風景としての街

2013年に1,000万人の大台に達し、2016年の今年は10月末現在ですでに2,000万人を超えた。2020年には4,000万人、2030年には6,000万人という推定。わが国に訪れる観光客数である。現在、年間8,000万人超を集める観光大国フランスの足元にはまったく及ばない。しかし、数年前まで毎年800万人が精一杯だったことを思うと、伸び率は凄まじい。

訪れたい観光スポットあっての街の人気である。たとえばパリにはエッフェル塔があり、ノートルダム寺院があり、セーヌ河があり、ルーブル博物館がある。他にも数え切れない名所がある。そういう名所を目当てに人々が集まる。しかし、やがて、観光スポットを巡らなくてもいい、ただそこに佇み街歩きして魅力を満喫できればいいと思う観光客が増えてくる。その時初めて、個々の観光スポットを超越した街のブランドが確かになる。あれこれを見たいという願いが街に行きたいという思いに変わる。

成熟した観光都市のステージとわが国の諸都市のステージは大いに違う。わが国ではスポットで集客している。京都なら伏見稲荷神社、金閣寺、清水寺。広島なら平和記念資料館と宮島。奈良は東大寺と奈良公園である。街のブランドと言うよりは観光地ブランドの知名度が先行している。それでも、これらの観光地は創世期の面影を残していて歴史を感じさせる。対して、ぼくの住む大阪の人気上位はユニバーサルスタジオ、梅田スカイビル、海遊館の3ヵ所である。大阪城の4位を凌いでいる。明らかに現代のテーマパーク的なスポットに人が集まっていて、歴史の街としての人気とは言い難い。


見どころ多彩なだけで知名度が上がるわけでもない。世界には「単機能」だけで固有のブランドを築いている街がある。イタリアはマルケ州のカステルフィダルドはその典型。アドリア海に面した人口2万人足らずの小都市だ。この街について世界的な日本人アコーディオン奏者のcobaが語っている。「イタリアで最初にアコーディオンを作り始めた街。小さな街なんですが、世界中のアコーディオンの8割を生産しているんですよ」。カステルフィダルドと言えばアコーディオン、アコーディオンと言えばカステルフィダルドというわけだ。名産から街を、街から名産を言い当ててもらえれば、一流の街ブランドの証である。

『世界ふれあい街歩き』で紹介されたドイツのリューネブルクなどは、絵筆を取って絵を描いてみたくなる街だという。観光客がどれほど押し寄せるのか知らないが、「絵を描いてみたくなる」とは街の魅力を伝える決めぜりふではないか。一言の表現しかできないのではなく、その一言に固有の価値が凝縮されている。単機能しか持ち合わせない街は特徴的であり、かつ潔い。そんな街を訪れた後は、何でも便利で多機能だが、マルチやメガという形容しかできない大都市がつまらなく思えてくる。

至宝が溢れるアートの街と自他ともに認めるのがフィレンツェ。以前このブログで書いたことがある。

ルネサンスの余燼が未だ冷めやらぬ街。いや、余燼というのは正しくない。156世紀のルネサンス時代のキャンバスをそのままにして、その上に現在が抑制気味に身を寄せているのがフィレンツェだ。美術品は美術館内だけに収まらない。建造物、彫刻、石畳、昔ながらの工房や修復アトリエが中世をそのまま伝えている。

歴史的遺産の原型を残さない街は、早晩飽きられるだろう。なぜなら、現代でいいのならどこにでもあるからだ。わが街にないものがあるから観光地に出掛け、わが街とは違うから遠くの街に赴くのである。

20073月にフィレンツェに一週間滞在し、シニョリーア広場に面したホテルに4泊した。数世紀前の建物をリフォームした古色蒼然としたホテルだ。ラウンジの窓から毎日広場を眺め、ルネサンス時代を気ままに回想していた。

