アイデア探し

「アイデアというものはな、いつどこからやって来るかわからないぞ」と教えられたピエール。その日から毎日、アパートのドアも窓も開けっ放しにして眠ることにした。アイデアがやって来る気配はまったくなかったが、数週間後、泥棒がやって来た。そして、家財道具一式が盗み出された。ピエールは悟った。

「泥棒はどこからでもやって来る。でも、アイデアはどこからもやって来ない。」

よく悟ったものだ、ピエール。その通り。アイデアはどこからもやって来ない。アイデアは自分の頭の中で生まれる。そこでしか生まれない。しかも、何百回か何千回に一度くらいの確率で。

アイデアは誰かに授けられたり教えられたりするものではない。アイデアの種になるヒントや情報は外部にあるかもしれないが、実を結ぶ場所は頭の中だ。アイデアと相性のよい動詞に「ひらめく、浮かぶ、生まれる、湧く」などがある。どれも自分の頭の中で起こることを想定している。アイデアを「天啓」と見る人もいるが、天啓という見方も他力本願だ。

デスクに向かい深呼吸をして「さあ、今日は考えるぞ」と自分を鼓舞する。ノートと筆記具を携えてカフェに入って「よし、ゆっくり構想を練ろう」と決意する。時と場所を変え、ノートや紙の種類を変え、筆記具をいくつか揃え、ポストイットまで備えても、アイデアは出ない時には出ない。準備万端、「さあ」とか「よし」と気合いを入れれば入れるほど、ひらめかない。出てくるのはすでに気づいていることばかりで、何度も何度も同じことを反芻しては、あっという間に数時間が経ってしまう。


ところが、本を二、三冊買ってぶらぶら歩いているだけで、どんどんアイデアが浮かんでくることがある。まったく構えずにコーヒーを飲んでいる時にも同じような体験をする。だが、そんな時にかぎって手元にはペンもメモ帳もない。記録するまでに時間差があると大半のアイデアは揮発する。いったんスルーしてしまったアイデアは、よほどのことがないかぎり、もう二度と芽生えてくれない。

意識を強くすると浮かばず、意識をしないと浮かぶ。いや、意識とエネルギーが強い時に浮かぶこともある。アイデアは気まぐれだ。しかし、本当に気まぐれなのは、アイデアではなく、自分の頭のほうなのである。

ノートと筆記具を用意して身構えた時点で、既存の発想回路と情報群がスタンバイする。頭は情報どうしを組み合わせようと働き始めるが、意識できる範囲内の「必然や収束」に向かってしまう。これとは逆に、特に狙いもなくぼんやりしている時には、ふだん気にとめない情報が入ってきたり頭の検索も知らず知らずのうちに広範囲に及んだりする。つまり、「偶然と拡散」の機会が増える。

アイデアは情報の組み合わせだ。その組み合わせが目新しくて従来の着眼・着想と異なっていれば、「いいアイデア」ということになる。考えても考えてもアイデアが出ない時は、同種情報群の中を弄っていることが多い。新しさのためには異種情報との出会いが不可欠だ。だから場を変えたり、自分のテーマのジャンル外に目配りすることに意味がある。

理解のネットワーク

分かりやすさが誰にとっても一律などということはめったにない。ぼくたちは何かを思って表現し、何かを見て描写する。ごく普通のことば遣いで素直にそうするとしても、表現や描写はおおむね主観に軸足を置いているから、他人から見れば分かりづらい、表現不足だと感じることがある。伝えられたことばだけで分からない時、自分のアタマの辞書――参照や連想の枠組――によって理解しようとするが、辞書は人それぞれ個性的なので、理解は一筋縄ではいかない。

たとえば「その日は雪だった」と誰かが言うとする。この表現は明快であり、分からないと言って突き返すことはできない。しかし、この一文だけがつぶやかれたとしたらどうか。それで良しとする人もあれば、意味が分かった上で「だから何?」とか「どの程度の雪だったのか?」と尋ね、それだけでは何を言いたいのかがわからないとぼやくかもしれない。

