食を巡る栄枯盛衰

風土や食性に合った定番メニューは、人気の上昇下降や頻度の高低などの変化にめげずに、時代を経て口に運ばれる。しかし、食にもはやりすたりがある。食材の過剰や不足によってメニューが変わる。マスコミや噂に煽られて人気メニューが登場する。一時的に貪られても、徐々に飽きられ、やがて表舞台から消えていく。世界の食材・料理を柔軟に取り入れてきたこの国の人々は、食性の広さに関するかぎり世界一である。何でも食べる。そして、食のトレンドに敏感である一方で、食べ飽きるのも早い。

食文化の歴史を辿れば、日本人は近年急速に食べるものを多品種化してきた。一昨日は天ぷら定食、昨日は豚の生姜焼き定食、だから今日はパスタセット、明日はたぶん和定食……などという食習慣は世界に類を見ない特殊だ。和洋中に加えて麺類専門、カフェ系、エスニックなど店の顔ぶれが多種多様である。つまり、それだけ競争も激しいのである。

会社を興して2年後に今の場所に移転した。以来25年間、ぼくのオフィスは動いていない。つまり、ぼくはオフィスが立地する地域、とりわけ食事処によく通じているのである。たまに弁当を食べるが、ランチはたいてい外に出る。したがって、休日や出張で不在の日を除けば、約200食×25年、合計で五千食以上どこかの店で昼食をしてきたことになる。オフィスを中心に見立てると、「食事圏」は南北800メートル、東西で600メートル。おそらく二、三百軒の食事処に足を運んだはずである。


店の数が常時二百も三百もあるわけではない。看板やのれんが変わったから、合算するとそのくらいになるのである。たとえば、二つ隣りのビルの地下の食事処は現在で6店目である。大衆居酒屋、創作居酒屋、鯨肉割烹……などと代替わりし、今は洋風レストランになっているらしい。覗いたこともないから、看板から類推して「らしい」と言うしかない。このような現象が圏内にあまねく見られる。そして、25年間に及んでぼくが目撃し、実際に食事をした店のうち、屋号もメニューも立地も変わらぬ食事処はおそらく十指にも満たない。

健闘しているのは、リーズナブルで味がまずまずの店であり常連客がついている。他に、家内営業的であることだ。夫婦二人で営んでいる喫茶店がそうであり、親族経営の和食の店がそうである。もう一つ加えると、週に一、二度通っても飽きがこない、定番系のメニューを揃えていることである。創作系やヌーベル系はことごとく消え去った。さらにもう一つ加えるなら、アルバイトを過剰雇用していないことである。暇そうなパートがいる店も負け組である。

ビフカツ大

栄枯盛衰の食事処シーンを回顧するにつけ、飲食業の難しさを痛感する。パスタと洋食でまずまずの人気を集めていた店がある。イタリア語で綴られたメニューの三ヵ所にスペルミスがあって気になってはいたものの、その店には月に二度は足を運んでパスタランチかビフカツの大を注文していた。まずまず気に入っていた。ある日、その店先に移転のため何月何日に閉店すると貼り紙が出た。

閉店前後に何度か前を通ったが、移転先を告知するような貼り紙はついに出ずじまい。おそらく移転というのは廃業の口実だったに違いない。ランチタイムはかなりの賑わいだったのに、なぜ? とも思うが、オフィス街特有の事業継続のもう一つの絶対条件を見逃してはならない。夜に人が入らないと採算が合わないのである。昼にやって来る客が、仕事が終わって近くの洋食店で一杯引っかけたりしない。わがオフィス圏内で飲食業を始めようと思う経営者は、不動産屋で店を探す前に、ぼくの証言に耳を傾けるべきである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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