屈折をめぐって

屈折した心とはどんな感じなのだろう。真っ直ぐであることが普通だとしたら、屈折はひねくれていることなのか。では、真っ直ぐな――あるいは純粋な――心というのは明快に規定されているのか。たとえば、ピカソの絵を見て「素晴らしい」と感嘆することが真っ直ぐな心で、「わけがわからん」と感想を漏らすのが屈折した心というように。これでは感嘆以外の意見に出る幕がなくなってしまう。わけがわからんというのも一つの真っ直ぐな心の表われであるはずだが、素晴らしいと褒めそやす大勢が居合わせる場でそんなことを言う人間は屈折しているように見られる。

誰にとっても美しく見えるものがあるとしよう。だからと言って、みんなが異口同音に美しいと評すべきことにはならない。そう感じた上で、美しいと形容することに納得しなくてもいいではないか。美しいではなく、「まあ、どこにでもあるけれどね」と言っても心が屈折しているとも思えない。ひねくれてもいないし、アマノジャクでもない。ただ、大勢と表現が異なっているに過ぎない。何事も賞賛対批判、多数対少数という二項対立の構図で仕切るほうが、むしろ屈折しているという見方も成り立つ。


美しい花を見て「美しい」と言い、青い空を見上げて「青い」と言うのが真っ直ぐな心の表われだとしても、美しいや青いで済ませているのはある種の怠慢、あるいは対象とことばの馴れ合いではないのかと疑義を呈してみる。すると、「そう思うのはきみの屈折した心ゆえだ」と言われる。「そうかもしれない」と頷けば真っ直ぐだと認められ、意地を張って「いや、そんなことはない」と反発すれば、ほらやっぱりひねくれ者だという烙印を押される。しかし(と再び屈折してみせれば)、眼前の特定の花を何にでも形容できる「美しい」で片付け、今見上げているこの場この時の空を万能の「青い」で済ますことに躊躇する。

「きみ、素直に美しいものを美しい、おいしいものをおいしいと言っておくほうが、世の中は楽に生きられるよ」。こんなふうに諭されたこと数知れず。そして、そのたびに、そうかもしれない、いやそんなことはないと葛藤してきた。楽に生きようと素直に思った時はそうかもしれないと処世術を用い、別に楽にならなくてもいいと思った時はそんなことはないと強がった。しかし、美しいや青いでいいだろうと思う時点で真っ直ぐであり、次いで、美しいや青いでは物足りないから別の言い方をする時点で屈折だとされることに不条理を見る。不条理などと言えば、これはまた屈折ということになりそうだ。

「屈折をめぐって」などと構えたが、話は簡単である。真っ直ぐだけではつまらないのである。一昨日の焼肉と昨日の魚の煮付けに同じ「おいしい」というラベルを貼ることはできる。しかし、何かを怠っているような気がして不愉快になる。真っ直ぐなほうが楽だよと言われても、この歳になって今さらドキッとしない。なぜなら、屈折していても――決して楽ではなかったが――愉快に生きてこれたからだ。いつも「おいしい、美しい、青い」で場しのぎする人たちとも一応の共生はできている。屈折していても、独尊や孤高になるわけではない。真っ直ぐも個性なら屈折も個性である。憎たらしいほど屈折した若者に対して、最近やっと寛容に振る舞えるようになった。いや、リスペクトさえしていることに気づく。

前時代的な発想

英語の“great”は多義の形容詞である。大きい、多数の、ふつうでない、偉大な、重要な、著名な、気高い、等々。基本は「大なるさま」を表わす。「右」や「上」を規定するのに、それぞれ「左」と「下」との対比が必要なように、「大」は「小」との兼ね合いで意味を持つ。相反する概念がお互いにもたれ合って成り立っている。

たとえば、あるカボチャを大きいと言えるためには、小さなカボチャを持ち出さねばならない。その大きなカボチャは別のさらに大きなカボチャの出現によって、相対的に小さく見られてしまう。つまり、大きいは小さいと対比されながらも、同時に大きいものどうしの中でも比較されることになる。ふだん何気なく「大きなカボチャ」とか「小さなカボチャ」と言うが、形容詞は個人の感覚で度合が変わる。今さら言うまでもないが、形容詞で意味を正確に伝えるのは至難の技なのである。