「その日は雪だった」という一文から、言外の意味を浮かび上がらせ、想像をたくましくして感知しようとする人もいる。「そうか、その日は雨でもなく曇りでもなく晴れでもなかったのか」という具合に。俳句や短歌や詩などは、鑑賞者のそのような歩み寄りを必要とする文学である。


言語の体系は網の目になぞらえることができる。話し手や書き手は網の目から表現を繰り出す。聞き手や読み手も、それぞれの網の目でメッセージを拾い意味を汲もうとする。

網を砂地の上に広げてみよう。まばらな網なら砂地の上に隙間の多い跡形がつく。密な網なら細かく区切られた隙間の少ない跡形がつく。砂地は自分や他人の知識と経験の全体図である。網の目の疎密は、自分がこれまで形成してきた知識や経験によって決まる。知識や経験が織り成す網の目は言語のネットワークでもある。ぼくたちはそのネットワークの中にことばを蓄えて運用している。

疎なネットワークだと、間に合わせ的なことば遣いになり、理解も粗っぽくなる。他方、密度の高いネットワークなら、精度の高いことばの使い分けができ、他人のメッセージも微妙に感じ分けることができる。語彙は不足であるよりは豊富なほうがいいに決まっているが、それよりも決定的なのは、ことばどうしが結びつく密な関係性のほうである。

現在のことばのネットワークに一つの語が加わる。つまり、新しい単語を覚えたとする。それは単なる「プラス1」ではない。その一つのことばは、たちまちにして既存のことばと結びつき、網の疎密度に応じてネットワーク全体に広がっていく。こうして理解のネットワークは、隙間があってもそこを埋め合わせるように機能するのである。

ことばの分かりやすさについて

「ことばは有限か無限か?」という学術論争があることをご存じだろうか。哲学的な問いだから、たぶん結論は出ない。一人の人間にとっては答えは明らかだ。生涯で知り尽くせないだろうから無限と言うほかない。

ことばの不器用な使い手にとっては、知らないことばだらけである。使えることばは知っていることば――聞いたり読んだりしてわかることば――よりも圧倒的に少ない。二十代の頃、無職の時代が一年ほどあって、実によく本を読んだ。ついでに辞書も読んだ。引いて調べるのではなく「適当にめくって読む」。ア行から始めてサ行の途中までいく。当然挫折する。またしばらくして挑戦する。同じくへこたれる。だから、ぼくはア行からサ行までの語彙はタ行以降よりも豊富なはず。

辞書を読んでも語彙が増えるわけではないが、暇だからそうしていた。だが、何か調べるために辞書を使うというよりも、適当なページを繰って関連することばを渉猟したりする癖は今も染みついている。ビジュアル辞典や類語辞典の類はそんな行き当たりばったりの「ことばの海の遊泳」にぴったりだ。もっと言えば、興味のある本、話題に通じている本もこんなふうに読む傾向がある。


以前、「競馬場で走る馬」という表現を耳にした。テレビの手話ニュースだったと記憶している。これには腰が抜けるぼどびっくりした。「サラブレッド」の説明に使われたのではなく、唐突に出てきたからである。そこまで言わなくても、サラブレッドでいいではないか。サラブレッドという単語を知っているという前提は決して高いハードルではない。「競走馬」でも十分である。

「陸上競技場で走る人」や「柔道着で格闘する人」はいずれも人を説明する表現である。それぞれ陸上選手、柔道家という固有の言い回しがあり、相手が幼い子でなければまったく不都合なく通じる。会社員を表現するのに「会社で働く人」では違和感があるし、「市役所で働く一番偉い人」といちいち言わずに、市長というほうが便利である。

相手はこのことばを知らないだろう、難しいと感じるだろう、それならあらかじめ分かりやすく説明調でいくか……。こんな配慮を親切心とは言わない。辞書の定義に近い表現を使って分かりやすくなるのは稀である。いや、そもそもことばの分かりやすさ、説明の分かりやすさというのは人それぞれなのではないか。辞書はことばの説明はしてくれるが、ことばを分かりやすくすることについて面倒を見てくれるわけではない。


