コーヒーを巡る感覚的断章

☕ コーヒーをテーマにした本を書棚の一角に並べてある。これまでかなり読んでいるが、コーヒーは「読む」よりも「飲む」ほうが断然味わい深い。では、本など読む必要がないのかと言うと、そうではない。コーヒーの知識はコーヒーのたしなみの邪魔にならないどころか、大いにプラスになる。知識がなければただ飲むだけだが、知識があればコーヒーがわかったような気になれる。

☕ 人は味覚や嗅覚や視覚などの五感を駆使してコーヒーを味わう。それぞれのコーヒーには名前が付いている。キリマンジャロ、グアテマラ、マンダリン、モカシダモ、イルガチェフェ、ブラジル……コーヒーの名前も、知らないよりは知っておくほうがいい。

☕ コク、すっきり感、酸味、苦味などの度合と組み合わせは、豆のブランドごとに微妙に異なる。3種類くらいの飲み比べなら、言い当てるのはさほど難しくない。名前と味が照合できるようになれば名指しで注文しやすくなる。「語感」が五感の足りないところを補ってくれる。

☕ 普通は「コーヒー」と発音するが、{コーヒー、coffee、珈琲}のいずれで表記するかによって文中での雰囲気は変わる。学校に上がる前の頃、父に連れられて場末の喫茶店によく行った。客が紫煙くゆらせながらカップを持ち上げ、琥珀色の飲み物を啜っていた。あの濃ゆくて苦そうな飲み物は「珈琲」という文字にふさわしい。

☕ 「さて、コーヒーでも飲むか」とか「コーヒーでもいかが?」などと言ってはいけない。「でも」は余計だ。いや、コーヒーに失礼だ。いやいや、「○○でも」はすべての○○に対して無礼な物言いなのである。

☕ ホットコーヒーを注文すると、小さなチョコレートやクッキーを付けてくれることがある。チョコレートもクッキーもいいが、コーヒーはナッツとの相性がとてもいい。昭和30年前後の喫茶店ではピーナツを出してくれたらしい(今でもそんな喫茶店があると聞く)。ピーナツもいいが、最近は無塩のナッツセットを合わせている。アーモンド、クルミ、カシューナッツ、マカダミアナッツの4種入り。食感と食味の違うナッツでコーヒーの味も微妙に変わる。

☕ コーヒーには飲む前の〈香り〉があり、飲んでいる時の〈テイスト〉があり、飲み終わった後の〈アフターテイスト〉がある。これら三拍子が揃って至福の時間になる。

☕ 「コーヒーとは何か?」などと聞かれることはないだろうが、もし聞かれて、しかも「一言で」と条件が付いたら、「コーヒーとは時間である」と答えるつもりだ。さて、今日二杯目の時間を飲むことにする。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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