そこで気になる常套句がある。米国新大統領お気に入りの“We will make America great again.”がそれだ。「再びアメリカを偉大にしよう」。いま「偉大」と訳したが、先に書いたように、“great”のコアとなる意味は「大きい」である。前後の文脈を度外視するなら、この一文は「アメリカを前のように大きくしようぜ」と訳せなくもない。どんな程度に大きくするのかわからないが、“again”と言うかぎり、同様の大きかった過去があったということだ。

再び、もう一度、前のようにというのは、いったいいつの時代のことなのだろう。「古き良き時代」という表現も出てきたが、まさか西部開拓時代まで遡るはずもない。「大きい」がわかりづらいから、お付き合いして「前時代」とするしかない。少なくとも“again”なのだから、見つめている方向は未来ではなく、いつぞやの過去に決まっている。


型通りの前時代的発想は多様性の時代になじまない。多様性とは様々な尺度を容認するということだ。プロタゴラスが「人間は万物の尺度である」と言った時、人間は個人のことだった。言うまでもなく、物事に対する知覚や価値判断は個人の尺度に委ねられる。カボチャAは大きく、カボチャBは小さいと知覚し判断する際の大小にかくあるべしという基準などない。まさに十人十色の感覚にほかならない。再び、もう一度、前のように大きくと言うのなら、どの頃の状態に戻ればいいのか。“We will make America great again.”という威勢のよいスローガンはそれを具体的に示していない。このスローガン自体がプラスチックワードなのだ。もっともらしく人々を鼓舞しているようだが、実は意味は曖昧で、一部の層を除けば誰ひとりとしてそのイメージを摑めていない。

多様性がいいことづくめでないことは百も承知である。画一的な前時代に比べて多様性の時代に救いがあるとすれば、大なるものばかりがちやほやされないという点だ。大あってよし、小あってよし、人や生き方には、あるいは所有するものには、人それぞれの必要や価値観に見合ったサイズがあっていいのである。みんながビッグに生きなければならず、グレートなものを目指さなければならない時代にはもう懲りているはずではないか。

故事由来の「大は小を兼ねる」は、大きいものは小さいものの代用になることを意味する。一般化に堪えない命題である。日常をよく見ればわかる。ぼくたちは小さいものなら上手に扱うが、大きいものの使い道には手を焼く。大きいものは、役に立ちそうでいて、実際はお荷物になることのほうが多い。大が小を兼ねる状況や場面を否定しないが、コストがかかりエネルギーを浪費する。総じて言えば、大は小を兼ねづらいのだ。それどころか、大は小を排除しかねない。大はさらなる大を求め、人間の手ではいかんともしがたい連鎖反応を起こして際限なく肥大化する。いや、あの“great”はそんな物量的かつ形態的な大きさではなく、崇高な偉大なのだ、と理屈をこねるかもしれない。しかし、多様性は明らかに排除されているから、かつて生きた悪しき前時代の発想への逆戻りと言わざるをえないのである。

一杯のコーヒー

一日に45杯のコーヒーを飲んでも、そのつどのコーヒーは「一杯のコーヒー」である。喫茶店からカフェへと呼び名を変えた店が多くなった。時代の流れでありライフスタイルの変化を象徴している。外で紅茶を飲むことはなく、店に入ればコーヒーを注文するのがお決まりなので、カフェのほうがしっくりくる。とは言え、ランチ後に誰かと行く時は「喫茶店」と呼ぶ。「近くにいいカフェがあるんです」とは言っても、「カフェにでも行きましょう」はない。コーヒーショップでもいいが、ちょっと古めかしい。

今朝もすでに2杯のコーヒーを飲んだ。朝一番の一杯のコーヒーは自宅で、もう一杯は午前10時にオフィスで。自宅はスペシャリティの豆で淹れたて、オフィスは廉価版のブレンドで作り置き。当然値段の差が味覚の差になる。仕事しながら飲むオフィスのコーヒーはそれで十分だ。寒い日の一杯はどこで飲んでもどんなふうに飲んでもありがたい。今日もたぶん午後に2杯、帰宅して食後にも飲むことになるはずである。最近は心してカップに向き合うようにしているが、惰性的飲み方を捨て切ったとは言い難い。


