敢えて面倒な検索

週末に古書店で『ドイツ・オーストリア 東山魁夷小画集』を見つけた。収録図版70点、150ページの文庫サイズだから、立ち読みで済ましてもよかったが、全六冊シリーズのうちすでに『京洛四季』を読んでいた縁があって、買って帰った。『ドイツ・オーストリア』に一通り目を通した後『京洛四季』と隣り合わせに置こうと思ったら、『京洛』が見当たらない。どうでもいいのだが、いったん気になると意地になる。ありそうな場所の本棚を丹念に探したがやはり見つからない。諦めた。日を変えると、案外容易に見つかったりするものだ。

電子書籍なら検索は便利に違いない。しかし、時間のかかる面倒な本探しも読書行為の一つだと観念しているし、若い頃からの習慣だから慣れている。用語を調べたいなら、辞書よりもウェブのほうが便利なことは知っている。ウェブなら一発検索できる。しかし、探している用語の意味だけを知れば当面の目的は完了する。そこには寄り道も脱線もない。辞書ならどうか。ページをめくり探し当てた見出し語以外に、その前後の用語が自然と視覚に入る。気になれば読んでみる。無関係かもしれない用語に望外の発見があったりする。それが楽しい。効率のよい検索だけが知につながるなどとは考えない。

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アナログノートを愛用している。長所と短所がある。そのことを十分に承知した上で35年以上続けてきた。つまり、うまく長所を生かして短所に耐えてきたわけだ。仕事柄考えなければならない。単に考えるのではなく、新しいことを考えなければならない。新しさは無から有を生み出すことではなく、既知の事柄の組み合わせである。知っていることをジャンルや時系列を越えて結ぶことである。腕を組んで脳内検索してもうまくいかない。記憶をまさぐってイメージを浮かべても雲散霧消するばかりである。記憶検索は難しい。しかし、記録検索なら何とかなる。


脳は整然とした秩序ではなく、カオスを特徴としている。カオスだからこそ知のダイナミズムが生まれる。しかし、脳を直接上手にマネジメントするには天才を要する。ゆえに、凡人は記憶したものを可視化できる作業所を用意しなければならない。記憶を文字化した記録の置き場所、それがノートである。混沌とした脳の記憶をいつでもどこでも一覧できるようにしてくれる。そんな記憶の記録帳をぼくは〈脳図ノート〉と命名し表現した。ルーズリーフ式のバイブルサイズの手帳である。前世紀の終わり頃に評判になり活用する人もかなりいたが、今ではすっかり出番の少なくなった代物だ。

考えたこと、気づいたこと、知りえたことのすべてをここに記す。あちこちに分散させないので、知識や情報は一元化できている。だいたい半年分から一年分の直近の事柄を書き込んだページを綴じている。枚数にして350枚程度、両面あるから700ページ分になる。いつも傍らに置くか携行している。日々新しいページが加わるが、それだけでは単なる記録にすぎない。たいせつなのは、書いたものを読み返すことだ。〈脳図〉を繰り返し読めば、脳のカオスの中に仮想のディレクトリーやインデックスが見つかる。まるで脳にアクセスして情報を閲覧するようなものだ。こうして新旧様々の異種情報間に対角線が引かれ相互参照が促される。関連しそうなページどうしは近接させる。ページの順番はつねに流動して更新統合される。

自分の手で書いたのだから、どこに何を書いたのか、大半は覚えている。もちろん探すのに手間取るのは日常茶飯事だが、ページを繰っている過程で探している情報と無関係なページに出くわす。この偶然が偶察になり新しい知を触発してくれる。DropboxEvernoteも使っているが、それらは写真や大容量ファイルやウェブページの切り抜きを保存するため。たまに図書館のように利用することがあるが、ぼく自身のアイデアや観察や読書の抜き書きはそこには書かず、すべて〈脳図〉にしたためる。

こんな話をすると、ある人は啓発されて試してみようと言い、別の人は「やっぱり検索が不便だと思う」と言う。「この時代に、今さらノート?」と懐疑する人もいる。たしかに、アプリやソフトを使えば一元化もできるし検索もうんと楽になる。しかし、統合作業は結局自分でやるしかないのだ。仮にAIで統合できる時代が来たとしても、自分という個性的存在が編み出すアイデアが欲しいのであって、統合の省力化をしたいのではない。過去様々な知的生産の技術が生まれては消えたが、古典的なアナログノートは知の一元化と統合にめっぽう強いのである。手間暇がかかり面倒である。しかし、料理と同じで、即席よりはかなりおいしい結果になる。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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