二項対立から見えるもの

日々、いろいろと考えることが多い。仕事も予定も出来事も現象も、すべてことばで搦め取って考える。考えるきっかけになるのは一つの用語だが、その用語だけでは早晩行き詰まるので、二項対立関係にある別の用語を呼び起こす。二項対立というのは特別な世界に限らず、日常頻繁に現れる。説明代わりに、二項対立する用語を並べてみた(一部は対置と言うのがふさわしいが、便宜上「⇔」の印で関係を示す)。

〈優位⇔劣位〉
〈勝者⇔敗者〉
〈天使⇔悪魔〉
〈上位⇔下位〉
〈内容⇔形式〉
〈中心⇔周縁〉
〈ハレ⇔ケ〉
〈現実⇔虚構〉
〈本物⇔偽物〉
〈文明⇔野蛮〉
〈知性⇔感性〉
〈理性⇔野性〉
〈正常⇔異常〉
〈作者⇔読者〉
〈健康⇔病気〉
〈ホンネ⇔タテマエ〉
〈生産⇔消費〉
〈売り手⇔買い手〉
〈音声⇔文字〉
〈正統⇔異端〉
〈帝国⇔植民地〉
〈自己⇔他者〉
〈問い⇔答え〉
〈コピー⇔オリジナル〉

二項対立と二律背反は一見酷似していて区別しづらい。以前拙文を書き、そこでは違いについて少し説明しておいた(『二項対立と二律背反』)。今からここに書くのは違いがわからなくても理解に困らない話である。

上記の例を見てもわかる通り、二項対立とは言うものの、並べた二つの用語が必ずしも喧嘩腰になっているわけではない。二項対立はおおむね対義語関係にもなるが、対義語は意味の対立だけに焦点を当てる。他方、二項対立は、意味の他に、考え方や日常の生き様へと概念を広げる。その時、二項は対立と言うよりも、対比・対置、場合によっては両立・調和の関係にもなりうる。たとえば、後述する「ワークとライフ」などはバランスという表現とも相性がいい。


ところで、刺身の対義語は何か。レアステーキ? いや、そうではない。刺身に対義語などないのだ。しかし、「刺身とわさび」という二項対立ならありうる。性質は相容れないが、実食すれば二項は協調する。美しいの対義語は醜いだが、二項対立なら美しいに対しておもしろいを置ける。誰にでも当てはまるわけではないが、ぼくはこの二つをよく対置させてきた。愉快や洒脱のほうが美よりも粋だと思うし、おもしろさは無邪気であり憎めないが、美しさは時折り罪をつくる。「そのジョークは聞き飽きた」などと言うが、ほんとうによくできたジョークは、名立たる古典落語と同じで、何度聞いたり読んだりしても退屈しない。もちろん、いつまでもじっと眺めていたい美しい風景もある。しかし、どちらかを選べと迫られたら、美しさよりもおもしろさのほうに心が動く。

良い(GOOD)の対義語は悪い(BAD)であり、「良いと悪い」の二項はたいてい対立する。良い悪いの判断は多分に感情の起伏によって下される。理性的判断ができないわけではないが、それは判断する当の本人の感情が安定していて、客観的に状況を眺められる場合に限る。絶対的に良い、絶対的に悪いなどということはない。つねに別の何かとの対比においての良し悪しである。財布を落としたが無事に戻ってきたなら、理性的にはプラスマイナスゼロだ。しかし、感情的には、落胆から歓喜に一転して良しとなる。

ワークだけをテーマにするよりも、ライフを併せるほうが考えも判断も明快になる。二項対立させてこそ見えてくるものがあるのだ。ワークライフバランスというはやりの言い方は、元来仕事と生活が両立しがたいという認識から生まれている。もしそうでないのなら、最初から「ワークアンドライフ」と言えば済む。対立の図として見ていた概念を、両立の図として見直そうとしたのがワークライフバランスだったはずである。

ワークとライフをもう一歩踏み込んで、ハードワークとスローライフとして二項対立させてみよう。働き盛りの子育て世代にとってはスローライフなどは夢のまた夢だ。そんな生活になじんでしまうと、仕事のハードルが高くなるのではという不安が先立つ。

ここで視点を変えてみる。きみは余裕のあるスローライフと慌ただしいファーストライフのどちらを願うのか? もちろんスローライフだろう。では、のろまな仕事とてきぱきとした仕事ならどちらか? てきぱきとした仕事だろう。それはハードかつスピーディーなワークにほかならない。ぐずぐずのんびり生きていては厳しさやスピードに対応できない。逆に、てきぱきとハードワークする習慣を身に付ければ、余裕が生まれスローライフへの展望が開ける。そう、ハードワークしなければスローライフは実現しない。楽な仕事をして生活を楽しもうという魂胆はさもしいのである。

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proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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