週末に古書店で『ウィーンのカフェ』(平田達治著)という本を見つけた。十数年前の記憶がよみがえる。空気まで凍てつくような極寒の日に、シェーンブルン宮殿のカフェ「グロリエッテ」で啜ったメランジェ。蚤の市近くの無名のカフェでもメランジェを飲んだ。メランジェはカプチーノのウィーン版。ウィーンに滞在した3日間のうちに一杯のメランジェを何度も味わった。ウィーンの後はローマ、フィレンツェ、ボローニャへと旅を続けた。口当たりのいいメランジェに慣れた舌はエスプレッソの強さにしごかれた。

ウィーンのオペラ座の前には二軒の有名なカフェがある。一軒はその名も「カフェモーツァルト」。そこでもメランジェを注文した。後に知ったのだが、かつてこのカフェは映画『第三の男』でロケされた場所だ。さて、この本に評論家ハンス・ヴァイゲルの次の一節を見つけた。

ワインハウスの主役はワイン、ビヤホールの主役はビール、料理店の主役は料理……しかるにコーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である。

同じ飲むならうまいコーヒーがいいのに決まっている。初めて入る場末の喫茶店。スポーツ新聞がカウンターに積んであり常連がたむろして落ち着かない店でも、淹れたてのコーヒーがうまければ満足できる。どんなに雰囲気がよく見え、隣席との距離に余裕があるホテルのラウンジでも、まずければ気分は台無しだ。こういう所見には一理あり、実際ぼくも与する。しかし、この言い分はコーヒーを飲み物としてしか見ていないことに気づく。カフェ発祥の意味と珈琲文化への想像が少し足りないのではないか。

イタリアではヴェネツィアの「カフェフローリアン」などを例外として、立飲みでもいい、エスプレッソはうまくて濃いのを一気に飲むのがいいという風情がある。ウィーンとパリのカフェはイタリアのバールとは様相が異なる。まずテーブルに座るべきである。本を読むにしてもぼんやりするにしても長居するべきである。長居してコーヒーをゆったりと飲む。この時に飲んでいるのが、まさにハウスなのかもしれない。ハウスの文化なのかもしれない。「コーヒーハウスではハウスの方がコーヒーよりもはるかに重要である」と言い切っても、コーヒーの味がどうでもいいということにはならない。つまり、ハウスが上等ならば必然コーヒーにも別格の味が備わるということだ。コーヒーの物性的な品質だけが品質ではない。嗜好者が主観的に感じるトータルな知覚品質である。というようなことに目を向けたら、次の一杯のコーヒータイムが変わるかもしれない。

議論嫌い

ABかという選択があり、集団内でABに意見が分かれ、しかもABは同時に成り立たず、いずれかに決めなければならない。こんな状況は日常茶飯事。集団としてどちらにするか議論する必要が生まれる。しかし、案外議論という意思決定の方法に出番はなく、たいていは別のやり方で決着がつく。

➊力学決着
長いものに巻かれたり無難に大樹に寄り添ったり。あるいは長幼の序に随うというのもある。つまり、年配者や上司の顔を立てるわけだ。意に反しているなら涙を呑むことになる。

➋自然応接
平行線のまま様子を窺い、どちらからともなく歩み寄る。これは時間経過に解決させる方法である。特段の考えも策もないけれど「何とかなるだろう」という甘い見込みに期待している。

➌黙殺放置
見解の相違とか温度差があると言って知らん顔する。ノーコメントを基本とするのだが、合意形成を図るつもりはなく、ホンネは排他・拒絶にある。すでに水面下では嫌悪なムードになっている。

➍一触即発
やっぱり言わねばならない。ノーはノーであると、かなり時間が経ってから決断する。一事が万事の危うさが漂う。対立が明らかになり自爆覚悟で衝突し、やがて決裂する。居残った側の意見に収まって手打ちとなる。

