企画業のかたわら、三十代後半から人前で話をさせていただいてきた。「浅学菲才の身」という、心にもないへりくだりはしないが、我流の雑学しかやってこなかったから、知識の出所についてはきわめてアバウトである。しかし、そうだったからこそ、思うところを語れてきたし、二千回を超える講演や研修の機会にも恵まれて今日に到ることができた。学者の方々には申し訳ないけれど、つくづく学者にならなくてよかったと思っている。
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何をどう読むか
ぼくが会読会〈Savilna〉を主宰していることはこのブログでも何度か紹介してきた。サビルナとは「錆びるな!」という叱咤激励である。本を読み誰かに評を聞いてもらっているかぎり、アタマは錆びないだろうという仮説に基づく命名だ。登録メンバーは20数名いて、毎回10名前後が参加している。前回などは二人のオブザーバーも含めて14名だったので、発表時間が少なくなった。せっかく読了して仲間に紹介しようとするのだから、最低でも10分の持ち時間は欲しいが、少人数では寂しく、また、賑わうこと必ずしも充実につながるものではないので、少々悩む。
今のところ年に8回をめどにしている。あまり本を読まない人でも、皆勤ならば8冊は読むことになるわけだ。この会読会では書評をレジュメ2枚以内にまとめることを一応義務づけている。そして、新聞雑誌での著名人による書評が当該図書の推薦であるのに対して、この勉強会の書評と発表は「自分が上手に読んだから、話を聞いてレジュメを読んでもらえれば、わざわざこの本を読むまでもない。いや、すでにあなたはこの本を読んだのに等しい」と胸を張ることを特徴としている。なお、ネタバレになるので詩や小説を取り上げないという約束がある。それ以外の書物であれば、時事でも古典でもいいし、洋の東西も問わない。
なぜ書評を書くか。これはぼくの「本は二度読み」という考えを反映している。娯楽や慰みで読む本を別として、読書には何がしかのインプット行為が意図される。そして、インプットというものは一度きりでは記憶として定着しないから、できれば再読するのがいいのである。しかし、一冊読むのに数日を要し、再読に同じ時間を費やすくらいなら、別の本を読むほうがましだと考えてしまう。結果的には、「論語読みの論語知らず」と同じく、「多読家の物知らず」の一丁上がりとなる。本に傍線を引き、欄外メモを書き、付箋紙を貼っておけば、200ページ程度の本なら再読するのに1時間もかからない。読書の後に書評を書くという行為には再読を促す効果があるのだ。
さて、書評で何を書くか。実は、これこそが重要なのである。まず、決して要約で終ってはならない。要約で学んだ知は教養にもならなければ、人に自慢することすらできない。一冊の本を読んで、要約的な知を身につけた人間と、その本の一箇所だけ読んで具体的な一行を開示する人間を比較すれば、後者のほうがその書物を読んだと言いうるかもしれない。そう、具体的な箇所を明らかにせずに読後感想を述べるだけに終始してはいけないのである。したがって、引用すべきはきちんと引用し、読者として評するべきところをきちんと評するのが正しい。誰も他人の漠然とした読後感想文に興味を抱きはしない。
きちんと引用しておけば、書評に耳を傾けてくれる仲間にその書物の「臨場感」を与えることができる。引用には書物の凹凸があるが、感想はすべての凹凸をフラットに均してしまう。これぞという氷山の一角を学べる前者のほうがすぐれているのだ。何よりも、引用こそが知のインプットの源泉にほかならない。ともあれ、ルールという強い縛りではないが、以上のような目論見があれば、10人集まる会読会では、仲間の9冊の本を読むのと同じ効果がある。少なくとも読んだ気にはなれる。
どんな本をどのように読むか。強制された調べものを除けば、原則は好きな本を楽しく読むのだろう。世には万巻の書があるから、好奇心を広く全開しておくのが望ましい。食わず嫌い的に狭い嗜好範囲で小さな読書世界に閉じこもっているのはもったいない。ぼくの読書はわかりやすい。知識の補給としての書物と、発想や思考を触発する書物の二つに分けている。前者と後者の割合は2:8程度。前者には苦痛の読書も一部あるが、後者は嬉々として著者と対話をする読書である。対話だから真っ向から反論も唱える。今は亡き古今東西の偉人たちとの対話が個別にできるほどの愉快はない。たとえば、『歎異抄』を読むということは、親鸞の知と言について唯円と対話するということなのだ。