ルネサンス時代という表現が誇張でない証拠がある。ぼくが実写した一枚にはシニョリーア広場、その右端に市庁舎(かつてのヴェッキオ宮殿)、市庁舎前にミケランジェロが制作したダビデ像のレプリカが写っている。この写真に16世紀か17世紀頃に描かれた広場の風景画を対比させてみる。前景は変わっていても、キャンバスである後景がほとんど同じであることに驚嘆する。未来を見据えて何を変え何を変えないかを考え抜いてきた、もう一つの歴史。風景としての街づくりには時間と忍耐とプライドが欠かせないのである。

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発想のパターン

〈セレンディピティ〉については何度か書いている。「偶察力」と訳される通り、察知する力に偶然が働いて新しい発見がもたらされるという意味。意図や目的に沿って何事かを察知しようとしたところ、そこに偶然が働いて意図や目的と異なる所に着地する。狙い通りではなかったものの、予期しなかった成果を代わりに得ることになる。もちろん、偶然の作用だけで何もかもがうまくいくことはない。集中的に経験や知見をフルに生かしてこその、何十回か何百回かに一回の望外のご褒美。それがセレンディピティである。おそらく従来のパターン化された発想回路に異変が起きるのだろう。

1960年代の後半、エドワード・デ・ボノは、従来のパターン化された発想を〈垂直思考〉と名付けた。論理的かつ分析的思考のことだ。そして、そのアンチテーゼとして〈水平思考〉を提唱した。水平思考に対しては専門的批判も少なくなかったが、ここでは立ち入らない。さて、垂直思考には功罪がある。もともと論理や分析の前提には命題や対象がある。命題や対象とは、仕事で言えば一本道のルーティンワークに相当する。垂直思考はルーティンワークで繰り返し使える。しかし、枠組みから出て目新しい発想を生み出すには柔軟性に欠ける。これに対して、水平思考は多視点からの観察や気づきから始まる。既存のものの見方に比べて発想回路が広がりやすい。エドガー・アラン・ポーも、「深さではなく、広がりや見晴らしが熟考につながる」と言っている。

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論理的思考に意味無しとは思わない。筋道を立てて推論を積み重ねていく作業はどんな職場でも有効だ。しかし、ほとんどの場合、その作業は確実に分かっていることの確認であり検証なのであって、何か新しい物事を見つけるプロセスではない。また、水も漏らさぬように証明作業を続けるには、集中力と思考のスタミナを維持しなければならない。垂直的な発想パターンは、たとえそれが複雑であれ単純であれ、一定の枠内で絶対的な緻密さを求める。新しいアイデアは枠からはみ出た所でに芽生える。ここに、垂直思考と一線を画する水平思考の出番がある。


垂直思考では一本道の思考を妨げるような逆説は厳禁である。また、自らの思考を懐疑してもいけない。たとえば「能力があればリーダーになれる」というような命題を一所懸命に考えて明かそうとする。一段ずつ証明を積み重ねていくから、一気にジャンプしたり寄り道をしたりしない。しかし、ちょっと水平的に考えてみれば、「能力がなくてもリーダーになれる」ということに経験的に気づけるはずである。つまり、逆説も真なりなのだ。

発想を豊かにしたいと思っている人は少なくないし、正直な気持ちだろう。しかし、発想豊かな人の習慣化された勉強法を教わって実践するかと言えばそうではない。なぜなら、セレンディピティや水平思考には、おおむねこうすればいいというヒントはあっても、本質はアバウトであり、ルールやパターンを確定できず、不安心理に苛まれるからである。これに比べれば、垂直思考の学びでやるべきことは明快だ。それは局所的かつ限定的であるがゆえに、手順を踏まえればそこそこの成果が得られる。優良可の「可」を目指すなら垂直思考でよい。実際のところ、人材の大半は垂直思考を軸に据えて日々仕事をこなしている。

垂直思考の人々に水平思考になじんでもらうのが、ぼくの研修テーマの一つである。なじんでもらうのであって、垂直思考を捨てさせて水平思考にシフトさせるのではない。ところが、新しいアイデアを愉快に感じ、ひらめきやセレンディピティに小躍りできるかどうかは、日常の習慣形成に関わる。何かにつけて目的が必要な人、条件を増やす人、何がしかの規定や法則がなければ仕事に着手できない人……こういう人たちは、自分が持ち合わせているスキルの種類や現実の枠組みの中でしかものを見ない。したがって、偶察によるサプライズにめったに遭遇しないのである。

