語句の断章(17) 似合う

「どう、このドレス、似合ってる?」「ああ、とてもよく似合ってるよ」などというやりとりの場面は昔の映画やドラマでよく見かけた。現実の若い二人はユニクロの試着室のあたりでこんなやりとりをしているのだろうか。もしそうなら、ほとんどの場合、女子が聞き男子が褒めているに違いない。

ところで、「似合ってる?」と聞かれて「似合ってるよ」と答えるのが不思議でならない。無責任と言ってもいいほどだ。

「このドレス、似合ってる」を文法にのっとって書き換えると、「このドレスは私に似合っている」になる。ぼくたちは高頻度のことばほどぞんざいに取り扱う。この「似合う」も例にもれない。似合うとは「釣り合いがとれている」という意味だが、話は洋服と本人だけで片付かない。「赤は私に似合う」と自信満々になられて困るのは、時間・場所・状況というTPOを踏まえていないからである。似合うには「ふさわしい」という意味もある。葬式にふさわしくない赤は、実は本人にも似合っていないのだ。

「和服がよくお似合いのあなた」を「あなた」を主語にして動詞表現を加えたら、「あなたは和服によく似合っている」となるか。ならない。モノが人に従属するのであって、人がモノに似合うのではない。「あなたはそのTシャツにぴったり合っています」と言えば嫌味に聞こえる。さらに、「お前はその安物のTシャツに似合っているんだよ!」と下品に書けば、この構文自体が侮蔑を含んでいることが明らかになるだろう。

似合うからどうってことはない。よくよく考えれば、「そのネクタイ、似合っているよ」は必ずしも褒めているわけではない。分相応という意味もある。「きみにはその程度かな」というニュアンスなきにしもあらず。ちなみに、英語では“You look nice in red.”のように言う。これは明快である。「赤を着ると映えるね」。似合うということは、そのモノによってよく見えなければならないのだ。