これまで、取り上げる書物については、文学作品以外に制限はなかった。次回6月の会読会では、初めての試みとして「読書論、読書術」にまつわる本を読んでくるという課題を設けることにした。会読会メンバーの最年少がたしか37歳なので、今さらハウツーでもないのだが、自分の読み方を客観的な座標軸の上に置いてみるのも悪くないと思った次第。ぼくは二十代半ばまでに50冊以上の読書論、読書術、文章読本の類を読んだ。大いに勉強にはなったが、中年以降になったら読書術の本を読む暇があったら、せっせと読書をすればいいと考えている。ゆえに、今回のハウツーものの課題は一度きりでおしまい。
読書しながら世話を焼く
「春眠不覺暁」の盛りまではまだしばらく時間がある。春の眠りは心地よくて朝が来たのもわからないという、この生理機能の前に「本を読んでいると眠くなる」という兆しが現れる。読書だけでなくテレビを見ていても考えごとをしていても、季節が寒から暖へと移り変わる頃はついうとうとしてしまう。歳のせいかもしれないが、この習癖(?)は若かりし時代も同じようにあった。顕著なのが就寝前なので、本を読みながらそのまま熟睡に入るのはまんざら悪いことでもないだろう。
昨年から“Savilna(サビルナ)″を冠にした会読会を始めた。知の劣化を読書と書評によって食い止めようという試みで、「錆びるな!」を捩った名称だ。この会読会を意識して読むべき本を選別することはまったくない。ぼくなりに読みたい書物の今年のテーマはあるわけで、それに背いてまで受けを狙うような本の読み方はしない。とは言うものの、今年に入って読了した何十冊かの本の中からどれを書評するかという段になると、ただ自分が気に入ったり動かされたりしたという基準だけでは選び切れないのである。
有志が集まる会読会で彼らが読んでいない本について書評するような決まりがなければ、読書ほど私的で自由な楽しみはないだろう。書誌学者や評論家でもあるまいし、好き勝手に読んで大いに自分だけが学べばよろしい。しかし、レジュメを一、二枚にまとめてメンバーに配り、さわりの引用文と書評を紹介しようとすれば、読もうと思い立ったときの本の選択基準とは別の読み方を強要されてしまう。生意気な言い方をすると、ぼくにとっては別段教訓的でもないが、彼はこれを知って目からウロコだろうとか、別の彼には仕事上のヒントになるのではないかという思惑が読書中に働いてしまうのである。
勉強のため、あるいは楽しみのためにその本を選んで読むことにした。にもかかわらず、読書を通じて自分自身が学んでいるのではなく、「このくだりをみんなに知っておいてほしい」などと、まるで親が幼い子どもに昔話を読み聞かせるような心境になっている。「この箇所は、ぼくがくどくど説明するよりもそのまま引用したほうがよさそう」と思っていることなどしばしばなのだ。えらくお節介を焼いているものである。
しかし、考えてみれば、企画業や講師業という仕事にサービス精神は欠かせないのである。振り返れば、会読会が始まるずっと前からぼくの読書の方法は、自他のためだったような気がする。本を読みながら自分がよく学び楽しみ、その学び楽しんだテーマや文章を誰かと分かち合いたいと願うのは当然至極だろう。「自分の、自分による、自分のための読書」の純度に比べて、第三者を意識した読書の純度が低いわけではない。ついでに世話を焼いているだけの話だ。それはともかく、年に何十冊も本を読んでいながら片っ端から忘れてしまう読書人にとって、書評をまとめたり発表したりするのはプラスになるだろう。読みっぱなしよりもたぶん記憶は深く濃密である。
テレビという情報源の使い方
論文でもディベートでもいいが、論拠や裏付けに用いる情報源がテレビというのはちょっとまずい。何年か前の経営者ディベート大会での話。証拠に事欠いて、NHKの番組の一こまを紹介した人がいた。彼は記憶を辿って”引用”したが、準備をしていたわけではなかったから、文言が正確であるはずもない。相手に正確な引用を求められ、さらには発言者の氏名・専門性や証言者の権威まで尋ねられて対応に窮して万事休す。
テレビはすべての人々に公開され公共性も高い媒体で、専門筋の権威たちが発言している機会も多い。それにもかかわらず、正確に引用しても公式の証言としては認められにくい。音声ではなく活字になって、しかるべき信頼性の高い出版物として紙に印刷されてはじめて証拠価値が高まる。
最近めっきりテレビを観る回数も時間も減った。原因はよくわからない。ここしばらく腰痛のため、ソファに座るのが苦痛のせいかもしれない。ぼくの書斎はテレビの置いてあるリビングルームのすぐ隣りで、いつもドアは開けっ放し。だから軽い仕事をしている時は、画面を観ずにラジオのように音声だけを聴いている。時々耳がピクピクとする情報が入ってきて、これは雑談のネタになりそうだ、というものもある。ニュース性のある一次情報としては新聞や雑誌と比べても遜色はない。