では、水平思考のような新しいアイデアを誘発したりひらめきを促したりするにはどうすればいいのか。ことば側からイメージを刺激するしかない。ことばを駆使すると論理や分析に傾くのではないかという懸念があるが、実はそうではない。むしろ、垂直思考のほうがことばの融通を制限する傾向がある。縦横無尽にことばを蕩尽することが発想回路をパターンの呪縛から開放するのである。

「結局ひらめきの構造を探ったりトレーニングで強化しようと思っても、可視化でき共有できるのは『ことば』でしかないように思う」
(千葉康則『ひらめきの開発』)。

思考に行き詰まったら腕を組むのではなく、誰かをつかまえて会話をするか、一枚の紙を取り出して書き始めることである。しかし、このヒントもすでに一つのパターン化された発想にほかならないが……。

手書きと推敲

科挙の受験生である賈島かとうが課題の詩作に没頭していてあたりが見えず、韓退之かんたいしの行列にぶつかってしまう。行列を乱したかどで捕えられた賈島は事情を説明する。「僧推月下門(僧は月夜に門をす)にするか、僧敲月下門(僧は月夜に門をたたく)にするか……悩んでおりました」。二者択一の岐路で悶々としていたのである。幸いなことに韓退之は高官でありながら文章家でもあった。文章を綴る難しさ苦しさをよく知っているから、賈島の話を聞いて非礼を許した。そして、その句では「敲」のほうがいいと助言した。助言を受け入れて賈島は運よく登第した。

推すにするか敲くにするかと考えること、これが「推敲すいこう」ということばになった。表現を言い換え、文字の間違いを改め、文章を書いては手直しするプロセスである。この故事では二つの候補のいずれがいいかを突き詰めようとしたが、現実的にはもっと多くの選択肢にぶつかる。表現のみならず、構成、文体、表記、その他諸々の見直しを迫られる。とりわけ、日本語の表記――漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベット、フリガナ――は、他言語に比べて選択肢が多く、草稿から最終稿に到るまで苦悶は続く。

話せるから書けるとは限らない。書くことには話す以上の集中があり、思考することと緊密につながる。別冊宝島から出ている『中島敦』を古本屋で見つけ、およそ半世紀ぶりに作品を読み直してみた。高校生の頃には、いったい中島敦の文章のどこがいいのかうまく形容できなかったが、拙い読解力ながら語感の響きとリズムに感じ入ったものである。とは言え、同書の副題のように「端正にして格調高い文章」などと高校生の身で言えるはずもなかった。

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中島敦の文章が美文であるか名文であるかは個々の読者の判断に委ねるが、草稿と浄書を対比させてみて、あらためて推敲の凄まじさをひしひしと感じる。元の原稿の半分は跡形もなくなってしまう。そして、推敲によって作意から乖離していた文章が作意に近づくのである。


冒頭で紹介したように、元来推敲は詩文をしたためる際のことばであった。字句や表現に完成というものはなく、時間さえあれば何度も手を入れたいのが作者の本意である。中島敦のような文才なら草稿がほぼ最終稿になりそうなものだが、そうはいかない。時間が許すかぎり、作意に近い字句や表現を求めるのが書き手の本能だ。書き直すことが考えを練り上げることにつながる。

何度も手で書き直しているうちに、読むことに力点が移っていく。つまり、書き手として書くことから読み手として書くことに徐々にスライドする。主観を脱して客観に入るのである。自作は自壊してこそ自浄する。だから出来上がった完成原稿を浄書と呼ぶ。推敲は手書きゆえに精度が上がる。いきなり草稿をキーボード入力して画面上で字句をいじり、ある文章をカットして別の場所にペーストするような作業では、推敲という域には達しない。ワープロのような上書き修正では書き直された草稿が消えてしまう。手書きなら取り消し線の背後に原文が見える。最初の文と書き直した文を比較対照することに推敲の意味があるのだ。