「太陽の光線をあらゆる波長にわたって一様に反射することによって見える色のワイシャツを着てお越しください」。これは「白いワイシャツ」のことだが、「白」がわからないだろうと予測してこんな言い回しをする人はいない。「黒の反対の色のシャツ」という人もいない。白を知らない人はワイシャツということばすら知らない可能性がある。

話し手や書き手は傲慢になってはいけない。できることなら、聞き手や読み手が参照できる範囲のことばを使うのが望ましい。しかし、受け手側に歩み寄り過ぎるのも問題だ。すべての人間は未知のことばと対峙して今までやってきた。「ママ」も「ワンワン」も未知だった。何度も使っているうちに意味や概念の輪郭がはっきりしてきて、「ママ」が自分の母親であり「パパ」とは異なること、「ワンワン」は四足で毛の生えた動物だが、どうやら「ニャンニャン」とは同じ仲間ではないことなどを知るに至ったのである。

ことばは尽き果てない。知らないことばがいっぱい。しかし、ことばのことごとくを知ってから人の話を聞いたり本を読んだりするわけではない。知っている単語をつなげて想像力を働かせて、知らない単語を類推するのだ。この言語習得の過程は不思議に満ちている。技術などではなく、生きることと不可分ではない。だから、コミュニケーションは生命いのちそのもののように深遠なのである。

アンチテーゼで発想する

「うちの社員は型通りな発想しかできないんですよ。何か妙案はないでしょうかね?」 一年に何度かこんな質問がある。「たとえ型通りであれ、発想できるならひとまず良しとすべきでしょう」と答えることにしている。

何かを思い浮かべることができる、しかし、出てくるアイデアはどこにでも転がっていて平凡。こんなことはアイデアマンと呼ばれる人にもしょっちゅう起こる。何十回、何百回発想してもほとんどは型通りの結果になる。だが、アイデアマンが凡人と違うのは、粘り強く型を自ら崩したり壊したりするのを繰り返して、やがて新しい発想に転換できる点である。

二十代から発想法や創造技法をいろいろと試してみた。試してみたうえで実際の企画研修でも演習に使ってきた。ブレーンストーミング、チェックリスト法、強制連想法、シネクティクス、NM法……。収束向きと拡散向きがあるので、何でも使えばいいというわけではない。ほとんどすべての技法に共通するのは、「いま知っていること」から「未だ知らないこと」を導くという点。既知から未知を導く、あの手この手の人為的仕掛けの法則化である。


手っ取り早く発想を鍛える方法がある。それは、たとえ共感するテーゼに対してでも、敢えて”?”を投げ掛ける〈アンチテーゼ発想〉である。ある種の常識、価値観、慣習、意見、視点に対して対極からアマノジャクな揺さぶりをかけたり茶化してみたりするのである。ホンネは棚上げしておく。

たとえば、メダルに手が届かなかった五輪選手が、この四年間苦しかったこともあったと振り返る。「辛かっただろうなあ」といったんはこのコメントを素直に受容する。そして、しばし腕を組んでから「ちょっと待てよ、過去四年間を振り返ったら、誰だって苦しいことくらいあるさ。ぼくにだってあった。ただマスコミがその苦しみを聞いてくれないだけ」とひねくれてみる。

菜食主義者がいる。他人に自説を押しつける偏狭な心の持ち主ではない。豆腐と野菜を巧みにアレンジして仕立てた「ハンバーグ」が好物だと言う。「鰹節でダシをとった味噌汁もタマゴも口にしない徹底した菜食主義。忍耐強いなあ」と褒めてあげる。そのうえで、「肉食をとことん断つのなら、わざわざハンバーグ風にしなくてもいいじゃないか。やっぱりまだ肉に未練があるに違いない」と皮肉ってみる。


たわいもない「くすぐり」または「ツッコミ」であって、高等な批判精神とは無縁だ。ちょっと口を口をはさむだけの話。しかし、それを意識してやってみるうちに、絶対と思えたものが絶対でなくなり、ダメなものがダメではなく、時代遅れが実はオシャレだったり……というようなことが浮かび上がってくる。

