言論について (7) 詭弁と虚偽への反論

「目には目を、歯には歯を」という有名な箴言。「やられたらやり返せ」と解釈されることが多いが、そういう意味ではない。これは元々、度を超したリベンジを戒めるもの。とは言え、この戒めを守ってもなお議論が泥仕合になるのは珍しくない。勝ち負けにこだわるあまり、ギリシアのソフィストたちは詭弁を多用するようになった。アリストテレスでさえ、「中傷してきた相手には中傷で返せ」と言っているが、短絡的に見習うのは賢明ではない。なぜなら、己に正当性があったとしても、悪口・中傷は人物の評判を落としかねないからである。

ソクラテス

毒矢への対処法に関しては、ソクラテスのほうを模範にすべきかもしれない。『ソクラテスの弁明』に見る冷静にして沈着、これ以外にはないというほどの連鎖的な問いと反論は相手と論点をよく踏まえている。ソクラテスは不幸な終末を迎えたが、正義と真理を背負った人間は強い。しかし、そのソクラテスでさえも強く検証反駁した背景には、自分の立場を有利にしようとする思いがあったことは否めない。

相手に反論をするということは自分の正当性を訴えることにほかならない。どんなに度量が大きい人物であっても、じっとして反論され放題のサンドバッグになってはいけないのである。明らかな誤謬なのに詭弁を弄するような相手には、黙殺という手段はもってのほかだ。

反論上手は敵の手のうちをよく読み、言論のセオリーや定跡をそのつどその場で微妙に変化させて応用することができる。極端な場合、その変化応用が180度転回しないともかぎらない。「相反する命題のどちらをも他人に説得することができなければならない」(アリストテレス)のである。この意味では、ソフィストも彼らを批判したソクラテスも例外ではない。〈XYである〉を主張するためには、相反する命題〈XYではない〉にも通じておかねばならない。コインのトスで肯定側になるか否定側になるかが決まるディベートは、この考え方を反映した典型的なゲームである。


自己批判を踏み台にする反論の方法もある。あるいは、ソクラテスのように「どうも鈍いせいか、あなたの仰ることがよく飲込めないのですよ。つまり、これこれの理解でいいのでしょうか?」という、自嘲気味にしてへりくだるような言い回しは、高圧的な論客が相手の場合に有効だ。要するに、反論の基本姿勢に「クールな頭」と「ホットな心」を据えておく。なお、「よし今度こそうまく反論するぞ」と意気込みながらも、気が動転して何も言えなくなる人がいるが、厳密に言うと、これは言論の問題ではなく、その人の共通感覚的な正義感の欠如によるところが大きい。相手が不正な議論をしたり詭弁を弄したりしているのに、遅疑逡巡するばかりで瞬発的な対応ができないのである。理不尽を前に黙してはいけない。

明らかに相手が間違っている。それにもかかわらず、「その理由をことばで説明できないのは、ほんとうはよく分かっていないからである」とソクラテスは戒める。たとえば、相手が「英雄は色を好む。私は色を好む。だから私は英雄なのだ」と言う。直観して不可解な論法である。最初の前提「英雄は色を好む」と二つ目の前提「私は色を好む」には、共通の表現「色を好む」が含まれている。このような、二つの前提をつなぐことばを〈媒概念〉と呼ぶが、色を好む者は英雄よりも私よりも大きな概念であるから、「すべて」とか「つねに」と言えるような周延はできていない。つまり、〈媒概念不周延の虚偽〉という推論になっている。「色を好むのは英雄だけにあらず」、また「あなたはつねに色を好むわけではない」と冷静に検証できなければ、虚偽の筋が通ってしまう。

これとは逆に、「私は弁護士である。私は男である。ゆえに弁護士は男である」というケースでは、一つ目の前提でも二つ目の前提でも「私」が媒概念になっている。私というのは弁護士や男よりも小さな概念であるにもかかわらず、結論部分で弁護士と男という大きな話に広げられている。これを〈小概念不当周延の虚偽〉という。

以上見たような虚偽やジレンマは言論につきものである。命題には主語と述語が含まれる。その主語と述語の集合概念の大小関係をきちんと捉えるのが論理の仕事。それを無意識に誤ったり、虚偽だと承知しながら故意にすり替える。書かれた文章なら誤謬に気づきやすいが、耳から入ってくる主張だとうっかり聞き損じてしまう。

全体について認められることはその一部についても認められ、全体について否認されることはその一部についても否認される。

これは〈全体と皆無の原理〉と呼ばれる。この原理を心得ておくだけで、ほとんどの集合概念上の虚偽を見破ることができる。揚げ足取りの話をしているのではない。論理の話である。論理が成り立つかどうかという視点で他者の意見を検証していれば、自分が論理を組み立てる時の誤謬にも気づくことができるのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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