生きていくうえで人は環境に適応しなければならない。そのために環境から情報を得て環境を知る必要がある。情報は日々の生活や仕事の場面で人を介してやってくる。しかし、こうして得る情報はささやかであり偏っている。そこで、新聞・雑誌、テレビ、インターネットなどの媒体を通じて体験外の情報に目配りする。古来、書物はそんな媒体の一つとして親しまれてきた。
「一人の子ども、一人の教師、一本のペン、一冊の本で世界が変わる」……一冊の本で世界が変わるなら、一人の人間なら容易に変われるはずだ。
数ある読書の方法から見出しを厳選し、わずか一ページの『読書辞典』を編んでみた。主な読み方の特長、効果、短所のほどを探っている。ご笑覧いただければ幸いである。
あいどく 【愛読】
いつもの本をこよなく好み、繰り返し読むこと。理解は深まるが、「狭読」になることは否めない。
いちどく 【一読】
本の最初から最後まで一通り読むこと。これで分かるかどうかは本の難易度と本人次第である。
いんどく 【印読】
傍線を引き、各種の印をつけ、欄外にメモを書き込みながら読むこと。古本価値が低くなるのが短所。なお、傍線一本やりの読者は「線読」と呼んでいる。
うどく 【雨読】
雨の日に読むこと。晴耕と対なので、晴天日に働くことが前提となる。わが国の平均雨天日は年間約一二〇日。これだけ読書ができれば十分。但し、降雨の地域差があるため、北陸では一八〇日の雨読日があるが、広島のそれはわずか八五日。
おんどく 【音読】
声に出して本を読むこと。幼稚だとする意見もある。斎藤孝が言い始めたのではなく、人類は十九世紀まで音読していたのである。読解効果は不明だが、やった感はある。〔反意語〕 黙読。
かいどく 【会読】
みんなで本を読むこと。参加者はそれぞれ違う本を読むのがいい。ちなみに、当社主宰の《書評輪講カフェ》では書評による発表で会読効果を高めている。
くどく 【苦読】
難しい本と格闘しながら読むこと。学びが少なくても忍耐力が鍛えられる。苦読が被虐的になると「悶読」へと変化する。
げきどく 【激読】
なりふりかまわず懸命に読むこと。傍目には読書ではなく運動に見える。〔類語〕 爆読、烈読。〔反意語〕 軽読。
ざつどく 【雑読】
ジャンルを問わずに手当たり次第に読むこと。クイズ大会に出場する直前には有効な方法とされる。
しどく 【覗読】
電車内で隣席の他人の新聞・雑誌・書籍をのぞき見すること。文脈までは理解できないが、時間潰しにはもってこいの読書法。
すんどく 【寸読】
ちょっとした空き時間にページを適当にめくって読むこと。運がいいと望外のお宝情報に出合う。
せいどく 【精読】
手抜きせずにディテールまで読むこと。ローマ時代の博物学者小プリニウスは「多読よりも精読すべきだ」と言った。正しくは、精読の反意語は濫読。多読かつ精読はハードルが高いが、必ずしも相反するものではない。
そつどく 【卒読】
読み終えることだけを目指して急いでざっと読むこと。牛丼をがっつくようなさもしいイメージがつきまとう。〔反意語〕 熟読、味読。
たどく 【多読】
数多く本を読むこと。読書の専門家たちが推薦する読み方。自腹だと家計を圧迫する。〔類語〕 広読。
たんどく 【耽読】
一心不乱に読むこと。オーラが出ることがある。なお、読み耽った結果、「溺読」にならぬよう注意したい。〔類語〕 熱読。
ながしよみ 【流読】
すでに内容を知っている本に限られるアバウトな読み方。類語の「速読」などもちょっと胡散臭い。
ねんどく 【念読】
本と一体になりたいと祈るように読むこと。宗教や超常現象関係の本の読書に適している。
はんどく 【反読】
批判や敵意を前提にして読むこと。たった一文にも納得・共感してはいけない。〔類語〕 攻読。
ひつどく 【必読】
「これは読むべき本だ」と権威に勧められて読むこと。人生に必ず読まねばならない本などはない。
ふりよみ 【振読】
実際は読んでいないが、書名と目次を見て読んだことにすること。
へいどく 【併読】
複数の本を並行して読むこと。異種知識を有機的に統合できる高度な読み方。ストーリー性のある読み物には向かない。
へんどく 【偏読】
分かる箇所だけを読み込み、分からない箇所を無視する読み方。知識が偏るが、これが一般的な読書だと言われている。
みどく 【未読】
類語の「積読」は読む気がまったくないが、こちらは一応読む意識だけはある状態。
やどく 【夜読】
夜に読むこと。関連語に朝読、夕読がある。
らくどく 【楽読】
気楽に読むことではなく、読むことを楽しむ読み方。趣味欄に読書と書く人に人気がある。
りどく 【離読】
本を読み漁った結果、読書がすべてではないと悟る心理状態。再び戻るつもりなら「休読」、生涯本を読まないのを「不読」という。
れんどく 【連読】
一冊の本に刺激を受け、関連する本を求めて読み続けること。
わどく 【和読】
著者と共調しながら波風を立てずに読むこと。平均的教養を身につけるにはいいらしい。
《あとがき》 本の読み方は、環境(人・時代・世界)の読み方の縮図である。