ぼくたちがふだん見聞きしているものは、どんなものでもたぶん偏っている。立場によって、思想によって、好みによって。極端に言えば、コインの表側だけしか見ていない。振り子が左右に思い切り振れている様子が見えていない。アマノジャクなアンチテーゼ発想は、実は見えないところを無理に見ることを促し、想像力の源泉になることがある。 

あの時、観戦者も飛んだ

帰宅して夕食時から午後11時頃は、仕事のある平日で一番ほっとする時間帯。話や文字から解放されたら、音楽を聴くかテレビを見るか、ぼんやり考え事をする。テレビはBGMみたいな存在で、テレビを点けたまま音声だけ聞き、食後のコーヒーを啜ったりする。

ここ10日間はかなりスタイルが変わった。変えたのは平昌ピョンチャンの冬季五輪。自ら体験した競技は何一つないが、札幌の冬季五輪から今日に到るまで、熱心に観戦してきた。特にスピードスケートとスキージャンプは欠かさず見てきたし、最近ではカーリングの高度な技とスリリングな展開に強い興味を覚える。自宅にはカーリングのミニチュア遊具も備えてあるくらいだ。

五輪のみならず、サッカーでも野球でもそうだが、録画はつまらない。結果を知らないで見る録画はまだしも、結果を知ってからの録画は話にならない。現場観戦が一番いいだろうが、それが叶わないならせめてライブだ。時差のない今大会はライブ観戦できるから興味は倍増する。と言うわけで、毎夜観戦を楽しんでいる。冬の競技はミスが起こりやすい。ある意味で減点スポーツ的な意味合いがある。だから、ハラハラする場面が多い。


印象に残る冬季大会は1994年リレハンメルだ。スキージャンプ団体は、原田選手の失速に日本じゅうが悲鳴をあげた。観衆も一緒に自分の腹筋に力を入れて1メートルでも先へと足腰を浮かせたが、結果は銀メダルに終わった。

さらに印象的なのがその4年後の長野大会。ラージヒル団体戦の当日、ぼくは講師として大手企業の合宿研修の最中だった。神戸六甲の立派な研修センターでロビーには大型テレビがある。最終ジャンパーの跳躍だけでもライブ観戦したいとの思いから、卑しくもその時間帯を自習させることはできないかと画策していた。

結果的には卑しくならずに済んだ。と言うのも、企業の研修担当課長が「受講生は、研修していても気が入らないでしょう。ぜひ30分ほど休憩してみんなで観戦しませんか?」と申し出てきたのだ。ここで相好を崩すわけにはいかない。ポーカーフェースで「う~ん、やむをえませんね」とぼく。

4年前の雪辱を果たす原田選手のウルトラジャンプ! あの時、観戦者も一緒に飛んだ。全員拍手と感激の嵐、金メダルに酔った。気がつけば、ロビーは他のコースの研修生も含めて観衆で溢れていた。やっぱりライブだ。研修室に戻っても受講生のテンションの余燼はくすぶり続け、研修モードに切り替わらない。その後の研修の調子が失速していったのを覚えている。

日曜日の散策

休みの日に車で出掛けることはない。主義主張ではなく、車を持たないからだ。だから歩く。距離にして10キロ程度なら、交通機関を利用せずに歩く。自分の意思で散策するかぎり、苦にはならない。半日ほど歩き、ランチをして本屋や文具店を冷やかせば、ちょっとしたスローライフ気分が味わえる。

仕事の疲れが出てくる週末には陽を浴びるようにしている。心身のリフレッシュには公園での日光浴が手っ取り早い。ベンチに腰掛けていると、どこかの店の厨房の匂いを風が運んでくる。ニンニクの香り。気の向くまま足の向くままなので、直感に従う。パスタが食べたくなった。

