表現にみる発想の違い

日本語でも外国語でも初めて見る用語や不確かな単語は辞書で調べるのがいい。推測は危険である。推測のひどい形が、他人から尋ねられ、知ったかぶりしてでっち上げるケースだ。その昔、ビールを飲まない英語教師が、「先生、ビール瓶のラベルに書かれている”エル、エー、ジー、イー、アール”はどういう意味ですか?」と生徒に聞かれた。その教師は“l-a-g-e-r”と人差し指で綴り、「それは、より大きな、つまり大瓶という意味だね」と捏造した。

言うまでもない、“lager”は「ラガー」というドイツ語由来の「貯蔵」ということばだ。低温で貯蔵熟成させるビールの総称であって、“larger”(より大きな)とは綴りが違っている。捏造した教師はその場を切り抜けることはできなかった。なぜなら、尋ねた女子生徒が「そうなんですか。でも、小瓶にもその綴りが書かれているんですが……」と追い討ちをかけたからである。生兵法は怪我のもと。その道のプロと言えども、いや、その道のプロだからこそ、知らないことは確かめねばならない。

外国語に関して言えば、和製英語にたくさんの落とし穴がある。ぼくは1970年代の前半に数年間英語教授法の研究に携わりながら自らも英語講師として現場で授業を担当していた。ぼくが英語を学ぶ前から「ナイター」や「サラリーマン」などの和製英語はふつうに使われていた。なかなか創意工夫された表現だとは思うが、前者が“night game”、後者が、まったくイコールのニュアンスにはならないが、“employee”“office worker”である。さきほど和製英語ランキングというサイトを覗いたら、「オーダーメイド」「スキンシップ」「コンセント」の三つが上位を占めていた。それぞれ順に“custom-made” “personal contact” “outlet”が正しい英語と書いてある(但し、私見では、スキンシップ(和)とパーソナルコンタクト(英)を単純対応させるのは危険。文脈的翻訳が必要だろう)。


和製英語に厳しい向きもあるが、文化比較の材料になっておもしろい。もともとの英語が日本風土でなじめないとき、特に発音しにくい時にこなれるようにアレンジされる。連日サッカーの試合で盛り上がっているが、あの「ロスタイム」は和製英語である。試合の前半・後半のハーフ45分間のうちに「ケガなどによって中断され、失われた時間」を意味している。とてもわかりやすいが、不思議な表現だと思わないだろうか。「ロスタイム3分」というのは、「失われた時間は3分」と言っているにすぎないのだ。だから何、だからどうするかなどまで言及してはいない。

英語ではちゃんと言及している。“Additional time”(アディショナルタイム)と呼んでいて、失った時間を足して「追加の時間」と表しているのである。この一例だけで比較文化を気取るわけにはいかないが、とても興味深いではないか。わが国でロスタイムと「現象」を表現するのに対して、英語では「対策」のほうを表現しているのだ。わかりやすく言えば、「失う」ほうを強調するか「足す」ほうに力点を置くかの違い。時間を還付するのであるから、英語のほうが適切だ。しかし、ロスタイムは言いやすくわかりやすい。

「ああ、失くしちゃった」と言うか、「さあ、足しちゃおうか」と言うかの違い。そして、「失くした」と言いながら「足す」の意味に転用している。それがロスタイム。まるで、「転んだ」を「起き上がる」に使っている感じだ。そう言えば、野球用語にも和製英語がいくつかある。たとえば、おなじみの「デッドボール(死球)」。これは打者に当たった後に転がったボールが主役。英語では“hit by pitch”で「投球による(打者の身体への)当たり」という意味で、目線は人に行っている。

ちなみに“bases on balls”とは「審判による四つのボール判定によって打者が一塁に出ること」。これを明治の時代に「四球」と訳した。感服する(ほとんどの野球用語は正岡子規が訳して広めたことはよく知られている)。この四球、メジャーリーグの中継を英語実況で観戦していると、ほとんどの場合“walk”と言っている。打って一塁へ走るのではなく、堂々と「歩いて行ける」からウォークだ。この四球とウォークの関係が、ロスタイムとアディショナルタイムの関係に似てはいないだろうか。ここでも前者が現象、後者が対策になっている。もちろん、興味本位に見つけた事例であって、二例を以て一般法則を導くつもりなどさらさらない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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