書名から考えた

三日前に年賀状をすべて投函した。テーマは〈架空図書館〉、書いた文章は2,246文字。一度は企画されたものの出版を見送られた本、途中まで書いたが絶筆になった本などを11冊紹介した。もちろん架空である。受け取る方は楽しみにしていただきたい。残念ながら、住所の知らない人にその年賀状は届かない。

配達される年賀状から派生しそうな話を「スピンオフ」として書いてみた。年始の本編に先立つ年末のスピンオフというわけだ。架空ではなく「実在の本」を取り上げた。暮れのこの時期、本腰を入れて批評しようと思い立ったわけではない。ぼくの本への――正確には書名への――常日頃の接し方である。書名を見て考えて、読んだことにしている。

『苦手な人もスラスラ書ける文章術』
熟読も完読もしていないが、拾い読みしたところとても読みやすい本である。ところで、文章を書くのが苦手なのは、これまで書かなかったからである。そんな人がこの本を読み一念発起して書き始めることができるだろうか。仮にできるとしても、書く習慣をこれからも続けるとは到底思えない。得意としている人でもスラスラ書けないのが文章というものだ。この本は苦手な人のためになるのではなく、書くのが好きな人のためになると思われる。

『企画書は一行』
言いたいことをシンプルかつコンパクトに言い表せという意図だとわかる。一枚ならぼくも実践しているからありえると思うが、どう考えても一行は無理ではないか。企画書の一番上に「○○企画」と書いたら、もうそれで一行だ。いや、表題無しにいきなり骨子に入るとしよう。唐突に一行だけ書いた一枚の紙を誰が企画書だと思ってくれるのか。「いきなりのこの一行、何のことかさっぱりわからん」ということになりかねない。

『困った人たちとの付き合い方』
一番最初に思いつく方法は付き合わないことだが、それでは本として成り立たないから、たぶんあの手この手で指南しているに違いない。「困った人」はおおむね理不尽である。「付き合い方」は理屈である。書名に理不尽と理屈が並んでいる。経験的には、困った人が変わってくれる可能性はきわめて低い。だから、こちらが折れて変わることになる。そんなことまでして、その困った人と付き合う必要があるとは思えない。

『すべてはネーミング』
ネーミングの重要性については大いに共感する。すべてと極言したい気持も理解する。しかし、やっぱりすべてではない。名付ける対象あってこそのネーミングなのだ。商品やサービスやイベントの企画以前に名称が先行することが稀にあるが、名称だけが一人歩きできるわけではない。ネーミングだけして知らん顔できるのなら――それで仕事になるのなら――ぼくなどはとうの昔に楽々億万長者になっていただろう。

逆説の実像

夜明け前に東の空を眺める。まだ夜のとばりは下りたまま。しばらくすると、白み始める。周囲の闇に明るさの階調がゆるやかに滲み出す。暗さと対比された仄かな光が、実際以上に明るく見える。暗さが残っていてこその夜明けだ。

直線ばかりが集まる所では、一本の直線はほとんど注意を引かない。直線は曲線に混じった時にひときわ強さを感じさせる。直線と曲線は明るさと暗さの対比に通じるところがある。

何でも肯定していると、一つ一つの肯定が薄っぺらになる。否定のフィルターがかかると、肯定の意味は鮮やかに浮き彫りになる。あることの肯定は、おおむね相反するものへの否定の裏返しだ。否定のない所では、肯定の真意を量りかねることがある。


誰かが、おもしろい話を聞いて笑った。その様子に何か不都合があるわけではないが、もし「おもしろいから笑った」などと口走りでもしたら、ちょっとがっかりしてしまう。「おもしろい→笑う」という、一見自然な導出ゆえに、逆にそこから先の展開が見えてこないのだ。当たり前の一言なのに、凡庸の異様さが空気を支配する。

「おもしろいから不安になった」とつぶやけばどうだろう。「おもしろすぎて涙が出た」と言うよりもずっと奇妙である。奇妙ゆえに一瞬意図が飲み込めない。ことばに裏切られてつながらない。だからこそ逆説的な新鮮味を覚える。そして一歩踏み込んで、語の連なりから生まれるところに関心を向けてみる。この逆説に実像が隠れている可能性を期待してはまずいだろうか。

