発想のパターン

〈セレンディピティ〉については何度か書いている。「偶察力」と訳される通り、察知する力に偶然が働いて新しい発見がもたらされるという意味。意図や目的に沿って何事かを察知しようとしたところ、そこに偶然が働いて意図や目的と異なる所に着地する。狙い通りではなかったものの、予期しなかった成果を代わりに得ることになる。もちろん、偶然の作用だけで何もかもがうまくいくことはない。集中的に経験や知見をフルに生かしてこその、何十回か何百回かに一回の望外のご褒美。それがセレンディピティである。おそらく従来のパターン化された発想回路に異変が起きるのだろう。

1960年代の後半、エドワード・デ・ボノは、従来のパターン化された発想を〈垂直思考〉と名付けた。論理的かつ分析的思考のことだ。そして、そのアンチテーゼとして〈水平思考〉を提唱した。水平思考に対しては専門的批判も少なくなかったが、ここでは立ち入らない。さて、垂直思考には功罪がある。もともと論理や分析の前提には命題や対象がある。命題や対象とは、仕事で言えば一本道のルーティンワークに相当する。垂直思考はルーティンワークで繰り返し使える。しかし、枠組みから出て目新しい発想を生み出すには柔軟性に欠ける。これに対して、水平思考は多視点からの観察や気づきから始まる。既存のものの見方に比べて発想回路が広がりやすい。エドガー・アラン・ポーも、「深さではなく、広がりや見晴らしが熟考につながる」と言っている。

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論理的思考に意味無しとは思わない。筋道を立てて推論を積み重ねていく作業はどんな職場でも有効だ。しかし、ほとんどの場合、その作業は確実に分かっていることの確認であり検証なのであって、何か新しい物事を見つけるプロセスではない。また、水も漏らさぬように証明作業を続けるには、集中力と思考のスタミナを維持しなければならない。垂直的な発想パターンは、たとえそれが複雑であれ単純であれ、一定の枠内で絶対的な緻密さを求める。新しいアイデアは枠からはみ出た所でに芽生える。ここに、垂直思考と一線を画する水平思考の出番がある。


垂直思考では一本道の思考を妨げるような逆説は厳禁である。また、自らの思考を懐疑してもいけない。たとえば「能力があればリーダーになれる」というような命題を一所懸命に考えて明かそうとする。一段ずつ証明を積み重ねていくから、一気にジャンプしたり寄り道をしたりしない。しかし、ちょっと水平的に考えてみれば、「能力がなくてもリーダーになれる」ということに経験的に気づけるはずである。つまり、逆説も真なりなのだ。

発想を豊かにしたいと思っている人は少なくないし、正直な気持ちだろう。しかし、発想豊かな人の習慣化された勉強法を教わって実践するかと言えばそうではない。なぜなら、セレンディピティや水平思考には、おおむねこうすればいいというヒントはあっても、本質はアバウトであり、ルールやパターンを確定できず、不安心理に苛まれるからである。これに比べれば、垂直思考の学びでやるべきことは明快だ。それは局所的かつ限定的であるがゆえに、手順を踏まえればそこそこの成果が得られる。優良可の「可」を目指すなら垂直思考でよい。実際のところ、人材の大半は垂直思考を軸に据えて日々仕事をこなしている。

垂直思考の人々に水平思考になじんでもらうのが、ぼくの研修テーマの一つである。なじんでもらうのであって、垂直思考を捨てさせて水平思考にシフトさせるのではない。ところが、新しいアイデアを愉快に感じ、ひらめきやセレンディピティに小躍りできるかどうかは、日常の習慣形成に関わる。何かにつけて目的が必要な人、条件を増やす人、何がしかの規定や法則がなければ仕事に着手できない人……こういう人たちは、自分が持ち合わせているスキルの種類や現実の枠組みの中でしかものを見ない。したがって、偶察によるサプライズにめったに遭遇しないのである。

では、水平思考のような新しいアイデアを誘発したりひらめきを促したりするにはどうすればいいのか。ことば側からイメージを刺激するしかない。ことばを駆使すると論理や分析に傾くのではないかという懸念があるが、実はそうではない。むしろ、垂直思考のほうがことばの融通を制限する傾向がある。縦横無尽にことばを蕩尽することが発想回路をパターンの呪縛から開放するのである。

「結局ひらめきの構造を探ったりトレーニングで強化しようと思っても、可視化でき共有できるのは『ことば』でしかないように思う」
(千葉康則『ひらめきの開発』)。

思考に行き詰まったら腕を組むのではなく、誰かをつかまえて会話をするか、一枚の紙を取り出して書き始めることである。しかし、このヒントもすでに一つのパターン化された発想にほかならないが……。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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