そこから十数分歩いて、何度か通ったイタリアンの店を目指す。本日のパスタはほうれん草とチーズ。具材とパスタの分量のバランスがいい。「よくかき混ぜてお召し上がりください」とシェフ。素直に混ぜる。誰もが経験しているはずだが、ほうれん草を大量に食べると歯の裏が渋っぽくざらついてくる。シュウ酸の仕業。気にせずに食べ続ける。食後のエスプレッソにたっぷり砂糖を入れて飲み干せば渋味を緩和できる。


店を出てオフィス街を歩く。休日のオフィス街は、ビル群に囲まれながらも、人気ひとけが少なく、緑と舗道がビジネス色を排除して、生活空間と見間違うような、ちょっとした街並みに変貌する。その一角に最近オープンしたようなカフェダイニングが目に入る。日当たりのよいオープンテラスには観光客と思しき人たちがゆったりと時間の流れに身を任せている。エスプレッソを飲んだ直後だ、さすがにパスして通り過ぎる。

お気に入りのステーショナリーの店で書き味抜群のサインペンに出合う。サインする機会などめったにないが、ラフな構想をしたためるにはもってこいの走り具合と太さ。値段も260円とくれば、これは買いである。しかし、替え芯はなく使い切りと聞いてあきらめた。使ったペンは捨てにくいのだ。しばらく歩いて土佐堀川に架かる淀屋橋へ。写真左に見える稜線は生駒山。晴天の日ならではの風景からのご祝儀。

中之島に出て空を仰ぐ。リアルタイムで描かれる飛行機雲の軌跡を追う。曲線的に歩行してきて見上げる白い直線。何度も見た光景だが、三つの画像を並べてみたら、飛行機雲の三部作が出来上がった。

文章コピー

ブログを始めてから今年の6月でちょうど10年。本に換算するとおよそ20冊分に相当する文章を書いたことになる。これに比べれば著書は少ない。実際に書店に並んだぼくの著書はわずかに二冊。あとクローズドな利用に限定したものが二冊。研修用にオリジナルで書き下ろしたテキストは数百種類あるが、ほとんど未公開。パワーポイントで編集したスライドに至っては何万枚もある。

テキストを編集する際には、引用した文章の出典を記す。本から引いたものをあたかも自分が書いた文章のように見せることはない。ところが、パワーポイントのスライドにこと細かに記載する習慣はあまりなく、口頭で伝える程度であった。しかし、他人の著書から何行にもわたってコピーして平然としている講師がいて、受講生にそれを指摘されて問題になるケースが少なからず発生している。研修先や研修会社からの要望もあって、ここ数年、スライドにも出典を明記するようになった。

スライドの画像はほとんどオリジナルで作っているが、紹介したい他人様の事例もある。その場合は、出版元の承諾を得るようにしている。ウェブサイトからダウンロードする場合も同様だが、どうしても元の出典や著作権所有者がわからない場合はURLを記載する。研修会社のスタッフがこういう作業に協力してくれるのでありがたい。

著作権の専門家の話を何度か聞いているが、アウトとセーフの境界はデリケートで素人には悩ましい。ひとまず、引用する側として良識的な神経を使うようにしている。しかし、ぼくの本やテキストやブログがどのように引用され転載されているか、場合によってはコピー/ペーストされているかについてはかなり無神経だ。このブログでも“Copyright ⓒ Katsushi Okano. All rights reserved.”と明記しているが、形式的な意味合いが強い。


このブログで使っているソフトウェアはWordPress。基本のソフトウェアの活用機能を強化するプログラムを「プラグイン」と呼ぶが、おびただしい数のものが無料で使える。たとえばスマホ対応にするとか、漢字にルビを振るとか、人気上位10位の記事の見出しを並べるとかだ。最近“Check Copy Contents”というプラグインをインストールした。ぼくの書くブログの記事のすべて、または一行一語でもコピーされたら検知してメールで知らせてくれる。コピーした時のブラウザ、機器もわかる。但し、誰がコピーしたか、そしてそれをどこにペーストしたかまではわからない。

著作権を守るために使っているのではない。だいいち、ブログ自体が気の向くまま書いて自分勝手に公開しているものだ。どこのどなた様か知らないが、小難しくて拙い文章を読んでいただけることにむしろ感謝しているくらいである。では、なぜこのプラグインをインストールしたのか?