実像を素直に再現するのは写実だけの専売特許ではない。接続詞の前と後がつながっても素直とは限らない。論理や常識を逸脱したように見えるデフォルメやアマノジャクが実像の扉をこじ開けるかもしれないのだ。ありそうもないことへの試みを経ないで「ありそうなこと」を肯定するのは、実像の一面に光を当てているにすぎない。想像力を怠けさせてはいけないのである。

「人間の構想力は、明るい光のもとよりも、暗がりのうちでしっかりと働くものだ」(イマヌエル・カント)

私、~を変えました

知人からメール。「私、携帯を変えました。ガラケーです。メッセンジャーは見れません」。

スマホからガラケーに変わった。変わったのは本人が変えたからである。携帯電話会社の仕業ではない。

さて、国語の基礎をおさらいをしておこう。「変わる」は自動詞で、「変える」が他動詞。「ライトアップの光の色が変わった」とつぶやくとする。因果関係的には誰かがスイッチを操作したから変わったのだろうが、関心はそこにはない。これに対して、「部屋の灯りをLEDに変えた」なら、自分が意図的にそうしたことを伝えている。その時、自分は傍観者ではなく、変えた当事者である。

時代は巡る。巡って変わる。世界は動く。動いて変わる。自分の意思とは関係なく時代と世界が変わり、釣られるようにして自分の生き方も変わる、いや、変わらざるをえない。自分以外の力で生き方が変えられることには抗えない。けれども、ほんの少しでいいから自発的に変わる余地を残したいと願う。知らないうちに生き方が変えられるのではなく、はっきりと自覚して生き方を変えたいのである。

生き方などと言うと、人生観や仕事観を連想しがちだが、そんな大それた話ばかりではない。トーストに塗るのをバターからジャムに変えることも、メガネや小銭入れを変えることも、なにげなくつつましやかながらも、どこかで生き方につながっている。自分の主体性を発揮して変化を起こしたいのなら、まずは暮らしの中の小さなモノや習慣を変えることから始めるのがいい。


歳をとると生き方が変えづらくなる。勝手知ったやり方に頑なにこだわる。それでもなお、意思と無関係に、変わらざるをえない場面に遭遇する。変えるのは面倒、今のままのほうが楽だ、しかし変えられてしまう。どうしたものか。ジレンマに苛まれるくらいなら、自らの生活の一部分を変えるほうがよほどましだろう。変えるという意思が生きていることを実感させてくれるからだ。日々小さな変化を自ら進んで取り入れる。それは臨機応変かつ軽やかに生きることと同義なのである。

私、髪形を変えました。
私、散歩道を変えました。
私、万年筆のインクを変えました。
私、人との付き合い方を変えました。
私、部屋の模様を変えました。
私、愛読書を変えました。

この程度のことを変えても、別に人生の根本が180度転回するわけではない。ほんのささやかな揺らぎ程度にすぎない。しかし、「私が何かを変える」という他動詞的意識を強く働かせるうちに、「私が変わる」という自動詞的行為が導かれる。「私、携帯を変えました」とぼくに伝えた知人、それによって本人がどう変わるのか。熱いまなざしで注目するつもりはないが、変化がどのように生活に波紋を起こしたのか、今度会う時に聞いてみようと思う。「スマホをガラケーに変えた日から、ガラケーで私が変わりました」と言うだろうか。

カラス、なぜ鳴くの?

