「あんた、おばあちゃんが働いているとこで、アルバイトせえへんか?」
予備校にも行かず浪人をしていたある日、母方の祖母から電話があった。祖母は働き者で、4人の娘と2人の息子が独立し結婚した後もずっと、お金に困っていなくても働きに出たり内職をしたりしていた。その時の仕事場はバナナに特化した青果卸売の荷受け倉庫。祖母は社員のまかないを作り掃除や洗濯をしていた。
ぼくらの世代が青少年の頃、バナナはまだ高級品。そう簡単に口に入らなかったし、病院のお見舞いの定番だった。おやつにバナナが食べられる生活に憧れていた。もしかして食べさせてくれるのではないか……バイト料を聞くこともなく、二つ返事で仕事を受けた。
港から倉庫の前にひっきりなしにトラックが着く。多くがフィリピンとエクアドルのバナナで、小量だが小ぶりな台湾バナナもあった。すべてのバナナが「青い」(正確には「緑っぽい」)。バナナは黄色だと思っていたから、最初は驚いた。バナナは未成熟の青いままで収穫され、貨物船の中で熟成がやや進み、青果卸の倉庫で黄色くなって小売店に出荷される。
バナナが房ごと入ったずっしりと重いケースを低温の倉庫に運び入れる。先に熟成が進んだバナナを取り出しやすいように配置を指示された。テキパキしないと、作業時間が長引いて身体が冷える。食べ放題ではないが、見た目傷んでいるのは食べてもいいと言われていた。傷んでいないのに、甘くておいしそうな台湾バナナを時々つまみ食いした。毎日10本は食べていたと思う。
スーパーの見切り品の棚に季節の果物や野菜が置かれる。そのスーパーでは「おつとめ品」と呼ぶ。桃や柿や梨は旬の時だけ並ぶが、バナナは見切り品棚で一年中常連だ。バナナを見るたびに、将来を案じながらもバナナにありつけていたあの頃を思い出す。
スーパーに買物に来た客は、少々ワケありだが、賞味も消費にも問題ない商品を安く買える。店は、食品ロスを減らし、仕入れコストを回収して何とか赤字にならずに済む。あの見切り品棚は「三方よし」の理念に適っている。熟成を過ぎて黒ずみ始めたバナナが理念の象徴だ。
見切られたバナナ。ちょうどあの感じのバナナを低温倉庫の中で食べていた。見切り品とかワケアリなどと思ったことは一度もない。アルバイト時代と違って、バナナは安価な果物になった。しかし、わが若かりし頃の記憶のバナナは今もなお高級品であり続けている。傷まなくても少々傷んでも、バナナは偉ぶらずに人に寄り添ってくれている。