ぼくの文章のどんなテーマの記事のどの箇所がコピーされているのか、ブログを読んでわざわざ「コピーしてくれる人」が食いついたキーワードや一行を知りたいだけである。コピーしたからと言ってペーストしたとはかぎらない。仮にペーストされたとしてもまったく気にしない。駄文が少しでも何かのヒントになるのならそれでいいのではないか(学生の論文へのコピペはいただけないが……)。

このプラグインの紹介文は次のように書かれている。

「どこの文章をコピーされたのかを知ることができるので、サイト内の文章やキーワードの需要をタイムリーに調査するのにも役立ちます」

同意する。権利云々ではないのだ。なお、インストールしてまだ半月も経たないが、すでに何百というコピー検知メールが届いている。コピーされた記事の自分の文章をあらためて読み直して自画自賛する時もある。着眼がいいなあ、ぼくだってこの箇所はコピーするかも、などと思ったりしている。いい意味でのシェアだと解釈すれば済むことである。

ひらめきのページめくり

考えごとが飽和状態になると、手っ取り早く本でも読もうということになるが、これが案外役に立たない。むしろ悪循環を招くことさえある。仮に本からヒントの種を得たとしても、自分の脳内畑で育つ見込みは小さい。その脳内畑がすでに行き詰まっているのだから。

本は他力。他力は早晩自力に変換する必要がある。軸足はやっぱり自分の方に置かないといけない。本の前にもう一頑張り自力で試みる。一番手っ取り早いのは自分自身が気づきを書いた過去のノートである。本のページをめくる前に、自家製ノートのページをめくるのだ。今の自分と過去の自分には脈絡がつきやすい。

ことばを抜きにしては何を考えて何を成すべきかがなかなかわからないゆえ、ことばを日々の生活と仕事の原点に置いている。癖と言えば癖、性分と言えば性分、そんなふうに生きてきた。行動が重要だとわかっていても、まずはことばからということになる。

お前からことばを消せば何になる この世にあっても生けるしかばね /  岡野勝志

世界はタテマエとホンネでできていて、両者の間に喜怒哀楽が織り込まれて紡がれている。

言うべきことや言いたいことを言う人生は、おおむね64敗。言うべきことや言いたいことを見送ったり我慢したりする人生は、おおむね46敗。一見、大きな差ではない。しかし、タテマエの処世術よりはホンネで生きるほうがうまくいく確率が高い。但し、自分本位のホンネは19敗で、自己保身のタテマエの28敗よりも劣る。数字に根拠はない。アバウトな観察経験にすぎない。

空きテナントの多いビルを想像してみる。活気がない。客がまばらで閑散としている。それに流れもない。売手は客待ちするばかり。余力がありながら徐々にパワーダウンしていく。たまたま店を覗いた客を逃さないようにしつこく追いすがる。ちっぽけな知識にしがみつく脳のようだ。こんなふうに脳を使っているとアイデアは枯渇し、持ち合わせの知識も色褪せて錆びてしまう。

無間地獄ならぬ、無言地獄というのがある。その深みにはまると、無機的なノイズが顔を覗かせる。

おはようとまたねの間にことば無し ごく稀に出る「ええっと」と「あのう」 /  岡野勝志

持つなら愛用すべし

当たり前だが、万年筆の寿命は万年ではない。しかし、そこそこ過酷に使っても十数年は大丈夫、きちんと手入れすれば一生ものになるはず。所有し愛用した万年筆は十数本、修理に出したのはこれまで一本もない。消えた万年筆は数本あるが、誰かにあげたか紛失したからである。

昨年暮れ、一本の万年筆の――ペン先でもなく握りの部分でもなく、また胴軸内のコンバーターでもなく――ペンを支える首軸しゅじくのひびに気づいた。使おうとして数文字書いた時点で、ペン先から「ぐにゃ感」が伝わってきた。見たらひびが入っていた。ひびの状態を確かめようとして少し動かした瞬間、首軸が割れてしまった。