これら➊~➍は利害関係が対立する異種集団間の交渉場面ではよく見られる。交渉では何でもありだから。しかし、一集団内での意見調整としてはいずれも好ましい方法とは言えない。したがって、五番目のオプションとして早期軽打〉という方法に踏み込むしかない。意見は早めに言い、深刻な対立を招く前に軽く議論を交わすということだ。長年ディベートを指導してきたが、ぼくのディベート観は世間のそれとはだいぶ違う。ディベートをヘビー級のような打ち合いと見ていない。仲間どうしで議論をして後味が悪くなっては意味がないからだ。異種意見によく耳を傾け、必要に応じてさらりとクールかつ率直に意見を言うのがよい。ここで言う意見とは、ある種の提案である。


議論の目的は、たとえば二者択一の岐路に立つ時に、選択の判断材料を増やす点にある。いくらよく考えたからと言っても、一人では材料が偏っているし、集団の利よりも個の利を優先的に考える癖が出る。そこで、A(またはB)の選択を促す材料以外にB(またはA)を支持する材料を知っておく。なぜ議論するのか。ABに、BAに変わる可能性があるからだ。たった一つの材料で自論を支えてきた材料が揺らぐことがある。もし、変化の余地がまったくないのなら、議論の必要性はなく、誰も歓迎しない、不器用な➊~➍の手段に頼るしかない。

議論嫌いな人にはいくつかのタイプがある。根っから嫌いな人。嫌いではないが、負けそうな相手とは議論しない人。議論などするよりも「まあ、そうムキにならずに……」と泰然と構える人(実は議論嫌い)。一見議論好きに見えるが、義務としてやむなくやり過ごしているだけで、実は隠れ議論嫌いである人。経験上、議論嫌いは議論に対して肩肘張って構えてしまう。そうではない。挨拶みたいなものなのである。集団に身を寄せているのなら、議論を拒否し輪に加わらないのは挨拶をしないのと同じだ。意見を言わない(逆に、意見にこだわる)のは選択権放棄に等しい。現在のテーゼよりも集団にとって利と理のあるアンチテーゼは常にある。そのことに気づいているのなら、反発に怯えずに自論を開示してみる。自分を生きたいという理想があるなら、議論を嫌っている場合ではない。

今書いたように、議論の前提に「テーゼに対するアンチテーゼ」という立場がある。考えが似通った同質性の高い集団では意見が画一化する。誰もノーと言わず、既存のシステムに対して別のオプションを提示しない。何も始まらないし、進化も望めない。実際のところ、意見が同じでも細部の解釈や拠り所とする論拠は違っているものだ。大同小異は似たり寄ったりと言われるが、大雑把に大同に束ねるのではなく、まず小異に目を向けてみる。そこに拮抗するイエス・ノーがあれば、活発な議論をしてみるべきだろう。それを経てこその大同なのである。

多様性の時代とは「議論ノルマの時代」でもある。そして、議論の機会があり、議論に加われるということは、その集団においてかけがえのない自分が存在する証なのである。

ブリコラージュ雑記

文化人類学者レヴィ=ストロースは、日頃から寄せ集めてきた材料を使ってものを作ることを〈ブリコラージュ〉と呼んだ。ぼくは日頃からいろんなことを断片的に書いてまかない風に文章を綴っている。言ってみれば、ブリコラージュ雑記のようなものが元になっている。


敬虔な寡黙  寒空のもと、堀の水面にただ影を落として沈黙する城の石垣。ぼくはと言えば、すっかり疲れているにもかかわらず、語りえぬものを今もなお饒舌に語り続けていて、まだ懲りない。やむをえない。居合わせた人間がみんな敬虔な寡黙を貫けば、何も動かないだろう。威風堂々とした巨石は黙って動じないが、ちっぽけなぼくたちは喋って動くのがお似合いだ。