カラスが声と姿を照合して仲間を認識することはよく知られている。ぼくたちからすれば、カラスはみんな黒くて同じ姿格好に見える。犬や猫なら少しは違いがわかるが、カラスの個体差となると峻別は容易でない。しかし、カラスどうしはお互いがわかる。わかるのは差異の認識ができるからだ。

鳥類の中ではもちろん、動物界にあっても、カラスの観察力と学習力はずば抜けている。コミュニケーションも行動パターンも想像以上に複雑、伝え合う意味も深いということが近年の研究で解き明かされた。カラス、なぜ鳴くの? カラスの勝手ではなかった。また気の向くままに鳴いているのでもなかった。意味のある複雑なコミュニケーション行動をしていたのである。

都会のカラスの脳のシナプスが、刺激が少ない地域のカラスのそれに比べて複雑な構造を持つことがわかっている。神社周辺と森にいれば変化が乏しく、たいていの状況は定常処理で切り抜けられる。しかし、都会に棲息するカラスが晒される情報量は半端ではない。生きる上で必要な情報を環境から入手し、それらを組み合わせて記憶として働かせる能力がいる。環境適応しようとしてカラスは仲間との綿密なコミュニケーションに必死である。


言うまでもなく、カラスは文字を持たないから、音声によって伝達理解をおこなう。仲間の鳴き声を聞き分け鳴き声で反応する。人間も同じだが、人間は文字によって音声を補い、高精度なコミュニケーションをおこなう。すなわち、読み書きというリテラシーによって知を共有できる。これが人間関係の基本の基本である。

日々強く意識してリテラシーの習熟に励めば、ことばと想いは近づいてくる。ことばと想いの完全一致など万に一つも望めないが、読み書きを習慣化すると、考える力が養われる。強く意識して続けるには脳のスタミナが欠かせない。ところが、五十の声を聞く頃から、スタミナ切れが生じる。若い頃に操れていたことばが思うように出てこない。それまでと同じレベルの学び方や鍛え方では劣化に歯止めがきかなくなるのだ。

カラスにとってコミュニケーションは生きることと同義である。大いに見習うべきだ。歳をとっても生きていかねばならない。しかし、話す聞くという音声面のリテラシーだけでは壁にぶつかる。壁は、読み書きというリテラシーで突き破らねばならない。残念なことに、ほとんどのシニアは読書意欲も減退し、文を綴る機会も減ってくる。やがて、ことば遣いが雑になる、固有名詞を忘れる、考えの精度が落ちてくるなどの症候群に見舞われる。

鍛えるのに時間はかかるが、衰えるのはあっと言う間だ。五十代、六十代になると筋肉の衰えと同じことが脳でも起こり始める。せっかくいろいろと経験を積んできたのに、晩年になってそれを生かせないのは実に情けないではないか。このような理由から、来年度に向けて「アンチエイジング・リテラシー」の実践方法を集大成しようと構想を練っている。見通しが立てば少しずつここに書いてみるつもりである。

書棚からのヒント

仕事は思うように捗らないものであり、考えごとは費やす時間とエネルギーに比例してまとまるものでもない。考えること、書くこと、伝えることを生業にしているが、ものづくりと違って、満たすべき基準が明確ではない。まだ粗っぽいかなと自評した仕事が承認されることがある。他方、到達点が見えず果てしのない道を歩き続けなければならない場合もある。この時点で選択肢が二つ生じる。果てしない道をまっしぐらに進み続けるのか、それとも、いったんミッションから逸れて遠回りするのか。ぼくは迷わず後者を選ぶ。

能力や技量には限界がある。持てる力を出し切るのも才能だろうが、そう易々とできる芸当ではない。自分のことは分かっているつもりなので、行き詰まったと感じたらその先を急がないことにしている。手抜きせず考えてきて行き詰まったのだから、いくら時間をかけても同じやり方では突破できないのは百も承知。深く狭く考えすぎていたのではないか、と振り返る。深さはともかく、狭さに原因があるのかもしれないと見当をつける。そして、浅く広く考えることにシフトしてみる。広さとはよそ見であり寄り道だ。

言い換えれば、使命感から生まれる闘争心をいったん棚上げして、自発的好奇心のほうを動かすのである。たいてい書棚の一角の前に立って背表紙を眺める。渉猟などという大仰な行動をするわけではない。狭い書斎の中で適当に本を手に取ってページをめくり、これまた適当にあちこちの段落を拾い読みし、文章に反応したら付箋紙を貼り、面倒でもノートに書き写し、思うところを一言、二言添える。これをぼくは「仮止め」と呼んでいる。


