マイナス転じてプラスに

「ピンチの後にチャンスあり」と励まされても、危機は突然好機に変わらない。現実は甘くない。ピンチはピンチであってチャンスではない。ピンチはマイナスであり、プラスではない。マイナスは勝手にプラスにならない。一縷の望みがあるとすれば、マイナス状況をプラスとして解釈しようという心の持ち方である。

どう見ても厄介なことだが、視点や方法を変えて対処すればうまく好転するかもしれない。これを「わざわいを転じて福となす」という。こういう類の諺はいろいろある。「苦は楽の種」もその一つ。冷静に考えれば、苦はさらなる苦の種になる可能性が大きい。リンゴの種がリンゴの木になりリンゴの実をつけるように、苦の種は苦の木になり苦の実をつけるはず。「小苦は大苦の種」のほうがおおむね正しい。

アスファルト化された都会では雨が降って地が固まることはなく、大雨は冠水をもたらす。「雨降って地固まる」は今もなお、結婚式の主賓が雨の日の結婚式をポジティブに演出しようとする常套句。色褪せた諺の唯一の出番は結婚式である。「雨降って地がゆるむが、時間が経って地は乾き、やがて地は固まる」という論理だが、省略して「雨降って地固まる」。

ハレの儀の日の「雨降り」がよくないという前提に立っている。では、今夏のようなカンカン照りでいいのか。そうとも言えない。「日が照って熱こもる」という、プラス転じてマイナスの図はもっと困る。余談になるが、「雨降って空気冷やす」に期待できないから、ついに先週日傘を手に入れた。日傘が灼熱の苦を鎮静するのを期待して。


マイナスを「逆縁」、プラスを「順縁」として表現した仏教哲学者の中村はじめのエピソードには励まされる。

中村は20年の歳月を費やして、3万語を収録した『佛教語大辞典』を200字詰め原稿用紙で4万枚書き上げて出版社に手渡した。ところが、出版社はあいにく引越しの最中で、中村の原稿はゴミと間違えて捨てられてしまったのである。涙を流して謝罪に来た出版社に対して、中村は「怒っても原稿は出てこない」と平然を装って言うしかなかった。そうは言っても、さすがに中村は1ヵ月以上呆然としていたらしい。しかし、妻の「やり直してみたら」の一言に奮起した。そして、この日からさらに8年をかけて完成させた。紛失した原稿に取り掛かってから数えて27年が過ぎていた。中村は言った。

「やり直したお陰で収録語は3万から45千に増え、ずっといいものができました。逆縁転じて順縁となりました。人生において遅いとか早いということはございません。思いついた時、気づいた時、その時が常にスタートですよ」。

ストレスが溜まってもストレスと闘ってはいけない。困難な仕事を課されても弱音を吐いてはいけないのだ。もちろん、祈りは通じないし、偶然や他力にも期待できないが、実は逆縁こそが、逆縁そのものを順縁に変える力を貸してくれるのである。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です