翻訳不能性  年末に贈られたあんぽ柿がちょうど食べ頃になってきた。調べたわけではないが、あんぽ柿は日本の特産に違いない。英語圏に存在しないものは英語に訳せない。「いや、ネットで調べたら、あんぽ柿は“partially dried Japanese persimmon”と書いてありましたよ」。きみ、いちいち「パーシャリィ ドライド ジャパニーズ パーシモン」と言うのかね。長ったらしいから、頭文字をつなげてPDJPとでも呼ぶ? 「部分的に乾燥させた日本の柿」などというのは単なる説明に過ぎないではないか。「では、どう言えばいいんですか?」 きみ、見たことのないものはどう説明しても、どんなに巧妙に訳しても伝わらないのだよ。だから、“anpo gaki”と言うだけで済む。

幸せは少しずつ  先日観た映画『皆さま、ごきげんよう』はシュールなコメディで、ぼく好みだった。パンフレットに「幸せは少しずつ」とあり、これに異議はない。続く文章が「寒い冬の後に花咲く春がやって来るように、明日は今日よりも良いことが待っている」。皆さまの明日がそうなることを願ってやまないが、現実を直視してみよう。そんな都合のよい展開ばかりではない。

『欲望の資本主義』  BSのこの番組は出色の内容だった。とりわけ経済の諸現象をコンパクトにあぶり出す表現に大いに関心した。たとえば「現代は成長を得るために安定を売り払ってしまった」……「見えざる手などない。ないものは見えない」……。拙い詩を書いてみた。

それは明るいのか
それは暗いのか
それは見えるのか
それは見えないのか
それは過去なのか
いや、近くに忍び寄る未来

午前1150  電池の切れている腕時計があるのを思い出し、電池交換しようと引き出しを開けた。とある土曜日、時刻は午前1150分。取り出した時計、きっかり1150分を指していた。「おや、修理したのだったか……」。記憶が危うくなっているのではと少々不安になる。秒針は動いていないが、この時計は秒針を止める省エネ機能付き。なので、分針の動きを1分間じっと見つめた。左手首の腕時計と交互に見比べ、やはり電池切れだと確認できた。記憶に間違いがなかったことに安堵して出掛けたが、電池交換するのを忘れた。引き出しの中から机の上に場所を変え、その時計は今も長期休暇続行中である。

無限回廊のような考えごと

〈ペンローズの階段〉のどこに立ってもいい。そこから一段ずつ上がってみる。確実に上昇しながら、しかし、必ず元の場所に戻ってくる。考えごとをしていて、頭の中がこんな状態になっているのを誰もが経験するはず。着実に一歩ずつ考えが進んでいるように思えても堂々巡りになっている。しばらく時間を費やしたのに、熟していないのを知ってがっかりする。がっかりするが、堂々巡りには気づくので、救われる。そこでやめたり一工夫して一から考え直したりできるからだ。

ところで、アイデアを捻り出すのがぼくの仕事の基本になっている。アイデアは時間量に比例しないので、効率性も安定しない。出ない時は何時間、何日費やしても出ない。ここが調べものなどと決定的に違う点だ。調べものはおおむね時間に比例する。つまり、時間さえかければ探している情報が見つかる。数日間の猶予があれば――満足の度合はあっても――日にちに応じた調査結果が手に入る。アイデアの場合、「らしきもの」が芽生えても満足できなければ、それはアイデアとは呼べない。自分と依頼者双方が満足できたものだけがアイデアなのである。

手元の辞書で「アイデア」という用語を引くと、理念、観念、考え、思いつき、着想……などという意味が示されている。ちなみに、英和辞典の“idea”の見出しには、考え、意見、見解、思いつき、着想、創意工夫、観念、思想、知識、認識、想像、感じ、イデー、テーマ、モチーフ……などが掲げられ、日本語の辞書よりも概念がさらに細分化されていることがわかる。ぼくはアイデアに意見や思想や理念などを含めない。素朴に「目新しい着想」という意味で使っている。また、ものを扱うのではなく概念を扱う仕事なので、アイデアは必然ことばという形で現わすことになる。


アイデアには「経験」として身についた素材と「熟成」という時間が必要である。今しがた調べて入手した情報は青いから、無理やりアイデアに仕立てようとしても、調査の域を出ないし、目新しい着想からはほど遠い状態にとどまる。さらに、アイデアは広がりや組み合わせという作用の産物であるから、視野狭窄の専門性も障害になる。間に合わせの調べものと閉じられた深掘りはアイデアを阻むのである。アイデアを生まれやすくするには、この逆を構造化するしかない。すなわち、習慣的に形成した経験知を生かし、見晴らしをよくすることである。