仮止めから小さな気づきを得る。気づいた時、その気づきから視野角が広がる時に頭が働き、記憶が動く。そんな大げさなことでなくてもいい。自分の仮止めというやり方に自信が持てるだけでも十分なのである。在宅で考えごとをしていた先日、書棚を眺めていてふと一冊の本に目が止まった。W.V.クワインの『哲学事典』がそれだ。一度読んでいる本だが手に取った。「序」に目を通した。

ヴォルテールの『哲学辞典』が引き金になって、気儘で目の粗い書物がときおり思い出したように書かれ、かすかな流れを作ってきたが、本書もそれに連なる一冊といえる。(……)私のはところどころ哲学的だが、半分以上は一段レベルの低い事柄がテーマになっている。つまり、半分以上は、私自身がこの本を楽しんだのだ。

「気儘で目の粗い」と「半分以上は一段レベルの低い事柄がテーマ」という箇所に出合っていくらかほっとし、慎重を期すよりもまず楽しんで書いてみようと背中を押されたのである。つくづく思う。気になることはやってみるものだ。仕上げに向かうことに躍起になるばかりが能ではない。仮止め的に粗く、少々レベルを低めにしてやってみるのである。先送りして旬を逃すくらいなら、拙くてもいいのではないか。

一鞭ひとむちを入れても、かつてのように頑張るのもままならない。齢を重ねれば、身体が痛い、精神的に疲れるなどは日常茶飯事である。それでも、仕事に恵まれる幸運はまだ手の内にある。考えが頓挫する原因を分析する暇があれば、その時間を使って書棚を眺めればいい。そこには、じっとしていて浮かぶよりはよほどましなヒントが潜んでいる。

懐かしい珈琲用語

コーヒーは外来ものだから用語もほとんどがカタカナ。なかには色褪せたことばがある。今も普通に使っているものの、喫茶店で耳にしたり目にすると違和感を覚えるのもある。時代錯誤のように響くのはぼく独特の感覚かもしれない。かと言って、別にケチをつけるつもりはない。むしろ、懐かしく過去を思い出し、コーヒーと喫茶店を通して時代の移り変わりを実感する。

アロマ  「亜呂麻」などと漢字で表記する店名があった。ちょっと怪しげな雰囲気があり、音も妖しげに響く。『コーヒールンバ』は、♪ 昔、アラブの偉いお坊さんが……で始まり、独特のメロディに意表を衝く歌詞が乗せられ、やがて♪ 南の国の情熱のアロマ……というくだりにやって来る。正しくは「アローマ」と歌う。アロマセラピーなどという概念よりもずっと前から、コーヒーはアロマをゆったりとくゆらせていたのである。

サイホン  サイフォンではなく、サイホンというところが通好みだ。店名の横に堂々と「サイホンコーヒーの店」と掲げるのが流儀である。哲学のフィロソフィーを明治時代には「ヒロソヒー」と発音していた。あれと同じである。「ファ、フィ、フュ、フェ、フォ」は「ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ」と言うのが正統派なのである。フラスコ状のあの器具がコーヒーを抽出するのを初めて見た時、かなり驚き、一部始終を見届けたものだ。ガラス底を炙っていたアルコールランプが懐かしい。

シュガー  砂糖ではなく、わざわざシュガーと言う。二十代の頃、コーヒーの飲めない年上の同僚がいた。それでも、付き合いのいい人だったので、喫茶店によく同伴してくれた。注文するのは決まってホットミルク(この響きも懐かしい)。「ぼくはホットミルク」と言ってから、いつも一言付け加えた。「シュガー抜きで!」 自分で言ってみればわかるが、「砂糖抜き」では拍子抜けするのだ。しかし、コーヒー皿にスプーンと一緒に添えられた二個の立方体は「角砂糖」と呼んだものである。

ブラック  時々行くカフェには「ダーク」というコーヒーがある。ブレンドの中で一番濃いのをそう呼んでいる。ダークを頼んで砂糖を入れるのは自由。そのダークとブラックは意味が違う。ブラックとは砂糖無し、ミルク無しのコーヒーのことだ。誰がこんな表現を最初に思いついたのか。かつてはなじんでいたが、最近ではノスタルジックで古めかしい印象を受ける。企業訪問するとコーヒーを出してくれることがある。「ブラックでよろしいでしょうか?」と聞かれる。「ええ」と答えるが、若い人にそう聞かれて違和感を覚える。なお、ぼく自身は一度もブラックと言ったことはない。丁寧に「砂糖とミルクは結構です」と言う。

