昔も暑かった。大阪の賑やかな下町に育ったが、子どもの頃の夏の暑さ、その肌感覚の記憶はいくばくか残っている。暑くても、住宅街の大部分がアスファルト舗装されていなかった時代だったから、土の地面に打ち水すれば空気がひんやりした。今のように、一日中ずっと暑かったわけではなかった。
自宅に電気を使わない冷蔵庫があって、近所の製氷店でブロックの氷を買って保存していた。魚や麦茶も入れていた。氷は高価で貴重だったから、いつも備えていたわけではないが、外で遊ぶ時はカチ割りにして口に含んでいた。
夏は防犯意識よりも避暑意識が強かった。玄関も裏木戸も四六時中開けっ放して風通しの工夫をしていた。涼をとる方法はいろいろあった。風鈴、蚊取り線香、団扇、花火、朝顔、素麺、かき氷、すいか……。これらの工夫がそのまま夏の風物詩になっていた。
昔も暑かったし湿度も高かった。しかし、そんな日々はおそらくわずか1ヵ月だったような気がする。盆を過ぎる頃から朝夕の気温も下がり始め、微風の吹く時間帯が少しずつ長くなった。空と雲が、虫や植物が、そして音と梢のそよぎが、こぞって夏の終わりの始まりを告げていた。
1ヵ月程度だった暑さ――酷暑または猛暑――が、今では3倍長く続く。春は早めに夏を先取りし、秋は持ち分を削って夏に割り当てる。エアコンという装置があるから、かろうじて長期の夏に耐えているが、引きこもっていては季節感も体調も狂ってしまう。
動物行動学者の日高敏隆著『春のかぞえ方』によれば、植物も虫も生き物はみなそれぞれの方法で春の到来を知るという。三寒四温を「積算」して、ある値に達すると、植物は花を咲かせ、虫たちは土から顔を出す。動植物はおそらく同じように夏も秋もかぞえるのだろう。
人も生き物であるから、そんなふうに温度を積算して春夏秋冬の季節を体感してきたはずだ。ところが、この10数年、猛暑は長引く。四季のメリハリがあったこの国で3ヵ月も高温を積算していたら、バグが生じて夏と秋を正しく数えることができなくなる。
何日続くかわからないが、少なくとも秋分の日の昨日は過ごしやすかった。しかし、「涼しい、秋めいてきた」と小躍りしている場合ではない。盆過ぎに涼風がそよぎ、秋分の日に秋風が吹くのはかつて当たり前だったのだ。夏は毎年次第に、かつ確実に秋を侵食している。そして、早晩、長引く夏の風物詩は「冷房」だけになるかもしれない。