調べれば答えが見つかるようなことを考えない、また、行動するほうが手っ取り早いことをああだこうだと考えない。アイデア探しというのは大海原を遊泳するようなものである。あるいは、成果が約束されない道程を歩むようなものである。だから、どうでもいいような作業を見切って、調べてもわからない、前例のない領域で考えることにエネルギーを注ぐ。芽生えそうなアイデアをことばで仕留めて明快に表現することに集中力とスタミナを使いたいのである。

手で顎を支えて座り込み長時間考えているように見えるロダンの「考える人」。あの像に言及して、串田孫一は『考えることについて』の中で次のように語っている。

一体考えるということは楽しいことであるよりも苦しいことが多いのでしょうか。(……)恐らく人は充分に楽しい時には何も考えない、また考えたくないのだと思います。(……)考えるという人間に与えられた働きの本当の役目は、そうした苦しさのためにくよくよして愚痴を洩らすことではなくて、もっと意義のあること、(……)人間がよりよい状態を自ら作るための工夫、あるいはそのための努力だといってもよいと思います。

「考えるということは楽しいことであるよりも苦しいこと」なのかどうかはわからない。無難に言うならば、苦しくて楽しく、楽しくて苦しい。行為として考えるだけなら楽しもうと思えばそうできる。しかし、何がしかの意図に基づいたアイデアを出すということになると――そして、それが仕事であるならば――苦しく悶々とする時間を費やさねばならない。

冒頭で書いたように、堂々巡りなら何とかやり直しもきく。しかし、もしまったく先の見えない無限回廊のような状態だとしたら……串田孫一の言うように、「人間がよりよい状態を自ら作るための工夫、あるいはそのための努力だ」と自分に言い聞かせるしかない。アイデアは「目新しい着想」だと書いた。もう一つ、それは「なかなかひらめかないもの」であるということを付け足しておく。

芸術家の日常

ルネサンスが栄華を極めた花の都フィレンツェ。街の中心となる歴史地区を眺望できる小高い丘に上がるとミケランジェロ広場がある。そこにミケランジェロの手になるダヴィデ像のレプリカが建つ。この位置から歴史地区のヴェッキオ宮殿が見える。アルノ川を渡って宮殿のあるシニョリーア広場に降りて行くと、屋外に同じくダヴィデ像のレプリカが一体置かれている。

ミケランジェロが実際に彫刻したダヴィデ像はアカデミア美術館に収蔵されている。ダヴィデ像の高さは6メートル。この巨像が完成した折り、協議委員会が招集されたという記録がある。時は15041月。委員の一人がレオナルド・ダ・ヴィンチであった。レオナルドは出向いていたミラノから久々にフィレンツェに戻っていた。当時52歳。ちなみに、ミケランジェロは29歳。委員会ではダヴィデ像をどこに設置するかが協議された。

同じ年に、レオナルドは共和国の依頼を受けて、宮殿の大会議室に『アンギアーリの戦い』を描き始めた。発注契約書が残っていて、そこには『君主論』で有名なマキャヴェリがサインをしている。当時マキャヴェリは35歳、フィレンツェ共和国の外交官だった。年齢差はあるものの、レオナルド、ミケランジェロ、マキャヴェリはルネサンス最盛期の同時代人である。シニョリーア広場を歩けば出くわしただろうし会話も交わしただろう。実際、レオナルドとマキャヴェリはアルノ川の水路変更プロジェクトを共同で計画していたという。


歴史的名作を通じてレオナルドやミケランジェロを知っている。芸術作品を残した芸術家としての彼らをである。しかし、人間レオナルド、人間ミケランジェロについてはほとんど何も知らない。彼らがいて作品が生まれたのに、まるで作品に付けられた注釈のように人物を認識している。芸術以外の彼らの活動や生活にイメージを膨らませることはめったにない。言うまでもなく、彼らにも普通の人間と同じ日常があった。食事をし用も足し散歩をしていた。ショッピングを楽しみ自宅でくつろぎもしていたのである。

