持つなら愛用すべし

当たり前だが、万年筆の寿命は万年ではない。しかし、そこそこ過酷に使っても十数年は大丈夫、きちんと手入れすれば一生ものになるはず。所有し愛用した万年筆は十数本、修理に出したのはこれまで一本もない。消えた万年筆は数本あるが、誰かにあげたか紛失したからである。

昨年暮れ、一本の万年筆の――ペン先でもなく握りの部分でもなく、また胴軸内のコンバーターでもなく――ペンを支える首軸しゅじくのひびに気づいた。使おうとして数文字書いた時点で、ペン先から「ぐにゃ感」が伝わってきた。見たらひびが入っていた。ひびの状態を確かめようとして少し動かした瞬間、首軸が割れてしまった。

この一本はウォーターマンのカレン。万年筆としては珍しい色味のフロスティブラウン。クラシックタイプの万年筆が多い中で、この一本はペン先とシルエットのデザインが現代風だ。パリに旅した記念に、どうせ持つのなら珍しい一本をと思った次第。当時は円高だった。関税を差し引けば、日本で買うよりは23割以上のお得感があった記憶がある。もう6年も前のことで、保証書は見当たらない。仮にあったとしてもすでに保証書は無効である。


出費を覚悟して、自宅近くの修理工房に持ち込んで診てもらった。「数十年間、万年筆の修理に携わってきたけれど、首軸のひびや割れを見るのは初めて」という。直接メーカーとやりとりするのがベストと言われ、取り扱っているデパート売場で相談することにした。万年筆売場の店員も首軸のダメージを見るのは初めてと言った。

前例がないのなら部品や本体はリコール対象ではないのだろう。しかし、負荷をかけた記憶はまったくない。ヒアリングされたので次のように伝えた。「パリで記念に買ったが、この6年間、原稿用紙に換算して10枚程度しか書いていない。ほとんど自宅に置いていた。稀にペンケースに入れて持ち運ぶこともあったが、落としたり強い衝撃を加えたことはない」……。原稿用紙10枚などはたかが知れている。ほとんど使っていないことを強調した。

初めての事例なので修理代の見当はつかないとのこと。しばし思案して、「消費税・手数料込みで1万円を超えそうなら、修理に取り掛かる前に連絡してほしい」と告げて、ペンを預けて帰った。その日から約一ヵ月経った一昨日、デパートから修理完了の電話があった(了解なしに修理した、つまり1万円未満だったということだ)。昨日受け取りに行ってきた。

帰ってきたウォーターマン。修理に出していた万年筆が元の姿になって戻ってきた。丁寧な報告書が付いていた。首軸が折れている、破損箇所周辺に衝撃の痕跡はない、つまり使用上の問題はない、製造工程における何らかの原因によって首軸の樹脂に強度問題が発生した、云々。修理は、無償だった。報告書には「家に置いてある状態で10文字くらいしか書いていない……」というくだりがあった。原稿用紙10枚程度なので4,000字である。ヒアリングしたデパート店員が10文字と伝えたのだろう。さすがに10文字はない。

道具を買う決断をしたのなら、そして、それを何が何でも欲しいと思ったのなら、とことん生かして愛用すべきだ。大枚はたいて衝動買いしたものの、ほとんど出番を与えずに破損させたことを大いに反省している。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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