この一本はウォーターマンのカレン。万年筆としては珍しい色味のフロスティブラウン。クラシックタイプの万年筆が多い中で、この一本はペン先とシルエットのデザインが現代風だ。パリに旅した記念に、どうせ持つのなら珍しい一本をと思った次第。当時は円高だった。関税を差し引けば、日本で買うよりは23割以上のお得感があった記憶がある。もう6年も前のことで、保証書は見当たらない。仮にあったとしてもすでに保証書は無効である。


出費を覚悟して、自宅近くの修理工房に持ち込んで診てもらった。「数十年間、万年筆の修理に携わってきたけれど、首軸のひびや割れを見るのは初めて」という。直接メーカーとやりとりするのがベストと言われ、取り扱っているデパート売場で相談することにした。万年筆売場の店員も首軸のダメージを見るのは初めてと言った。

前例がないのなら部品や本体はリコール対象ではないのだろう。しかし、負荷をかけた記憶はまったくない。ヒアリングされたので次のように伝えた。「パリで記念に買ったが、この6年間、原稿用紙に換算して10枚程度しか書いていない。ほとんど自宅に置いていた。稀にペンケースに入れて持ち運ぶこともあったが、落としたり強い衝撃を加えたことはない」……。原稿用紙10枚などはたかが知れている。ほとんど使っていないことを強調した。

初めての事例なので修理代の見当はつかないとのこと。しばし思案して、「消費税・手数料込みで1万円を超えそうなら、修理に取り掛かる前に連絡してほしい」と告げて、ペンを預けて帰った。その日から約一ヵ月経った一昨日、デパートから修理完了の電話があった(了解なしに修理した、つまり1万円未満だったということだ)。昨日受け取りに行ってきた。

帰ってきたウォーターマン。修理に出していた万年筆が元の姿になって戻ってきた。丁寧な報告書が付いていた。首軸が折れている、破損箇所周辺に衝撃の痕跡はない、つまり使用上の問題はない、製造工程における何らかの原因によって首軸の樹脂に強度問題が発生した、云々。修理は、無償だった。報告書には「家に置いてある状態で10文字くらいしか書いていない……」というくだりがあった。原稿用紙10枚程度なので4,000字である。ヒアリングしたデパート店員が10文字と伝えたのだろう。さすがに10文字はない。

道具を買う決断をしたのなら、そして、それを何が何でも欲しいと思ったのなら、とことん生かして愛用すべきだ。大枚はたいて衝動買いしたものの、ほとんど出番を与えずに破損させたことを大いに反省している。

昨日、今日、明日

『昨日、今日、明日』と言えば、イタリア映画。原題“Ieri, Oggi, Domani”の直訳が、そのまま邦題になっている。三つの物語から成るオムニバス構成。観たのがもう何十年も前なので、内容はほとんど覚えていない。ソフィア・ローレンの妖艶な肢体だけが印象に残っている。

経験していない明日を思い出すことはできない。明日は想像の対象外の時間である。では、今日はどうか。リアルタイムであり、刻々と過ぎてゆく時間軸を辿れば、朝の出来事や体験を夕方に思い起こすことはできる。


記憶があやふやなずいぶん昔のことは無理だけれど、昨日という過去なら思い出しやすい。昨日のことはまだ冷めやらぬ余韻が記憶の中に残っている。よかったことにはほくそ笑み、芳しくなかったことは今日も引きずっている。進行形の今日や未来形の明日に比べれば、昨日は確かなのである。

「ぼくはずっと思っているんだ。きのう・・・になればよくなるだろうって」(チャーリー・ブラウン)

よく言ってくれた、チャーリー。その通り。何の根拠もないのに、明日になれば今日よりもよくなると信じている人がいる。今日がダメだった、でも明日があるさと思い直して励まされるとはお人好しにもほどがある。チャーリーは覚めた目で昨日、今日、明日を見ている。今日の次にもう一度昨日がやって来たら、後悔と反省をした分、少しはましにやり直せるかもという気になる。