新聞紙上で活字として再生されるものは、記事を読めばよい。たとえば百歳以上の高齢者が四万人を超えたニュースなどはテレビを最終情報源とするのではなく、活字で子細を確かめるべきだろう。後日印刷物にならない、たれ流しの情報にこそテレビの価値がある。聞き漏らしたら縁はなし。ふと耳に引っ掛かった情報が「少考」のきっかけになることがある。
サンデーモーニングで国際政治学者の浅井信雄がオランダの新聞に載っていた話を紹介していた。日本の政権交代の記事で、「自由民主党」についてのコメントだ。「〈自由〉もなく、〈民主的〉でもなく、〈党〉でもなかった。それは派閥の集まりに過ぎなかった」というふうな記事だったらしい(英字新聞なんだろうか。調べたけれどわからなかった)。ちなみに自由民主党の英語名は“Liberal Democratic Party”だ。一語一語を否定したのがおもしろい。
月曜日の朝。民主党の新しい国会議員の女性が元風俗ライターであることを隠していたというニュース。いや、これはニュースなんかではない。ただのゴシップだ。経歴詐称ではなくて伏せていたという話だ。別にいいではないか。まったく大した問題ではない。国会議員としては未来形で未知数だが、風俗ライターとして「いい仕事」をしていたのなら、誰かがつべこべ言うべきではない。「現」よりも「元」が気になる体質は民度の低い日本人に染みついているようだ。「いい仕事をした元風俗ライター」よりも、むしろ「やることをやっていない現職の国会議員」に対して難癖をつけるべきだろう。
二次、三次のメタ情報としての価値はさておき、一次情報としてのテレビの役割は捨てたものではないと思っている。
都合よく感性に逃げる
十数年前になるだろうか、二部構成の講演会で、ぼくが第二部、「偉い先生」が第一部ということがあった。本来ぼくが前座だったのだろうが、先生の都合で入れ替わった。礼儀かもしれないと思って、先生の第一部を聞かせてもらった。「ことばじゃない、こころなんだ」が趣旨で、要するに「理屈じゃなくて感性」という話である。ちなみに、ぼくのテーマは対照的なディベートであった。
どんな主張をしてもいいと思う。けれども、「偉い先生」なんだから、理由なり論拠は付け足しておくべきだろう。講演中、ぼくの素朴な「なんでそう言えるんだろう?」という疑問は一度も解けなかった。「理屈じゃなくて感性」という理由なき主張は、「理屈を言いながらも感性的であることができるのでは……」と考える聴衆に道理を説いていない。しかも、先生、いつの間にかことばと理屈をチャンポンにしてしまった。さらに、先生、「ことばじゃない、こころなんだ」というメッセージをことばで伝えているのだ。ことばと感性を二項対立的にとらえていること自体が理屈ではないのか、とぼくなんかは考えてしまう。
「ことば vs 感性」というふうに対立の構図に置きたがるのが感性派に多いのも妙である。どっちを欠いても人間味がなくなるのでは? とぼくは問いたい。ことばが先で感性が後か、感性が先でことばが後か――大した論拠もないくせに拙速に「感性」に軍配を上げないでいただきたい。なぜなら、ことばのない動物に感性があるのかどうかは証明しえないし、彼らに聞くわけにはいかない。明白なのは、ことばを使う人間だけに感性という概念が用いられているという事実だ。つまり、ことばを切り離して感性だけを単独で考察するわけにはいかないのである。ましてや、優劣論であるはずもない。少なくとも、「ことばじゃない、こころなんだ!」という趣旨の講演会に来ている人は、ことばを自宅に置いてきて感性だけで聞いているわけではない。
一昨日、高浜虚子の『俳句の作りよう』を通読した。俳句は「感じたことをことばに変える」ものなのか。ここで言う「感じたこと」はもはや感性というよりも「感覚」というニュアンスに近いのかもしれないが、では、感覚が先にあってことばが後で生まれるのか。ぼくの俳句経験は浅いし、どんな流派があるのかも知らないが、俳句において「言語か感性か」などと迫ることに意味はないと思う。俳句を「添削と推敲の文学」とぼくは考えているが、ことばと感性は「和して重層的な味」を出すのだろう。感じるのとことばにするのは同時かつ一体なのではないか。虚子はその本の冒頭で次のように言っている。
「俳句を作ってみたいという考えがありながら、さてどういうふうにして手をつけ始めたらいいのか判らぬためについにその機会無しに過ぎる人がよほどあるようであります。私はそういうことを話す人にはいつも、何でもいいから十七文字を並べてごらんなさい。とお答えするのであります。」