写真の草稿は『李陵』という小説である。浄書されて完成した作品は青空文庫で読める。但し、ルビだらけで煩雑ではあるが……。

思い出切符

別にコレクションしているわけではない。溜まったものをそのまま箱に入れたりクリアファイルに挟んだりしているだけだ。映画館や美術館の入場券、交通機関の切符などである。通常、映画館や美術館のチケットは半券だけもぎられて手元に残る。しかし、電車の切符は出札機か駅員によって回収される。乗降した記憶は残っても、切符という証拠は残らない。わが国の話であるが……。

よくヨーロッパに旅した頃の列車、地下鉄、バス、ケーブルカーなどの切符が何百枚も手元にある。たとえば列車の場合。ターミナル駅でも小さな田舎駅でも、日本の改札という概念がない。駅構内から発着ホームまで誰でも入れてしまうのである。ホームに小さなタイムレコーダーのような機械があって、そのスリットに切符を入れると日付と時刻がパンチされる。これで改札終了。極端な話、切符がなくても乗車できてしまう。いつも車掌がやってくるとは限らないから、無賃乗車は多いはずだ。何回かに一回抜き打ち車内検札があり、その時に乗車券に刻印がないと高額な罰金を取られる。

自分で機械改札して乗車し、稀に車内で検札を受ける。これで切符の役目は終わり。さっさとノートに挟んでしまい込む。到着駅で切符に出番はない。そもそも改札口がないのだ。つまり、切符を回収しない。バスしかり。パリやローマの地下鉄駅では到着駅の出口に機械はあるが、通した切符が出てくる。だから手元に残る。もっとも、日本でも出札機に通さず、「この切符を記念に持ち帰りたい」と駅員に申し出れば、十中八九、何がしかの使用済み証明のスタンプを押してくれるので手元に残すことはできる。しかし、文字と数字だらけの味気のない新幹線の切符や地下鉄の切符を残そうという気にはならない。


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写真の切符はどちらもだいたい名刺サイズである。左の切符はローマのフィウミチーノ空港からテルミニ駅間のもの。券面には「出発:ローマテルミニ、到着:フィウミチーノ空港」と記載されているが、空港から駅への移動に使った。“VICE VERSA”、ラテン語で「逆も真なり」と書いてある。つまり、切符は一種類のみで、空港駅⇒鉄道駅、鉄道駅⇒空港駅のどちらにも使える。フィウミチーノ空港というのは通称で、正式名はレオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港。だから、券面にはレオナルドの肖像が印刷されている。一工夫されたデザインである。

ある日、ミラノから鉄道でイタリア国境に近いスイスの街ルガーノへ日帰りで旅した。ルガーノには湖や四囲の景色を見晴らせる標高933メートルのモンテ・ブレという山がある。ルガーノ湖畔からバスでケーブルカー乗り場へ。山に向かう出発駅は無人。切符も売っていないので無賃乗車する。ほどなく乗り換え駅に到着。そこで写真右の切符を購入した。十数分後ケーブルカーは展望台駅に到着。高山植物の間を歩き、風景を堪能する。ビールとソーセージのランチで腹ごしらえ。実によく覚えている。カラーを使ったこの切符を見るたびにその日のことがよみがえる。

乗り物の切符が記念に残り、その一枚が写真アルバム以上に回想を促してくれる。とてもいいことではないか。事務的な顔をした券面ならこうはいかない。海外からの観光客も増えてきた現状がある。観光都市宣言をするなら、都市のイメージと連動した切符に意匠を凝らしてみればどうか。そして、持ち帰ってもらうのである。タクシーにも応用できるだろう。手元に残したくなるような乗車証明カードを降車時に手渡されて悪い気がするはずもない。

蟻かぞえの詩

人は蟻の集団や隊列を見ると何匹いるのかかぞえたがる。
人は一生のうちに少なくとも一度は蟻をかぞえるらしいのだ。
“蟻は健気な存在であり、その蟻をかぞえる人間もまた健気である”
“蟻は不憫な存在であり、その蟻をかぞえる人間もまた不憫である”