想像してみよう、レオナルドやミケランジェロが会議に出てメモを取り、受注するためにプレゼンテーションをおこない、契約書を結び、パトロンと打ち合わせをしている姿や様子を。絵を描き大理石を彫る以外の彼らの動きに、天才ではない人間味と日常を垣間見、自分と同じだと知って何だかほっとする。芸術作品は芸術活動のみから誕生するのではなく、芸術以外の業務や雑務との併せ技にほかならない。

ぼくたちの意識から生活者としての芸術家の日常が欠落している。天才を天才として見る視点に凝り固まっている。芸術家の息遣いを作品を通して感知するだけでは物足りない。いや、それだけでは理解不十分である。彼らもまた、現代人とさほど変わらない一生活者であったことが想像できる。想像だからノンフィクションではないが、この想像は真理とほとんど換位できるように思う。

線描の時間

テーマはなく何本かの線だけを引き純正のラインアートだと自画自賛

わからない何時間も読み込んだのにサクサクわかる本がわからない

風物詩はほとんど消え去りかろうじて餅つき機のみ風習を継ぐ

「なるほど」が共感ではなくてただの癖だと見破った時の空気が微妙

ガイジンを昭和なと形容したらそれはトランプのことだろうと誰かが言った

筆を持ち林檎を一つ持ち合わせても林檎筆にはならぬ不条理

要するに形の中でほんとうに ノイズが踊る彼の感想

文字がなくもちろん本も書店もなくライブ伝誦していた時代

書くことは語ることより考える自分を表わす油断禁物

表象は浮かんでいるが午後のカフェは言葉を封じ苦吟を強いる

センスとは何か

「自分の身についた関心から選ぶのがいい(……)」と中村雄二郎が『読書のドラマトゥルギー』の中で語っている。読書がテーマなので、これは本の選び方についてのヒントである。しかし、読書指南だけにとどまらない。それが何であれ、あることについて語る時、自分の関心事――少しは分かっていると自覚している事柄――から話を始めるのが妥当である。と言う次第なので、「語学のセンス」からセンスの話を始めることにする。語学はぼくの関心事であり、他に齧ってきたものとは比較にならないほど時間を費やしてきたからである。

どの外国語でもいい。必要に応じて目先の表現を探すような学び方では、言語を「思考と連動した文章意味的に」習得するのは難しい。たとえば「これはいくらか?」とか「どこどこへはどう行けばいいのか?」などの観光・ショッピング的表現を組み合わせても、その後の想定外のやりとりに対応はできない。「こんな場面ではこの言い回し」というような、アルゴリズム表現はたどたどしく、かつ硬直的である。「語らねばならない」と「語りたい」が一つになり、ことばと考えが結び付いて身体的感覚が覚醒する。当為としてのメッセージと欲求としてのメッセージが重なってはじめて自己表現のセンスが身につくのである。

語学のセンスは習慣の賜物であり、それ以外の何物でもない。小さく身についた関心が好奇心へと連鎖する。先の中村雄二郎は続ける。

「自分の好みや関心をありのままに認めることは、私たち一人一人の一種の全人間的な欲求からそれを蔽っているタテマエやかまえをとり払うことにほかならないのである。」

語学という部分だけではない。全人間的な欲求なのだ。つまり、一般教養であり経験であり、身体的繰り返しなのである。では、母語である日本語でこのような欲求を逞しくして日々繰り返しているか。読み書き話し聴くというリテラシーを強く意識しているか。語学のセンスは、母語でも外国語でも根は同じである。よく書きよく読めば文がまとまる。よく話しよく聴けば語感が響く。


センスのいい服、ユーモアのセンスなどという場合のセンスも、語学のセンスのセンスと違いはない。欲求であり経験であり、繰り返した結果身につく、その分野の物事を微妙に感覚できる働きだ。ここで大切なことに気づく。センスは独りよがりな感覚ではなく、コモンセンスということばが示す通り、思慮や分別の拠り所となる共通感覚でもあるという点だ。いや、むしろ、この共通感覚上に立ち現れるのが個々のセンスと言うべきか。一部の辞書はセンスを能力と規定しているが、そうではなく、教養、経験、想像の作用であり、習慣の積み重ねなのである。