素直に解釈すれば、ことばを十七文字並べることを、理屈ではなく、一種感性的に扱っているように思える。むしろ、「何かを感じようとすること」のほうを作為的で理屈っぽい所作として暗に示してはいないか。ことばを感性的に取り扱うこともできるし、感性をいかにも理屈っぽくこねまわすこともできる。
一番情けないと思うのは、ことばの使い手であり、ことばを使って話したり書いたりしている人たちが、ことばを感性の下位に位置させて平然としていることである。「ことばはウソをついたりごまかしたりする」などと主張する人もいるが、このとき感性だって同じことをするのを棚に上げている。このように都合よく主張を正当化していくと、やがて権威の引用をも歪曲してしまう。と、ここまで書いてきて、そうだ、あのエビデンスの濫用を取り上げなくてはいけないと正義感が頭をもたげてきた。明日、典型的な牽強付会の例を斬る。
レオナルド・ダ・ヴィンチを語る
一昨日の夕方、熱気あふれる書評輪講会を主宰した。数えて3回目。今回は10人が参加した。語ることばや想いから熱気はほとばしったが、テーブルからも立ち上がった。と言うのも、場所が鉄板焼の店だったからである。今回は書評会と食事会を同じ場所で開催した次第だ。
一応6月まで続ける予定で1月から始めた。そのうち一度はルネサンスがらみの書物を書評するつもりにしていた。ルネサンス全般を取り上げると持ち時間10分や15分ではきつい。そこで、さほど思案することなく人物をテーマに選び、さも必然のようにレオナルド・ダ・ヴィンチに落ち着いた。そこから先で少し迷った。最近読んだ『モナ・リザの罠』(西岡文彦)にするか、『君はレオナルド・ダ・ヴィンチを知っているか』(布施英利)にするか、はたまただいぶ前に読んだレオナルド本人の『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』にするか……。
結果的に『君は・・・』を取り上げることにした。レオナルドに関する知識の少ない人には、著者の言わんとすることがよく伝わりそうな気がしたからである。宇宙をかいま見た男、宇宙と人体を関係づけ対応させた話、生前は音楽家としての名声のほうが画家よりも上だったというエピソードなどは興味をそそる。
中高生の頃に絵画に打ち込んだ時期があって、何もわからぬままレオナルドやルネサンス期の絵画に魅せられた。とりわけ輪郭線を引かずに絵の具の明暗のコントラストだけで描いてみせる〈スフマート技法〉には目を見張った。何年か前に水彩で試みたが、人に見てもらえる出来上がりにはほど遠い。
レオナルド自身の手記を読めばわかるが、絵画技法にとどまらず、この天才は新しいテーマを次々と追究していった。手記の冒頭にはこう書かれている。
先人たちはことごとく有用な主題を選んでしまった、だから自分に残されたのは市場の値打ちのない余りものみたいなテーマばかりだ、だが、それらを引き取って何とかしてみよう。
ニッチ志向に到った趣旨が書かれている。シニカルな謙遜であり孤高の精神が滲み出る。
文章の切れ味にもこれまた感心させられる。哲学的メッセージあり、斬新なアイデアあり、鋭い視点あり。しかも、ほとんどが自信を漲らせた断定調なのだ。拾い出すとキリがないが、ぼくを反省させ、しかるべき後に心強くしてくれた箴言が二つある。その一つ。
権威を引いて論ずるものは才能にあらず。
若い頃、引用文だらけの書物にコンプレックスを抱いたものだった。「よくもこれだけ調べたものだ」と感心し、根拠のない自分の勝手気まま思考を責めたりもした。しかしだ、「偉い誰々がこう言っている」などという引用そのものは、努力と熱意ではあるだろうが、才能なんぞではない――レオナルドはこう言ってくれているのである。そんなことよりも自力で考えて論じなさいと励ます。
もう一つの章句もこれと連動する。
想像力は諸感覚の手綱である。
きみはいろいろ見聞したり触ったりするだろうが、そうして感知する物事や状態の大きさ、形、色や味、匂いや音・声などをつかさどっているのがイマジネーションなんだ、それなくしてはきみの感覚なんてうまく機能しないぞ、というふうにぼくは解釈している。観察や体験なども想像力でうまくコントロールしないと功を奏さない。ぼくが企画の研修のプロローグで想像力や発想についてかたくなに語り続けるのは、このことばが大きな後押しになっているからだ。なお、ぼくが出会った経験至上主義者で想像力が逞しかった人は一人もいない。
満悦厳禁。レオナルド・ダ・ヴィンチという権威を引いても、これはゆめゆめ才能ではない。いや、もしかしたら、天才レオナルドならこう言うかもしれない。「わしをそこらに五万といる権威と同じにせんでくれ。わしが綴ったことばで使えるものがあれば何でも使ってくれたらいい。五百年後もまだ光が失せていないのなら……」。