ところで、「“”」は二重引用符だ。
二重引用符を並べたら何に見える?
“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”
「蟻」の話をしたから、蟻の隊列に見えてしまうだろう。

大型のガラス瓶に土を入れて蟻を飼ったことがあるかい?
ぼくはある。毎日毎日飽きずに観察したものだ。
先日、公園のベンチに腰かけていた。蟻の隊列が見えた。
ミミズの死骸を穴の中に運んでいるのだった。

上田敏が訳したレミ・ドゥ・グルモンの詩篇、『髪』の一節。

ひいらぎの匂、苔の匂、
垣根の下にが割れた朽葉色くちばいろ
しおれた雑草の匂がする。

次の節あたりに蟻が出てきそうな予感がしないかい?
けれども、蟻の出番はなく、ただ匂いの描写ばかりが続く。
数行先に視線を飛ばしてみる。

蜜蜂の匂もする。牧の草原くさはら
さまよふ生物いきものの匂がする。

蜜蜂が出てきたら、草原にさまよう生き物は蟻だ。
しかし、いよいよ出てくるだろうという期待は裏切られ、
この後に四行だけが紡がれて詩は容赦なく終わる。
ついに、この詩に蟻は登場しなかった。

ルナールは「蟻が“3”に似ている、うようよいる」と言った。
おびただしい数の蟻を“333333333333333……”と表現した。
蟻が3に似ていると思えるかい? とめどなく並ぶ3に。
“”“”“”“”“”“”“”“”“”“”“ と 333333333333333、どっちが蟻に見える?

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蟻かぞえのうた

ありありありありありありありありありありありありあり
あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり あり
あり、あり、あり、あり、あり、あり、あり、あり、あり、
あり、あり、あ、あ、あり、あ、あ……
あり、うごくな!

立地の良し悪し

マンションのオーナーが最上階に住んでいる。先日ちょっとした会話を交わした。「最近スーパーが増えて便利になりましたね」と言えば、「いやいや、どのスーパーに行くにも歩いて67。中途半端な立地です」と意外な返事。「立地」はよく使うことばである。立地が良いとか悪いとか、好立地とか、立地条件が揃っているとか……。「中途半端な立地です」と言ったオーナーは、立地にどんな意味を込めたのか。単に場所という意味だったのか。

ぼくの住まいの周辺を知る人は異口同音に「立地の良い所ですねぇ」と言う。なにしろ、地下鉄が3路線あり、いずれの最寄り駅へも徒歩5分圏内だ。ミナミの繁華街で飲み終電がなくなっても、タクシーを拾わずに15分程で帰宅できる。オーナーとやりとりしたように、新しいスーパーが2店舗でき、ぶらり歩いて10分以内に合計4店舗。さらに商店街があり、そこには小規模ながらスーパーが3店舗ある。オフィスまで徒歩10分という、ほどよい職住近接条件を加えると、ぼくにとっては抜群の立地なのである。

前後の文脈から切り離した「立地」は、単に場所や位置のことにすぎない。富士山の立地は自然の産物であり、あの位置にあることに良いも悪いもない。場所や位置が良いとか悪いと言えるのは、生活・文化や仕事・学業や事業の営みを考慮するからだ。そして、これらの営みのために人は移動しなければならず、そこで交通の便や移動時間が考慮される。生活者は必要な行為のために理想の立地条件を思い描き、理想に近ければ立地が良いと喜び、理想から遠ければ立地が悪いと嘆く。つまり、みんなにとっての好立地などというものはない。


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この図のように、自宅からABCまで67分なら便利な立地と言える。「中途半端な立地」というのは不便という意味ではなく、どこへ行くにも同じ時間がかかる、ということのようだ。オーナーは高齢者である。高齢者にとって頻繁に利用する施設の遠近は重要だ。オーナーが中途半端な立地から脱出したいのなら、一番お気に入りのスーパー、たとえばAのそばに引っ越すのがいい。その一ヵ所だけが12分という近さであれば、それが好立地ということになる。その代わり、BCは遠くなる。それでもオーナーはオーケーなのだ。買物する場所の選択肢の多さに関心がないのだから。もしBが銀行でCが役所なら、スーパーAの近くの住まいは必ずしも便利とは言えない。ぼくはこの図の立地に十分満足している。スーパーも駅も異なった三方向にあるのがいい。