アメリカン  今ももちろんメニューに載っているが、一時代前の響きがある。昭和40年代や50年代には二人に一人がアメリカンを注文していた記憶がある。ブレンドだと味が濃く、濃いコーヒーは胃に良くないなどと言われた頃で、こぞってアメリカンを注文したようだ。今では浅炒りの専用の豆が常識だが、当時は、出来上がったブレンドに湯を足していた喫茶店があった。

フレッシュ  これは関西独特の表現だとする説がある。ホットコーヒーだと黙って小さな容器で出てくるが、アイスコーヒーを注文すると「フレッシュは入れますか?」と聞く店がある。自分で加減して入れたいのに、店員が入れてからテーブルに運んでくる。余計なお節介である。カフェに置いてあるミルクの入った小さなポーションをフレッシュと呼ぶのは、1975年に大阪の会社が発売して以来だと言われている。しかし、喫茶店もそれに倣ったのか、それともそれ以前からそう呼んでいたのか、定かではない。ともあれ、生クリームの新鮮さを強調するために、「生」をフレッシュと言い換えたようである。

レイコ―  方々に出張している関東の知り合いは、レイコ―は関西独特だと言う。ぼくもそう思う。「冷たいコーヒー」、略して「冷コー」。ぼくよりも上の世代の大半はレイコーと注文するのを習わしとしていたし、今も堂々とそう言っている。一杯が150円や200円の時代はそれでよかったが、400円や500円が当たり前になった今、レイコーと呼んでは安っぽくなる。と言うわけで、ぼくは常に「アイスコーヒー」と注文する。縮めたり略したりするよりもフルネームのほうが値段に見合うような気がするからである。

水のまちに降りそそぐ白い太陽の光を見た

ひょんなことから昔話が出て、過去を遡る機会があった。珍しく自伝的な話を書こうと思う。

父親に手習いを勧められ、10歳の時に書道塾に通い始めた。好きなのは絵のほうだったが、逆らう理由もなかったので、言われるまま続けた。中学に入る頃に近所の師範の手ほどきを受けることになった。中学3年になってまもなく五段になり、最高ランクの特待生の認定をもらった。それを最後に筆を置いた。

ぼくと入れ替わるようにして父親が書を始めた。三十代後半、かなり遅いスタートだ。もともと器用な人なので、書芸院、日展に入選し、あっと言う間に師範格になった。書道から離れたぼくは、高校受験を控えていたにもかかわらず熱心に絵を描くようになった。

好きこそものの上手なれ。中学時代の美術の成績はつねに5段階の5。中学3年の時の女性教師は「過去何十年も美術を指導してきて、きみが一番センスがいい。絵の道に進めばどうか」とまで言う。この先生は、絵であれ工芸品であれ図案であれ、ぼくのどんな作品も高く評価してくれた。自分では凡作だと思ったのに、いつもべた褒めしてもらえた。ある作品が先生に気に入られ、それを機にある種のブランドができたのだろう。学校内外の賞をいろいろもらったが、いま流行りの「忖度」もあったに違いない。


書道と違って、誰からも絵画を教わったことがない。だから、基本のできていない我流である。もとより上手に描こうという感覚すらなかった。出来上がった絵は同級生が描きそうもない構図であり、風変りな色遣いであり、とりわけ題材そのものがわけがわからない。本であれ絵であれ、作品のタイトルは作品と同等に重要な要素だと今も考えているが、当時もそうだった。絵を描く以上の時間とエネルギーをタイトル案に注いだのだった。

先生に絶賛された作品に『水のまちに降りそそぐ白い太陽の光を見た』というのがある。「作品A」や「無題」や「静物」と名付け、画題の風景の固有名詞をタイトルにしていた同級生の作品と違って、いつも長ったらしいタイトルを付けていた。絵だけで表現できないもどかしさと拙い技術を文章で補ったようなものだ。先生は、絵のみならず、多分にタイトルも評価したのだろうと今も思っている。タイトルは写真のキャプションと同じような役割を担う。情報誌の編集にあたって見出しとキャプションには並々ならぬ工夫をすることがある。