これまで生業としてきた企画という仕事は、才能でもなく専門知識でもなく、センスに大きくその質を左右される。好奇心、目新しさへの志向性(あるいはマンネリズムに安住しない姿勢)、かつて考えなかったことを考えること、異種の組み合わせ、愉快がること……これらが企画のセンスの養分である。ここまで話すと、企画志願者は尋ねてくる、「どうすれば養分を摂取できるのか?」と。驚くほど簡単である。企画とはことばを縦横無尽に駆使して考える仕事であるから、それに最も近い習慣を形成すれば済む。派手ではなく地味で、甘くはなく渋くて、だが苦しいばかりでなく愉しく、そして怠惰や下品と縁遠い習慣行動。それは読書である。

語学と企画という、ぼくがまずまず身につけてきた関心事を中心にセンスについて書いてきて、読書という処方箋に辿り着いた。我が田に水を引くような展開となった。あらためて整理しておく。物事を微妙に感じる働きがセンスであるなら、どんな物事であれ、やがて自分を取り巻く世界にまで広がる。自分と世界との関係を見つけ、関係の意味を感じ取ることへと到る。一冊の本を読むという体験がそのシミュレーションになってくれるのである。

図書獨娯

元旦に参拝した神社の裏門の手前に献梅碑がある。王仁わに博士が梅花に和歌を添えて仁徳天皇に奉ったエピソードにちなむ。

難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花

王仁博士はわが国に『論語』と『千字文』を伝えた人物として知られる。『論語』は知の原典として、『千字文』は書のお手本として、古来知識人の教養に大いにあずかった。彼らがどのように読書に親しんだのか想像しづらいが、津野海太郎の近著によれば、読書は個人的な行為であり、それゆえに「本はひとりで黙って読む。自発的に、たいていはじぶんの部屋で……」ということになる。この仮説に基づいて、日本人と本の読み方の歴史が探られる(『読書と日本人』)。

〈書評輪講カフェ〉という読書会を主宰して久しいが、本の読み方については自分自身がまだ試行錯誤を重ねている。故事成句の「読書三到」は、声に出して読む「口到」、よく目を開いて見る「眼到」、心を集中して理解する「心到」の三つを指す。今風に言えば、音読、黙読、熟読ということになるだろうか。では、なぜ本を読むのか。「読書万巻を破る」は大量に本を読破せよと教えるが、十を知って一を語ることを奨励している。人は一しか知らないのに十を語ろうと見栄を張るものだ。それを戒めている。一冊だけ読んで十冊読んだような振りをするぼくなどはまだまだ二流の読書人である。


それでも、自分で読みたい本を選び、万巻からは程遠いが、独りでこつこつと読む。最近はこの傾向がますます強くなった。身近な人と交わって骨のある話を語るという機会がずいぶん減ったのが理由の一つ。たまに会っても同じ話題ではつまらないし、この歳になってもまだ現役で仕事をしているから、どうでもいいような話に時間を割くのが惜しい。だから本を読む。遠い時代の賢人の思想やことばに触れていれば、落胆させられることはあまりない。これがいわゆる「読書尚友」の意義である。

あまりなじみのない「図書獨娯」を書き初めの文字に選んだ。「としょひとりたのしむ」と読み下す。この熟語が生まれた頃の図書とは書画のことである。詩文やそれをしたためた書、墨絵などは独りで鑑賞して楽しむのがいいという意味だ。広く解釈して読書を含めてもいいだろう。本を読んだり美術を鑑賞したりするのは、個人的な体験であり、集団でおこなうよりも娯楽価値が高いと思われる。作品には独りで向き合うのがいい。

初硯は愚直に一回勝負を貫く。書き損じがあっても書き直しはしないことにしている。ああ、線が細かったか、バランスに少々難があるかなど、毎年筆を置いてから顧みる。ともあれ、独りとはもとより孤独のことではない。邪魔が入らないというのは至福の歓びなのである。