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上図のような、Aのスーパー、Bの役所、Cの銀行が同じ方面で近接している立地もある。まとめて用事が片付くから、車で15分かかっても十分便利だと考える人がいる。しかし、オーナーのように67分でも遠いと感じる人にはメリットがない。そこで、オーナーがBの役所裏に引っ越すとする。銀行もスーパーも近い。しかし、今度はコミュニティセンターや駅や飲食街からは遠くなってしまうかもしれない。

話は簡単だ。どこかに近づけば、別のどこかから遠ざかるようになっているのである。何もかもが生活圏にあるような好立地を望むなら、街全体を超コンパクトシティにするしかない。たとえば2キロメートル四方に何から何まで間に合うような生活舞台を作ってしまえばいい。それでもなお、街の北東角の図書館に行くのに、南西角に住む子どもは2.8キロメートル歩かねばならない。そして、これを便利と思うか不便と思うかは、個々の生活軸である時間・距離感覚次第。車を所有しないぼくにとっては、車がなくても自前の体力だけで活動できる場所が好立地なのである。

気まぐれ雑記

週に3日も出掛けると、出先でまとまった文章を書けない。文章は書けないが、頭はいくらかでも働いているので、いろいろなことに気づき考えもする。ほとんどはメモするにも値しない、どうでもいいことばかり。それでも長年の習性ゆえ、走り書きをする。そんな気まぐれ雑記が溜まる。吐き出しておかないと、何だか仕事をサボったような気になる。


記憶 自転車を漕いでいる時にあることがひらめいた。ひらめいた瞬間、自画自賛するほどのアイデアだと思った。そこまでの記憶はあるのだが、そのアイデアが何だったのかは思い出せない(自転車を止めてでもメモしておくべきだった)。

季節 風が爽やかな夕方だった。「秋の宵」が頭に浮かび、「風爽やかに」と続けたら句ができそうな気がした。だが、あることに気づいたので断念した。断念して、こう書いた。「秋の宵風爽やかにダブル季語」。秋の宵も爽やかも秋の季語なのである。

駅弁 駅でない所で買ったのに、その弁当を駅弁と呼び、いつまでも駅弁を食べたという事実を引きずっている。

sarasa-dry

速乾 「すぐ乾く超速乾性」というふれこみの水性ボールペンを買った。使わずにしばらく置いていた。先週、たまたまチャンネルを合わせたテレビの番組でこのペンを取り上げていた。速乾性に自信満々である。買っていたペンでペンの名前を書き、指でこすってみた。こんな具合である。そもそも、ほどほどの速乾性があればいいと思うのは縦書きの場合だ。横書きでは書いた文字の上を小指球でこすることはない。

説明 仕事柄何事にも説明を加える癖がある。一種暗黙知化したこの癖ゆえに仕事を委託してもらっている。しかし、この癖は曲者だ。美的感覚を損なうからである。もともと美的感覚には不条理の要素がある。説明は不条理を許さない。ゆえに、過度になると人間も文章も粋でなくなり、つまらなくなる。気をつけたい。

喫茶 カフェよりも長居が似合う喫茶店 /  岡野勝志

割烹 ぐるなびや食べログの上位にランクされ、自らも大々的に宣伝している、自称「隠れ家的割烹」。全然隠れていない。丸見えである。

都会の断片

事は思惑通りに進まない。モノどうしは勝手に釣り合いを取ってくれない。都会の風物も同じ。計画通りに統合されることはほとんどなく、部品が寄せ集められたかのようなカオスの様相を呈する。都会の極大化に人の頭脳が追いついていないのである。一極集中化した東京を見ればよくわかる。分業化された専門を足し算しただけの組織には、全体を、未来を構想する人が不在である。新国立競技場の顛末、豊洲市場の現在がそれを物語る。