絵描きではなく、元来が企画人であり編集者なのだろう。美術の世界に行かなくてよかったとつくづく思う。ところで、『水のまちに降りそそぐ……』という作品は手元にも実家にもない。子どもの頃の作品は、絵も書もすべて自ら処分したか、処分されてしまった。構図も色もよく覚えているが、再現不可能である。先日、デジタルペインティングの単純な機能を使い、タイトルを再解釈して遊んでみたところ、こんな一枚ができあがった。原作のほうがよほど恣意的で出来はよかったはずである。

2017年の年賀状

当社は本年十二月に創業三十周年を迎える(予定)。
縁と機会に恵まれて今ここに至れたのは感慨深い。他人様から期待されるものがあり、その期待に応える相応の努力を重ねる日々であったと振り返る。
企画と言えば、表現や編集など、どちらかと言えば、手の技が主役だと思われがちだが、わたしたちの使命は考え伝えることであり、新しい発想からの切り口を提供することに尽きる。
その一端を示す仕事の習慣と方法を『いろはカルタ発想辞典』として編集し昨年の年賀状で紹介したところ、一部の読者から反響があり、「ぜひ続編を」という励ましをいただいた。
今年は「いろは」に替えて「一二三」と数にちなむ諺や故事成語などの用語を発展的に解釈してみた。発想上の戒めやヒントを導こうと試みた次第である。

一言以て之を蔽う
〔いちげんもってこれをおおう〕
様々な物事が集まって全体が意味を持つ。言いたいことは山ほどあるのに、本質をわずか一言で表わすには勇気がいる。しかし、多種情報の一元化にコンセプトの一言化は欠かせないのである。

二兎を追う者は
〔にとをおうものは〕 「一兎をも得ず」と続く。同時に二つの物事を狙うと一つの目的さえ叶えられないという戒め。足の速い兎を欲張って二羽追い掛けるから失敗の憂き目に遭う。逃げも隠れもしない二つの関心事なら両得はありうる。二足のわらじも恐れずに履いてみるべきだろう。

読書三到
〔どくしょさんとう〕 本を読む時に心得るべき三か条。声に出して読む口到(こうとう)、すなわち音読。目を見開く「眼到(がんとう)」。心を集中する「心到(しんとう)」。文のリズムを体得し視野角を広げて心を集中する。三到は三昧の境地に通じる。

四面楚歌
〔しめんそか〕 回りが意見の違う者ばかりということはよくある。だからと言って、孤立無援だなどと落胆するには及ばない。逆縁は転じて順縁になるのが常。楚の国の項羽も、自分を取り囲む漢の軍から楚の歌が聞えてきたことにひとまず安堵するべきであった。そこから先を読むから被害妄想に陥ったのである。

五里霧中
〔ごりむちゅう〕 深い霧の中ではつい方角を見失ってしまう。しかし、霧もなく見晴らしがよくても、何が何だか分からないのが今置かれている状況である。先もよく見えない。これが考えるというプロセスにほかならない。そもそも思考はカオスである。混沌ゆえにダイナミズムが生まれるのだ。

双六
〔すごろく〕 思い通りに事が運ばない双六は仕事の比喩である。紀元前ローマの詩人テレンティウスは言った。「人生は双六遊びのようだ。願う目が出ない。だが、偶然出た目を己の力によって生かせばいいのだ」。偶然をチャンスと見れば、「偶察」して望外の功を得るかもしれない。遊びの精神はセレンディピティを育む。

無くて七癖
〔なくてななくせ〕 癖がきっかり七つあるという意味ではない。別に一つでもいい。癖というものは芯まで染みついているから、改めるのが難しい。しかし、すべての癖が悪癖とは限らない。経験を積んだ技能も癖と言えば癖なのだ。ことばで説明できないすぐれた癖、それを「暗黙知」と呼ぶ。

