ジョルジオ・モランディのこと

ボローニャ モランディ

本の仕分けと所蔵のことでずっと頭を痛めている。美術関係の図録や海外で買い集めた街のガイドブックなどは分厚く重い。雑誌もかさばる。これらが幅1メートル、3段の棚を占めている。何とかしようと整理にかかると、珍しいものに出くわし、座り読みして作業が渋滞する。昨日ぼくの手を止めたのは20055月号の芸術新潮。特集は『モランディのまなざし』である(写真がその雑誌とモランディの作品のポストカード)。

ジョルジオ・モランディ。回りに知っている人はほとんどいない。ぼくも12年前は知らなかった。1890年イタリアのボローニャで生まれ、1964年に73歳で亡くなるまでほぼ生涯をボローニャで過ごした。20043月、ぼくはボローニャに滞在し、マジョーレ広場へ出掛け、敷地内にある市庁舎を訪ねた。その市庁舎内でモランディ美術館の存在を知り、モランディ作品を鑑賞する縁があった。

とにかくモランディは静物画ばかりを描いた。静物画の主役はほとんどがびんである。いろいろな壜を描いたが、まったく冴えない同じ壜でさえ執拗に繰り返し描いた。美術館で作品を眺めながら、「静物画だけに静かだ……おとなしくて上品だと言ってもいい……けれども凡庸だ……この程度なら……」と感じていた。これがぼくの第一印象である。鑑賞する作品のほとんどに〈静物〉という題がついている。静物、静物、静物……絵画にもタイトルにもちょっとうんざりした。


おもしろいものである。あまり感心をしたわけではないのに、見終って出口近くのミュージアムショップに寄ると、ふとジョルジオ・モランディが近い存在に思えてきた。見た目にあまりパッとせず口あたりもよくない料理だったけれど、食べているあいだに癖になり、舌の上で食味の余韻が残っているような感じがしてきた。立ち去りがたく、しかし、いつまでも佇んでいてもしかたがないから、ポストカードを数枚買って市庁舎を後にしたのである。

冒頭の芸術新潮にモランディのことばが紹介されている。

「人が実際に見ているものほど抽象的で非現実的なものはない(……)客観世界について見てとることのできるものは、私たちが主観であり客観でない限り、それを見て分かったと思うとおりに存在しているわけでは決してないのです(……)私たちに知ることのできるのは、木は木、コップはコップであるということだけなんです」

要するに、壜は壜なのである。モランディは、何の変哲もない壜を、描くのと同等かそれ以上のエネルギーをかけて観察したという。脱主観の境地に達するまで見つめ続けたのだろうか。

EPSON MFP image

翌日、ボローニャ名所の一つである斜塔の木造階段を恐々上り、マジョーレ広場と市庁舎を見下ろした。ボローニャはめったにツアールートに入らないが、個性ある街という点ではミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマにひけを取らない。それどころか、ここでしか感応できない対象がある。モランディ美術もその一つと言えるだろう。もちろん、タリアテッレのボロネーゼも忘れられない。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です