人気を「ひとけ」と読む時

人気と書いて「にんき」または「ひとけ」と読む(稀に「じんき」と読むこともある)。「にんき」は、あったり出たりすると好ましいとされる。しかし、それに溺れてしまうと、いずれ痛い目に合う。一時的にそれを博した者や物は早晩それを失うことが多い。

同じ漢字を「ひとけ」と読むと、場で感じる人の気配や様子をあらわす。「にんきがない」と「ひとけがない」には人が寄りつかないという共通の意味がある。しかし、「にんきがない」のは本人も諦めがつくが、「ひとけがない」と周囲の者たちが気持ち悪がる。「ひとけのない部屋」で物音がすると不気味ではないか。

平日の昼に二度しか入っていないので、結論めいたことや断定的な意見は慎みたいが、こんな街中なのに信じられないほど「ひとけのない店」がオフィスの近くにある。最初に入店した昨年はぼくが一人だけ、二度目の先日は先客一人とぼくだけ。ざっと見渡せば50席は下らない、広い店にもかかわらず。

撮り収めた写真に時計が写っていた。ランチタイムとしてはピークのはずの1225分頃である。この時刻に客が二人。とんでもなくまずい料理を出す店と思われそうだが、そんな店ならぼくの二度目はない。ミートソースやトマトや魚介のスパゲッティを出す店で、ベーカリーも併設している(いや、ベーカリ―がパスタランチを提供しているのかもしれない)。ともあれ、味は普通である。

最初にサラダとスープが運ばれる。次にパン。通常はパンを乗せたトレイを客席で見せて、好きなパンを23個選ばせるものだが、これでもかとばかりに7種の小ぶりなパンを盛った皿をテーブルに置く。そして、「あちらで(と小さなテーブルを指差し)バターとジャムはご自由にどうぞ」と言う。厨房に初老の夫、ホールにその妻(たぶん)。夜になると繫盛しているかもしれないので、敢えて「にんきがない」とは言わないが、正午前後になぜひとけがないのか、その原因はわずか二度では突き止められそうにない。

現象面的には他のイタリアンとの違いが見える。他店は女性客が多い。ムダにシャレている。店の前のメニューに高級感がある。翻って、この店はパン屋かスパゲッティ屋か喫茶店かわかりづらい。繰り返すが、パスタは普通である。当世、パスタをまずく下手くそに作るほうが難しい。普通のパスタを普通のソースで普通に作れば、普通の一品が出来上がる。

パンも普通である。「配給」された気分だったので頑張ってパンを食べたが、不覚にも2個残した。お勘定の時に「残して申し訳ない」と詫びたら、「お持ち帰りもできますのでお申し付けください」と言われた。いい店ではないか。敬遠する理由が見当たらない。しかし、ひとけがない理由を探るためにもう一度来ようとは思わない。この店に来た客はみな二度来て、ぼくと同じことを感じ、そして三度目を見送っているのに違いない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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