アルベロベッロⅠ
アドリア海に面するプーリア州は、イタリア半島のアキレス腱から踵の部分にかけて細長く横たわっている。ここではオリーブ畑とぶどう畑が台地を埋め尽くす。オリーブもワイン用のぶどうも少雨と荒地には強い。このプーリア州にあって一番の観光名所になっているのが世界遺産アルベロベッロだ。アルベロ(Albero)は「木、樹木」、ベッロ(bello)は「美しい、すばらしい」。くっつけると「美しい樹木」という意味になる。
美しいかどうかの感じ方は人それぞれだろうが、たしかに広場や住居の所々に樹木は見える。ところが、地名の由来云々よりも、旅人は独特の形状をした住居群に尋常ではない好奇心を示す。円錐状にとんがった屋根がおびただしく立ち並ぶ光景を遠目に眺めると、まるで樹木が密生する林のように見えてくる。アルベロベッロを紹介する文章のほとんどは「不思議な街」や「お伽の国」という表現を使う。まったくその通りだが、映画やイベントのためにわざわざこしらえたのではないかと錯覚してしまいそうだ。
不思議の屋根をもつ住宅は街中に密集しているが、バスで街に近づく道中もオリーブやぶどう畑の丘陵地に同じ形状の農家が点在している。円錐形ドームを乗せたワンルームの建物はトゥルッロ(trullo)と呼ばれる。部屋が二つ以上になると複数形でトゥルッリ(trulli)という一軒の民家になる。石の建築文化としては特異の存在である。なにしろ良質な石灰岩が豊富に掘り出せるので、住居にもふんだんに石材を使える。しかも、すごいのは、切り出した石をモルタルやセメントを使わず、ただ積み上げるだけの構造なのである。
こんなスタイルの住宅はいったいどこからやって来たのか? 「メソポタミアあるいは北アフリカからクレタ、ギリシアを経て南イタリアに伝わったとする説が有力で、実際、語源的にも〈trullo〉はギリシア語の「ドームをもつ円形の建物」を表わす“tholos”に由来するとされる」(陣内秀信『南イタリアへ!』)。かと言って、起源は古代まで遡るわけではなく、16世紀半ば以降に発展してきたらしい。
なお、このイタリア紀行はまだ続くが、これまで不十分な描写も多々あったかもしれない。今回のプーリア州について関心があればイタリア政府観光局のサイトをご覧いただきたい。そのついでに、他州にアクセスすれば、これまで取り上げた都市についても詳しく知ることもできる。