暑い夏は読書欲が消えるが、食材・料理に関する本なら少しは読める。抜き書きが溜まってきたので何回かに分けて書こうと思う。今は文庫本で出ている本だが、最初に刊行されてから30~40年経っている。読んでいて現代とのズレを感じる文章もあるが、食に関しては決してマイナスにならない。
📖 『粗食派の饗宴』(大河内昭爾)/ 「ハヤシライス」
丸善の創設者早矢仕有的が、横浜に店のあったころ従業員の昼ご飯に、ご飯とおかずが一皿ですむハヤシライスを考えだしたという説(……)
コマ切れ肉を、ハッシュと言い、転じて肉と野菜の煮込みをハッシュというので、ハヤシライスはそのハッシュドビーフライスがなまったとするのが一方の説。
料理名の由来には諸説があるもの。初見の説がもっともらしく思えるが、おもしろそうな説に与したいのが人情だ。ハッシュドビーフライスがハヤシライスに転じたという説が真説っぽくも、あまり驚かない。「ハヤシさん」が最初に作ったからハヤシライスという、ウソっぽい説のほうが楽しい。
📖 『たべもの芳名録』(神吉拓郎)/ 「牡蠣喰う客」
軍手をはめた手で、殻をしっかり摑み、カネの箆を殻の間に差し込んで、ぐいとやる(……)馴れないうちは、ただ力むだけで、殻はこなごなになるし、それが貝の身にくっついて、食べるときに、やたら、ぷっぷっと破片を吐き出すという面倒なことをしなければならない。
牡蠣好きでも自分で殻を開ける人は少ない。十年程前、勉強会の食事用に100個以上の殻付き牡蠣の提供を受けたことがある。殻剥きは最初の5、6個は苦労するが、殻の形から貝柱の位置がわかるようになり、そこにナイフが入れば、力を入れなくても殻が外れる。牡蠣は殻付きのものを自分で調理して生食するに限る。なお、長引く暑さのせいで、今年の牡蠣は今のところあまりよくない。
📖 『むかしの味』(池波正太郎)
いつしか、私たちは、ビル群の谷間へ埋め込まれたような、お初天神の境内へ足を踏み入れていた。
「あ、そうだ。まだ残ってますよ、残ってますよ」
と、友だちが叫ぶようにいい、私の腕をつかんで、境内の一隅へ連れて行った。
「ふうむ。残っているねぇ……」
七、八人も入れば一杯になってしまう小さな店〔阿み彦〕が、まさに、むかしのままに残っていた。
どうです、入りましょうか? と聞かれて、池波は「いうまでもない」と即答した。この店、話には聞いたことがある、焼売の店。数年前に店じまいしたようだ。冬の夜更けのお初天神で熱々の焼売はうまいに違いない。焼売を注文すると、豚の骨髄から取った白濁スープが出たらしい。