とまらない二字熟語遊び

数年前に『二字熟語で遊ぶ』を書いた。いくらでも思いつくので、その後に『続・二字熟語で遊ぶ』『二字熟語遊び、再び』を続けた。

今月に入って久しぶりに再開した。『久々の二字熟語遊び』『もっと二字熟語遊び』『今日も二字熟語遊び』と書いて、二字熟語で遊ぶのはさほど難しくないが、タイトルのほうが悩ましいことに気づいた。かっぱえびせんを食べながら書いた前回が『やめられない二字熟語遊び』。自然な流れとして、今回は『とまらない二字熟語遊び』になった。次のタイトルをどうするかは4月に入ってから考えることにする。

二字熟語アイコン

【川柳と柳川】
(例)その日は「川柳」の会でどう足掻いてもいい句ができなかった。小腹も減ったので熱燗で「柳川」を食って帰った。

柳川を食ったと言っても、人を食ったのではない。泥鰌どぜうの柳川鍋を食ったのである。柳川の食材は泥鰌に限らない。ゴボウと煮て卵とじにすれば、穴子でもシラスでも柳川風になる。鰻の頭なら半助だ。

【万一と一万】
(例)財布の中に数千円はあるのだけど、「万一」足りなかったら恥なので、悪いけど「一万」ほど貸してくれないか?

万一というのは、文字通り「万に一つ」であり、ほぼありえない時に使う。ほぼありえない場合に備えて貸してほしいとは……。しかも、万一の備えが一万なら、それこそ恥だ。「万一のいざという時のために100万ほど用意しておこう」なら釣り合いが取れる。

【過大と大過】
(例)「大過」なく定年まで勤めることができました。胸を張るような功績がないにもかかわらず、「過大」な評価をいただいたことに感謝申し上げます。

最近の若者は「過分なお言葉」などという表現を使って謙遜するのだろうか。過大評価されると申し訳なく思い、過小評価されては不満を漏らすのが人の常。過大と過小の差はかなり隔たっているが、両者の分け目は微妙である。

【出演と演出】
(例)あのドラマに「出演」していたキャストに一流はほとんどいなかったが、すぐれた「演出」のお陰で一流の作品に仕上がった。

一流か二流かはともかく、出演者がいなければドラマは成立しない。しかし、ドキュメンタリーにとって人間は不要不急である。構成・語り・音楽などの演出だけでいい番組ができる。

【間食と食間】
(例)その昔、うちの婆さんは3時のおやつを「間食」しながら薬を飲んでいたよ。そういう薬の飲み方が「食間」だと思っていたらしい。

ランチと夕食の間に間食してしまうと、食間の薬を飲むタイミングを逸してしまう。そもそも食間というのは曖昧に過ぎる。食前も食後もある意味で食間なのだから。食間を食事と食事のちょうど真ん中などと馬鹿正直に考えると、夕食と朝食の食間は深夜1時になりかねない。そうではない。食後23時間かそこらで胃が空っぽになるから、夕食後の食間の薬は10時頃に飲めばいいのである。


シリーズ〈二字熟語で遊ぶ〉は、二字の漢字「AB」を「BA」としても別の漢字が成立する熟語遊び。大きく意味が変わらない場合もあれば、まったく異なった意味になる場合がある。その差異を例文によってあぶり出して寸評しようという試み。なお、熟語なので固有名詞は除外。

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proconcept

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岡野勝志(おかのかつし) 1951年大阪生まれ 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター 岡野塾主宰 ヒューマンスキルをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。 マーケティング、コミュニケーションにまつわる企業や人

「とまらない二字熟語遊び」への3件のフィードバック

  1. 【運命と命運】
    運命:人間の意志にかかわらず、身にめぐって来る吉凶禍福。めぐり合わせ。転じて単に将来。とあり受動的な抗えないものを感じる。しかし反転し命運となると命を懸けて、全てをかけて、など不退転で必死な能動的な意味合いとなる。自分の力で運命を変えようとする時の担保が命運なのでしょうか。

    1. こんにちは。在庫リストに【運命と命運】は入っています。書いておられる通りで、運命は女神を待つしかありません。幸運の女神は、レオナルド・ダ・ヴィンチ曰く、後ろ髪がない。つまり、やって来た瞬間、前髪をつかむチャンスを失ってはいけないのです。女神が来るかどうかは運命、しかし、前髪をつかむ自力と主体性は命運です。こういうことを書くつもりでしたが、江見さんの見方もよく似ていますね。取り上げるかどうかはまた考えます。まだまだ他の在庫がありますので。

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