西洋のように、教会と広場を前提として住居や道路が構築される街は、部分が全体に通じ、全体が部分と調和する。そこで暮らす人々、訪れる人々は、異種雑多な風物に取り囲まれながらも落ち着きを感じる。この国では、行政的な意味での都市の計画はあるのだろう。しかし、暮らしや文化の要素がどこまで計画に組み込まれているのか。当面の必要性を優先しては平気で建物を壊し樹齢何十何百年という木を伐採する。

一人の生活者の工夫ではいかんともしがたいのが都会の暮らしである。他人と共生するのはもちろんのこと、バランスを無視して気ままに足されていく諸々の断片とも折り合いをつけねばならない。都会の断片が生活者に、散策人に歩み寄ってくることはない。こちらから近づいて、断片の存在を知り寛容に接することが求められる。接するのが嫌なら、黙って通り過ぎるしかない。都会に暮らしながら、都会の断片を無視するとは何という生き方なのだろう。


大阪の、最近高感度と格付けされているエリアを歩いてみた。颯爽とストリートを歩き、街角に佇む若い男女はファッション雑誌のモデルと比較しても遜色ない。カフェやレストランは四季の節目単位で模様替えしているかのようである。しばらく足を踏み入れないと、迷宮ラビリンスのさすらい人になりかねない。

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通りを一本変えてみた。突然、存在の意味を即座に理解しかねる一画に出くわす。その断片が何であるかを、おそらく敢えて隠蔽する空間である。ふつうは誰の目にもわかるように身元を明らかにするはずなのに、巨大な組み木の塀の向こう側に姿を隠す。ここはクリニック。誰もこんなふうに塀を設えていることを不思議に思わないのか。そうだ、これは歩行人に足止めさせるための仕掛けなのだ。なるほど、謎解きは愉快なのかもしれないが、都会の脈絡とつながらない、忽然とした現れに断片の断片たるゆえんを感じるのみ。

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しばし歩を進める。断片空間から役割を終えた廃棄物の溜め息が聞えてきた。どうやら再利用される見込みのない残骸らしい。常時入れ替えているような気配がない。それが証拠に、物流用のパレットがどしりと置かれている。人目につかない場所に格納されていていいはずの断片が剥き出しになっている。クリニックの隠蔽性とは対照的だ。

都会で暮らすとは膨大な量の断片との共生を意味する。人もまた環境適応動物である。ありとあらゆる明暗を雑然と内蔵する都会にあって、生活者は自らの五感を研ぎ澄ましておくしかないようである。

「つもり」が積もって……

手元に『あいまい語辞典』なるものがあり、時々ひも解く。「そこそこ」や「ちょっと」などと並んで、「つもり」が収録されている。実は、「つもり」について書こうと思い、この辞典におそらく載っているだろうと思って繰ってみた。案の定である。見出しに続く説明の冒頭、次の二文が出ている。

「私はA社と取引を開始するつもりです」
「社長はA社と取引するつもりだろうか」

最初の文は話者自身の予定を語り、二つ目の文は自分ではない他人の思惑を推測している。自分の行為に関して本人が使う「つもり」には不確定ながらも意志が込められている。たとえば、ぼくが「今夜は和食にするつもり」と言えば、発言時点でその気があることを意味している(気や事情が変わって和食を食べないかもしれないが……)。他方、他人の行為に関して「彼は今夜焼肉を食べるつもりだろう」とぼくが言うのは、他人の思いを推測したもので、そこに彼の意志は潜んでいない。

つもりは「積もり」であって、予想を立てるとか推し量るという意味。見積もりがわかりやすい例である。見積もり通りに最終金額が決定することは稀で、たいてい見積もりは「はずれる」。お金の予算があれば、心の予算もある。心の予算のことを「心算しんさん」という。頭で勝手にこうだろうと考えることだから、心算は「狂う」。胸算用や皮算用も「つもり」の仲間である。


人は、自分の思いを語る時も他人の思いを汲む時も「つもり」を使う。先にも書いたが、自分のことを語る場合のほうが確証が強そうではあるが、確信しているのなら「つもり」などとは言わない。ましてや、他人のことを勝手に考えてこうなるだろうなどという「つもり」は当てにならない。曖昧語の常で、厄介なのだ。「つもり」を含む言には用心しなければならないのである。

