざステーキを切るのだそうだ。たしかに切り落としはおいしいし、ステーキよりもライスによく合う。