イタリア紀行35 「人間尺度の都市設計」

レッチェⅡ

「人間尺度の都市設計」――もちろんこれはレッチェが専有する表現ではない。いまレッチェにこの表現を用いながらも、以後訪れた20近くの都市に対する同様の印象もあらためて再生している。ここレッチェに特有なのは海洋的南イタリアの開放感。それが人間本位の街路やパラッツォ(貴族の館、大邸宅)の設計に反映されている。

車が走っていないわけではない。庁舎や集合住宅内には駐車スペースがあるし、少し狭い道でも何度か車とすれ違った。それでも、旧市街では「交通」というものを感じない。実際、自動車を規制して歩行空間を少しずつ広げているとのことだ。身体をよじって車をけたりしなくていいのは、生活者にとっても観光客にとっても歓迎材料だ。じっくり街角に視線を投げ掛けられるし、慌てずに撮影の構図を狙い定めることもできる。車の利便性を人生最上位に置く者にとってはこの街で暮していくのはむずかしい。

信号のたびに立ち止まる。目前に迫っているはずの旧跡はまったく見えず、疾駆する色とりどりの車体ばかり見ている。のべつまくなしに背後から近づいてくる車を意識して歩かねばならない。こうして、車尺度の都市づくりは歩行者を主役とする設計とかけ離れていく。歴史遺産を有する人口10万規模の都市なら、レッチェから多くの街づくりのヒントを学べるはずである。

建築の専門家にとって、レッチェは様式・構造・装飾の宝庫と称えられる。詳しいことはわからないが、ぼくのような素人でも外壁の装飾の凝りようには即座に気づく。たとえばレッチェの象徴であり最大の見どころとなっているサンタ・クローチェ聖堂。そのファサードのバロック装飾は見るものを釘付けにする。前回さらっと取り上げただけだが、ドゥオーモの正面もなかなかのディテールを誇っている。

サントロンツォ広場、古代円形闘技場、サンタ・クローチェ聖堂、ドゥオーモ広場とそれを取り囲むバロックの建物――これらがレッチェの主要な見どころで、ミラノやローマの注目スポットの数にはるかに及ばない。ほぼすべてが数百メートル四方に収まっているし、街歩きに要する時間もたかだか2時間。それにもかかわらずと言うべきか、だからこそと言うべきか、街の見学密度はきわめて高い。写真ではその密度の痕跡はあまり表現できていないが、短時間の割には接写的に旧市街を辿った記憶がある。 

ジェノバを筆頭にイタリアだけでもまだ行きそびれている都市が五つ六つある。すんなりと足を運べないこの踵の先端を再訪することはまずないだろう。だが、徹底的に人間本位を追求する街は、気位を保ち続けながらぼくの記憶に刻まれている。レッチェはバロック建築が放つブロンズ色に今日も輝いているに違いない。 《レッチェ完》

Lecce (14).JPG
ドゥオーモのファサードの装飾。
Lecce (15).JPG
サントロンツォ広場。守護聖人が円柱上から見下ろす。
Lecce (19).JPG
サンタ・クローチェ聖堂。
Lecce (18).JPG
聖堂につながるチェレスティーニ宮殿は現在県庁舎である。
Lecce (21).JPG
サントロンツォ広場近くの円形闘技場跡。2世紀に建造され25,000人が収容できたという。
Lecce (24).JPG
ホテルの窓から見る市街の建物。