ターゲティング極まる

ワンフロアーにおびただしい種類の品々を揃えて売る店がある。百円ショップとスーパーマーケットとコンビニなどだ。食料品や日用雑貨はたいてい間に合う。こうした何でも屋は誰にでも門戸を開いている。十分条件は満たせないが、不特定多数の必要条件ならある程度は満たす。かつてはすべての業種でこんな万屋よろずやが五万とあった。しかし、「大衆から分衆の時代へ」と言われ始めてから、もう三十年の歳月が過ぎた。今日、多様化が進み、大半の店は専門色を色濃く出さなければ生き残れなくなった。

「出掛ける時は忘れずに」というスローガンで有名な大手クレジット会社のDMが来た。DMは忘れた頃に送られてくる。以前この会社のゴールドカードの会員だったが、複数のクレジットカードの年会費がバカにならないので、整理対象にした。もちろん会員履歴が残っているから、ぼくの個人情報はリストに入っているに違いない。今回のDMは個人カードの復活を促すものではなく、法人のビジネス・プラチナカードの案内。年会費が消費税別で130,000円という「怖ろしいカード」だ。

DM20cm×20cmの正方形サイズで12ページ。不特定多数を対象にしているはずもない。ターゲットを絞り込んで想定している。十数年前ならいざ知らず、今のぼくをそのターゲットに含めているのは買いかぶりである。では、ターゲットは誰か? 景気のいい会社の経営者かプロフェッショナルであり、ステータス志向者であり、そこそこのインテリジェンスを備えた顧客のように思える。なぜインテリジェンスを備えた顧客かと言えば、表紙をめくった表紙裏のページがいきなりこれだからだ。

働く喜びが仕事を完璧なものにする。
――アリストテレス


哲学者の名前に違和感を覚えたり尊大な姿勢に見えたりする人が共感するはずもない。アリストテレスに響く可能性の高いターゲットを定めているはずである。ページをさらにめくると、次に出てくるのがアリストテレスの師匠筋のことば。

世界を動かそうと思ったら、まず自分自身を動かせ。
――ソクラテス

さらに続く。

最も生きた人間とは、最も年を経た人間のことではない。最も人生を楽しんだ人間のことである。
――ルソー

「最も生きた人間」というこなれない翻訳的表現に違和感があるが、見逃そう。とどめはこちら。

うまく使えば、時間はいつも十分にある。
――ゲーテ

偉人たちのキーワードを並べると、働く喜び、仕事、世界、自分自身、人生の楽しみ、時間……ということになる。こうした概念がそこそこのステータスに辿り着き、さらに上を目指す人たちに訴求し、カードを手にしたくなるという目論見のようである。このDMの効果のほどは知る由もないが、何を売るか、何を伝えるかという古典的マーケティング手法でないことは確かだ。誰に売るか、誰に伝えるかというターゲティングを意図している。

targeting

人は他人と同じものを欲しがり、何が何でも欲しがるというピークはとうの昔に過ぎている。要らないものは要らない。たとえ欲しくてたまらなくても、要らないものは手にしないというのが当世の傾向である。“Marketing”を修正して“Targeting”に置き換える時代ということだ。定価500円の商品を100人に売って5万円を売り上げるのではなく、定価5万円の商品を一人に売る。売上額は同じである。

そのつど無い知恵を絞って、手作りさながら少人数ターゲットに多品種小量を提供する仕事をしてきた身である。そこに仕事の楽しみを見い出してきたのが精一杯の自負かもしれない。研修の仕事一つを取っても、ターゲティングが極まっている。千人集めて話すようなテーマに挑むよりも、せいぜい十人、二十人程度の極小勉強会のほうがやりがいがある。欲張ってターゲットを広げると画一的にならざるをえない。画一的であるということは、一人ひとりの個性や個別ニーズに目を向けていないということにほかならない。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です