腹八分
〔はらはちぶ〕 少し控えめに食べれば医者いらずなのだが、この八分の見極めが悩ましい。今は七分なのか、それともすでに九分過ぎなのか、的確に判断しづらい。ところで、脳の空きスペースは無尽蔵であるから「満脳」になることはない。くだらない情報以外の知はいくら貪っても問題ない。

九回裏
〔きゅうかいうら〕 勝負決したと思われる九回裏ツーアウト、走者なし。スコアは3対0。ここからヒットと四球でつながって満塁。打席には四番バッターが立つ。アナウンサーは十中八九こう言う、「さあ、わからなくなりました」。九回裏とは後がない終盤だが、諦めるなという場面でもある。

十で神童
〔とおでしんどう〕 二十歳過ぎて只の人になるための過程。晴れの成人の日に凡人になることを誰も望まないから、十で神童や十五で才子になってたまるかと抗う。わが国で十代の天才が生まれにくいのはこのせいである。

十二進法
〔じゅうにしんほう〕 十二よりも十のほうが「ちょうどいい感がある」などと考えてはいけない。十二は古来生活上の重要な分節単位であった。時計も一年も十二を基数としている。両手の指が十本だから、数える時に二つ余ってしっくりこないが、今さら一日を二十時間、一年を十か月に変更できない。一ダースの卵も二個減ることになってしまう。

十五 十六 十七
〔じゅうご じゅうろく じゅうしち〕 ♪ 十五、十六、十七と私の人生暗かった……。大いに遊んだり将来のことを考えたりする最良の高校時代に受験勉強を強いられれば、人生は暗くもなるだろう。夢は夜ひらくなどと若くして退廃してはいけない。

十八番
〔じゅうはちばん(おはこ)〕 昨年、十八歳に選挙権が与えられた。本来この歳あたりで得意な技芸の一つも身につけておくべきだが、二十歳過ぎて何をしたいのかも分からず、勤め先だけを決めたがる若者ばかり。中高年にもいる。「十八番は?」と聞かれてカラオケしか思い浮かばないとは実にお寒い話ではないか。

【あとがき】 十八番をトリとした。十一、十三、十四を欠番にしたことに他意はなく、単にスペース不足のため。欠番があることへの批判はお控え願いたい。

おもてなし考

「お・も・て・な・し」は2013年度の流行語大賞であった。以前から使われていた普通のことばが大賞に選ばれて、特別な意味が付加された。意識せずともできていたことが、わざわざ意識しなければならなくなったのである。ことばや道具や行為は、習慣的に用いていれば板に付いてくる。敢えて意識する必要はないから、不自然さを感じない。しかし、あらためてクローズアップされた瞬間、そこにこれまでと違った意味が備わってしまう。

当世、「飲み放題付きコース5,000円」を謳う食事処はどこにでもある。通勤途上のある店は、大衆居酒屋よりもほんの少しグレードを上げたようなコンセプトで営業している。飲み放題の種類はおよそ70種類用意されているが、制限時間は長めの2時間半。「元を取っていただくという考えではなく、ゆっくりとくつろいで飲んでいただきたいから」とメニューに書き添えてある。ゆっくりくつろいで飲むとくれば、料理への期待も高まる。

さて、そのメニューである。いろいろな一品料理、コース料理、ドリンクの種類よりも先に、つまりメニューの最上段に、飲み放題にまつわる五カ条の注意書きが記されている。

一、グラスは交換制。
二、一気飲み禁止。
三、泥酔客への提供お断り。
四、テーブルを汚すと即退席。
五、場合によってはクリーニング費用請求。

メニューの一番目立つ箇所に、よくも思い切った文面を置くものだと呆れたが、よほどたちの悪い客で迷惑した経験があるようだ。グラス交換の件、了解である。客のマナーとして当然だ。しかし、あとの四カ条はどうか。客の全員を性悪説的に見なしている。良識ある客にとっては、言わずもがなの心得ばかりである。一気飲みしないし泥酔しない、きれいに飲食するマナーを心掛けて飲食する者にとっては、こんなメッセージを目にしてから料理を注文する気にはなれない。飲食メニューの前にクリーニング代の弁償などと恫喝するのはどういうつもりなのか。


