窓と窓的なもの

ある日のオフィス。窓を拭く清掃人と目が合った。ガラスを隔てて寒い側に清掃人がいて、こちらが暖房が入った部屋の中にいるという構図。ぼくは目くばせもせず、声も掛けず、相手から目をそらした。視線を清掃人の作業する手元へ移し、机の方へ向き直った。

翌日、大通りで信号待ちしていた。所在なさそうに正面のビルの高層階に目を向けると、壁にへばりつくようにして清掃人が窓を拭いていた。命の安全を保障するロープが風で揺れているような気がした。信号が変わって道路を渡る。ビルの真下を歩きながら、ロープが切れる光景が浮かんだ。清掃人は窓枠にしがみつき命拾いした。想像の世界だったが息詰まりそうな時間だった。


窓は、開けて採光したり風を入れたりする以外にも役割を担う。十年以上前のこと。場所はフィレンツェのジョットの鐘楼。ガラスのない明かり窓が塔の階段の踊り場にあり、街並みを枠の面積の内に切り取っていた。とても鮮やかな仕掛けだった。ここから中世の面影を覗き見よ、と窓が命じた。

窓はどこかに通じる起点になる。開けたり閉めたりできるが、開閉の権利は建物内に帰属する。どこかに通じる窓の外に出た瞬間、その権利を放棄することになるが、建物から解放されれば、どこかには行けそうな期待が生まれる。窓は内と外の世界を分け隔てながら、しかし二つの世界を繋いでいる。

窓は光の比喩だ。雪が光を反射すれば「窓の雪」になる。窓の雪は勉学を暗示させる。ある朝カーテンを開けて窓が目になっていたら驚くが、確かに窓は目に似ている。

「入口の左右の壁には、煤竹を二本横に渡した楕円形の小窓が開けられていたが、その窓はあたかもこの家のふたつの眼のように見えた」
(加能作次郎『世の中へ』)

窓は開閉の比喩でもある。社会の窓と言えば、ズボンの前のファスナーのことだ。布で隔てたすぐそこが社会であり、しかも一日に何度か社会に開かれる……もっと責任と緊張感を自覚せねばならない。

Katsushi Okano
Something like a window
2018

Pastel

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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