控えめな情報、強い意見

目を一度通している新聞を一ヵ月分まとめて再び拾い読みして、おもしろそうな記事があれば切り抜く。「おもしろそう」のレベルを相当上げておかないと、何でもかんでも気になってクリッピング作業が負担になる。三週間分なら5つ、6つの記事がよい。なぜクリップするのかとよく人に聞かれるのだが、残しておいて仕事に役立てようという魂胆で切り抜くのではない。ぱっと見ておもしろそうな記事を、切り抜きながら読み返しているのである。読み返しと切り抜きは一つの行為になっている。

ある記事のくだりに「レストランで必ず出てくるグリッシーニ(イタリアのスティック状のパン)は、店によっておいしさが違った」とある。たまたまグリッシーニのことを知っていて自宅でも時々口にするぼくと、まったく知らない人とでは、この情報への反応はだいぶ違うはずだ。人はまったく知らないことでも信じたり疑ったりすることはできるが、疑うにしても何が間違っているかを指摘することはできない。ただ怪しいと感じるだけである。

たとえば、一週間で百万円が倍になる新しい金融商品のことをまったく知らなくても、危険センサーが働いて怪しいと疑うことはできる(危険センサーがまったく機能しないため詐欺の被害者になる人たちも少なからずいるが)。しかし、上記のグリッシーニの情報にはさしあたっての危険はなさそうだから、「ああ、そうなのか」と読み流しはしても、強く疑うことはないだろう。正しいか誤りかと言えば、この情報は間違っている。「必ず出てくる」と、きっぱりと表現したために生じた誤りである。


グリッシーニは食事の前の「おつまみ」だ。パンの一種ではあるが、長さ2025cmの太いポッキー状のクラッカーを想像すればいい。ぼくの経験では、グリッシーニを出す店のほうが少なく、どこのレストランでも「必ず出てくる」ものではない。この体験的情報を「必ず」で紹介してしまうと、虚偽になりかねない。なお、「店によっておいしさが違った」は著者の意見なので、こちらはどんなに強く主張してもらってもいい。但し、「店によっておいしさが違った」と言うと、グリッシーニが店ごとの自家製のように聞こえる。レストランで出すのはほとんどの場合、数本単位で包装してある市販品だ。おっと、グリッシーニ論ではなかった。

情報というものは、何から何まで調べて用いるわけではない。だから、体験ならその範囲で表現し、情報のサンプルが少なければ控えめに一般化するのが望ましい。つまり、経験であれ引用や知識であれ、情報を持ち出す時点では「過度の確信」を込めてはならないのである。学者が発表したり論文を書いたりするように神経質になることはないが、自分が例外的または特権的に知りえていることを紹介するときは慎重であるべきなのだ。

これに対して、情報から推論して導き出す意見は、説明や理由がつくかぎり、好きなだけ強調すればいいのである。いや、そもそも「弱い意見」や「軽い意見」や「とりあえず意見」などの控えめな意見があってはならない。流行語を借りれば、「草食系意見」は断じてありえないのだ。意見はすべて包み隠さず明快で、大いに強くなければならない。声の大きさではなく、毅然とした強さだ。情報ばかりが強気に威張っていて、声の消え入りそうな意見で収束する話しぶりが最近目立つが、嘆かわしいかぎりである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

「控えめな情報、強い意見」への3件のフィードバック

  1. 本論ではなくグリッシーニへ反応した質問です。何年か前に銀座のイタリアンレストランに入りました。そうしたら説明通りの乾パンのようなものが出てきて、さすがに銀座はサービスが違う、と感心しましたが、請求書を見ると「コペルト」と書いて人数分請求されていました。意味を調べてみると「席料」だとありました。その店で飲み物を聞かれ、未成年が一人「水」と言うとイヤな顔をされました。 あの長い乾パンがグリッシーニだったのでしょうか。それと、イタリアのレストランではお金を払って飲み物を頼むのが常識ですか?

  2. グリッシーニ。ほとんど味がありませんね。だからワインのつまみにはいいのでしょう。買い置きしてあるのをさっき見たら二種類あって、一つは5本が一袋に入っていて細めの割箸のような太さ。別のは長さ25cmほどでボールペンくらいの太さの個包装。ミラノのレストランでは7、8名のイタリア人客が持参のグリッシーニでワインを飲んでいました。
    ご指摘の通り、コペルトはテーブルチャージです(付き出し感覚)。一人300~400円くらいです。十中八九パンで、グリッシーニだけで席料を取るのは珍しい。イタリア人にはワインを飲みながらコペルトのパンをぺろりと二つ三つ食べる人がいて、どんな料理を食べるのかなと見ていると、大きなピザだったりする。麦文化です。でも、日本人のツアー観光客はパンも前菜もパスタもメインもデザートも食べますから、大食ぶりは世界一でしょう。
    なお、本場ではワインを頼むと「ミネラルウォーターも?」と聞いてきます。水は1リットルのガラス瓶で出てきます。値段は市販の2、3倍です。ワインと水を一緒に頼むのがふつうのようです。レストランでは有料です。立ち飲みの喫茶店(バール)では日本のように水を出してくれるところもありますが、とても稀です。

  3. ありがとうございます。今年、新丸ビルのイタリアンに行った時には予約していたからか最初からテーブルに数種のパンが出ていましたが、どのタイミングで食べたら良いのか分からなくて、これ食べて良いのかな?とヒソヒソしてしまいました。あれもコペルトだったのですね。半年経ってやっと意味が分かりました。この時は銀座の経験があったのでワインも水も注文しましたが、田舎もの家族はお家でご飯に限る、と帰ってきました。次回は少し落ち着いて食事が出来そうです。

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