テーブルに備えてあるメニューと同じものが店の前に掲げられている。実は、ここに入店したことはないのだが、そのメニューの威嚇的な禁止事項のせいである。メニューの下段には店の方針が書かれている。「あくまでも仕事帰りの軽い飲み」がコンセプトだと言う。先の「ゆっくりとくつろぐ」を併せてみれば、飲み放題と相反していることに気づく。飲み放題などという仕組みは、そもそもおもてなしなどとは縁遠いのである。

極めつけは「美味しくて手間の掛からない料理」という一文。手間が掛からないというのは客目線ではなく、店の自己都合である。もちろん、手間を掛けずにうまいものは調理できる。有名ミシュラン料理店のシェフがそういうお手軽レシピをテレビで紹介することもある。しかし、それはあくまでも家庭向けであって、実際の客に向かって堂々と「手間の掛からない料理」と宣言するのとはわけが違う。美味しいは当然として、なぜわざわざ手間の掛からないことに胸を張っているのか、まったく解せないのである。

手間を掛けないのなら、ぼくなどはわざわざ店に来ない。自宅でささっと作れるのと同じ料理に、その何倍もの金額を払う気にはならない。缶詰を開けてつまんでいればいいのだから(最近の缶詰は三百円も出せば、かなり美味しくいただける)。

言うは易し行うは難しがおもてなしである。なぜ人は、自宅ではなく、外で料理をつまみ酒を飲むのか。いろんな事情があるだろうが、値段や味とは関係なく、何がしかのおもてなしに期待するからだ。すなわち、自宅での調理者兼実食者ではなく、客としてひと時を過ごすためなのである。当然、料理人の手間にも期待している。

ことばに生かされて

昨年から今年にかけて、コミュニケーションについて講演する機会が何度かあった。コミュニケーションは伝達や理解の単なる手段ではなく、生きることそのものであるというテーマ。他人に何かを伝えるための手段としてことばが在るのではなく、ことばそのものがコミュニケーションを可能にしている……ぼくたちが主人としてことばという下僕を使っているのではない……むしろ、人のほうこそがことばに生かされている……というような話である。

人どうしの間で「意味を共有」することがコミュニケーションの原義である。意味とは「言の葉」として驚くほど分化したことばの意味だ。つまり、コミュニケーションを生きるとは、人と人の関係においてことばの意味を分かち合うことに命を預けることにほかならない。ここが、人間とことばを持たない動物との唯一にして決定的な違いである。人間だけがことばによって生かされ、コミュニケーションを生きている。

人生の究極の最高善とは何かと自問自答し、アリストテレスは「幸福である」と喝破した。万人にとって蹂躪しがたいのが幸福という概念なのである。たいていのことには「なぜ?」と問えるが、「なぜ幸福が重要なのか?」などという問いは成り立たない。幸福には理由も説明も目的もなく、言い換えることもままならない。幸福はただ幸福と言う以外に他はない。したがって、「幸福を求めて生きる」という言い方もありえない。ぼくたちはただ幸福を生きるのみ。同じく、ことばに生かされて、コミュニケーションを生きている。


ことばで人の思いや世界の何もかもがわかるわけではない。わからなくてもやむをえない。しかし、ことばそのものの内にしか「わかる可能性」はなく、また「わからない可能性」もそこにしかない。わからない覚悟もしておかねばならないのである。仮に何かがわかったとしても、どの程度わかったのかを知る手掛かりがあるはずもない。わかったことの程度がわからないのなら、それはわかったとは言えないのではないか。

ことばによって何かをわかろうとすることには気の遠くなるような困難がある。わからないことをわかろうとして苦悶し、結局のところ、わからずにやむなく退散する。そしてまた、性懲りもなくわかろうと努める。考えるとはこういうことの繰り返しなのだ。意味を分かち合い物事を考えようとして、ぼくたちはつねにことばの壁にぶつかっている。しかし、絶望するには及ばない。この時、ことばに生かされているからこそ考えることができ、コミュニケーションを生きていると実感するのだから。