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 「先方にはきみの考えは伝わっている?」
■ 「……というつもりですが」
 「伝えはしているのだね」
■ 一応……」
 「伝わったかどうかを確認した? たとえばさりげなく質問したとか……」
 「質問はしていませんが、伝わっていると思います

仮想会話だが、実際によくあるやりとりである。の応答に「つもり」は一度しか出てこないが、「一応」も「思います」も「つもり」の亜種である。相手が自分の考えを理解したという確証などない。それ以前に、伝えたという自分の行為についてすら認識不十分である。の質問がさらに続くと、「たぶん」「おそらく」「もしかすると」という具合にの推測は揺らいでいく。「つもり」が雪のように積もって真相の地肌が見えなくなり、ことばの木々は枝折れする。

「つもり」を多用する人と話をしていると、ごっこ遊びに付き合わされているような気分になる。仕事しているつもり、わかっているつもり、学んでいるつもり、等々。確信に近い「つもり」もあるけれど、曖昧語に逃げる人間の「つもり」に実感は不在。つまり、甘い見通しでごっこしているにすぎない。だが、本人は気づかない。推測だけでことばを間に合わせるいるうちにことばが心から切り離されていくのを自覚しない。曖昧語を常用すると、ことばが不鮮明になるばかりでなく、人格が変わってしまうのである。

舗道と銀杏

「いちょう」でも「ぎんなん」でもローマ字入力すれば、「銀杏」が出てくる。漢字で表わすと読み手が戸惑う。ここでは銀杏は「ぎんなん」のつもり。樹木のほうは「イチョウ」と表記する。

生まれてから二十歳過ぎまで大阪市民。その後は少々転々した後に二年ほど大阪市に住み、もう一度転出。大阪市民として定住を決めたのは十年前だ。市民生活は人生の半分ということになる。自慢できるほど大阪のことをよく知っているわけではない。大阪市のシンボルと定められている木がサクラ、花がパンジーであることを知ったのは十年前に引っ越してからだ。イチョウ並木の印象が強く、それまではイチョウが大阪のシンボルだと思っていた。

イチョウの木には雌雄の別がある。雌のイチョウの木に銀杏の実がる。この時期になると、銀杏の実が路上に落ちる。すべての木の下に落ちているわけではないので、雄と雌がバランスよく植わっているのだろう。ぼくの住まいの近くに大通りがあり、御堂筋ほどではないが、イチョウ並木の形が整い、まずまず様になっている。木は土の植え込みから伸びている。ところが、植え込みは舗道と車道の間のわずかなスペースのみ。大半の銀杏は舗道と車道に落ちる。


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落ちた銀杏の上を人が歩き、車が通る。落ちた直後の銀杏はやわらかい。踏んづけられた銀杏はペシャンコに潰れる。それが舗道のブロックやタイルの目地に刷り込まれ、あの銀杏独特の匂いが通勤路にたちこめることになる。匂いだけならまだいい。雨が降ってもきれいさっぱりと流されることもなく、半月、一ヵ月もの間、舗道は見た目に心地よくない状態が続く。人がどんどん歩いて靴底にくっつけて取り去るのを待つしかない。

銀杏落下が終われば、次は黄葉である。おびただしい枯葉が辺り一面に散乱する。土の上に敷き詰められるのなら放置しておけばいい。しかし、アスファルトや舗道の葉は人の作業が入らないかぎりなくならない。突風が吹いても、消えてなくならない。どこかへ落ち場を変えるだけである。

樹木は都会の喧騒をやわらげてくれる。しかし、樹上の緑があれば事足りるわけではない。樹木には土の受け皿を用意したいものである。アスファルトや舗道との棲み分けは可能だろう。銀杏の歩道を抜き足差し足で歩くのは優雅ではない。このことを銀杏のせいだけにするわけにはいかない。都市計画では取るに足りない話に違いないが、景観というのは一つの小事が大事を台無しにしかねないのである。